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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
七章 多様の使い手
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百四十ニ話 傍若無人

 日が沈み始めた頃。

戦士達は魔物討伐を終え、平原の一角に集まっていた。

彼らの前では、騎士達が慌ただしく動いている。

やがて、騎士達の動きが落ち着き出し、戦士達の前にロイクが立つ。


「諸君、今日はよくやってくれた。約束通り報酬を渡すがその前に、より多くの魔物を倒した上位三名の名を発表する! 」


騎士の一人がロイクに、紙を渡す。

そこには三名の戦士の名前が記されていた。


「一位 ガーバイマン殿 合計42体討伐! 」


「うおおおおおお!! 」


ガーバイマンと思わしき人物が雄叫びを上げる。

髭を生やした禿頭の人間の大男で、背中に大剣を背負っていた。


「二位 ニティネイ殿 合計40体討伐! 」


「あと三体足りなかったかー、くっそー」


ニティネィと思わしき人物が悔しげに爪を噛む。

栗色の短い髪の女性で、背中に大きな弓を背負っていた。


「三位 ラノアニクス殿 合計37体討伐! 」


「ギャウ! イアン、ラノが呼ばれた! イアン呼ばれてない、ラノの勝ちだな! 」


名前を呼ばれたラノアニクスが嬉しそうに、イアンの袖を引っ張る。


「ああ、そうだな……」


イアンは、視線をロイクの隣にいるユニスに向ける。

目が合うと、彼女はイアンに向けて申し訳なさそうに手を合わせていた。


「別に気にしていないがな…」


「…? 何がだ? 」


「いや、何でもない。それより、もう報酬を配り始めている。オレ達も貰いに行くしよう」


イアンはラノアニクスにそう返すと、報酬を貰うために並ぶ戦士達の行列の最後尾に向かった。

ラノアニクスが貰ったのは、10000Q程の金額であった。

三位のラノアニクスでこれ程貰えるので、一位の者は20000Qは超えると考えられた。

イアンが貰ったのは、3000Qほどで、20体ほど討伐した者と同じ報酬の額であった。

ちなみに、実際にイアンが倒したのは合計63体。

ユニスの手伝いがあったものの、ダントツであった。


「……ラノアニクスが頑張ってくれたし、良しとしよう。今日、宿屋に泊まって、明日帰るとするか」


「わかった」


「待ってくれ! 」


イアンとラノアニクスがエンリセンに帰ろうとした時、誰かに呼びかけられた。

イアンには、その声に聞き覚えがあり、振り返ると思い浮かべた人物がそこに立っていた。


「イアン…達はもう帰ってしまうのか? 」


ユニスがイアンに訊ねる。


「ああ。ここから南にあるバイリア大陸にな」


イアンがユニスの答える。


「……イアン、こいつを知っているのか? 」


「ああ、魔物討伐で世話になってな。剣の腕が良い……オレよりも強いかもしれん」


「いや、剣には自信があるが貴公の武には及ばない」


ラノアニクスの問いにイアンが答えると、ユニスが微笑みながら手を横に振る。


「そう…イアン、君は強い。いきなりで戸惑うかもしれないが、小生の元に来ないか? 」


「なに? 」


イアンはユニスの言葉に目を見開いた。


「勧誘…か。そこらの騎士にしては……おまえ、ただの騎士ではないな? 」


イアンは、ユニスの剣の腕や態度から、彼女が一般の騎士でないと判断した。


「…そうだ。小生はここより東のエンリヒリス領の北東…今、そこは領土拡大中でな。小生はそこで防衛隊長をやっている」


「領土拡大……最前線ということか? 」


「ああ。魔物や蛮族達と日々戦闘を行っている」


ユニスの顔は少々困り気味であった。


「そいつらに手を焼かされているのか? 」


「まあ、それもあるが……色々あるのさ。それで小生は今、部下が欲しいのだ」


「……隊長の地位ならば、部下はいるのではないのか? それとも人手不足か? 」


「いる…人手も足りないわけでもない。小生は……小生だけの…自分で選んだ部下が欲しいのだ」


ユニスは絞り出すように声を出した。

これが彼女の本心であり、願いでもあった。


「……そうか」


「イアン、どうするのか? 」


隣にいるラノアニクスがイアンに訊ねる。


(騎士か……収入は安定しそうだが、今までのように自由にはいられんくなるだろう。それは少し困るな…)


イアンは、騎士になることには抵抗は無い。

しかし、ずっと騎士でいるつもりはなかった。


「…悪いな。オレは騎士には興味がない」


イアンはきっぱり断ることにした。


「……!? そ…そうか…………なら、仕方ない。この日、一時でも貴公で戦えたことを小生は忘れない」


ユニスはイアンの想像よりもあっさり引き下がった。

しかし、その落ち込みようは凄まじく、ユニスは今にも泣きそうであった。


「むぅ…」


その反応にイアンは心を痛める。


「一定期間だけならば良いかもな…」


「構わない。共に行こう! 」


イアンがそう言った途端、ユニスはイアンに向けて右手を差し出した。

凄まじい速度で彼女は立ち直ったのである。


「おお……期間はまだ決めていないが、それを過ぎれば、オレ……」


イアンがラノアニクスに視線を送る。


「ラノも! 」


「オレ達は騎士をやめる。それでいいか? 」


「構わない! 」


「そうか、ならば一時…おまえの部下になろう」


イアンも右手を差し出し、ユニスを握手を交わした。





 日が暮れ、辺りが暗闇に包まれた頃。

通りの店は一軒も開いておらず、人通りも少ない。

そこを一人の少女がだるそうな足取りで歩いていた。


「くそっ! あいつめ、ちょっとサボっただけで、大量の始末書を書かせやがって。上司に恵まれないということが、これほど不幸なことだとは…」


少女はブツブツと文句を呟いていた。

身から出た錆であり、彼女は文句を言う資格はなかった。

少女は自分が悪いことをしたとこれっぽっちも思っていなかった。

彼女は、昼間にイアンへ戦闘を仕掛けた役人の少女である。

ようやく始末書を書き終え、この町にある役人の寮へ帰るところだった。

今の彼女は騎士の服ではなく、私服を身につけている。

意外にも、その年の娘が好みそうな服を身につけていた。

しかし、服の色には黒が多く使われており、この辺りでは異様な格好である。


「今度はうまくやらないとな。念のため、同期の奴らにも口封じの根回しを……ん? 」


ふと、少女の足が止まった。

彼女の視線の先には、見知った顔の騎士が歩いていた。


「あいつは父上の部下にいたな……おーい、そこのおまえ! 」


少女は騎士の元へ駆け出した。


「ん? ……黒い髪……お嬢様…ですか? 」


騎士が振り向き、少女の存在を認識する。


「……そうだが、次その呼び方をしたら、縄に括りつけて馬で引き摺り回すからな」


少女はお嬢様と呼ばれることが嫌いであった。


「ひぃ! ど、どう呼べばよろしいでしょうか? 」


それを知らなかった騎士は、怯えながら少女に訊ねる。


「殿……はまだ早いか。若でいい」


「はい。若…様、私に何用でございますか? 」


「うむ。おまえは、父上の部下だろう? この町に父上が来ているのか? 」


「ええ。今日は領主様が北の平原にて、他大陸から集めた戦士の実力を測るために魔物を狩らせていまして…」


「ほう、領主が来ていたのか。なら、父上がここにいるのも当然か…」


少女は腕を組みながら、そう呟いた。


「……他大陸か! なるほど、俺はまだツキに見放されたわけではないようだ」


少女は何かを思いつき、ニヤリと頬を吊り上げる。


「父上はどこにいる? 」


「向こうの通りの宿におられるかと…」


「分かった。おまえ、良い働きをしたな。名はなんという? 」


「……な、名を上げてから、覚えて頂ければ幸いです…」


「ははははは! 謙虚な奴だ! おまえの顔、忘れんぞ」


少女はそう言うと、自分の父親がいるであろう宿屋に向かった。

騎士は少女の背中を見送りながら、もう関わりたくないと思っていた。



少女は目的の宿屋に辿り着くと、無遠慮に店のドアを開いて中に入る。

カウンターに立っていた男性が慌てて少女の元へ駆け寄る。


「お客様! 当店は予約制でして、当日のご来店は……」


「フィリク・ルーリスティという客の部屋に案内しろ」


少女は男性の声をまったく聞かずに言った。


「え? フィリク様…ですか? 彼とはどういった……」


「……娘だ。さっさと案内しろ」


少女が男性を睨みつける。

男性は飛び上がりそうなほど恐怖を感じ――


「ご、ご案内します! こちらへどうぞ…」


少女に従った。

男性に案内され、少女は部屋の前に立つと――


「父上! 入ります! 」


ドアを開きながら、部屋の中に入った。


「ブフォ! けほっ、ごほっ! お、おまえ、どこで匂いを嗅ぎつけてきた! 」


中にいた男性が飲んでいた酒を吹き出した。

男性――フィリク・ルーリスティが一人で酒を飲んでいた。


「いえ、父上がこの宿屋に入っていくのを見かけたので…」


「馬鹿な……すごい警戒していたのに……」


フィリクが頭を抱える。

少女が嘘をついているにも関わらず。


「それで、父上に聞きたいことが――」


「待て! 少し、待て! 心の準備をさせてくれ! 」


フィリクは俯きながら、手のひらを少女の前に突き出す。


「すぅー…はぁー…よし! なんだ? 」


心を落ち着かせたフィリクがドンと構える。

彼は、度々少女の奇天烈な行動や発言に振り回されているため、用心していないと心が持たないのだ。


「……今日、他大陸から戦士を集めて、魔物を討伐させていたようですが、その中に…水色の髪をした戦士を見ていませんか? 」


「お……ふぅ…水色の髪の戦士か? いたな」


とりあえず無茶なことを言われなかったため、安堵するフィリク。


「ほほう…奴は凄かったでしょう? 他の戦士は見ていないが、奴が一番魔物を倒したはずだ」


「……いや、そこそこだったぞ。確か……二十数体であったか」


「なに? 馬鹿な! あれほどの者がその程度のはずがあるか! 騎士に数えさせていたのでしょう? 大方、そいつが数を数え間違えたに違いない! どいつにやらせましたか? 首を跳ね飛ばしてやる! 」


「お、落ち着け! それはまずい、まずすぎる! というか、おまえはその者を知っているのか? 」


フィリクが激昂する少女を宥めるフィリク。

すると、少女はすんなり落ち着いた。


「知っています。しかも、その者は俺の部下になる者です」


少女は胸を張って、フィリクに答えた。


「あ、あー……」


フィリクが気の毒そうな目で、少女を見つめる。

そして、少女の肩に手を置き、腰を低くして視線を合わせると――


「残念だが、その者…イアンという少年は、他の…方の部下になった」


優しく少女にそう言った。


「……は? ……は? 」


少女は二重で驚いた。

他の者にイアンを取られたことと、イアンが男であることだ。

先程まで浮かれまくっていた少女。

今の彼女の目は据わっていた。


「……どいつが、イアンを勧誘したのですか? 」


「ぐふっ!! 」


聞きたくないことを聞かれ、フィリクの胃に激痛が走る。


(い、言いたくねぇ! これ言ったら、おまえ……ぐわああああああ!! )


フィリクの顔は平然としていたが、心の中では苦痛に歪んでいた。


「……ゆ、ユニス様…だよ」


「…………ユニス? 」


「……はぃ…」


少女のあまりの迫力に、思わず敬語を使ってしまうフィリク。


「…………ぎっ! 」


しばらく無表情だった少女の顔が憤怒に歪む。


(き、来たぁ! 久々のヒステリック!! )


フィリクは少女の凄まじい激昂に備え、頭を抱えた。


「……ふぅ…そうか。ユニスの奴もイアンの魅力に気づいたか…」


しかし、少女は激昂せずに落ち着いていた。


(お? な、なんだ? やけに諦めが早いな)


その様子に、フィリクは抱えていた手を下げる。


「ははっ! 奴め、自分の部下にするために、イアンの倒した魔物の数を偽ったか! いや…あいつにそんな知恵は回らんか…」


少女はそう言いながら、テーブルの椅子に座った。


「イアンと共に戦ったんだろうなぁ。それで、共に戦うのが楽しくて、倒した魔物の数を数え忘れたんだろう。分かるぞ、その気持ち……だが、それ故におまえは気に食わんのだ…」


少女はブツブツと、そう呟いた。


「…………」


そして、しばらく黙り込んだ後、少女が口を開く。


「……よし。父上、お話があります」


「なんだ? 」


「今日で町役人をやめます。あと…明日、ユニスに会いに行きたいのですが、どこにいるか知りませんか? 」


「……勘弁してくれよ、アントワーヌ。おまえは一体何を考えているんだ…」


少女に対して、フィリクな泣きそうな声で答えた。

少女――アントワーヌ・ルーリスティはイアンを諦めていなかった。




3月28日 誤字修正

どいつにやらせましかた? 首を跳ね飛ばしてやる! → どいつにやらせましたか? 首を跳ね飛ばしてやる!

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