百四十一話 真面目な騎士
役人の少女がイアンの顔に目掛けて剣を突き出す。
イアンは首を傾け、突きを躱したが役人がすぐさま剣を引き、再び剣を突き出した。
キンッ!
避けられないと判断したイアンは、ショートホークを盾にして、役人の突きを防御した。
連続で繰り出される剣に、イアンは二丁のショートホークで守らざる負えない状況になった。
「守ってばっかで、手も足もでないか? まるで、亀だな」
「……」
イアンは、役人の言葉に耳を貸さず、黙々と剣を防いでいく。
「今だ」
カキッ!
イアンは、突き出された剣を下から左手のショートホークで弾いた。
今、攻撃のチャンスであり、イアンは役人の横っ腹に目掛けて、右手のショートホークを横から振るおうとした時――
「フフッ…」
役人が一歩前に踏み込み、イアンとの距離を詰めてきた。
イアンとほぼ密着するほど、役人は接近している。
「……!? 」
イアンは慌てて後方に跳躍した。
役人の片手に持たれているのは短剣。
彼女がイアンとの距離を極限まで縮めたのは、彼のショートホークの間合いを殺し、短剣で突き刺さすためであった。
「隙のないやつだ…」
「休んでいる暇はないぞ」
後方へ退避したイアンに対して、役人が追撃を行う。
剣を振り上げながらイアンに接近し――
「はあ! 」
剣を逆手に持ち替え、イアンの肩を目掛けて振り下ろした。
「ぐっ…」
素早い行動に、イアンは避けきれず、役人の剣が肩を掠めてしまう。
その隙に、役人はさらにイアンに接近し、短剣を突き刺しにかかった。
カラン…
イアンは左手に持ったショートホークを捨て、突き出された役人の手首を掴む。
間一髪で、イアンは腹部を突き刺されることを防いだ。
「……む、顔に似合わず、力持ちのようだな」
役人は、掴まれて動かない手を見て呟いた。
「以前は力仕事をしていたのでな」
「そうか」
役人はそう言いながら、剣を振り上げた。
イアンはその剣に対処しようとした時――
ドカッ!
顔に衝撃を受け、吹き飛ばされた。
役人が足を振り上げ、イアンの顔を蹴り飛ばしたのだ。
イアンは振り上げた剣に目がいってしまい、録に防御することもできず、役人の蹴りをモロに受けてしまったのである。
蹴り飛ばされたイアンは空中で身を翻して着地する。
「イアン、大丈夫か!? 」
戦いを見ていたラノアニクスがイアンに声を掛ける。
「……ああ、受けたのが蹴りで良かった」
「感謝しろよ」
役人はイアンにそういうのと同時に、持っていた短剣をイアンの喉元へ投擲した。
キンッ!
イアンは飛んできた短剣をショートホークで弾いた。
その間に役人は、地面に落ちていたショートホークを拾い上げた。
「小ぶりの斧か……良い武器じゃあないか。名前はあるのか? 」
「ショートホークだ。あと勝手に触るな」
「いいじゃないか。少し、使わせてくれよ! 」
役人は足を踏み込み、真っ直ぐイアンに向かっていった。
「くっ…」
イアンは即座に左手で戦斧を取り出し、役人の攻撃に備える。
役人は連続で剣を突き出しながら、ショートホークも振り下ろす。
「む!? 」
イアンは役人の動きに、目を見開いた。
役人のショートホークの扱い方が妙に手馴れていたのだ。
イアンが驚愕していることに、役人が気づく。
「その様子だと、この使い方であっているようだな」
「お前、斧の心得があるのか? 」
「ああ。だが、俺の持っている斧はもっと大きくてな。今のショートホークの振り方は別の武器を参考にしている」
イアンの問いに役人が答えた。
その間も役人の猛攻は続く。
「また亀になったか。どうした、反撃をしてこないのか?」
役人が防戦一方のイアンに対して、声を上げる。
挑発のつもりで発した言葉だが、イアンに変化はない。
(はっ…珍しい武器を持っているからと……少し期待しすぎたようだな)
役人は、何もしてこないイアンに痺れを切らし――
「もうやめだ。お前、つまらんわ」
ガンッ!
手に持ったショートホークで、イアンのショートホークを弾き、役人はイアンの頭目掛けて剣を突き出した。
「む!? 」
ここでようやくイアンが動いた。
役人の放った剣をギリギリが躱し、両腕を胸元で交差させながら――
「なっ!? こいつ! 」
役人に密着するほど接近した。
役人の目が驚愕により見開かれる。
この状態では、間合いが近すぎて、武器を充分に振ることはできない。
それはイアンも同じはずであるが、彼はあえて接近し、この状態を考慮した体勢を取っていた。
「変則的ではあるが、くらえ! 」
イアンは両腕を交差したまま、役人の首を目掛けて突き出す。
「くっ…! 」
役人は攻撃を受けまいと、後ろへ跳躍するが――
「逃がさん! 枝切り 鋏斧撃! 」
イアンは片足を踏み込んで、前に両腕を突き出した。
「ぐっ…ぅえ! 」
役人の首に、交差された戦斧とショートホークの打撃部が打ち付けられる。
イアンは、その二丁の斧で役人の首を挟み――
「うおおっ! 」
役人を持ち上げて、くるりと横に一回転して投げ飛ばした。
投げ飛ばされた役人は、通りの真ん中に横たわる。
「ふぅ……今の攻撃…刃を首に向けていれば、お前に首は落ちていた。お前の負けだ」
イアンは、持っていた斧をホルダーに戻す。
「やった、イアンの勝ち! 」
ラノアニクスが本の入った袋を抱えながら、イアンに駆け寄る。
「きわどい戦いであったがな。さて、ショートホークを――」
イアンがラノアニクスから袋を受け取り、役人に近づいた時、寝ころがったまま彼女がショートホークをイアンに投げた。
イアンは投げられたショートホークを手に取る。
「最後の最後で油断した……俺もまだまだだな…」
役人は頭をガリガリと掻きながら、立ち上がる。
「しかし、おまえ、いい腕をしているな! この俺をあそこまで追い詰める者はそうそういないぞ? 」
そして、自分が負けたにも関わらず、ニコニコと微笑んでいた。
否、彼女の中ではイアンに負けたことになっていなかった。
「う、うむ……勝負には勝ったので、ここで失礼する。行くぞ、ラノアニクス」
イアンはショートホークをしまい、踵を返そうとしたが、役人に肩を掴まれた。
「待て待て、まだ話しは終わっていない。おまえは、なかな強いし容姿もいい。先程の土壇場で放った一撃といい、おまえは見所がある」
「そ、そうか…オレが勝ったんだよな? 」
役人はイアンを褒めているのだが、どこか上から目線であった。
「そこで、俺の――」
「ルーリスティ! ここで何をしている! 」
役人が何かを言いかけた時、男性の声が聞こえた。
イアンが声のした方へ目を向けると、そこには役人の少女と同じ服を着る男性が立っていた。
「ちっ、上司が来たか」
先程まで、微笑みを浮かべていた役人の少女の顔が一気にしかめっ面になる。
「散々仕事をサボりやがって! ほら、観光客をナンパしていないで、仕事に戻れ」
役人の男性が役人の少女の襟を掴んで引き摺って行く。
「ええい! くそ、離せ! 今、大事なところだった! 」
「馬鹿! 仕事より大事なものか! 帰ったらまず、始末書を書いてもらうからな。あと、おまえの父上にも報告させてもらう」
「ぐっ……くそぅ…」
引き摺られる役人の少女は大人しくなった。
「……なんだったんだろうな? 」
「……さあ…」
引き摺られる役人の少女を眺めながら、イアンとラノアニクスは呆然としていた。
――次の日。
イアンとラノアニクスは、オリアイマッド領の北に広がる平原に来ていた。
イアン達の他にも、多くの戦士が集まっており、討伐開始の号令を今か今かと待ちわびていた。
「戦士諸君、待たせたな! 」
オリアイマッド領の領主のロイクが声を上げる。
ロイクの背後には大人数の騎士が立っている。
「今から、魔物を討伐してもらう。そして、君達一人一人に我が騎士団の騎士を付けさせてもらう」
ロイクの背後にいた騎士達が一斉に戦士達も元へ向かう。
「その騎士達が君達の戦いを評価する。倒した魔物の種類や数も彼らが記録するので、君達は戦いだけに集中するといい。制限時間は夕暮れまで、では討伐開始! 」
「「「うおおおおおおお!! 」」」
ロイクの号令と共に戦士達が平原を駆け出した。
その場に、イアンとラノアニクスを二人を評価する騎士だけが残る。
「徹底しているな……一人一人の評価をするみたいだから、オレ達も別々で動くか」
「ギャウ! イアンと勝負! 」
イアンとラノアニクスも魔物を討伐するために動き出した。
平原を駆ける戦士達を遠くからロイクが眺めていた。
「今回、いい人材がどれほどいるか……その中に、我が軍に入ってくれる者はいるだろうか…」
一人ロイクが呟く。
「父上…」
そこへ一人の騎士がロイクに近寄ってきた。
長い髪は後ろでに束ねられており、髪の色は金色であった。
目の色は髪と同じ金色で、端正な顔立ちで一見冷酷そうに見えるが、どこか優しげな表情を持っている。
「来たか、ユニス……って、なぜ鎧を身につけているのだ? 」
ロイクがユニスの姿を見て、呆れた声を出した。
「なぜ…平原で魔物を討伐されるのでしょう? 小生も微力ながら助力をしたいと思いまして」
ユニスと呼ばれた少女は腰に差していた剣に手をかける。
「これは集めた戦士達の中に、良い戦士がいるか試しているだけで、我々が戦う必要はないのだ! あと、小生などと自分を下げるような言葉を使うなとあれほど……」
「……そう…でしたか…」
ユニスはようやく父の意図を理解する―が――
「ならば共に戦い、この目で戦士達の強さを見てきます! 」
それでも、ユニスは戦うつもりでいた。
「……まぁ、直に戦士達の戦いを見ることはいいかもしれんし…………分かった、好きにするがいい…あと、気に入った者がいれば声を掛けてみよ。自分の部下にできるかもしれんぞ? 」
ロイクは何を言ってもユニスを止めることはできないと思い、説得を諦めた。
「はい! より多くの魔物を討伐して参ります、父上」
ユニスは礼儀正しく礼をした後、平原に向かって駆け出した。
「はぁ…話しを聞かんやつだ……おまえが多く倒しては意味がないのだが……」
ロイクは娘の背中を見つめながら、ため息をついた。
「まぁまぁ、真面目で良い娘ではないですか」
ロイクの側に立っていた騎士が口にした。
「フィリクよ、ちゃんと目を開いているか? ユニスは真面目すぎるだろう」
「ははははは! 真面目で結構! ……ユニス様に比べて、私の娘ときたら……はぁ…」
フィリクと呼ばれた騎士が肩を落とした。
「あの娘か……まぁ、そう気を落とすな」
ロイクはフィリクの肩を優しくと叩いた。
「はぁ! 」
ユニスが狼型の魔物目掛けて剣を振るう。
この魔物は、コーウルフと呼ばれる魔物で、緑色の体毛を持っている。
素早い動きが特徴で、その動きに対応できなければ手練の戦士であっても苦戦していまうのだが――
ズバッ!
「アオン―! 」
ユニスはたったひと振りで、コーウルフを倒してしまった。
「コーウルフは二十匹目…どんどん倒していきますよ! 」
ユニスの戦意はさらに上がっていく。
現状、彼女が一番多くの魔物を倒していた。
「すげぇ……ていうか、騎士じゃねぇか! 」
「ユ、ユニス様…自重してください……というか、何をしにきたんですか…」
彼女の周りにいた戦士が驚愕し、その戦士についていた騎士が小声でユニスを注意する。
「助太刀しにきました。討伐の手伝いをしますので、ご一緒にどうですか? 」
「い、いや……遠慮しておくよ…」
戦士は近くにユニスがいては録に魔物が倒せないと思い、自ら離れていく。
「ユニス様…本当はありがたいことなのですが、今はお控えください。では…」
騎士は申し訳なさそうにユニスに言った後、戦士の後を追っていった。
「……あ! そうか! 騎士の小生が倒しすぎると、この方々の力を測ることができなくなるのか! 小生はなんということを~…」
ユニスは、今更自分のやっていたことが邪魔であることに気づき、その場に崩れ落ちる。
そして、腰を下ろし周りを見回した。
(そういえば、父上は気に入った者がいれば、声を掛けろ…と言っていましたね…)
ユニスはロイクの話しを一応聞いていた。
彼女の見回した限りでは、戦士達は難なく魔物を倒していき、申し分ない実力の者ばかりであった。
(強い人ばかりだ……)
ユニスが思ったのはそれだけである。
自分の周りにいる戦士達に魅力を感じなかった。
(このくらいの強さであれば、今の兵で間に合っている。小生が欲しいのは――)
「おい」
ユニスが思い耽っていると、後ろから声を掛けられた。
「……!? 」
振り向いた彼女は、思わず息を飲んでしまう。
そこにいたのは、水色の短髪の少女であった。
「……」
ユニスは目を見開いたまま動かない。
少女の姿があまりにも美しく見え、見とれてしまったのだ。
「戦士とはぐれたのか? ……返事がないな」
「はぁ…どうされましたか? 」
イアンに続いて、彼についていた騎士もユニスに声を掛けるが返事はなかった。
「……行きましょう、イアンさん」
「……? いいのか? 」
「ええ、彼女は一人でも大丈夫でしょう」
「そうか? では、行くか」
イアンは騎士を連れて、ユニスの元から離れる。
「…………はっ! 」
ユニスはようやく我に返り、イアンの姿を探す。
彼女がイアンを見つけた時には、イアンは魔物と戦っていた。
「コーウルフ数体を相手に!? 」
ユニスの言うとおり、イアンは数体のコーウルフと対峙していた。
コーウルフの数は六体。
一人で戦うには無謀かと思われたが――
「グフッ―!! 」
「オォン―!? 」
「ガフッ―!! 」
イアンは瞬く間に、半数のコーウルフを倒してしまった。
「か、華麗に攻撃を躱す…まるで宙を舞う羽根のよう……にも関わらず、振るった斧の一撃は力強い……」
ユニスはイアンの戦い方をそう評し――
「戦いの…女神…」
イアンを女神と称した。
「…む、今誰かがオレを女扱いした気がする……」
戦っているイアンの耳がピクリと動いた。
その間にも残りのコーウルフを倒してしまい、イアンは一息つく。
「ふぅ……けっこう倒したが、今ので何体目だろうか? 」
イアンが騎士に訊ねようとしたとき――
「え!? 代われって…そんなことはできませんよ」
「後で父上には言っておきますから、どうかお願いします」
「ぐ……分かりました。今、コーウルフが……」
後方で騎士が誰かと話しているのを耳にした。
「おい、何かあったのか? 」
何事かと思い、イアンが振り返ると――
「さ、時間はまだまだ残されています。どんどん魔物を倒していきましょう! 」
今までついていた騎士ではなく、先程腰を下ろしていた騎士――ユニスがそこで微笑んでいた。
「は、はぁ……」
イアンは状況が理解できず、間の抜けた返事をした。
イアンは平原を駆ける。
彼の視線は、大型の魔物に向けられていた。
その魔物はサイベアーと呼ばれる熊型の魔物で、鼻先から生えた角が特徴的である。
「グオオオオオッ! 」
サイベアーがイアンの存在に気がつき、鼻先の角を前に突き出しながら突進してくる。
イアンは左右の手に戦斧を持ち、腕を交差――
「ふんっ! 」
枝切り鋏斧撃で角を挟みながら、サイベアーの突進を受け止めた。
「くっ……持ち上げられんか。ユニス、今のうちに仕留めてくれ! 」
「任せろ! 」
イアンの声にそう返すと、ユニスはサイベアーに接近し、側面から剣で切り裂いた。
ユニスの剣が深々とサイベアーの脇腹を切り裂いたが――
「グオオオオオ!! 」
サイベアーは倒れることなく、暴れ始める。
「くっ! 頑丈だな…」
イアンはサイベアーの鼻先から離れる。
「奴を仕留めるには…………ユニス! そいつの後ろ足を潰してくれ! 」
「足を!? 分かった! 」
ユニスは、なぜ足を攻撃するのか理解できなかったが、イアンの言葉に従い、再びサイベアーに接近する。
「グオオオッ! グオオッ! 」
ユニス目掛けて、サイベアーが前足を振りおろしていくが、ユニスはそれらを躱し――
「はあっ! 」
サイベアーの後ろ足を切り裂いた。
「グオオッ!? 」
後ろ足で立っていたサイベアーは、うまく立つことができず、前足を地面につけてしまう。
「よし、いい感じだ」
イアンは、ユニスがサイベアーの足を切り裂いている間に、鎖斧に持ち替えていた。
伸ばされた鎖斧をサイベアーの頭目掛けて振り下ろす。
「張縄伸斧撃! 」
「グッ――!? 」
サイベアーは避けることができず、その頭に鎖斧を受け、その場に崩れ落ちた。
「おおっ! 大技を当てるためだったか! 」
そこで、ユニスはイアンの意図を理解した。
「ああ。巨体のわりになかなか素早いからな」
「そうだな。手負いの状態でもサイベアーなら躱していただろう。しかし、いい連携だったな」
ユニスは満足げに頷いた。
「そう…だが、おまえの手助けを受けて倒した魔物は、オレが倒したことでいいのか? 」
「ああ。イアンが最後に止めを刺したからな、そうなるだろう」
イアンの問いに、ユニスが答えた。
「ふぅ…もうすぐ夕暮れか」
イアンがふと見上げると、空は徐々に赤みがかってきていた。
「ふむ、もうこんな時間か。まだ戦い足りないといのに…」
「いや、おまえがついてきてから物凄い量の魔物と戦ったぞ……そういえば、オレは何体の魔物を倒したことになっている? 」
「…………千体? 」
ユニスは視線を上に彷徨わせながら答えた。
「馬鹿な。そんなに倒したわけないだろう。まさか、おまえ……」
「す、すまん! その……あ、あまりにもおまえと共に戦うのが楽しくてな…本当にすまない! 」
ユニスが申し訳無そうにイアンに頭を下げる。
「……はぁ…」
必死に謝るユニスの姿に、イアンは怒るに怒れなかった。