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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
七章 多様の使い手
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百四十話 不真面目な町役人

セアレウスを見送ったイアンはラノアニクスを連れて、冒険者ギルドに来ていた。

多くの冒険者達が行き交う中、イアンは掲示板の前で自分が受けられる依頼を探す。

いつもやっている薬草採取は速攻で終わるものの、報酬が安い。

そのため、少しでも高い報酬を得るために、イアンは別の依頼を探しているのだ。

しかし、どれもイアンのランクでは受けられないものばかりであった。

仕方なくイアンは、いつもの薬草採取を受けることにした。


「ギャウ? 大きい…これなんだ? 」


イアンが薬草採取の依頼書に手を伸ばしかけた時、ラノアニクスが掲示板に指を差した。

彼女の指の先を見てみると、そこには大きな用紙に書かれた依頼書があった。

イアンはそれが高ランク冒険者用の依頼書だと思い、見逃していたが――


「性別・人種・冒険者資格の有無、これらを不問とする…冒険者でなくてもいいのか…」


その依頼の冒険者ランク制限はおろか、誰でも受けられるものであった。

イアンはその依頼書を手に取り、書かれている内容に目を通す。


「戦士募集 腕に覚えのあるものを求む。ゾンケット王国 オリアイマッド領 領主ロイク・キリオス……これだけか、しかも他国…」


イアンは眉をひそめた。

依頼内容が書かれているのはこれだけなのである。


「報酬は……その者の働きに応じる…なお、目覚しい活躍をした者については、登用の検討を行うものとする……むう、依頼主は何を考えているのだ? 」


イアンは首を傾げた。


「求人……徴兵ではないか。自国の者を集めればいいものを…」


それは、兵の徴兵を冒険者ギルドに依頼したものだった。


「こんなものをよく引き受けたな、ギルドの奴らは…」


イアンは持っていた依頼書を掲示板に貼り付けた。


「イアン、受けないのか? 」


「ああ、これは冒険者のやる依頼ではない。恐らく、筆記試験で冒険者になれない人のために、ギルドが発注したものだろう」


「ギャウ? じゃあ、ラノもできるのか? 」


「できるが……おまえ、これをやりたいのか? 」


「ラノもできるならやる! それにラノ、強い! 」


ダンッ!


ラノアニクスが力強く、尻尾を床に叩きつけた。


「おまえも報酬がもらえるというだけなのだが…………ふむ、自分の強さを測るにはいい機会かもしれないな。受けるか、この依頼」


「ギャオ! ラノ、頑張る! 」


ダンッ! ダンッ! ダンッ!


ラノアニクスが連続で尻尾を床に叩きつける。


「ラノアニクス、あまり尻尾を叩くのではない。皆、驚いているぞ」


「ギャウ? 」


集まる視線を気にするイアンだが、ラノアニクスは首を傾げていた。





イアン達の受ける依頼は、他大陸にある他国で行われるため、船に乗る必要がある。

依頼書には、いつどの船に乗れば良いか書いてあり、その日の指定された船に乗った。

彼らが向かうのは、世界で二番目に大きいとされる大陸であるウルドバラン。

ウルドバラン大陸は、バイリア大陸の四倍程の面積があるとされ、地域によって気候が大きく異なる場所が存在する。

その中でも温暖な地域にある国がイアン達の目的地になる。

その国の名はゾンケット王国。

大陸の南東から突き出た部分を領土に持ち、その大きさはフォーン王国程あった。

領土の中央に王都セリミットがあり、王都を囲むように八つの領地が存在する。

イアン達が目指すオリアイマッド領は、王都から北西にある。

数週間の航海の末、イアン達はオリアイマッド領に辿り着いた。

イアンとラノアニクスは船に下り、その領地の騎士に案内される。

案内されたのは広場の一角で、イアン達の他にも多くの者がそこにいた。

人間はもちろん、獣人、爬獣人種がおり、他にもイアンが見たことのない人種の者達が集まっていた。

しばらくすると、護衛の騎士を引き連れ、一人の男性が現れる。

その男性も騎士なのだろうが、身につけている服装が立派で――


「ようこそ! 他国から集った勇者達よ! 私が依頼主であり、この領地の領主 ロイク・キリオスだ」


この男性がロイク・キリオスであった。

金髪の髪は綺麗に整えられ、顔は若干老けているものの気品あふれる顔立ちをしていた。


「早速、本題には入らせてもらうが君達はやってもらいたいことがある。それはここから北に広がる平原…そこに生息する魔物の討伐である」


平原には狼型の魔物や熊型の魔物等が生息し、それらを一定数討伐する。

それがロイクの目的で、依頼で集まった者達はできる限り魔物を倒せばいい。

ロイクはそう説明した。


「平原の魔物は強いが、集まった君達ならばやってくれると信じている。依頼書にも書いてあったが、働きに応じて報酬は高くなるので、皆、励むように。では、明日の討伐まで、我が領地で航海の疲れを癒すといい」


ロイクはそう言うと、護衛の騎士を引き連れてこの場を去った。

集まった者たちも広場から立ち去っていく。


「……討伐は明日か。それまでどうするか…」


「町、回ろう。美味しいもの、あるかもしれない」


「おまえは食物ばっかしだな……まあ、そうするか」


イアンとラノアニクスも広場を出て、町を回ることにした。

今、イアン達がいる町の名は、エンリセン。

オリアイマッッド領の港町で、小さいながら程よく人で賑わっていた。

通りには、様々な店屋が立ち並び――


「ギャオ! 魚! イアン、魚が食えるぞ!」


港町ということもあって、魚介を扱った料理屋もあった。


「飯か…まだ食うには早すぎるだろう。もう少し、この通りを見て回るぞ」


「ギャウ、空腹は最高のスパイス! ということだな! 」


「そう……いや、どういうことだ? どこで覚えて来たんだ、そんな言葉…」


イアンは、ラノアニクスの謎の言葉を耳にし、首を傾げた。




イアンが通りを歩いていると、ある店屋が目に止まった。

そこには多くの本棚が置かれていた。


「本屋か……セアレウスが好きそうな本はあるだろうか? 少し見てくか…」


「わかった」


イアンとラノアニクスは本屋の中に入った。


「いらっしゃい…」


イアンは、奥のから男性の声を耳にした。

声のした方向を見ると、奥にあるカウンターにヒゲを生やした男性がいた。


「ここの店主か。物語が書いてある本を探しているのだが…」


「左奥…そこに置いてあるよ」


店主が指を差して位置を指定する。


「ありがとう」


イアンはそこへ向かい――


「ギャウ! 食べ物が乗っている本だ! 」


ラノアニクスは料理本を手に取り、読み始めた。

イアンが目的の本が置いてある本棚に辿り着くと、その近くに別の客がいた。


(先客がいたか。気付かなかった…)


イアンはそう思った後、本を探そうと本棚に目を移そうとしたが、その客から目を離せなかった。

なぜなら、その客がとても珍しい黒色の髪を持っていたからだ。

長い髪をこめかみより高い位置で二つに()っている。

手に持った本を眺める目は紫色で、横からでも端正な顔立ちをしていることが分かった。

背はイアンよりも低く、ロロットと同い年かそれより下の年齢であると判断した。

腰には剣を下げており、服装は――


(……? 見たことある服装だな……)


町娘が着るような服ではなく、青い色をした騎士のような服を身につけていた。


(あっ! 思い出したぞ! こいつの服、町を回っていた騎士の服装ではないか! 何しているのだ、こいつは? )


イアンは、その少女が着ている服が役人の服と同じであることに気づいた。

役人も騎士ではあるが、戦いが主の目的ではなく町を見回り、住人の喧嘩の仲裁や罪人の捕縛など、治安を守ることを目的とした者達のことである。

しかし、この少女は役人の服を着ているにも関わらず、イアンの隣で黙々と本を読んでいた。


「……つまらん」


しかし、少女は本を元の場所に本を戻すと、本屋を後にした。


「……? 」


イアンは少女の背中を不思議そうに見た後、ようやく目の前の本棚に目を移した。





 イアンは面白そうな本を買い、本屋を後にした。


「それ、なんの本だ? 」


ラノアニクスが、イアンの持つ袋を見ながら訊ねた。

袋の中には、イアンの買った本が入っている。


「これか? ヌメヌメ丸君の大冒険という本だ」


「……ふーん」


ラノアニクスはまったく興味無さそうだった。


「……面白そうだと思うのだがな…」


イアンは、ラノアニクスの反応にしょんぼりとする。

そのまま、先ほどの魚介料理店を目指して歩いていたイアンとラノアニクス。

彼らの歩く通りは人通りが少なく、薄暗かった。


「……変な通りに入ってしまったな」


「クンクン…このまま進めば、料理屋着く。気にするな」


「おまえは頼りになるな」


イアンは、ラノアニクスの鼻を頼りに、このまま進むことにした。


「……グゥ、人が近寄ってくる」


「そいつら、見えるぞ。嫌な予感がする…」


通りの脇から、次々とガラの悪い男達が現れた。

男達はイアンとラノアニクスを取り囲む。


「嬢ちゃんよぉ…観光者かい? ここの通りは危ないよぅ」


「おれ達みたいな、こわ~いお兄さん達がいるからねぇ…ぎゃはははははは! 」


男達は下品な笑い声を上げる。


「そうか、わざわざ忠告してくれてありがとう。ではな」


イアンは、男達の間を通り抜けようとしたが――


「いやいやいや、状況わかってる? ここで何もしないで帰るのはないでしょう」


男達がイアンの行く手を阻んだ。


「金……置いてきな。小便ちびる前にはな」


男の一人が短剣をイアンの目の前でちらつかせる。

普通の少女は、それだけでも飛び上がってしまうほど怖がるだろう。

しかし、イアンは動じない。


キンッ!


イアンは素早くショートホークを右手に持ち、男の持っていた短剣を跳ね飛ばした。


「あ? 」


短剣を跳ね飛ばされたことが理解できず、男は間の抜けた声を出す。

その間にイアンは、男の首に目掛けてショートホークを振るう。

首に当たる直前で停止させ――


「ここから消えたほうがいいぞ。首を落とされる前にな」


と男を脅しにかかった。


「ひいいいいいいい…」


男は慌てふためきながら後ろに下がった。

イアンは深追いせず、左手を下ろす。


「こ、こいつ、異国の戦士だったか! あ…ど、どうするよ!? 」


「知るか! 戦士相手に敵うはずがないだろ! 」


一斉に浮き足立つ男達。


(いや、行けって言っているのだから、早くどこかに行ってくれよ)


イアンは心の中で、そう思い――


「はぁ…行くぞ、ラノアニクス」


「ギャウ」


自分がこの場から離れることにした。


「おい」


そこに少女の声が響いた。

決して大きくない声ではあったが、その場にいた全ての者がその声の主の方を向いた。

そこには、イアンが本屋で見た役人が立っていた。


「こんな真昼間から揉め事か? お前ら暇だな。そんなに取り締まられたいのか? 」


ゆっくりイアン達に歩み寄る役人。


(あの時の役人か。この場をおさめてくれそうだな)


イアンは役人が来たことで安堵すると――


「こ、こいつがいきなり斧で脅してきたんだ! 金を置いてけって! 」


男の一人がイアンに指を差してそう言った。


「……いや、それはお前らの方だろ」


イアンは、自分に指を差す男を呆れた目で見つめる。


「……ほう…」


役人は鋭い目で、男達とイアン、ラノアニクスを見回した。


「へぇ…」


そして、頬を吊り上げると、役人は剣を抜き――


「脅迫罪だ。そこに直れ」


切っ先をイアンに向けた。


「なに? こいつらの方を信じるのか」


「お前たちは、さっさとどっかに行け」


「は、はい! 」


男達は役人に促され、散り散りにどこかに行ってしまった。


「お前、他国から来ただろう? 」


「……そうだが、それが理由か? 」


役人の問いに、イアンが答える。


「それもある。だが、それ以上にその斧が気になってな」


役人がイアンの持つショートホークに目を向ける。

その時の役人の目は笑っていた。


「珍しい武器を持っているなと……」


役人は、イアンに向けていた剣を下げ、彼の横を通り過ぎる。


「ギャウ? なんだ、あいつ」


ラノアニクスが役人を不思議そうに見つめる。


「しかも、そこそこ強いと見た……そこで一つ提案だ」


役人は地面に落ちていた短剣を拾いあげ――


「俺と勝負をして勝てたら不問にしてやろう。逃げたり負けたりしたら、豚小屋にブチ込むからな」


剣と短剣を構えて、イアンを見据えた。


「変な奴から絡まれたと後に、また変な奴に絡まれるとは……ラノアニクス、これを持っててくれ」


イアンは持っていた袋をラノアニクスに投げ渡す。


「イアン、負けるな」


「ああ、早く飯を食いたいしな」


イアンは左手にもう一丁のショートホークを取り出し、役人を見据えた。


「そうこなくちゃ。異国の戦士の武がどれほどのものか……退屈させてくれるなよ! 」


役人はそう言うと、イアン目掛けて走り出した。




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