百四十話 不真面目な町役人
セアレウスを見送ったイアンはラノアニクスを連れて、冒険者ギルドに来ていた。
多くの冒険者達が行き交う中、イアンは掲示板の前で自分が受けられる依頼を探す。
いつもやっている薬草採取は速攻で終わるものの、報酬が安い。
そのため、少しでも高い報酬を得るために、イアンは別の依頼を探しているのだ。
しかし、どれもイアンのランクでは受けられないものばかりであった。
仕方なくイアンは、いつもの薬草採取を受けることにした。
「ギャウ? 大きい…これなんだ? 」
イアンが薬草採取の依頼書に手を伸ばしかけた時、ラノアニクスが掲示板に指を差した。
彼女の指の先を見てみると、そこには大きな用紙に書かれた依頼書があった。
イアンはそれが高ランク冒険者用の依頼書だと思い、見逃していたが――
「性別・人種・冒険者資格の有無、これらを不問とする…冒険者でなくてもいいのか…」
その依頼の冒険者ランク制限はおろか、誰でも受けられるものであった。
イアンはその依頼書を手に取り、書かれている内容に目を通す。
「戦士募集 腕に覚えのあるものを求む。ゾンケット王国 オリアイマッド領 領主ロイク・キリオス……これだけか、しかも他国…」
イアンは眉をひそめた。
依頼内容が書かれているのはこれだけなのである。
「報酬は……その者の働きに応じる…なお、目覚しい活躍をした者については、登用の検討を行うものとする……むう、依頼主は何を考えているのだ? 」
イアンは首を傾げた。
「求人……徴兵ではないか。自国の者を集めればいいものを…」
それは、兵の徴兵を冒険者ギルドに依頼したものだった。
「こんなものをよく引き受けたな、ギルドの奴らは…」
イアンは持っていた依頼書を掲示板に貼り付けた。
「イアン、受けないのか? 」
「ああ、これは冒険者のやる依頼ではない。恐らく、筆記試験で冒険者になれない人のために、ギルドが発注したものだろう」
「ギャウ? じゃあ、ラノもできるのか? 」
「できるが……おまえ、これをやりたいのか? 」
「ラノもできるならやる! それにラノ、強い! 」
ダンッ!
ラノアニクスが力強く、尻尾を床に叩きつけた。
「おまえも報酬がもらえるというだけなのだが…………ふむ、自分の強さを測るにはいい機会かもしれないな。受けるか、この依頼」
「ギャオ! ラノ、頑張る! 」
ダンッ! ダンッ! ダンッ!
ラノアニクスが連続で尻尾を床に叩きつける。
「ラノアニクス、あまり尻尾を叩くのではない。皆、驚いているぞ」
「ギャウ? 」
集まる視線を気にするイアンだが、ラノアニクスは首を傾げていた。
イアン達の受ける依頼は、他大陸にある他国で行われるため、船に乗る必要がある。
依頼書には、いつどの船に乗れば良いか書いてあり、その日の指定された船に乗った。
彼らが向かうのは、世界で二番目に大きいとされる大陸であるウルドバラン。
ウルドバラン大陸は、バイリア大陸の四倍程の面積があるとされ、地域によって気候が大きく異なる場所が存在する。
その中でも温暖な地域にある国がイアン達の目的地になる。
その国の名はゾンケット王国。
大陸の南東から突き出た部分を領土に持ち、その大きさはフォーン王国程あった。
領土の中央に王都セリミットがあり、王都を囲むように八つの領地が存在する。
イアン達が目指すオリアイマッド領は、王都から北西にある。
数週間の航海の末、イアン達はオリアイマッド領に辿り着いた。
イアンとラノアニクスは船に下り、その領地の騎士に案内される。
案内されたのは広場の一角で、イアン達の他にも多くの者がそこにいた。
人間はもちろん、獣人、爬獣人種がおり、他にもイアンが見たことのない人種の者達が集まっていた。
しばらくすると、護衛の騎士を引き連れ、一人の男性が現れる。
その男性も騎士なのだろうが、身につけている服装が立派で――
「ようこそ! 他国から集った勇者達よ! 私が依頼主であり、この領地の領主 ロイク・キリオスだ」
この男性がロイク・キリオスであった。
金髪の髪は綺麗に整えられ、顔は若干老けているものの気品あふれる顔立ちをしていた。
「早速、本題には入らせてもらうが君達はやってもらいたいことがある。それはここから北に広がる平原…そこに生息する魔物の討伐である」
平原には狼型の魔物や熊型の魔物等が生息し、それらを一定数討伐する。
それがロイクの目的で、依頼で集まった者達はできる限り魔物を倒せばいい。
ロイクはそう説明した。
「平原の魔物は強いが、集まった君達ならばやってくれると信じている。依頼書にも書いてあったが、働きに応じて報酬は高くなるので、皆、励むように。では、明日の討伐まで、我が領地で航海の疲れを癒すといい」
ロイクはそう言うと、護衛の騎士を引き連れてこの場を去った。
集まった者たちも広場から立ち去っていく。
「……討伐は明日か。それまでどうするか…」
「町、回ろう。美味しいもの、あるかもしれない」
「おまえは食物ばっかしだな……まあ、そうするか」
イアンとラノアニクスも広場を出て、町を回ることにした。
今、イアン達がいる町の名は、エンリセン。
オリアイマッッド領の港町で、小さいながら程よく人で賑わっていた。
通りには、様々な店屋が立ち並び――
「ギャオ! 魚! イアン、魚が食えるぞ!」
港町ということもあって、魚介を扱った料理屋もあった。
「飯か…まだ食うには早すぎるだろう。もう少し、この通りを見て回るぞ」
「ギャウ、空腹は最高のスパイス! ということだな! 」
「そう……いや、どういうことだ? どこで覚えて来たんだ、そんな言葉…」
イアンは、ラノアニクスの謎の言葉を耳にし、首を傾げた。
イアンが通りを歩いていると、ある店屋が目に止まった。
そこには多くの本棚が置かれていた。
「本屋か……セアレウスが好きそうな本はあるだろうか? 少し見てくか…」
「わかった」
イアンとラノアニクスは本屋の中に入った。
「いらっしゃい…」
イアンは、奥のから男性の声を耳にした。
声のした方向を見ると、奥にあるカウンターにヒゲを生やした男性がいた。
「ここの店主か。物語が書いてある本を探しているのだが…」
「左奥…そこに置いてあるよ」
店主が指を差して位置を指定する。
「ありがとう」
イアンはそこへ向かい――
「ギャウ! 食べ物が乗っている本だ! 」
ラノアニクスは料理本を手に取り、読み始めた。
イアンが目的の本が置いてある本棚に辿り着くと、その近くに別の客がいた。
(先客がいたか。気付かなかった…)
イアンはそう思った後、本を探そうと本棚に目を移そうとしたが、その客から目を離せなかった。
なぜなら、その客がとても珍しい黒色の髪を持っていたからだ。
長い髪をこめかみより高い位置で二つに結っている。
手に持った本を眺める目は紫色で、横からでも端正な顔立ちをしていることが分かった。
背はイアンよりも低く、ロロットと同い年かそれより下の年齢であると判断した。
腰には剣を下げており、服装は――
(……? 見たことある服装だな……)
町娘が着るような服ではなく、青い色をした騎士のような服を身につけていた。
(あっ! 思い出したぞ! こいつの服、町を回っていた騎士の服装ではないか! 何しているのだ、こいつは? )
イアンは、その少女が着ている服が役人の服と同じであることに気づいた。
役人も騎士ではあるが、戦いが主の目的ではなく町を見回り、住人の喧嘩の仲裁や罪人の捕縛など、治安を守ることを目的とした者達のことである。
しかし、この少女は役人の服を着ているにも関わらず、イアンの隣で黙々と本を読んでいた。
「……つまらん」
しかし、少女は本を元の場所に本を戻すと、本屋を後にした。
「……? 」
イアンは少女の背中を不思議そうに見た後、ようやく目の前の本棚に目を移した。
イアンは面白そうな本を買い、本屋を後にした。
「それ、なんの本だ? 」
ラノアニクスが、イアンの持つ袋を見ながら訊ねた。
袋の中には、イアンの買った本が入っている。
「これか? ヌメヌメ丸君の大冒険という本だ」
「……ふーん」
ラノアニクスはまったく興味無さそうだった。
「……面白そうだと思うのだがな…」
イアンは、ラノアニクスの反応にしょんぼりとする。
そのまま、先ほどの魚介料理店を目指して歩いていたイアンとラノアニクス。
彼らの歩く通りは人通りが少なく、薄暗かった。
「……変な通りに入ってしまったな」
「クンクン…このまま進めば、料理屋着く。気にするな」
「おまえは頼りになるな」
イアンは、ラノアニクスの鼻を頼りに、このまま進むことにした。
「……グゥ、人が近寄ってくる」
「そいつら、見えるぞ。嫌な予感がする…」
通りの脇から、次々とガラの悪い男達が現れた。
男達はイアンとラノアニクスを取り囲む。
「嬢ちゃんよぉ…観光者かい? ここの通りは危ないよぅ」
「おれ達みたいな、こわ~いお兄さん達がいるからねぇ…ぎゃはははははは! 」
男達は下品な笑い声を上げる。
「そうか、わざわざ忠告してくれてありがとう。ではな」
イアンは、男達の間を通り抜けようとしたが――
「いやいやいや、状況わかってる? ここで何もしないで帰るのはないでしょう」
男達がイアンの行く手を阻んだ。
「金……置いてきな。小便ちびる前にはな」
男の一人が短剣をイアンの目の前でちらつかせる。
普通の少女は、それだけでも飛び上がってしまうほど怖がるだろう。
しかし、イアンは動じない。
キンッ!
イアンは素早くショートホークを右手に持ち、男の持っていた短剣を跳ね飛ばした。
「あ? 」
短剣を跳ね飛ばされたことが理解できず、男は間の抜けた声を出す。
その間にイアンは、男の首に目掛けてショートホークを振るう。
首に当たる直前で停止させ――
「ここから消えたほうがいいぞ。首を落とされる前にな」
と男を脅しにかかった。
「ひいいいいいいい…」
男は慌てふためきながら後ろに下がった。
イアンは深追いせず、左手を下ろす。
「こ、こいつ、異国の戦士だったか! あ…ど、どうするよ!? 」
「知るか! 戦士相手に敵うはずがないだろ! 」
一斉に浮き足立つ男達。
(いや、行けって言っているのだから、早くどこかに行ってくれよ)
イアンは心の中で、そう思い――
「はぁ…行くぞ、ラノアニクス」
「ギャウ」
自分がこの場から離れることにした。
「おい」
そこに少女の声が響いた。
決して大きくない声ではあったが、その場にいた全ての者がその声の主の方を向いた。
そこには、イアンが本屋で見た役人が立っていた。
「こんな真昼間から揉め事か? お前ら暇だな。そんなに取り締まられたいのか? 」
ゆっくりイアン達に歩み寄る役人。
(あの時の役人か。この場をおさめてくれそうだな)
イアンは役人が来たことで安堵すると――
「こ、こいつがいきなり斧で脅してきたんだ! 金を置いてけって! 」
男の一人がイアンに指を差してそう言った。
「……いや、それはお前らの方だろ」
イアンは、自分に指を差す男を呆れた目で見つめる。
「……ほう…」
役人は鋭い目で、男達とイアン、ラノアニクスを見回した。
「へぇ…」
そして、頬を吊り上げると、役人は剣を抜き――
「脅迫罪だ。そこに直れ」
切っ先をイアンに向けた。
「なに? こいつらの方を信じるのか」
「お前たちは、さっさとどっかに行け」
「は、はい! 」
男達は役人に促され、散り散りにどこかに行ってしまった。
「お前、他国から来ただろう? 」
「……そうだが、それが理由か? 」
役人の問いに、イアンが答える。
「それもある。だが、それ以上にその斧が気になってな」
役人がイアンの持つショートホークに目を向ける。
その時の役人の目は笑っていた。
「珍しい武器を持っているなと……」
役人は、イアンに向けていた剣を下げ、彼の横を通り過ぎる。
「ギャウ? なんだ、あいつ」
ラノアニクスが役人を不思議そうに見つめる。
「しかも、そこそこ強いと見た……そこで一つ提案だ」
役人は地面に落ちていた短剣を拾いあげ――
「俺と勝負をして勝てたら不問にしてやろう。逃げたり負けたりしたら、豚小屋にブチ込むからな」
剣と短剣を構えて、イアンを見据えた。
「変な奴から絡まれたと後に、また変な奴に絡まれるとは……ラノアニクス、これを持っててくれ」
イアンは持っていた袋をラノアニクスに投げ渡す。
「イアン、負けるな」
「ああ、早く飯を食いたいしな」
イアンは左手にもう一丁のショートホークを取り出し、役人を見据えた。
「そうこなくちゃ。異国の戦士の武がどれほどのものか……退屈させてくれるなよ! 」
役人はそう言うと、イアン目掛けて走り出した。