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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
七章 多様の使い手
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百三十九話 決心

 太陽が真上に近づいてきた頃。

フォーン王国の平原にある林の中にイアンがいた。

ネアッタン島から戻って来てから数日経ち、いつものように薬草採取の依頼を行っている。

彼らは、普段の依頼をこなす日々に戻ったのだ。

イアンの妹であるセアレウスも冒険者であるが、今は彼とは別の依頼を受けている。

いつもは、イアンの自称従者を名乗るミークという大男がセアレウスと共にいるのだが、今日も彼女は一人で依頼を受けていた。

ミークはネアッタン島での戦いで負傷し、今もベッドから降りられない日々を送っているのだ。

意識は既に取り戻しており、一刻も早く復帰すると、毎日イアン達に言っている。

イアンが保護をしているラノアニクスという少女はというと、町の子供達と遊んでいた。


「はぁ…終わった。今日は少し時間が掛かってしまったな」


イアンは立ち上がり、額の汗を腕で拭う。

摘んだ薬草は袋に入れ、側に生えている木の根元に置く。


「……あった」


その後、近くの茂みに入ったイアンはそこから、縄が縛り付けられた丸太を持ち上げた。

木に登り、枝から丸太を吊るした後、イアンは地面に下り――


「ふぅ……」


ショートホークを右手に持ち、投擲した。

ショートホークは、丸太の横に目掛けて飛んでいたが、弧を描くように曲がり――


カッ!


丸太を掠め、木々の中へ飛んでいってしまった。


「ほう、少し曲がったな。まだ戻ってこないが、そのうち上達していくだろう」


イアンは今の投擲をそう評価した。

今、彼は新しい技の練習をしている。

以前は戦斧であり、まったく曲がりもしないことから、ショートホークでやってみることにした。

その結果、ショートホークならば僅かに曲がることが分かったので、イアンはショートホークで練習することに決めた。


「今日で、どこまでうまくできるか……しかし、投げた斧を探しに行くのは面倒だ。そのうち何か考えないとな…」


イアンはそう呟きながら、投擲したショートホークを探しに行った。





夕方になり、キャドウの宿屋に戻ったイアンは、食堂で夕食を取っていた。

同じ席には、セアレウスとラノアニクスも座っている。


「ふぅー、お腹いっぱい! 」


大量の料理を口に運んでいたラノアニクスが腹を抱ええる。

彼女の前に置いてある皿は空のものばかりで、早々に食べ終わってしまったようだ。


「どうした? 昨日より少ないではないか」


イアンが、向かいに座るラノラニクスに訊ねる。


「今日は、家の中で遊んだ。動いてないから、あんまり腹減ってない」


「ほう、そうなのか。まぁ…食い終わった時に、おまえの顔が見えないのはいつも通りだが……」


イアンは呆れた表情で、前方を見る。

ラノアニクスの前には大量の皿が積まれており、彼女の頭の先しかイアンには見えなかった。


「ご飯も食べた。ラノはもう寝る。おやすみ! 」


ラノアニクスはそう言うと、大量の皿を一気に持ち上げ厨房に運んだ後、二階へ上がっていった。


「……これからは、皿洗いもさせるようにするか…」


大量の皿を洗わされるキャドウを思い、イアンはそう呟いた。


「ククッ…いえ、お気遣いは無用です。確かにあの量は骨が折れますが、私の仕事ですので…」


イアンの呟きに、通りかがったキャドウが答えた。


「そうか? 」


「ククッ…ええ、その分のお金は頂いておりますので……」


「ぐっ…! そこなのだ。あいつの食欲のせいで、その日稼いだオレの金が消える……もう少し、どうにかならんのか…」


「ククッ……今は育ち盛りですし、仕方ないと思われます。保護者は大変ですな…」


キャドウはそう言うと、厨房へ向かった。


「はぁ…あいつも冒険者なら、楽になるんだが……試験がな…」


頭を抱えるイアン。

現在、冒険者になるには、筆記試験に合格しなければなれない。

その試験に、ラノアニクスが合格できると思えないのだ。


「……あ、そうだ。セアレウス、おまえがラノアニクスに勉強を教えてくれ。満点を取ったおまえが教えれば、あいつが合格するかもしれん」


イアンは、斜向(はすむ)かいに座るセアレウスに声を掛けた。


「……」


しかし、彼女は返事をせず、まったく口にしていない料理をじっと見ているだけであった。


「おい、セアレウス」


「……あ…は、はい」


再びイアンが呼びかけ、ようやくセアレウスは返事をした。


「ラノアニクスに勉強を教えてくれ」


「勉強…ですか…あ、ああ、冒険者の筆記試験ですか…」


「そう、それだ……が、どうした? あまり乗り気でないみたいだが…」


セアレウスの反応は、イアンは思っていたものとは違った。


「いえ、そういうわけではありません…」


「……? 先程から口数が少ないようだが、何かあったのか? 」


「…………」


セアレウスは俯いてしまう。


「……! …………」


顔を上げて、何かを言おうとする仕草をするが、口を閉じ俯いてしまう。

それを何度か繰り返した後、セアレウスは立ち上がり――


「すみません。今日は…もう寝ます。残してしまったご飯は明日の朝食べますので、申し訳ありませんが、キャドウさんに伝えておいてください…」


「あ、ああ…」


イアンの返事を聞くと、セアレウスは階段の方へ向かった。


「……」


イアンは、立ち去るセアレウスの背中をじっと見つめていた。



 その日から、セアレウスの口数は減るが、彼らはいつも通りの日々を送っていた。

しかし、ラノアニクスもセアレウスの異変に気づき、彼女を気遣うような仕草するようになった。

イアンがミークの様子を見に、彼の部屋に行けば、ミークもセアレウスのことを聞いてくる。

皆がセアレウスを心配するようになり、とうとうイアンが動いた。

夕食を食べ終わった後、セアレウスを自分の部屋に呼び出し、何があったのかを聞き出すことにした。


「セアレウス、今おまえは何を抱えているのだ? 」


「……」


セアレウスは返事もせずに黙ったまま。

かと思いきや、顔を上げてようやく口を開いた。


「ずっと…考えていたことがあります」


「……」


イアンは黙ったまま、セアレウスの言葉に耳を傾ける。

彼が話しを聞く姿勢になったことを察したセアレウスは、再び口を開いた。


「ネアッタン島でのあの戦い…わたしがもっと強ければ、ミークさんが怪我を負わず、兄さんも危険な目に遭うことはなかった……そう思わずにはいられませんでした」


(そんなことはない…が、ここでそれを指摘する必要はないな…)


イアンはセアレウスの言葉に耳を傾けながら、そんなことを思っていた。


「そこで、わたしはもっと強くなるために考えたことがあります。しかし、その決心がつかず、今日に至ります……」


セアレウスはそこで言葉を切った後、深呼吸をし、呼吸を整えた。


「今日、その決心がつきました。兄さん、わたしを聖獣さんの所に連れて行ってください! 」


セアレウスは、イアンに向けて頭を下げた。


「……そこに行っただけで強くなるとは限らん。おまえは、あいつらのもとで、何を学んでくるつもりだ? 」


「……水の巫女の技…それで、この水魔精の力を更に引き出したいと思います」


「ほう、あの水を操る力を強化するか。で、なんのために強くなる? 」


イアンの問いを聞き、セアレウスはしばらく沈黙した後――


「誰かを守れる人になる……自分のためです…」


とイアンの目を見ながら言った。


「……分かった。モノリユスにおまえを迎えにこさせるよう連絡をしておく。それまで、特訓だ」


「特訓!? 教えられる前にある程度、うまくできるようにするということですか? 」


「違う。アックスエッジの扱い方だ。あそこにいる間、アックスエッジを使う機会はなくなるだろうから、今のうちにオレから技を盗んでおけ」


「ほ、本当ですか!? え、あ、では、倒木一連を教えてください! 」


セアレウスがイアンに詰め寄る。


「慌てるな、あと教えるつもりはない。さっきも言ったとおり、オレの動きを見て自分が使えるようにしろ。では、話しは終わりだ」


「ええ!? せめて、枝払いの振り下ろす時の力を入れるタイミングだけでも~~」


イアンは、興奮するセアレウスを部屋から押し出した。


「ふぅ……」


イアンは扉の前で一息つき、モノリユスに通信を繋ぐ。


(モノリユス)


(…はい、イアンさま、どうされましたか? )


(そちらにセアレウスを預けたい。悪いが迎えに来てくれないか? )


(……左様でございますか。では、すぐに……)


(いや、三日ぐらい時間を掛けて、ゆっくり来てくれ。そう急ぐことはないだろう)


(そうですか。分かりました)


(ああ、頼んだぞ)


イアンはそこで通信を切る。


「……ラノアニクスにあんまり食うなと言わんとな」


特訓の間、収入がなくなってしまうことを考え、ラノアニクスの食事制限をすることに決めた。





 次の日から、セアレウスの特訓が始まった。

その内容は、イアンと練習用に作った木の棒で戦うというものだった。

以前、イアンの家の前でやっていた時とは違い、かなり実戦に近い状態でやっていた。

まず、イアンの持っている木の棒の中に、縄が括りつけられたものがあり、これは縄斧の代わりとして作られたものだった。

イアンは戦斧を模した木の棒に加え、縄斧を使うのである。

一方のセアレウスは、水の操作を一部禁止した状態でイアンに挑んでいた。


「くっ……ぐぅぅ…」


ボロボロになったセアレウスが膝をつく。

その状態でイアンに敵うはずがなかった。


「…先程、おまえがやった倒木一連だが、隙だらけだったぞ。最初のニ連撃は相手の動きを封じるためのものだ。最後の一撃が一番大事だが、最初を疎かにしてどうする? 三連撃すべてに力をこめろ」


「……はい…」


セアレウスは、イアンの言葉を一語も聞き漏らさないよう耳を傾け、ゆっくり立ち上がる。


「だが、流れは自然にできるようになったな。よし、準備ができたらかかってこい」


「……はい! よろしくお願いします! 」


セアレウスは呼吸を整えた後、再びイアンに立ち向かった。

散々打ちのめされているセアレウスだが、その表情は明るく、今の時間は彼女にとって、とても充実した時間であった。

そんな日々が三日続き、ようやくモノリユスがキャドウの宿屋に辿り着いた。


「では、セアレウス様をお預かりします」


モノリユスが頭を下げる。

彼女の隣にはセアレウスがおり、キャドウの宿屋の前でイアンが見送りのため、彼女達の向かい立っていた。

イアンの隣には、ラノアニクスもいる。


「兄さん、この三日間で覚えた技の数々を忘れないよう、日々特訓します」


「ああ、水を操る力のほうもしっかりな」


イアンが三日間の特訓で、少し凛々しくなったセアレウスに声を言葉を返した。


「ギャウ、セアレウス、行っちゃうのか……」


ラノアニクスが悲しげに呟く。

セアレウスが修行をした後、また帰ってくることは理解しているが、その間会えないだけでも寂しいようだった。


「はい、しばらくお別れになります。ラノちゃん、ちょっと…」


「ギャウ? 」


セアレウスがラノアニクスを引き寄せ、イアンに聞こえないようラノアニクスに耳打ちをする。


「わたしがいない間、兄さんをお願いします」


「……わかった。ラノに任せろ」


「……? 二人共何をしているのだ? 」


「いえ、食べ過ぎは程々にと…」


「ギャウ! ラノ、我慢する…」


「う、うむ。そういてくれ…」


二人にごまかされ、イアンは二人の交わした言葉の内容が分からなまま、モノリユスに顔を向ける。


「ところで、ロロット達の様子はどうだ? 」


「ええ、元気ですよ。三人共、夜はぐったりしていますが…」


「……大変そうだな…あいつら…」


「それほど過酷な修行を……気を引き締めないと…」


三人の修行の過酷さを察し、イアンとセアレウスが青ざめる。


「まあ、そのうち慣れるでしょう。では、そろそろ行きますか」


「はい。兄さん、ラノちゃん、行ってきます。ミークさんにもよろしくと言っておいてください」


「分かった。また会おうセアレウス」


「バイバイ! 」


セアレウスはモノリユスに連れられ、町の外へ歩いていく。


「……さて、オレは依頼をしに出かけるとするか。いつものように夕方には――」


「ラノもついていく! 」


「なに? 」


イアンはラノアニクスの言葉に驚いた。

遊びに行ってしまうラノアニクスだが、今日は違った。


「……おまえの分の金はでないが……まあいいだろう。行くか、ラノアニクス」


「うん! 」


イアンはラノアニクスを連れて、冒険者ギルドを目指した。




しばらくセアレウスの出番はなくなります。


2016年6月8日―誤字修正

モノリユスにおまえを向かえにこさせるよう連絡をしておく → モノリユスにおまえを迎えにこさせるよう連絡をしておく


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