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百三十八話 少女は一撃に思いを乗せる

ラノアニクスは、バルガゴート目掛けて羽ばたく。

彼女の腕から翼が生えているが、空を飛べるほど立派なものではなく、ラノアニクス一人でもせいぜい滑空するくらいのことしかできない。

ラノアニクスがイアンを掴みながら空を飛んでいるのは、二人の体を能力で軽くしているからである。


「なに!? イアン・ソマフと…小娘!? 何故、生きている? なんなのだ、その翼は! 」


バルガゴートは向かってくるラノアニクスとイアンを見て、目を見開いた。


「ふん…だが、貴様達はもう終わりだ。たった今、わしの最大威力の衝撃波を放つ準備が整った。これで、最後まで全力を出したわしの勝ちだあああああ!! 」


バルガゴートは、貯めた力を開放するかのように手を広げた。

そこから衝撃波が生まれ、空気を大きく歪ませながら、ラノアニクスとイアン目掛けて飛んでいく。


「避けろ、ラノアニクス! 」


「ギャウ! 避ける必要ない! 」


ラノアニクスは衝撃波を避けようとはせず、真っ直ぐ飛んでいく。


「すぅぅぅぅぅ…ギャオオオオオオオオオオオオオ!! 」


すると、衝撃波の手前で咆哮を上げた。


「ぐっ!? なんてでかさだ! 」


あまりの声量に、耳を塞ぐイアン。

ラノアニクスの出した咆哮は、突風を引き起こしながら飛んでいき――


バシュゥゥゥ…


バルガゴートの出した衝撃波をかき消した。


「馬鹿な! わしの最大の衝撃波を声だけで打ち消したというのか! 」


「でかした! そのまま、やつに攻撃するぞ! 」


「わかった! 」


イアンの声に従い、ラノアニクスはバルガゴートに接近し――


「ギャオオウ! 」


「ぐっぷ…!? 」


バルガゴートの顔面に頭突きをかました。

顔面にダメージを受け、バルガゴートは降下するも、すぐに体勢を立て直す。


「このわしに…よくも! 」


バルガゴートが飛び去るラノアニクスの背後に迫り、拳を振り上げる。


「ギャオ! 」


しかし、ラノアニクスが宙返りを行い、バルガゴートの拳を躱すと同時に背後を取った。


「ふっ! 」


「ぐああ!! お、おのれ! 」


イアンがバルガゴートの背中を戦斧で切りつけた。

すぐさま反撃を行うバルガゴートだが、ラノアニクスが飛び去ったことにより、彼の拳に当たる者はいない。


「お、おのれええええええええ!! 」


バルガゴートは、ラノアニクスに翻弄され手も足も出ない状態であった。

そのため、彼は激高し、ラノアニクス目掛けて連続で衝撃波を放つ。


「来るぞ! 」


「ギャウ、楽勝! 」


ラノアニクスは、連続で放たれた衝撃波を次々と躱していき、避けるのが困難な場合――


「ギャオオオオオオオオ!! 」


咆哮でかき消す。


「くっ……ならば、直接捕まえ、島の地面に叩きつけてやる! 」


バルガゴートは、飛び去るラノアニクスを追い始める。


「あいつ、オレ達を追ってきているぞ」


「ギャウ! ラノの速さにはついてこれない」


「ああ。だが、これはチャンスだぞ、ラノアニクス」


イアンは、左手を腰のホルダーへ伸ばしてもう一丁の戦斧を取り出し、左右の手に戦斧を構える。


「合図を出す。そうしたら、オレを後ろに投げてくれ。その後はおまえに任せる」


「……分かった」


ラノアニクスは返事をし、イアンの合図を待つ。


(さて、これがオレの最後の一撃になるな。失敗は許されない…)


イアンは大きく息を吐き、戦斧を強く握り締める。


(よし! やるか)


「今だ、頼む! 」


「わかった!! 」


イアンの合図を受け、ラノアニクスはイアンを後ろへ投げた。

回転しながら体を捻り、イアンはバルガゴート目掛けて飛んでいく。


「なにぃ!? 貴様、なんのつもりだ! 」


飛んできたイアンに驚き、バルガゴートは思わず動きを止めてしまう。


「うおおおっ! 回転っ! 両腕 枝払い!」


イアンは前方向に回転しながら、二丁の戦斧を同時に振るった。


ズバッ!


回転の勢いを加えたイアンの戦斧は、バルガゴートの両腕を跳ね飛ばす。

勢いのままに、イアンはバルガゴートの後方へ突き抜けていく。


「ぐわああああああ!! 」


悲鳴を上げるバルガゴート。

両腕を失い、肩から血が大量に吹き出す。

その間に、ラノアニクスはさらに上空へ舞い上がり、そこから下方のバルガゴートへ急降下する。


「ぐっ…腕を失おうが、衝撃波は撃てる。わしはまだ戦える! 」


ラノアニクスを向かい打つため、上昇するバルガゴート。

その彼に対して、ラノアニクスは――


「すぅぅぅぅぅ…ギャオオオオオオオオオオオオ!! 」


凄まじい咆哮をぶつけた。


「ぐっ…なっ!? 」


ズドォォォン!!


咆哮をその身に受けたバルガゴートは、急激に下降し、密林の中の地面に落下した。


「ぐ…はっ……こ、これは…体が…動かん! 」


仰向けに倒れるバルガゴートは体を動かそうとするが、地面に張り付けにされたかのように体が動かなかった。


「お…重い! 体を軽くして、再び空へ……」


バルガゴートは自分の体重を軽くするため、体に力を込める。

すると、バルガゴートの体は徐々に軽くなっていく。


「よ、よし! これで奴に反撃……な、なんだ!? 」


その時、バルガゴートは異変に気づいた。

自分の意思とは関係なく、体が上昇していくのだ。

力を制御しようとするバルガゴートだが――


「ぐぅぅぅぅぅぅぅ…!? 」


どうすることもできないまま、上昇の速度が増していく。


「力の暴走……い、いや、違う! 」


自分の力を疑ったバルガゴートだが、自分の回りを見て、それが間違いであると判断した。

バルガゴートの周りには、地面に生えているはずの木々も浮いていたのだ。


「こ、この力…わしではここまでのことはできん! 手に触れることなく、声だけで軽重(けいちょう)を変化させるなど……貴様は…貴様はただの古代竜ではないな! 」


バルガゴートは、遥か頭上を飛ぶラノアニクスに向けて叫んだ。

ラノアニクスは、バルガゴートの叫びに答えず、畳んだ足を下に向けて急降下し――


「ギャオオオオオウ!! 加重竜脚(かじゅうりゅうきゃく)! 」


バルガゴートの腹を両足で思いっきり蹴りつけた。

急上昇する彼に対し、落下の勢いと底上げされた重量が合わさった彼女の蹴りは凄まじい威力となり、彼の肉体を真っ二つに切断してしまった。


「ぐあああああああああ!! 」


下半身を失ったバルガゴートは、悲鳴を上げながら密林へと落下していく。


「あ……お、おのれ! わしは再び覇者に……おのれ、イアン・ソマフ…おのれっ! 古代竜の小娘えええええええ!! 」


落下しながらバルガゴートは叫び、密林の中へ消えていった。

蘇ったかつての覇者は、再び栄光を掴むことなく、二度目の生涯を終えた。


「ギャウ! あいつ、大したことない。それより、イアン! 」


降下していたラノアニクスは、再び上昇し、落下しているイアンの元へ向かう。

バルガゴートの腕を跳ね飛ばした後、イアンは落下していたのだが、最後のサラファイアを使い、地面に落下するのを先延ばしにしていた。

ラノアニクスがバルガゴートを倒すと信じた行動である。


「イアン、終わったぞ」


「ああ、見ていた。すごいな…としか言いようがなかった」


ラノアニクスはイアンの襟を掴み、空を飛ぶ。


「ありがとう、ラノアニクス。おまえには助けられっぱなしだな…」


「気にするな。ラノはイアンを助ける。その分、肉を食わせろ」


気にするなと言いつつ、見返りを要求するラノアニクス。


「わかったわかった。とりあえず、下に降りよう。駐屯基地に……って、どうした? 」


徐々に高度を下げ始めるラノアニクス。


「……ごめん、イアン。ラノ、限界…」


「は? 」


その時、ラノアニクスの腕から生えていた翼がなくなった。

ニュルっと腕に吸い込まれるように、折りたたまれながら消えたのである。


「うおおおおおおおおお!! 」


「ギャアアアアアアアア!! 」


ラノアニクスの翼が消えたことにより、真下に落下し始める二人。


「くっ…せっかく、奴を倒したというのに…これでは…」


イアンは、ラノアニクスを抱きしめ、彼女をかばうように自分を下にする。

そして――


バシャアアア!!


イアンとラノアニクスは水の中に落ちた。


「ふぅ……間に合いました」


「ぷはっ、セアレウスか。助かったぞ」


水の中から顔を出すイアン。

彼の見下ろす先にはセアレウスが立っていた。

彼女が水の塊を空中に作り出し、二人を受け止めたのである。


「はい…ですが、ギリギリでしたよ……ぜぇ…はぁ…このわたしが…息を切らせるほど、全力で走ったのは初めてです…」


立っていたセアレウスだが、息を荒げてその場に座り込んだ。


「疲れ知らずのおまえが……よっと」


イアンは水の塊から脱出し、地面に着地する。


「オレは助けられてばかりだな。ラノアニクス、歩けるか? 」


「うん、大丈夫」


抱えられていたラノアニクスはイアンから飛び降りる。


「ほれ、疲れたろ。背中に乗れ」


イアンはセアレウスの前で、腰を下ろした。


「え…いえ、わたしは大丈夫です」


「知るか! オレの気が収まらないのだ。いいから、乗れ! 」


「は、はい! 」


慌てて、イアンの背中に乗るセアレウス。


「よし、では行くか」


「ギャオ! 」


「うぅ…なんだか背負われてばかりです、わたし…」


セアレウスを背負ったイアンとラノアニクスは駐屯基地を目指して歩き始めた。





 駐屯基地に辿り着いたイアン達はダイムブラムと騎士達に迎えられる。

どうやら、基地からバルガゴートを倒す姿を見ていたらしく、三人を盛大に歓迎した。

その後、戦いに疲れたイアン達は、宿営所で休むことにした。

数日ゆっくり過ごした後、イアン達は砂浜に来ていた。


「はい、イアン君。依頼達成証明書だよ」


「ああ、確かに」


ベティから書類を受け取るイアン。

彼らは、王都騎士団が手配した船の前に来ていた。

ネアッタン島から脱出するため船で、バルガゴートが倒れた今、イアン達をフォーン王国へ返す船となっていた。

ベティとダイムブラム達は、この島の調査を行うため、まだこの島に残るという。

今、ダイムブラムの部下達は、そのための食料を船から運び出していた。


「はぁ…やっと帰れると思ったんだけどなぁ」


ため息をつきながら、肩を落とすダイムブラム。


「いやいや、まだ帰れないでしょ。北の大遺跡も調べなきゃ行けないし、バル…なんちゃらの死体も気になるもん」


ダイムブラム達、王都騎士団が帰れないのは、ベティが原因だった。

彼女は死んでしまったビルトラン教授の仕事である島の調査を引き継いでしまったのだ。


「くっそぅ…こいつと教授が同じ分野の学者じゃなかったら…」


「ぐへへ…教授には悪いけど、ラッキー♪ 」


「こいつ……地獄に落ちろよ…」


舞い上がるベティにうんざりするダイムブラム。

そんな彼に、イアンが声を掛ける。


「…大変そうだが、気をしっかりな」


「うん、ありが――」


「ありがとう! イアンくん、私頑張るね! 」


「「おまえに言ってない! 」」


身を乗り出してきたベティに、イアンとダイムブラムが口を揃えて黙らせる。


「うえーん! 二人が私をいじめるよぅ…」


「…イアン君はよく頑張ってくれた。次に会う機会があれば何かお礼をさせてくれ」


「気にするな。共に戦ったのだ、礼はいらんよ」


「……」


二人に本気で無視をされ、ベティはすぐに嘘泣きをやめた。

次、ふざけたら本気で怒られると肌で感じ取ったのだ。


「セアレウスちゃんとラノアニクスちゃんもありがとな」


「いえ、兄さんの言った通り、お礼はいりません」


「ギャウ! 二人がいらないなら、ラノがもらう。感謝するがいい」


セアレウスは謙虚に振る舞い、ラノアニクスはふんぞり返った。


「ははははは! うん、ありがとうございます、ラノアニクス様」


「うむ! わははははは! 」


ダイムブラムに行儀よく頭を下げられ、上機嫌になるラノアニクス。


「こいつ、オレ達二人が格好よく決めたのに、台無しだぞ」


「まぁまぁ、ラノちゃんは物凄く頑張ったわけですし、ここは不問にしましょう」


ラノアニクスを叱りつけようとするイアンをセアレウスが宥める。


「あと…ミーク君も頑張ったな。あんな重症を負ってまで、化物と戦ってくれた。起きたら、礼を言っていたと伝えてくれ」


ダイムブラムの隣に立つジークネイトが、イアンにそう言った。

ミークはスチルモス将軍との戦いで傷を負い、しばらく動けない状態になっていた。

彼はこの場におらず、先に船の中で寝ている。


「ああ、伝えておく。あいつも頑張ってくれたからな……起きたら説教だが」


「ははは…軽くしてやれよ。じゃあ、そろそろ出航の時間だ。またな! 」


「またね! また遺跡の調査の護衛を頼むから」


「また会おう! 今度はフォーン王国で! 」


ダイムブラム、ベティ、ジークネイトがイアン達に別れの言葉を告げる。


「ああ、また会おう」


「ありがとうございました。先に失礼します」


「ギャウ! バイバイ! 」


イアン達は船に乗り、フォーン王国に向けて出航した。

甲板から砂浜を見ると、船が見えなくなるまで、ダイムブラム達が手を振っていた。





 甲板の柵にもたれ掛かり、イアンは海を眺めている。

島に行く時のように魔物に襲われることなく、彼らはゆっくりできた。


「ギャウ! イアン、何してる? 」


そこへラノアニクスがやってきた。


「ん? いや、何もしていないさ。ところで、おまえはこれからどうするのだ? 」


「どうする? どういう意味だ? 」


「いつまで…オレの元にいると聞いている。おまえが故郷に帰るのは――」


「カァブ! 」


イアンの手にラノアニクスが噛み付いた。


「いたたたたたた! 何をする!? 」


割と本気で噛まれたイアンの手から、少し血が滲む。


「ギャオ! まだ言うか! ラノ、帰らないと言った! 」


「しかしなぁ……そういえば、何故頑なに帰るのを嫌がる? 」


「……分からない……だけど、帰りたくない! 帰っても良い事ない、ラノ、これだけは分かる! 」


理由は分からないが、ラノアニクスは帰る気は全くないようだった。


「そ、そうか。わかったから、口を開けてこっちに来るんじゃない…噛むのは勘弁してくれ…」


イアンは噛まれた手をさすりながら、ラノアニクスから離れる。


「ギャウ! 噛まれてほしくなかったら、帰れなんて二度と言うな! 分かったか! 」


「分かった…が、この指はなんだ? 」


ラノアニクスが小指を立てて、イアンに向けていた。


「約束の指切りだ。セアレウスに教えて貰った。これをして約束を破ったら、棘を食ってもらう。苦いぞぅ」


「ふむ、そういうのもあるのだな。分かった」


イアンはラノアニクスの小指に自分の小指を絡ませる。


「約束! 」


「ああ、約束な」


二人は小指を絡ませたまま、軽く腕を振り、絡んでいた小指を解く。


「よし! イアン、暇だろ? ラノと遊ぼう! 」


「遊ぶって、おまえ…さっき散々遊んだではないか…」


「ギャウウ…ラノはまだ遊び足りない! 」


ラノアニクスはイアンの袖を引っ張りながら、甲板の広い所へ向かう。

イアンは彼女に抗うことなく、引っ張られていく。

船の上で出会った少女は、かつてのような獰猛な獣ではなく、年相応の無邪気な笑顔をイアンに見せていた。




六章 完

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