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百三十五話 蜜結晶の力

 セアレウスを探していたはずのイアンは今、バルガゴートと対峙していた。

予期せぬ事態に動揺しつつも、腰のホルダーから戦斧を取り出す。


「何故? という顔をしているな。それはこちらが聞きたいことだ。何故、ここにいる? 駐屯基地には我の忠臣達が向かったはずだが? 」


バルガゴートが腕を組みながら、イアンに問いかける。


「生憎だが、おまえの忠臣達は全員倒したぞ。生き返って早々気の毒だな」


「……そうか。どうやら貴様達の力を軽く見すぎていたようだな…」


バルガゴートは顔を伏せる。


「部下が殺されて悲しいか? 」


「……ああ、悲しいな……この程度の者共に、遅れを取る不甲斐ない部下を持ったことが」


「……!? 」


イアンは身の危険を感じ、後ろへ跳躍した。

バルガゴートから離れ、イアンが地面に着地した瞬間――


「……くっ!! 」


突風が吹き荒れ、地面の土を巻き上げながらイアンに襲いかかる。


「以前のあいつらならば、貴様達に敗北するなどありえぬことだ。しかし、負けた。何故だと思う? 」


バルガゴートが顔を上げて、再びイアンに問いかける。

彼は顔以外、体を動かしていなかった。


「体が鈍っていた……とか? 」


「それもあるだろうな。だが、それよりも大きな原因がある。それは、かつての世界に貴様等のような弱い存在がいなかったからだ」


バルガゴートが組んでいた腕を解いた。


「我らの周りは、どいつも力のある者ばかりであった。油断した者、勝つことに執念を燃やさぬ者が敗れる世界だ」


バルガゴートは、イアンの元へ向かう。


「本気で戦わねば、生き残ることはできなかった。だが、貴様達は弱い。ゆえに本気で戦わずとも勝つことはできる」


バルガゴートはイアンの数歩手前で立ち止まる。


「油断する奴らに、貴様達は本気で戦った。自分達より圧倒的に力の強い者だからこそ、そうしたのだろう? ならば、本気で戦った貴様等が勝つのは必然だ」


バルガゴートはイアンの目をしっかり見据えながら、拳を構えた。


「だが、わしを倒すことはできない。なぜなら、全力を持って貴様を叩き潰すからだ」





 バルガゴートは跳躍し、イアン目掛けて右の拳を振り下ろす。

イアンは横へ走り、バルガゴートの拳から逃れる。


ゴッ!


バルガゴートの拳によって地面は砕かれ、辺りに砕けた土の塊が弾け飛ぶ。

間髪いれず、バルガゴートはイアンとの距離を一気に詰め、左の拳を下から上へと振り上げる。


ガッ!


イアンは咄嗟に戦斧を盾にして、バルガゴートの拳を防いだが、宙に突き上げられてしまう。


「ぬぅん! 」


バルガゴートは、右腕をすくい上げるように振った。

それによって衝撃波が生まれ、イアン目掛けて飛んでいく。


「ぐうっ!! 」


衝撃波は命中し、イアンを遥か遠くへ弾き飛ばす。

この時、イアンは体がバラバラになったと錯覚するほどの衝撃を受けた。

ゴロゴロと地面を転がるイアンは、弾き飛ばされた勢いを停止させ、体を起こすが――


「はあああ!! 」


既にバルガゴートはイアンに接近しており、その拳がイアンに迫っていた。


「くっ…! 」


イアンは間一髪で、バルガゴートの拳を躱す。

顔の横を通り抜けるバルガゴートの右の拳を横目に見ながら、イアンはバルガゴートの側面に回り――


「うおおっ! 」


横っ腹目掛けて、戦斧を横に振るった。


「遅い! 」


しかし、バルガゴートの左腕が伸ばされ、戦斧を掴むイアンの右手ごと掴まれてしまう。

そのままバルガゴートはイアンを持ち上げ、地面に叩きつけるために振りかぶる。


「リュリュスパーク! 」


「ぐっ!? らああああああ!! 」


イアンの右手から放たれた雷撃を浴び、バルガゴートはイアンを投げ飛ばす。


「瞬間的に雷魔法を放つか……無詠唱で発動させたことにも驚いたが、貴様のような者が魔法を扱えたことに驚きだ。やはり、油断は最大の敵だ…」


バルガゴートは痺れた左手を振り、転げまわるイアンを見据える。


「ぐうっ…まるで歯が立たない。奴には付け入る隙はないのか」


イアンは地面に伏せた状態から体を起こす。

バルガゴートに目を向けると、離れた位置からイアンを見つめていた。


「衝撃波に頼った戦いをするかと思ったが、接近戦にも対応する…ならば、どうするか……む? 」


立ち上がりながら、バルガゴートを見ていると、彼が片足を上げ、勢いよく地面を踏みつける行動を目撃した。

何をしたのかと訝しむイアン。


「……しまった! 奴の攻撃だったか! 」


イアンは自分の足元が膨らんでいることに気づいた。


ドォン!


「ぐあああ!? 」


気づいた時には遅く、足元が破裂し、イアンは真上に吹き飛んでしまう。

バルガゴートは、地面に衝撃波を放ち、イアンの足元で爆発させたのだ。


「矮小な存在のくせに油断するとはな! 救いようが無さ過ぎるぞ、小僧! 」


バルガゴートは追撃をいれるべく、イアン目掛けて駆け出した。


「ぐ……サラ……」


サラファイアを使い、バルガゴートの追撃から逃れようとするイアンだが――


(待てよ……サラファイアはもう両足で二回使った。もう一回両足で使えば、今日は放てない……片足で使えば、あと一回は使えるが、片足だけだと安定が……)


サラファイアの残り回数を考え、使うのを躊躇(ちゅうちょ)してしまった。

ここにきて、妖精の力の制限がイアンに牙をむいたのだ。

この迷いは致命的で、バルガゴートの接近を容易に許してしまう。


「はああああ!! 」


「ぐはっ!! 」


イアンは、跳躍と同時に放たれたバルガゴートの拳に殴り飛ばされ、更に上空へ飛ばされてしまう。


「ふん! その高さなら助かることはないが、貴様はきっちり始末する必要があるだろう」


バルガゴートはそう呟くと、両腕を広げる。

両方の手の回りの空気が渦巻き、周囲の土が浮き上がっていく。

手を広げ、そこに力を手中させ、集めた力を圧縮させるかのように右と左の手のひらを重ね合わせる。

中の力が逃げないようがっしり掴み、空を見上げる。

そこにはイアンが、バルガゴート目掛けて落下する姿があった。


「これで終わりだ! 受け取れえええええ!! 」


バルガゴートは落ちてくるイアン目掛けて、両手を頭上に向け、重ねていた手を開いた。


パァン!!


耳をつんざく破裂音がした後、周囲に突風が吹き荒れる。

バルガゴートの周囲の土が弾け飛び、下部に広がる密林が揺れるほど、その衝撃は凄まじかった。


「……」


バルガゴートは空を見上げたまま動かない。

やがて、吹き荒れていた突風は止んだ。


「……今まで、今の技を受けて、立ち上がる者はいなかった。回避する者も同様……だが」


バルガゴートはゆっくり振り返り、目の前の人物を見て、頬を吊り上げる。


「小僧、貴様が初めてだ。それと、貴様からわしの元に来るとはなぁ、小娘」


「グゥゥゥゥ……」


バルガゴートの見つめる先には、イアンを抱えるラノアニクスの姿があった。





「ぐ…助かったぞ。だが、何故来た…ラノアニクス…」


抱えられるイアンは、ラノアニクスに向けて言った。


「ギャオ! こいつ、倒さないとみんな死ぬ! それ困る」


「ふっ…明日の飯のためか? おまえらしい」


イアンはラノアニクスから離れ、自力で立ち上がる。


「だが、奴は強い。戻ってダイムブラム達と協力しなければ、奴は倒せないだろう」


「そんなことない! ラノなら倒せる! 」


ラノアニクスはそう言うと、バルガゴート目掛けて駆け出した。


「前傾姿勢の走法…」


ラニアニクスを見つめながら、バルガゴートが呟く。


「ギャオウ!! 」


ラノアニクスは、バルガゴートに向けて、爪を立てながら右手を突き出す。

バルガゴートに躱されてしまうが、ラノアニクスは即座に左手を突き出す。

その左手もバルガゴートに躱されてしまうが、ラノアニクスは爪を次々と繰り出していく。

しかし、とうとうバルガゴートに右手首を掴まれ、そのまま持ち上げられてしまう。


「ふぅ……獲物を見逃さない動体視力…」


「ギャアア!! 」


ラノアニクスは右手を掴まれながらも体を振り、バルガゴートの顔目掛けて、両足で思い切り蹴りつけた。


「ぐっ! 強靭な脚力…フフフッ…」


ラノアニクスの両足は、バルガゴートの顔に当たらなかった。

彼は、左腕を盾にして、ラノアニクスの蹴りを防いだのである。


「さっきからブツブツと何を言っている……そんなことより、ラノアニクスがピンチだ。助けにいくか」


「小僧、貴様はそこにいろ! 」


バルガゴートは左手を振り、衝撃波を放った。


「ぐあっ! 」


イアンは衝撃波に吹き飛ばされる。


「ふん! わしの渾身の技から逃れたのだ。貴様はそう簡単には死なさんぞ……フハッ! ようやく来たか」


密林の方から、黄色く輝く石を持った謎の生き物が現れた。

それは、マリカリウス宰相が死に際に生み出した生き物で、蜜結晶を届けるために作り出された。

バルガゴートが謎の生き物から蜜結晶を受け取ると、その生き物はバラバラに砕け散る。


「マリカリウス……おまえだけは、わしの誇りだ…」


バルガゴートは、バラバラになり風に舞った謎の生き物の屍骸に向けて、そう言った。


「……フハハ! この輝き! やはり、貴様はあの種族の生き残りか! 」


「ギュウ…やめろ! 」


バルガゴートは、左手に持った蜜結晶をラノアニクスの顔に押し付ける。


「小娘、この石の中にあるのは貴様の種族の心臓だ! この輝きがその証明、貴様とこの心臓が共鳴しているのだ! 」


「グゥゥゥ、それがどうした! 」


「この蜜結晶は、貴様等の種族の力を増幅させるもの……だが、わしの仮説では、それ以外の種族にもこの蜜結晶の恩恵を受けることができる! それを今から試すぞ! 」


「ガアア! いい加減に――グウッ! 」


バルガゴートは暴れるラノアニクスの腹に、左の拳を叩き込んだ。

その隙にラノアニクスの顔を無理やり反らさせ――


「カァブッ! 」


むき出しになったラノアニクスの首に噛み付き、首の皮を引きちぎった。


「ギャアアアアアアアア!! 」


あまりの激痛にラノアニクスは絶叫する。


「ハハハ! ハハハハハハハハハ! 」


バルガゴートは笑い声を上げながら、ラノアニクスの首から滲み出た血を蜜結晶に塗りつける。

蜜結晶がラノアニクスの血で赤く染まり、用済みとなったラノアニクスは投げ捨てられる。


「これで準備は整った! 遥か大昔、この世を支配していた古代竜の力、このバルガゴートが授かった! 」


バルガゴートは赤く染まった蜜結晶を飲み込んだ。


「ぐおおおおおおおおお!! 」


蜜結晶を飲み込んだバルガゴートの足が地面に沈んでいく。

バルガゴートの重量に地面が耐えきれていないのだ。


「くっ……なんてことだ。オレは気を失っていたのか…」


地面に倒れていたイアンがようやく起き上がった。

そして、目の前の光景に目を見開く。


「バルガゴート!? ……!? おい、ラノアニクス!! 」


イアンはラノアニクスが横たわっていることに気がつき、駆け寄ろうとしたが――


「はああああああああああ!! 」


「なっ…!? 」


突如、急接近してきたバルガゴートに首を掴まれてしまう。

イアンは抵抗しようと、戦斧を振ろうとした時。


「ぐぅぅぅぅぅぅ…!? 」


突然、上から押さえつけられるような感覚を味わった。


「ハハハハハ! 見ろ、小僧。いい眺めだろう? 」


笑うバルガゴートに促され、イアンが目を開けて回りを見回すと――


「な…んだ、ここは!? まさか! そんな……馬鹿な…」


空の青色しか見えなかった。

今、イアンは遥か上空で、バルガゴートに首を掴まれていた。




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