百三十四話 大王の右腕
「バルガゴート大王様が宰相 マリカリウス、参る! 」
「水魔精 セアレウス、行きます! 」
密林の中に、二人の声が響き渡る。
名乗りを上げた後、戦いは始まる。
まず動いたのはマリカリウス宰相。
彼はセアレウスに向かって進み、彼女に目掛けて二本の触手を振り下ろした。
「はっ! 」
セアレウスは横へ跳躍して触手を躱した後、マリカリウス宰相の側面からアックスエッジを振り下ろした。
ガッ!
マリカリウス宰相の体は甲羅に覆われ、セアレウスのアックスエッジがその部分に当たったため、始まれてしまう。
「硬いっ! 」
「フフフ、痒いですね。そらっ! 」
マリカリウス宰相は首を捻り、側面にいるセアレウス目掛けて触手を振るう。
セアレウスは、右手の周りに水流を作り出し、それを地面に向かって打ち出した。
噴射の勢いにより、セアレウスは高く跳躍することができた。
「ほう、ならこれはどうですか? 」
マリカリウス宰相は移動し、丸い口を宙に浮かぶセアレウスに向ける。
「ボウッ! 」
丸い口から炎の砲弾が飛び出し、セアレウス目掛けて飛んでいく。
「はあっ! 」
セアレウスは水流を操作し、身を守る盾のように自分の前に移動させる。
ジュゥゥゥ…
水流が盾になっている間に、セアレウスは着地する。
「ボウッ! ボウッ! ボウッ! 」
着地したセアレウスに対して、マリカリウス宰相が連続で炎の砲弾を吐き出していく。
「連続で!? ですが、当たるわけにはいきません! 」
セアレウスは次々と炎の砲弾を躱しながら、マリカリウス宰相に向かっていく。
「よく動く……では、これはどうしますか? 」
マリカリウス宰相は体を丸めると、セアレウスに向かって転がりだした。
回転の速度はみるみる上がって行き、セアレウスにどんどん近づいていく。
「うわあ!? 」
走っていたセアレウスは急停止し、慌てて横へ回避する。
通り過ぎたマリカリウス宰相は木々をなぎ倒しながら、旋回し――
「ボウッ! ボウッ! ボウッ! 」
回転しながら、炎の砲弾を吐き出した。
「あの体勢で炎を!? どうやってやっているんですか? 」
炎の砲弾は、空に向かって飛んだ後、セアレウス目掛けて飛んできた。
「うわっ! 」
ドドドドドッ!!
セアレウスはまたも慌てて回避し、彼女のいた場所に炎の砲弾が降り注ぐ。
回避から体勢を立て直したセアレウスだが、彼女に休むは暇はない。
セアレウスに向かって、マリカリウス宰相が転がってきているのだ。
「危ないっ! 」
「ボウッ! ボウッ! ボウッ! 」
躱したセアレウスだが、マリカリウス宰相から再び炎の砲弾が打ち上げる。
降り注ぐ炎の砲弾と転がるマリカリウス宰相の猛攻により、セアレウスは避ける一方であった。
「まだ避け続けられますが、これでは攻撃ができません…とりあえず、マリカリウスさんを止めましょう」
セアレウスは、空中に水の塊を作り始めた。
「くっ…避けながら、作るのは骨が折れますね。ですが、やれないことはありません! 」
回避行動と同時に行うことで、うまく水の制御ができず、水の塊が歪な形になる。
それでも形を維持しつつ、更に大きくさせる。
「……このくらいで…どうですか! 」
セアレウスは、空中にできた大量の水の塊をマリカリウス宰相に向けて放った。
「ぐうっ!? 私の回転を止めるつもりで!? 」
大量の水によって進路を阻まれ、徐々にマリカリウス宰相の回転する速度が落ちていく。
「はあああ!! 」
セアレウスは、大量の水を操作し、大きな波を作る。
波はマリカリウス宰相を流し――
「ぐうはっ!! 」
生えていた大木に、その巨体を打ち付けた。
マリカリウス宰相を大木に打ち付けた後、水は開放され、密林の中を縦横無尽に流れていく。
「こ、これほどの大量の水を操るとは…………海……あなたの力から、海に関係する何かしらの力の気配を感じました」
「海……はい。わたしは、水魔精。魔物と妖精の両方を持っています。恐らく、魔物の部分を感じたのですね」
「魔物……クク、魔物ですか、ずいぶん謙虚な表現ですねぇ。私の感じた気配では、もっと大きな存在かと思われますが…」
「もっと大きな……」
セアレウスは、自分の手のひらを見つめる。
彼女は、自分が何の魔物の力を持っているか知らなかった。
今になって、それが気になったのである。
「フフ…あなたの…中に何の力があるか知り…ませんが、次の一撃で最後にしま…しょう…」
マリカリウス宰相は、上体を持ち上げて丸い口をセアレウスに向ける。
彼は、足を地面に突き刺さし、放とうとする一撃の反動に備える。
その体勢から、マリカリウス宰相の技の威力が凄まじいことが見て取れた。
「ハハハッ! これでは…終わりですよ! いくら水を操れるからといって……私の…最大火力の炎を防ぐことはできません! 」
マリカリウス宰相の口の中に、轟々と炎が燃え盛る。
「くっ……熱っ! 」
少し離れた位置にいるセアレウスが熱を感じる程、彼の炎は熱かった。
(彼の言うとおり水をかき集めても、あれは防ぐことはできないでしょう。では、撃たれる前に倒すべきなのでしょうが、一撃で倒せる程の威力を持つ技なんて…)
セアレウスは、マリカリウス宰相の迫力に圧倒されながら、自分の持つ最強の技を探す。
(駄目です! わたしにはそんな技ありません! )
しかし、今の彼女にはマリカリウス宰相の硬い甲羅を破壊する威力を持つ技は無かった。
自分は持っていないのである。
そう考えると、彼女に思い浮かぶのは他人の技であった。
(最強の技…………あっ……ある)
その中で、ある一つの技が彼女の思考の中で輝いた。
しかし、彼女がその技を出すには足りないものが一つあった。
「長いものが無ければ、あの技はできません……わたしにあるのはアックスエッジと水…」
セアレウスは右手に持っていたアックスエッジを左手に移す。
空いた右手の手のひらを上に向け、そこに水の塊を作り出す。
水の塊は丸い球状の形から、色々な形に変化する。
セアレウスは、水の塊を握り潰し、左手に移したアックスエッジを右手に戻す。
「……! 」
そして、マリカリウス宰相をしっかり見据えた。
「……フフッ…」
セアレウスは右腕を左側に振りかぶった後、勢いよく右腕を振った。
右手のアックスエッジは空を切り、振り切ったところで彼女の手から放たれる。
そのアックスエッジはセアレウスの後方に向かって真っ直ぐ飛んでいく。
セアレウスは、振り切った右腕をそのままにし、右手から水流を放つ。
(細く…長く…縄のように…)
目を瞑り、水流の形状を頭の中でイメージする。
彼女の右手から放たれた水流は、細い線のように伸びていき――
バシャ!
放たれたアックスエッジに当たった。
当たったことにより、水流は弾けるが飛び散ることはなく、アックスエッジの持ち手の部分に絡みついていく。
それを確認したセアレウスは、左手に持ったアックスエッジを捨て、縄状になった水流を両手で掴む。
左足を前に出し、彼女は目を開くと――
「おおおおおおお!! 」
両手に持った水流を振り、マリカリウス宰相の頭目掛けてアックスエッジを振り下ろした。
水流は途切れることなくしなり、アックスエッジを引っ張っていく。
細長い水流によって長大な斧となったアックスエッジは――
グシャア!!
マリカリウス宰相の硬い甲羅を貫通するほど、凄まじい威力を持っていた。
セアレウスが放った技は、イアンの張縄伸斧撃を真似たものであった。
彼女はその技に憧れており、再現するためにイメージすることは難しいことではなかった。
ドォン!!
マリカリウス宰相の貯めた炎が行き場を失い爆発し、彼の体はバラバラになった。
マリカリウス宰相を倒したことで、炎の壁はなくなり、セアレウスは眠っているラノアニクスの元に駆けつけた。
「ラノちゃん、ラノちゃん! 」
「……ん…むぅ……セアレウス?」
セアレウスが体を揺すりながら彼女に呼びかけると、ラノアニクスが目を覚ました。
「良かった…ラノちゃんを攫ったマリカリウスさんは今倒したので――」
「グルルルッ! まだ、死んでない! 」
「えっ!? 」
ラノアニクスが唸り声を上げ、セアレウスが慌てて振り返る。
「フフフ、その通り私はまだ生きています。この状態では何もできませんが……まぁ、上出来ですね」
セアレウスの振り返った先には、首だけになったマリカリウス宰相の首が転がっていた。
顔が崩れかけているにも関わらず、喋っていた。
「上出来……そういえば最後、あなたはもっと早く炎を出せたはずです。何故、撃たなかったのですか? 」
セアレウスは疑問に思っていたことを口にした。
彼女が張縄伸斧撃を放つまでにだいぶ時間があった。
にも関わらず、最後までマリカリウス宰相は炎を吐き出さなかったのだ。
「波に打ち付けられた時、既に私の体はボロボロでした。最後の炎を吐き出しても、私の体は耐え切れずにバラバラになっていたでしょう…」
「それだけ……? 」
セアレウスが首を傾げる。
「ハハハ! そうですね、それだけではありません。あなたは私の炎を退き、不利な状況に陥っても、それを打開する力を発揮した。どんどん成長するあなたを見るのが面白かったのですよ」
「変わった方ですね。バルガゴート…さんのために、ラノちゃんを攫ったのでしょう? これで良かったのですか? 」
「その小娘はついで…私の真の目的は別です。それはいずれ大王様の元に届くので、忠義は果たせますよ。ご心配なく…」
ガササッ!
その時、マリカリウス宰相の進行方向にある茂みが動いた。
まるで、何かが通ったような草の揺れ方であった。
「……もう一度、覇者となった大王様の姿を見たかったのですが…再び生を受け、大王様にお仕えできただけで私は満足です…………セアレウスと言いましたか? 」
「…はい」
「あなたの放った技に、別の者の影が見えました。その者はあなたにとってどういう存在ですか? 」
「……兄です」
「兄ですか…結構。もし、その兄と少しでも長く共に過ごしたいのであれば、今よりもっと力をつけるべきです。どんな理不尽なことが起きたとしても……守れるように…」
「……」
「まあ、これは先のことですがね。まず、大王様を倒さねば、あなた達に未来はありません。精々、頑張ってください……」
マリカリウス宰相はそれっきり、何も言うことはなくなった。
「ギャウ……こいつの言っていること分からない。セアレウスは分かったか? 」
ラノアニクスは険しい表情で、マリカリウス宰相の顔を見た。
「はい、分かった…気がします。でも、難しいですね……」
イアンはセアレウスを探すため、北を目指して進んでいた。
化物を相手にするにも、セアレウス一人では苦戦すると思い、急いで進んでしまったイアン。
「むぅ……密林を抜けて山まで来てしまった。セアレウスはどこだ? 」
割と必死になっていたため、セアレウスよりも先に進んでいた。
イアンが今いるのは、北の山。
そこには木々や草は生えておらず、茶色い土が広がっていた。
そこそこ急な斜面で、所々に遺跡の一部が土から突き出している。
(兄さん)
その時、イアンの頭の中にセアレウスの声が響いた。
(セアレウス、無事か? )
(はい。兄さんの方はどうですか? )
(ああ、今おまえを探しているところだった。通信をしてきたということは、もしや化物を倒してしまったのか? )
(はい。今倒したばかりです。ラノちゃんも助けることができました……えーと、一回駐屯基地に戻ったほうがいいですか? )
(そうか……そうだな。今、おまえが化物を倒したことで、あとはバルガゴートだけだ。一旦、ダイムブラム達とも合流したい)
(分かりました。あ、あれ? ラノちゃんが――)
イアンはそこで通信を切ってしまった。
「……今、ラノアニクスがどうとか言っていたな。もう一度通信を飛ばすか」
イアンは、セアレウスに通信を飛ばすために集中する。
「ほう…誰かの気配を感じて下りてみれば……貴様か、小娘」
しかし、誰かの声でイアンの集中は途切れる。
イアンが振り返ると、そこには――
「小娘ではない。オレは男だ。バルガゴートとやら」
イアンよりも高い位置の山の斜面から、バルガゴート大王が見下ろしていた。