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百三十三話 上は大水 周りは大火事

「……あの二人は今頃、敵陣で暴れている頃でしょうね。さて、いつまで持ちこたえられますかな」


密林に生える木々を体をくねらせながら進む巨体がいた。

彼は、マリカリウス宰相。

バルガゴートに仕える忠臣の中で、一番信頼されていた者である。

そんな彼の姿は、かつてイアン達が北の大遺跡に入った時に襲ってきた謎の生き物と同じで、それらよりも遥かに大きかった。

彼の一本の触手には光る蜜結晶、もう一方にはラノアニクスを掴んでいた。

ラノアニクスは暴れることなく、眠っていた。

マリカリウス宰相の持つ毒によって眠らされているのだ。


「ふむ……未だに輝きを保っている……小娘を捕らえた時から光っている気がしますが、一体何なのでしょうか? 」


マリカリウス宰相は、一本の触手に持つ蜜結晶を眺めた。

蜜結晶は輝きを放ち続けており、どのようにして光っているかマリカリウス宰相には検討もつかなかった。


「バルガゴート様なら、何か知っておられるはず……なんとしても、これらを送り届けねば」


マリカリウス宰相は、二本の触手を握り締め、進む速度を若干早める。

ふと、マリカリウス宰相は上体を持ち上げ、振り返った。


「あの小娘は今頃丸焼きになっている頃でしょうか。焼死体となった彼女の姿を見たかったのですが……仕方ないですね…」


マリカリウス宰相は上体を下げ、再び進行方向へ進んだ。





――数十分前。


マリカリウス宰相は、蜜結晶とラノアニクスを奪い、密林の中を進んでいた。


「ギャアウ!! 離せぇ! 」


この時、捕らえたラノアニクスはジタバタと暴れていた。


「うるさいですねぇ。運んでいる間、眠ってもらいますか」


マリカリウス宰相はラノアニクスを自分の口元に運び、彼女の体に軽く歯を当てた。


「ギュッ……」


ラノアニクスの体に毒が周り、彼女は眠ってしまう。


「これで良し。眠らせる毒を持っていて良かったです」


マリカリウス宰相は、ラノアニクスが眠ったことに満足し、再び歩を進めようとしたが――


「待って! ラノちゃんをどうするつもりですか!? 」


少女の声が耳に入り、体をくねらせながら振り返る。


「これはこれは…先程の青いお嬢さんですか。スチルモス将軍はどうしました? 」


マリカリウス宰相を追ってきたのはセアレウスであった。


「……仲間に任せました」


「仲間に……ハハハ! それで一人で来たのですか! 」


マリカリウス宰相は、体をくねらせながら笑った。


「今は一人ですけど、ラノちゃんを助ければ二人になります! 」


セアレウスは二丁のアックスエッジを左右の手に持ち、マリカリウス宰相に向かっていく。

マリカリウス宰相は上体を持ち上げ、ぐるんと振り回した。

すると、マリカリウス宰相の体から炎が現れ、セアレウスに襲いかかる。


「一人で来たことも笑いましたが、あの場の状況で、ここに来たことを笑ったのですよ! 」


「炎!? くっ…」


セアレウスは、炎を飛び越えて躱す。


「一目見た感じでは、スチルモス将軍とまともに戦えたのは、この小娘とあなたぐらいでしょう。その二人があの場にいなくなったのです。誰がスチルモス将軍を倒すことができますか? 」


「……いえ、ミークさんは強いですよ…」


セアレウスはそう言いながらも、ミークを置いてきたことを悔やんでいた。

彼女は、まずスチルモス将軍を倒してから、マリカリウス宰相を追いかけるつもりであった。

しかし――


『セアレウスさまは、ラノアニクスちゃんを追いかけてください』


『いえ、そうしたいのはやまやまですが、まずは目の前の…スチルモス将軍を倒さないと』


『そうも言ってられませんぜ! ここはおれに任せて、追ってください』


『でも…』


『大丈夫です! 俺、けっこう強いんですよ』


とミークが強引にセアレウスを行かせたのである。


(……ですが、ラノちゃんは目の前です。ラノちゃんを助けたら急いで戻りましょう)


セアレウスは一刻も早くマリカリウス宰相を倒し、駐屯基地に戻ると決めた。


「私を倒すつもりですか……相手をしてあげてもいいですが、私は急ぎの身……申し訳ありませんが、ここで失礼させてもらいます」


「ま、待って!! ……!? 」


立ち去ろうとするマリカリウス宰相を追おうとするセアレウスだが、目の間を炎が立ちふさがった。


「なので、あなたには私の炎の相手をしてもらいましょう。では…」


マリカリウス宰相の声はそれっきり聞こえなくなった。



――現在。


セアレウスは、マリカリウス宰相の残した炎を戦っていた。

炎の数は二つ、蛇のような動きでセアレウスを翻弄していた。


「……はあっ! 」


セアレウスは水流を作り出し、一つの炎目が変えて飛ばす。

水流が炎に当たったが、炎は消えることなく燃え続け――


シュゥゥゥゥ…


水流が白い煙となって消えていく。


「炎の方が強い…」


自分の水流が負け、セアレウスは愕然とする。

炎と水、相性ではセアレウスの方が有利である。

にも関わらず、力の差で炎に負けてしまう。

セアレウスは今、倒せないものと戦っており、絶望的な状況であった。

その彼女の元に、もう一方の炎が迫る。


「……! 」


セアレウスは後方から迫ってきたその炎に気づき、横に回避し、そのまま走り続けた。

目指すのは、マリカリウス宰相の元。

セアレウスは、本体を倒そうと考え、炎を振り切り、マリカリウス宰相を追おうと考えた。


「…くっ! 速い……ですね…」


しかし、セアレウスの思い通りにはいかず、目の前に炎が立ちはだかる。

もう一つの炎がセアレウスの後方に立ち、二つの炎はセアレウスの周りをグルグルと回りだす。

炎は地面を焼きながら、徐々にセアレウスに近づいていく。


「熱っ、閉じ込められた! 」


炎に閉じ込められ、焦るセアレウス。

脱出をするため、抜け道がないか見回すが、どこも炎が立ち上り、通れば無事では済まされない。


「そうだ! 負けるけど、少しの間なら耐えられます」


セアレウスは再び水流を作り出し、回る炎の進行方向に置く。


シュゥゥゥ…


水流は壁となり、白い煙を上げながら、炎を食い止めていた。

この間、炎の動きを停止させることができた。


「やった! 今のうちに――」


ザアッ!


セアレウスが一歩踏み出した瞬間、彼女の目の前を炎が通過した。

炎が水流を突き破ってしまったのである。


「そんな!? 」


慌てて、後方に跳躍するセアレウス。

その間にも、炎はセアレウスに近づいていく。


(炎を消すことも、ここから脱出することも駄目……一体どうしたら…)


セアレウスはどうすることもできず、頭上を見上げた。

彼女の頭上には、木々の葉で覆い尽くされておらず、青い空を見ることができた。


(……あ…上に逃げれば……いえ、その後が問題です…)


空を見上げたことで、セアレウスは上に逃げるという考えが浮かんだ。

しかし、上に逃げた後どうするか、それが問題であった。

炎から脱出しても、それは一時的なもの。

再び、炎に閉じ込められる可能性だある。

脱出した後、炎をどう切り抜けるかを考えねば、彼女は動くことができなかった。


「脱出した後に、炎がない場所か炎が来ることのできない場所に着地しないと。でも、これを同時には…………待って、同時……同時か…… 」


その時、セアレウスに一つの考えを思いついた。

それは、今まで彼女が試みたことのない方法であり、それを可能にするのも困難であった。


「何度か試したことはありますが、成功したことはないですね。でも、今のわたしにはこの方法しか思いつきません…やるしかありませんね」


セアレウスは決心がつくと、両手を上に向かって掲げた。

すると、彼女の頭上に水の塊が出来上がっていく。

水の塊は地面から高い位置にあり、五メートル程の高さにあるだろう。


「大きく…もっと大きく…」


セアレウスは頭上に浮かぶ水の塊を見つめながら、更に水の塊を大きくしていく。


「……む……くっ…」


水の塊が大きくなっていくにつれ、セアレウスの表情が険しくなっていく。

大きくなるほど、水の制御が難しくなり、少しでも油断すれば、直ぐに水が崩壊してしまうのだ。

今の水の塊の大きさは、だいたい成人の人間程の大きさ。

彼女が目標としている大きさには程遠く、今崩壊させるわけにはいかなかった。

この間にも、炎は徐々にセアレウスの元へ迫ってくる。

もう走り回れる程の広さは残されていなかった。


「……このペースだと、ギリギリですね…」


セアレウスの頬から汗が垂れる。

それは熱さからくるものではなく、ミスは許されないというプレッシャーからくるものであった。

時間は過ぎていき、炎は手を広げれば当たってしまう程の広さまで狭まってしまった。


「……なんとかなりそうですね…」


セアレウスの頭上に浮かぶ水の塊も、彼女が目標としていた大きさに達していた。


「あちち…本当にギリギリでした……さて、本番はこれからです。はあああっ! 」


セアレウスは掲げた両手のうち、左手だけをゆっくり下ろしていく。

すると、水の塊から半分より少し少ない量の水流がセアレウスの元へゆっくり落ちていく。

セアレウスが試みたのは、複数の水流の同時制御であった。

彼女は水流を自在に操ることが出来る。

しかし、それは一つの水流の塊に限っての話であった。


「はぁ…はぁ……は、ははは! やればできるものですね」


セアレウスの目の前に下ろしてきた水の塊が浮かぶ。

彼女はその上に乗るかのように跳躍し――


「まずは脱出! はあっ! 」


足下に浮かぶ水流を爆発させる勢いで下に噴射させた。

噴射の反動により、セアレウスは上空へ上がっていく。

回っていた炎は、セアレウスが頭上へ逃げたことに気がつき、セアレウスを追う。

二つの炎は、飛び散る水を白い煙に変えながら、上空へと昇っていく。


「やはり追ってきましたか。好都合です、はああっ! 」


セアレウスは右手で水の塊を維持しながら、左手を動かす。

左手の動きによって、噴射させた水が集まり、先程と同じ大きさの水の塊となった。


「これくらいの量ならどうですか? 」


セアレウスは右手を下に、左手を上に動かした。

すると、浮かんでいた水の塊が落ち、新しく下にできた水の塊が上がる。

これによって二つの炎を挟み込むように、二つの水の塊は再び一つのものになった。


「で、着地っと」


セアレウスは空いた左手で、着地用の水の塊を作り、それによって落下の衝撃を弱める。

着地に成功したセアレウスは両手で、頭上の水の塊を制御する。

水の塊の中で、二つの炎がブクブクと泡を出し、まるでもがいているかのようだった。


「もう少し…ですね」


セアレウスは、右手と左手で挟むように動かす。

水の塊の中を流れる水流は中心に向かい、そこにいる二つの炎を押しつぶしていく。

やがて、水の塊から泡がなくなった。

完全に炎は消え去ったのだ。

それを確認したセアレウスは、ゆっくりと水の塊を下ろしていく。


ザアアアアア…


水の塊を地面に下ろすと、ゆっくり少量ずつ水を開放させる。


「はぁ…これで先に進むことができます。待っていてください、ラノちゃん」





 密林の木々の間をマリカリウス宰相が進んでいく。

黙々と進んでいたマリカリウス宰相であったが、その足を止め、しばらく動かなくなる。


「…………私の炎を退けましたか。少し、あなたを舐めていましたよ」


マリカリウス宰相はそう呟くと、上体を上げて振り返る。

彼の振り返った先には、セアレウスが立っていた。


「苦労しましたけど……わたしの水が勝ちました」


「…水ですか。やれやれ、厄介な力を持つ…」


「もう逃がしません、ここであなたを倒します! 」


セアレウスは二丁のアックスエッジを構える。

それを見たマリカリウス宰相はゴソゴソと頭を動かした後、ラノアニクスを地面に下ろし、炎の壁で閉じ込めた。


「いいでしょう、相手をしてあげます。私を倒すことができたら、小娘を返してあげましょう。しかし――」


マリカリウス宰相は頭を上げ、自由になった二本の触手を振り回した。


「私は炎だけではありません。武術の心得もあります。あなたに倒すことができますかねぇ…」


「なんと言われようと倒します! 」


「結構……ならば、口に出すことは一つだけ。バルガゴート大王様が宰相 マリカリウス、参る! 」


マリカリウス宰相が名乗りを上げる。

セアレウスはアックスエッジを構えたまま動かなかった。


「……何をしているのですか? 私は名乗ったのです。あなたも名乗りをあげなさい」


「…え? あ、はい、すみません! 」


セアレウスは、申し訳なさそうにマリカリウス宰相に頭を下げた。


「名乗り…えーと……にい…違う…イアン・ソマフが…い、妹の水魔精 セ、セアレウス、行きます! 」


慣れていないセアレウスは、たどたどしく名乗りを上げた。


「…………格好がつきませんねぇ。もう一回やりますか? 」


「……はい………すみません…」


セアレウスは、再び敵に頭を下げるのだった。




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