百三十二話 大王の盾
密林を駆け抜け、イアンは駐屯基地の入口に辿り着いた。
「壁が壊れている。さっき倒した化物程の大きさの奴が来たのか」
そこから基地の様子を見ると、壁の一角が壊されているのが目に入った。
木で作られてはいるが、頑丈に作ったはずである。
それが無残にも破壊され、化物の通り道になっていた。
「ああああああああ!! 」
基地の中から男性の叫び声が聞こえてきた。
声の勢いから、決死の覚悟で攻撃をしようとしているのではないかと、イアンは感じた。
「今のは……ミーク? 」
それと同時に、その声はイアンが聞き覚えのある声であった。
「ぐあああああ!! 」
イアンが基地の中に入ると、ミークが吹き飛ばされ、地面をゴロゴロと転がっていた。
「ミークさん! 」
周りの騎士達がミークの名を叫ぶ。
「ミーク! 」
イアンが地面に横たわったミークに駆け寄る。
「おい、ミーク! しっかりしろ! 」
「くっ……イ…イアンさま……」
ミークがイアンに気づき返事をする。
返事はするが、イアンに顔を向けることはなかった。
全身を強く打ち付け、体が動かなくなっているのである。
「す…すみません……ですが、これで……おれ達の……勝ち…」
「何故こんな無茶を……セアレウスはどうした? 」
「セ……セアレウスさまは……連れ去られたラノアニクス…ちゃんを…」
「追いに行ったか……おまえ、強がって先に行かせたな? 」
イアンはミークを責めるように言った。
セアレウスがミーク一人を置いて先に行くとは考えられなかった。
そこで、ミークが一人で大丈夫だとでも言い張り、無理やり追いに行かせたのだとイアンは考えた。
「…へへっ……」
ミークは笑ってイアンに答えた後、瞼を閉じた。
「……馬鹿なやつだ。急ぎたい気持ちは分かるが、無理をすることはなかっただろう……だが」
イアンは立ち上がり、腰のホルダーから戦斧を取り出した。
「おまえの頑張りは無駄にはしない。ゆっくり休んでくれ…」
ミークに背を向け、イアンは前方に佇む巨体に目を向けた。
「ほう、先程の青い髪の小娘に似ているナ。今度の相手は貴様カ? 」
巨体は、飛んできた虫を見るように、イアンを見下ろしていた。
その巨体は、鈍色をした鎧に身を包んでいた。
左手に彼の身長程の大きな盾を持ち、もう一方の手には鉄製の棍棒が握られている。
グレート将軍と同じ背丈ではあるが、こちらの巨体は鈍重そうな印象を受ける。
頭部の兜の隙間から、Y字の角が突き出していた。
サイのような頭の形をしている。
「初対面であるカ。ならば、名乗ろウ。我は、スチルモス将軍」
「……イアンだ」
「その男の仲間だということは、別の陣地から来た者カ……いや、逃げてこちらに来たのカ」
「救援に来た。お前の仲間の…剣を二本使う奴はもう倒したぞ」
「グレート将軍ヲ? ほウ……矮小な人間共に敗北するとは、長く眠り過ぎて腕を鈍らせたカ…」
スチルモス将軍は、頭を振る。
先に倒れたグレート将軍に呆れている様子であった。
「イアンさん」
騎士がイアンに駆け寄る。
「あの敵は見た目通り硬く、生半可な攻撃は通用しません。私達の攻撃では、あいつにダメージを与えることすらできませんでした…」
「なに? では、あそこの部分のへこみはなんだ? 」
イアンがスチルモス将軍の腹辺りに指を差す。
そこの部分の鎧が若干へこんでいた。
「あっ! 本当ですね。恐らく、ラノアニクス…さんとセアレウスさんによるものでしょう」
「ほう……」
「さて、そろそろ貴様を叩き潰すとしよウ…」
スチルモス将軍が、僅かに地面を揺らしながらイアンを目指して歩き始める。
「来たか……騎士達は少し離れていてくれ。あと、こいつを安全な場所に運んで欲しい」
「分かりました」
騎士はそう言うと、ミークを抱えて宿営所へ向かった。
イアンは騎士がミークを運ぶ姿を少し見た後、スチルモス将軍目掛けて駆け出した。
一直線に走って跳躍。
スチルモス将軍の顔に戦斧を振り下ろした。
ガッ!
イアンの振り下ろした戦斧は、巨大な盾に阻まれてしまう。
「フフフ、何の捻りもない攻撃が、通用すると思ったカ? 」
スチルモス将軍は盾を横に振るい、イアンを弾き飛ばす。
「くっ……」
イアンは受身を取り、体勢を立て直しつつ顔を上げると――
「ウオオッ!! 」
スチルモス将軍が棍棒を高々と振り上げていた。
そのまま振り下ろすと思い、イアンは横へ跳躍する。
「ヌゥン!! 」
「…!? ぐっ…! 」
しかし、スチルモス将軍は棍棒を横へ薙ぎ払った。
イアンは咄嗟に戦斧を盾にしたが、そのまま殴り飛ばされてしまう。
「いい反応をすル…」
「ちぃ……」
イアンは戦斧で地面を削り、吹き飛ばされた勢いを殺して地面に着地した。
「盾と硬い鎧が厄介だ。オレの攻撃でも通用しない気がする……」
そう言いながら、イアンは戦斧を左手に持ち替えた。
「なら、雷撃ならばどうか」
イアンは、再びスチルモス将軍へ一直線に向かっていく。
「またカ、学習の無いやつダ」
スチルモス将軍は、イアンの攻撃に備えて盾を構える。
しかし、イアンの足が止まることはなかった。
「ふん! 」
イアンは右手を伸ばし、スチルモス将軍の盾に触れる。
「…? なんダ? 今、攻撃をしたのカ? 」
あまりにも弱い衝撃に、スチルモス将軍が首を傾げた瞬間――
「リュリュスパーク!! 」
パリッ!
イアンの右手から雷撃が放たれた。
雷撃は盾の表面を走り――
「グウッ!? 」
スチルモス将軍の左手に伝わった。
一瞬の雷撃ではあったが、スチルモス将軍の左手にダメージを与えることができた。
ドッ! ガシャアン!!
スチルモス将軍の左手は痺れ、盾を手放してしまう。
「ここだ! 」
イアンは素早くスチルモス将軍の懐へ入り、戦斧を右手に持ち替え、思いっきり振りかぶる。
ゴッ!!
振り回されたイアンの戦斧はスチルモス将軍の腹の辺りに命中し、へこんでいた部分を更にへこませる。
「グゥゥ……オノレ! 」
スチルモス将軍は、右手に持つ棍棒を振り回し、イアンを殴り飛ばそうとする。
「もう一撃くらい入れたかったが…」
イアンは後方へ跳躍し、スチルモス将軍の棍棒から逃れる。
「貴様…能力を使って我の左手に何かをしたナ……いや…これが、大王様の言っていた魔法なのカ…」
スチルモス将軍の左腕は動くが、指は動くことはなかった。
「とりあえず、盾はもう持てんだろう。あとは、棍棒と鎧か…」
イアンは距離を取り、スチルモス将軍を見据える。
棍棒を振り回しており、鎧のへこみに気づいているらしく、自分の腹に警戒をしている様子であった。
「流石に気づかれているか……む! 」
「ウオオオオッ! 」
イアンが考えていると、スチルモス将軍が突進してきた。
「盾がないから、もう守らないのか。厄介だ」
イアンは横へ思いっきり飛んで、スチルモス将軍の突進を躱す。
「ヌウ!? 逃がさン! 」
躱されたことに気づいたスチルモス将軍はすぐに方向転換し、イアン目掛けて棍棒を振り下ろす。
イアンに躱されても、棍棒を振るうのをやめず、スチルモス将軍はひたすら棍棒を振り回し続けた。
「凄まじく攻撃的になったな。これでは奴に通用する攻撃を考えている暇など…」
イアンは攻撃を避けるべく、スチルモス将軍の棍棒から目を離さない。
「……いや、そうか! あるではないか、こいつに通用する武器が! 」
そのせいか、イアンはスチルモス将軍を倒す術を思いついた。
「さっきからゴチャゴチャと、何を考えていル! 」
「お前を倒す策だ」
イアンはスチルモス将軍へそう返すと、戦斧をホルダーに戻した。
スチルモス将軍はイアンのその行動に眉をひそめたが――
「知るものカ! 直ぐに叩き潰してやル! 」
イアンの思惑ごと叩き潰すつもりで、棍棒を振るい続ける。
棍棒を振るい続けるスチルモス将軍に対し、イアンは真上に跳躍した。
その時、スチルモス将軍の棍棒は地面に振り下ろした状態であったため――
「ウラアアアアア!! 」
イアンは吹き飛ばそうと、棍棒を振り上げた。
「単純だ。こうもうまく乗ってくれるとはな」
「……!? 」
イアンは迫り来る棍棒を踏み、右手を腰のホルダーへ伸ばす。
棍棒が振り上がるのと同時に跳躍し――
「そらっ! 」
右手に持った鎖斧を棍棒目掛けて放った。
鎖斧は棍棒に巻きつき、それを確認したイアンは――
「サラファイア!! 」
両の足下から炎を噴射させて、上空に飛び上がった。
「グッ!? なにィ!? 」
鎖斧が巻き付いた棍棒が上空に引っ張られ、スチルモス将軍の手から棍棒が離れていった。
「重くて良い武器だな。これならお前を倒せるだろう」
上空で棍棒を掴んだイアンがそのまま急降下し始める。
「ほざくナ! 自分の武器に殺られるほど、愚かではなイ!! 」
スチルモス将軍は棍棒を受け止めるべく、両手を広げようとしたが――
「ヌウッ!? しまった、まだ左腕が動かン」
左腕に痺れが残っており、焦るスチルモス将軍。
「サラファイア!! 」
追い打ちを掛けるように、イアンはサラファイアで落下速度を上げた。
「ヌオオオ――ブッ…ガアアアアアアアアア!! 」
棍棒はスチルモス将軍の頭に落下した。
落下にサラファイアの勢いを加えたため、破壊力は凄まじく、スチルモス将軍の首下まで棍棒がめり込んだ。
ドオオオン!!
スチルモス将軍が仰向けに倒れる。
「ふぅ……何とか倒すことができたな……」
イアンはスチルモス将軍の体から離れた後、地面に腰を下ろした。
棍棒を躱し続けていた時の疲労が、イアンの体にどっしりとのしかかってきたのである。
「イ、イアンさん、結局一人で倒されましたね…」
騎士に一人がイアンの元に駆け寄る。
「ああ…すまん。どこかで手助けを頼もうかと考えていたが……いや、おまえ達の力を借りるほどでもなかった」
イアンは息を荒げながら、騎士に笑って答えた。
「は、ははは…」
目に見えて無理をしているイアンに、苦笑いを浮かべる騎士。
「うおーーい! イアンくーーん!! 」
そこへ、ベティが大声を出しながらイアンに駆け寄ってきた。
「なんだベティ。無事だったのか…はぁ…」
イアンが残念そうにため息をついた。
「なんか言い方おかしくない!? 」
「そんなことはない。で、どうした? どこか怪我……はなさそうだな。問題ないように見えるが…」
「問題ありありだよ! さっきまで、でっかい虫みたいな奴に襲われて、気絶してたんだもん」
「虫みたいな奴? 」
「恐らく、ラノアニクスさんを攫っていった化物と同じ奴でしょう」
首を傾げるイアンに、騎士が答えた。
「それで! 私の蜜結晶がそいつに持ってかれたっぽいの! うわあああああん!! 」
腕で顔を覆い、嘘泣きを披露するベティ。
「……」
「……」
そんなベティに、イアンと騎士は微妙な顔をする。
「…いや、待てよ。持っていったとすると、何故持って行く必要があるのだ? 」
「え? 分かんない。綺麗だから持っていったんじゃないの? 」
「そうか? 虫のような化物はおまえの所に行き、ラノアニクスを攫った。奴ら、オレ達の知らないことを知っているんじゃないか? 」
「深読みしすぎじゃない? それはそうとセアレウスちゃんまでいないけど」
「なっ…しまった! そいつを今、セアレウスが追っていたのだ! 」
イアンは慌てて立ち上がり、基地の外へ目指そうとするが――
「……セアレウスがどっちに行ったか知らないか? 」
向かった方向が分からず、騎士に訊ねた。
「北の方に向かってました」
「分かった。今から、あいつの元に向かう。ダイムブラムが来たら、そう伝えておいてくれ」
「分かりました」
イアンは今度こそ、基地の外を向かった。
一人で、最後の忠臣を追うセアレウスの元を目指して。