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百三十一話 盾のダイムブラム

昨日出来上がったばかりの駐屯基地に、剣を振るう風切り音が響き渡る。

そこでは、グレート将軍とダイムブラムの戦いが繰り広げられていた。

グレート将軍が二本の剣を豪快に振るう。

その豪腕で振るわれた剣は、人間が振るう大剣よりも凄まじく、受けるだけでも重症を負ってしまうだろう。

それを恐れてか、ダイムブラムは襲いかかる剣を受けようとせず――


「うおっ!? あぶねっ! 」


ひたすら剣を避けていた。


「ほれほれ! 避けてるだけじゃあ、俺は倒せないぜ! 」


グレート将軍は、ダイムブラムを挑発しながら剣を振るい続ける。

額に汗を滲ませるダイムブラムと違って、グレート将軍は汗一つかいていない様子であった。


「あいつの言うとおりだ。あの凄まじい攻撃を避け続けるのは流石だが、隊長の方が先にバテてしまうぞ…」


二人の戦いを見るジークネイトが呟く。


「ああ。だが、ダイムブラムを信じるしかあるまい。見ろ、周りの騎士達を」


イアンに促され、ジークネイトは周りを見回した。

騎士達は狼狽える様子もなく、ただじっと二人の戦いを見続けていた。


「なんだ? 誰一人として、身動き一つしていない……? 」


「みんな、隊長を信じているんですよ」


近くにいた騎士がジークネイトの疑問に答えた。


「これが私達、王都騎士団ダイムブラム隊の戦いです」


「隊長、一人が戦うことがか? 」


「いえ、我々全員で戦います。隊長が今しているのは準備です。今、私達ができるのは、隊長を信じて待つことです。ジークネイト殿とイアン殿には、いつでも動けるよう準備しといてください」


騎士はそう言って会釈をした後、視線をダイムブラムに向けた。


「ふむ…どうやらオレ達の出番がまったく無いということはないらしい。ならば、言われた通り動けるようにしとかなければな」


「……ああ」


ジークネイトは、クロスボウの引き金に手をかけ、剣を躱し続けるダイムブラムに目を向けた。


(……さっき、考えがあると言っていたが、動かねぇなぁ…)


グレート将軍が剣を振りながら、ダイムブラムを見る。

先程から、避けてばかりのダイムブラムを彼は警戒していた。

初めの方に剣をぶつけ合ってから、ダイムブラムが攻めて来ないのだ。

戦いにおいて、大半の勝利条件が相手を倒すことである。

そのため、敵に攻撃をするべく、攻めることは戦う者にとって当然の行いなのだ。

しかし、ダイムブラムが剣をグレート将軍目掛けて振り下ろすことはない。


(なんなんだ? 時間稼ぎのつもり……いや、他の陣地も襲われるって言ったんだぜ? )


グレート将軍は、ダイムブラムのような戦いをする者と会ったことはなかった。

そのため、ダイムブラムが何を考えているかまったく分からなかった。

従って――

(俺がバテるのを待っている……それか、隙を狙っているか……ちょっくら、確かめてみるか)


グレート将軍は、ダイムブラムの思惑を炙りだすことにした。


「……? 」


ダイムブラムが顔をしかめた。


「なんだ? 奴の攻撃が鈍ってきたように見えるが……」


ダイムブラムの感じた異変に、ジークネイトも気がついた。


「剣を振り続ける奴の方が先にバテた……ダイムブラムはこれを狙っていたのか? 」


「そう…かもしれませんが、まだ隊長の合図がありません。我々が動くのは、まだ先かと…」


イアンの問いに騎士が答える。

ダイムブラムに目を向けると、彼の行動は変わらず、剣をよけのみであった。


「ウルアアアアアア!! 」


そんな彼に痺れを切らしたのか、グレート将軍が剣を大ぶりに振るった。

横薙ぎに振るわれた剣は、ダイムブラムの首に迫っていく。


「……! 」


ダイムブラムは伏せることで、剣を躱した。


「こ、これは!? チャンスです、隊長! 」


ジークネイトがダイムブラム目掛けて叫んだ。

グレート将軍は今、剣を振りかぶった状態であり、ダイムブラムに背中を向けている。

誰が見ても絶好の好機であった。


「……」


しかし、ダイムブラムはグレート将軍から距離をとり、その好機を自ら手放した。


「な、何故……今攻撃すれば、そこから攻めに転じることができたかもしれないのに……」


ジークネイトが強く拳を握り締め、ダイムブラムを見つめる。

グレート将軍もダイムブラムに目を向けているが、彼の視線は鋭いものである。


(今の…攻撃しないのか。一太刀浴びるつもりで隙を見せたんだが……わざとやったことを見抜かれたか? )


先程の大振りは、グレート将軍の体を張った罠であった。

攻撃を受けてから、反撃に移るという苦肉の策の利用した彼の罠は、危険ではあるが看破されにくいもの。

ダイムブラムが罠を見抜いたのか定かではないが、罠にかからなかったことをグレート将軍は気にしていなかった。


(だが、これで分かったぞ! こいつは俺の隙を狙っている。ずっと好機を伺ってんだなぁ)


グレート将軍は、チラリとジークネイトを見た。

先程の彼女の叫びにより、彼はダイムブラムが自分の隙を狙っていると判断した。

ダイムブラムの思惑を把握したのである。


「……そろそろいいなぁ。おーい、オレの盾を持ってきてくれ! 」


ダイムブラムが一人の騎士に向かって、そう声を上げた。

騎士はダイムブラムの命令を聞き、この場から走り去る。


(へへっ、盾と来たか。こいつは、いよいよってことだよなぁ)


グレート将軍は顔に出さず、心の中でほくそ笑んだ。

その後、しばらくダイムブラムに向けて、剣を振るい続けるグレート将軍。


「はぁ…はぁ…いつまでも避けてばっかりだなぁ。そろそろ勝負をつけに行っちゃうぜ? 」


時折、息を荒げながらダイムブラムに声を掛ける。

もちろん彼の演技である。


「隊長、盾です。盾を持ってきました! 」


「そこに置いて退避! 」


ダイムブラムは盾を置く位置を指を差して指定し、騎士を下がらせる。

グレート将軍の剣を躱しながら、ダイムブラムは地面に置かれた盾に近づいていく。


「よっと」


素早く、盾を拾い上げ――


「うおおおおおお! 」


片手に持ち、前に構えながら、グレート将軍に向かって走り出した。

その時のグレート将軍は剣を振りかぶった状態。

再び訪れた絶好の機会であった。


「なにぃ、馬鹿な!? ……な~んてなぁ! 」


しかし、それはグレート将軍の罠。

グレート将軍は向かってくるダイムブラムに向けて、二本の剣を同時に振り下ろした。

これは彼の渾身の一撃であり、盾で防がれてもそのまま叩き潰すつもりであった。


ガッ……ドォォォン!!


二本の剣はダイムブラムの持つ盾に当たり、地面を叩きつけた。


「お、おお!? 」


グレート将軍が驚きの声を出す。

それは、叩き潰すはずだったダイムブラムが目の前に立っているのもそうだが――


「お、お前、剣はどうした!? 」


ダイムブラムが剣を持っていないことに驚いた。

彼は、二本の剣を受ける瞬間、持っていた剣を捨て、両手で盾を構えていた。

そして、剣を受け流し、グレート将軍の渾身の一撃を凌いだのである。


「ん? オレに剣はいらないよ」


「は? 」


ダイムブラムの答えを理解できず、間の抜けた声を出すグレート将軍。

そんな彼に構わず、ダイムブラムは――


「待たせたね。みんな、突撃ーっ! 」


と騎士達に号令を出した。


「「「うおおおおおおお!! 」」」


騎士達は雄叫びを上げながら、一斉にグレート将軍に向かってく。


「イアン君とジークはまだね」


「な、なにぃ? 」


「む……そうか」


自分達も行こうとしたジークとイアンだったが、ダイムブラムに止められた。


「ちっ! 俺が疲れてきたところで、袋叩きにするつもりだったか! こんな雑魚共、まとめて――」


「全員停止! 」


グレート将軍が剣を振るう前に、ダイムブラムが号令を飛ばした。


「なに!? 」


集まってきた騎士達を一層しようと、薙ぎ払ったグレート将軍の剣は誰にも当たることはなかった。

騎士達は、剣の間合いの一歩手前で動きを止めたのである。


「左右側面の騎士は攻撃開始! 後方は三秒後に攻撃開始! 」


ダイムブラムの号令で、騎士達が動く。


「挟み撃ちか! くそっ」


左右から同時に攻めてくる騎士に対し、グレート将軍は、まず右側から片付けることにした。


「右側面、体を伏せて待機! 」


ダイムブラムの号令が飛び、グレート将軍の右側にいた騎士達が一斉に体を伏せた。

グレート将軍の振るった剣は、騎士達の頭上を通過していく。


「また、俺が剣を振るより――ガアッ!? 」


ダイムブラムの号令の速さに驚くグレート将軍は、左の脇腹に強烈な痛みを感じた。

グレート将軍は視線を落とすと、複数の騎士が自分の脇腹に剣を刺しているのが見えた。


「左側面、後方へ退避! 」


「クソがあああ!! 」


グレート将軍は自分を刺した騎士を葬るために、剣を振るうが当たらない。


「グアアア!? 」


そして、今度は、グレート将軍の後ろの腰に激痛が走る。

彼の背後には、複数の騎士達が、剣を前に突き出していた。

グレート将軍は剣を振るい続ける。

しかし、彼の剣に誰一人として当たる者はおらず、グレート将軍は剣で突かれ、切り裂かれるばかりであった。

この一方的な状況を作り出したのは、ダイムブラムである。

彼は、グレート将軍の攻撃を避けながら、彼の動きを観察していた。

グレート将軍は、ダイムブラムにとって未知の生物。

その未知の生物に対して、何の対策もしないで向かうことは、ダイムブラムの経験上愚策であった。

このような敵は総じて、人智を超えた力を持っているというのが、ダイムブラムの考えであり、彼が少年時代に培ったものである。

その考えの元、彼は未知の生物の敵に対して、その動きをよく知り、先読みができるまで攻撃をしない。

安全性と完全性に重きを置いた彼独自の戦闘方法であった。

しかし――


「グッ…調子に乗るなぁ!! 」


「ひっ……」


一人の騎士に、グレート将軍の剣が迫る。

その騎士は反応が遅れてしまったために、退避が間に合わなかった。

いくら攻撃を読めたとしても、どうしようもない時がある。

それは、一瞬の油断であったり、個人の能力等が関係している。

その時の大半は、まず助からないだろう。


ガッ!!


「…!? ちくしょう、てめぇ! 」


グレート将軍が悔しげに、言葉を吐き捨てる。

騎士の前にダイムブラムが立ちはだかり、グレート将軍の剣を防いだのだ。



「あ、ありがとうございます、隊長! 」


「うん。おまえは少し下がって、状況が良くなったらまた呼ぶわ」


「はい! 」


騎士がグレート将軍から離れていく。

ダイムブラムが剣を持たないのは、仲間が窮地に立った時に、自分が盾になるためでもあった。

彼が動く時は、騎士に死の危険が迫った時であり、グレート将軍の動きを見ると同時に、騎士一人一人の動きも見ていた。

そのため、騎士達は未知の存在で自分達よりも強大な相手でも、恐れることなく立ち向かうことができるのだ。


「さて、そろそろ決めますか。イアン君、アレの準備をしてくれ! 」


「ようやくか…」


ダイムブラムの号令で、イアンは一丁の斧に手を伸ばした。


「ジークは、奴の後方に回ってくれ! 」


「はっ! 」


ジークも、ようやくダイムブラムの号令で動く。


「ガアッ―!! グウゥ―!? はぁ…はぁ……こいつら、いい加減に…」


騎士の攻撃を受け、傷だらけになりながらも、グレート将軍はまだ膝を地面につけることはなかった。


「攻撃止め! 騎士達は退避! その後、後方から……ジーク! 」


「……!! 」


グレート将軍から離れながら、ダイムブラムが号令を出した。

この時、ジークに出した命令が若干間が空いてしまい――


(しめた! 後ろからの攻撃だなぁ! )


グレート将軍が反応できる時間を与えてしまった。

振り向きながら二本の剣を横薙ぎに振るうグレート将軍。


「…? グアアアア!? 」


振った剣は誰も斬ることはなく、グレート将軍の右足に激痛が走った。


「痛ええええええ!! なんだこれは!? 」


彼の右足に細長い鉄の棒が突き刺さっていた。

彼の前方に、クロスボウを構えるジークネイトがおり、彼女の放った矢がグレート将軍の右足に突き刺さったのだ。

グレート将軍はクロスボウという存在を知らず、この中に飛び道具を持つ者がいることを考えていなかった。

そのため、後方から騎士が迫って来るのかと思い込み、剣でなぎ払おうとしていたのである。


「くっ……そがあああああっ――!? 」


グレート将軍は刺さった矢を引き抜き、ジークネイトを八つ裂きにするため、前方に片足を踏み込んだ瞬間、頭に激痛が走った。


ジャララララ……


何事かと思うグレート将軍の視界に、垂れ下がった鎖が映った後、頭から流れる血の赤で視界は埋め尽くされていった。

グレート将軍は最後に何をされたか分からぬまま、前のめりに倒れ、二度と立ち上がることはなかった。


「ふぅ……けっこうギリギリだったよ、イアン君」


「号令が無かったのでな。倒せたからいいではないか」


ダイムブラムにそう返すと、イアンは鎖を引き、鎖斧を手元に戻す。

イアンは、グレート将軍が右足に刺さった矢に気を取られているうちに、張縄伸斧撃を放っていた。

これにより、鎖斧がグレート将軍の頭を裂いたのである。


「そうなんだけどね。ま、ていうことで……オレ達の勝ちだ! 」


ダイムブラムが天に向かって拳を振り上げる。


「「「うおおおおおおおおおお!! 」」」


ダイムブラムに続いて、騎士達の歓声が上がる。

そして、騎士達は剣を放り投げると、ダイムブラムを持ち上げ――


「「「ワッショイ! ワッショイ! 」」」


と胴上げをし始めた。


「……まだ、敵はいるんだけどな」


胴上げされるダイムブラムを見ながらイアンが呟いた。


「まあな。しかし、あの強敵を相手に負傷者がでないとは……彼は一体何者なんだろうか……」


イアンの呟きに答えた後、ジークネイトもダイムブラムに視線を移した。


「お、おい! 下ろせって! まだ終わってないって――ぎゃああああああ!! 落とすな、受け止めろよ! 」


騎士達は急に胴上げするのをやめ、ダイムブラムは地面に叩きつけられた。

こうして、バルガゴートの忠臣の一人――グレート将軍は、一つの盾と無数の刃によって敗北した。





 グレート将軍を倒した後、騎士達は自分の剣の点検をしていた。

その中にダイムブラムもおり、次の戦いに備えて入念に剣の手入れをしている。


「イアン君」


「なんだ? 」


剣の手入れをしながら、ダイムブラムがイアンを呼んだ。


「……悪いけど、このままあっちの駐屯基地に行ってくれないか? 」


「いいが、オレ一人でか? 」


「うん。向こうも心配なんだよね」


「待ってくれ。セアレウスに確認する」


イアンはそう言うと、セアレウスに向けて通信を飛ばした。


(セアレウス)


(兄さん!)


セアレウスへ念じると同時に、彼女の声がイアンの頭の中に響いた。


(同じタイミングだったか。それで、そっちは何のようだ? )


(いえ、兄さんからどうぞ)


(ふむ、こっちに化物が一体来たが、今倒した。そちらの様子はどうだ? )


(は、早いですね……こっちは今、化物の一体と戦っている最中です)


(ほう。では、今からそっちに――)


(それで大変です! ラノちゃんがもう一体の化物に攫われました! )


(なに!? )


セアレウスのその報告に驚愕するイアン。

それが顔に出ていたため、ダイムブラムとジークネイトはイアンを心配そうに見つめる。


(今すぐ、追いかけたいのですが……え!? ミークさんが……え、あの、あっ…すみません、一旦切ります)


セアレウスのその言葉を最後に通信は途絶えた。


「あっちはどんな感じだって? 」


ダイムブラムがイアンに訊ねる。


「あちらに二体の化物が向かっていたらしい。一体は今戦闘中で、もう一体はラノアニクスを攫っていったと」


「……!? ラノアニクスちゃんを? どうしてあの子を…」


「仲間を攫われたか。だが、今は理由等考えいる暇はない。一刻も早く、向こうの基地へ向かいましょう」


ジークネイトがダイムブラムに言う。


「ああ、急いで出発の準備だ! イアン君は、さっき言った通り、先に行っててくれ」


「分かった」


イアンは駐屯基地を飛び出し、密林の中に入る。


(何故、ラノアニクスを攫った? ……セアレウスが突然通信を切ったのも気になる……ううむ……)


イアンは密林の中を駆けながら、二つの疑問に頭を悩ませていた。




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