百二十八話 目の上の瘤
イアンとダイムブラムは遺跡を出た後、一目散に駐屯基地に向かった。
宣言通り、バルガゴートが彼らを襲いに来ることはなく、無事二人は駐屯基地に到着した。
「へぇ~、何かすごいことになちゃったね」
「他人事か! おまえも殺されるかもしれないんだぞ! 」
呑気なことを言うベティに、ダイムブラムが一喝する。
そこは宿営所の会議室で、担いでいたラノアニクスと帝国の兵士を医務室に運んだ後、イアンとダイムブラムはここに来ていた。
彼らは、バルガゴートとの戦いに備えて、策を考えだそうとしている。
「そんなこと言われたって、私は戦えないし、あなた達が死んだら私も死んじゃうから頑張ってねくらいしか言えないよ」
「そりゃそうだけど…まぁいいや、とりあえず何をすべきか……イアン君、何か思いついたことはないかい? 」
ダイムブラムがイアンに訊ねる。
「……さっぱりだ。奴の見えない攻撃の正体も分からなかった。それと、奴には仲間がいるのだろう? 対策のしようがないではないか」
「だよなー……そういえば、イアン君って冒険者ランクいくつなの? 」
「E-だ」
「へぇ、E-……えっ!? 嘘でしょ!? 」
ダイムブラムは驚愕した。
彼の予想では、Cランクであった。
「ここで嘘をついて何になる? 本当のことだ」
「い、いや……ベ、ベティ、おまえ知ってたか? 」
「うん。強いのに安上がりでね。あと綺麗だし、最高の冒険者だよね! 」
「……おまえは、好みの容姿なら強さは関係ないだろ…」
ダイムブラムが、呆れた表情でベティを見る。
「…ランクで冒険者の強さは測れないってことか。イアン君、君は貴重な戦力だ。悪いけど、重要な役割を担ってもらうかも…」
「分かった」
イアンは頷く。
その仕草を見たダイムブラムはホッと安心するように息を吐いた。
「よし、とりあえずは騎士達に守りを固めるよう指示して、あとは――」
「帝国……我々の駐屯基地に行こう」
会議室の入口から、女性の声が聞こえた。
「ん? あんた、誰だ? 」
会議室の入口に、栗色の長い髪を持つ女性が立っていた。
ダイムブラムには見覚えがなく、彼が首を傾げていると、女性の後ろから騎士が出てきた。
「隊長、この方はあなたが連れてきた兵士ですよ。名前は――」
「いい、ありがとう。自分に名乗らせてくれ」
女性は騎士にそう言うと、姿勢を正した。
「私の名はジークネイト・ケートマン。ヴォリン帝国の兵士……今、この島に来ている隊の分隊長を任されている」
「おお、そうか! オレは、ダイムブラム。この騎士団の隊長だ。失礼、女性だとは思わなかった」
ダイムブラムは椅子から立ち上がると、ジークネイトの元へ歩いていく。
「話は廊下で聞かせてもらった…失礼、もらいました」
「ああー、畏まらなくてもいいぜ。普通に喋ってくれ」
ダイムブラムは手のひらをブラブラと振りながら言った。
騎士というよりも、冒険者等の振る舞いである。
「しかし、私は捕虜の身。身分相応の振る舞いを……」
「いいって、いいって。捕虜にしたつもりねぇし、それに今はそんなことをやってる場合じゃない。で、帝国の基地に行く理由は? 」
「……うむ、帝国の駐屯基地に向かう理由は、我々帝国の兵士と共闘するためだ」
畏まるのをやめたジークネイトが答える。
「共闘か……ありがたい話しだけど、君は分隊長だろ? 君の一存で決められるのか? もっと上の人間がいるんじゃないか? 」
「いたが……私以外に、帝国の生存者はいたか? 」
「……いなかった。そうか、あそこに帝国の兵士の隊長がいたのか…」
「そう。今はもう、私と同じ分隊長が数人と兵士達しかいない。小隊長がいない今、帝国の部隊は機能しないだろう。共闘というよりも、傘下に入るというのが正しいか」
「うおっ!? それは言い過ぎだぜ。だけど、共闘するっていう意見には賛成だ。すまん、剣を一本持ってきてくれ」
「分かりました」
ダイムブラムに命令され、騎士の一人が会議室を後にする。
「今、剣を持ってくるから、少し待ってくれ」
「…? 待つ…とは? 」
ジークネイトは状況が分からず、疑問を口にした。
「同じ帝国の騎士だし、話しやすいだろ。説得しに行ってくれ」
「……はぁ、そうだったな。私は今、捕虜ではなかった…」
ジークネイトはため息をついた。
普通、他国の兵士を捕まえれば捕虜にし、自分達が有利になるよう人質にしたり、情報を聞き出すために尋問を行ったりするものである。
しかし、ダイムブラムはそれらをしないどころか、剣という武力を与えようとしていた。
その剣で斬りかかってこられたら、ひとたまりもないにもかかわらず。
ジークネイトから見れば、彼は底なしのお人好しであった。
「剣を持ってきました。どうぞ」
「……ありがとう」
ジークネイトは、騎士が持ってきた剣を受け取る。
(今、この剣で斬りかかられたら、どうするつもりなのだろうな…)
そんなことを思いながら剣を持つジークネイトだが――
「……!? 」
チラリとダイムブラムを見た彼女の背筋は凍りついた。
ダイムブラムは平然としながらも、視線はジークネイトの腕に向けられていた。
腕の一点だけではなく、腕の全体の動きを見張るように、彼の視線は小刻みに動いていた。
(抜いた瞬間……いや、斬りかかった瞬間に殺られるな……流石だ…)
ジークネイトは額に背を滲ませながら、腰に剣をさした。
それを見たダイムブラムはニッコリと微笑んだ。
「よし、ジークネイト殿が帝国の兵士を説得してくれている間に、オレ達は基地の強化だ」
「……私はやることがないっぽいね。蜜結晶の調査に戻らせてもらいまーす」
ベティはそう言うと、会議室から出ていった。
「いや、少しは手伝ってほしんだけど……まぁ、いいか」
ベティにも協力して欲しかったダイムブラムだが、諦めた。
「……なぁ、ダイムブラム。オレもジークネイトについていってもいいか? 」
イアンは立ち上がると、ジークネイトの元に向かった。
「え? うーん……今、イアン君にやってほしいことはない……うん! いいよ、行ってきて」
「うむ。オレはイアン・ソマフ。共に行くことになるが、いいか? 」
イアンがジークネイトに訊ねた。
「構わない。むしろ、監視の人間がいなくて逆に不安だった……まぁ、君は監視ではないのだろうけど…」
「そうだ。あそこには、オレの妹と連れがいるのだ。少し、心配になってな」
「そうか……君が…分かった、早速出発するとしよう」
「ああ」
イアンとジークネイトは宿営所を後にし、帝国の駐屯基地を目指して密林の中に入った。
夜の密林を進むのは困難であったが、イアンジークネイトは帝国の駐屯基地の近辺に来ていた。
イアンとジークネイトは茂みに隠れ、兵士達の動きを伺っている。
「皆、基地の防衛をしっかりやっているな」
ジークネイトが関心するように頷いた。
「それは結構なことだが、どうやって中に入るのだ? 」
イアンがジークネイトに訊ねた。
「……普通に入る。小隊長と化物のことを話した上で、フォーン王国に協力するよう頼む」
「オレはどうしたらいい? 」
「フォーン王国の者として、私の後ろにいてくれ」
「分かった」
ジークネイトはイアンの返事を聞くと立ち上がった。
そして、基地の入口に向かって歩いていく。
イアンも立ち上がり、彼女の後ろをついて行く。
「むっ!? 止まれ、何者だ! 」
入口に立っていた帝国の兵士がジークネイトにクロスボウを向ける。
暗がりであるため、彼女の姿が見えないのだ。
「待て、私だ。分隊長のジークネイトだ」
「分隊長……お一人…ですか…他の探索班の者は一緒ではないのですか? 」
兵士がジークネイトを訝しむ仕草をする。
「探索班は私以外死んでしまった。小隊長もな」
「な……どうしてそんなことに……オレたちは、これからどうしたら……」
「そのことについて提案がある。他の分隊長を集めてくれ……あと、後ろにいるのはフォーン王国の協力者だ。構える必要はない」
「フォーン王国……分かりました。小隊長のテントで待っていてください」
「頼んだぞ」
兵士は、基地の中に入っていった。
「行くぞ。こっちだ」
兵士が行ったのを確認すると、ジークネイトは基地の中に入った。
イアンも彼女に続き、一番大きなテントの中へ案内された。
テントの中に入ったジークネイトは松明を灯し、テントの中を明るくする。
「じきに分隊長達が集まってくるだろう」
「オレもここにいていいのか? 」
「ああ、いてくれると助かる…」
「……」
その後、イアンとジークネイトは分隊長達がテントに入ってくるのを待ち続けた。
「入るぞ」
すると、一人の帝国の兵士がテントの中に入ってきた。
「ゲルルフ分隊長か……他の分隊長はどうした? 」
テントに入ってきたのは、ゲルルフと呼ばれた男一人だけであった。
「…少し遅れると言っていた。彼らが来るまで、私に話しとやらを聞かせてくれないか? 」
「ああ、まず遺跡で起こったことから……」
ジークネイトは遺跡に化物が現れたことと、探索班が自分以外死んでしまったことを話した。
「……信じられん。小隊長が殺られたというのか……」
話したを聞いたゲルルフの体がよろめいた。
部隊び隊長がいなくなることは、それほど致命的なものであるのだ。
「ああ…信じられんと思うが事実だ。それで、これからフォーン王国に協力して、この危機を脱しようと私は考えたのだが…」
「確かに……小隊長のいないこの状況……そして、化物とやらが襲いかかってくるのを考えれば、他国の兵士と協力するのがいいのだろうな」
「おお、分かってくれるか」
ゲルルフの肯定的な態度に、ジークネイトの口元が緩む。
「ああ、その方が安全で、生き延びることができるだろう……だがな、ジークネイト分隊長…」
ゲルルフはジークネイトに背中を向け、テントの入口に立つ。
彼の手には、クロスボウがあり――
「もう皆で決めたのだ。この島から脱出すると」
「……!? どういう――」
バシュ!
ジークネイトが問い詰めようとした瞬間、装填されていた矢が放たれた。
矢は松明を弾き、テントは暗闇に包まれる。
この時、既にゲルルフはテントの中にはいなかった。
「…!? やられた! イアン君、急いでここから出るぞ! 」
ジークネイトは慌てて、テントの入口に走る。
「待て、ジークネイト」
「……!? 」
しかし、イアンはジークネイトが入口に向かうのを止めた。
「もう手遅れだろう。ここは一旦、上に逃げるぞ」
「上に? どうやって!? 」
「こうやってだ」
イアンは右手に戦斧を持ち、左手でジークネイトの腕を掴み――
「サラファイア! 」
左右の足下から炎を噴射させて、勢いよく飛び上がった。
「くっ…!? 」
イアンに引っ張られながら、驚くジークネイト。
「ふっ! 」
イアンはテントの幕を戦斧で切り裂き、テントの中から脱出した。
バシュ! バシュ! バシュ!
その時、幾つものクロスボウから矢が放たれる音が聞こえた。
「恐らく、ゲルルフという男が中に入ってきた時には、既に囲まれていただろう」
「中にいたら蜂の巣、入口から出ていても蜂の巣にされていたか……おのれ…」
暗がりであっても、テントがズタズタにされる姿を見ることができた。
それを見下ろしながら、二人は徐々に落下していく。
「着地する。しっかり捕まっていてくれ」
「任せる! 」
「サラファイア! 」
イアンは再び足下から炎を噴射、これにより落下の速度を緩める。
「ふぅ…どうする? 奴ら、この島を出るとか言っていたが…」
着地に成功し、イアンがジークネイトに訊ねた。
「砂浜には我々の船がある……それでこの島から出るのだろう」
「船があるのか……だが、オレ達を殺そうとしたのは何故だ? 」
「……それは――」
「他国と協力しろと、世迷言をほざく反乱分子を始末するためだ」
イアンとジークネイトの元に、ゲルルフが姿を現した。
二人は帝国の兵士達に囲まれ、松明の灯りに照らされる。
「反乱分子だと!? ふざけるな! 私はこの隊のことを思って…」
「隊を思ってだと? 貴様こそふざけるなよ。誇り高き帝国の兵士がどうしてフォーン王国の輩共と協力せねばならんのだ」
「今はそういうことを言っている場合ではない」
「化物が襲いに来るか? 冗談を言うにも、もっとマシなことを言うんだな。探索班が全滅したのは、お前と王国の兵士が共謀したからに違いない」
「なっ…馬鹿なことを言うな! 」
「黙れ! ならば何故、お前だけが生きている? どうして他国の者と仲良くしているのだ? おかしいだろう! 」
「ぐっ……」
ジークネイトは何も言い返すことができなかった。
ダイムブラムのジークネイトに対する扱いは、異例なものである。
こうして、捕らえた他国の兵士をあっさり返すことは、ありえないことであった。
そのため、ジークネイトは弁解の余地がないのである。
「ほれみろ! 何も言い返さないではないか! 死ね、裏切り者! 」
イアンとジークネイトを取り囲む兵士達が一斉にクロスボウを構える。
「くっ……何故、うまくいかない……すまない、イアン君。君を死地に追いやってしまった…」
ジークネイトがイアンに申し訳なさそうに呟くが――
「そうか。仕方ない、基地に戻るか」
と平然としていた。
何故平然と構えていられるのか、ジークネイトがそれを聞こうとした瞬間――
「うわあっ!? 」
「ぐわあ!? 」
突然、兵士達が悲鳴を上げた。
何事かと、ジークネイトがその声のする方に目を向けると、倒れる兵士の上に水の塊が浮かんでいた。
「伏せろ、ジークネイト! 」
「…!? 」
呆然と水の塊を見ていたジークネイトをイアンが押し倒した。
「なんだ、あれは!? 撃て、撃て! 」
バシュ! バシュ!
兵士達は水の塊目掛けてクロスボウの矢を飛ばすが、すり抜けるだけでまるで効果がない。
「うっ!? 」
「ぐうっ!! 」
「ぐはあ!? お、おのれ…」
水の塊は、兵士達をなぎ倒していく。
「…そろそろいいか。ジークネイト、セアレウス達の武器がある所を知っているか? 」
周りの兵士が倒れていることを確認し、立ち上がったイアンがジークネイトに訊ねる。
「知っているが……」
「なら、あいつらの武器を取りに行ってくれ。その次は、セアレウス達のいる所に行き、二人を助けて欲しい」
「……分かった」
ジークネイトはそう行った後、武器が置いてあるテントに向かって走り出した。
イアンは、走るジークネイトから目を外すと――
(助かったぞ、セアレウス。そちらに、ジークネイトという兵士が向かう。そいつと合流したら、一緒にフォーン王国の駐屯基地に向かってくれ)
セアレウスに向けて、念話を飛ばした。
イアンは、テントから脱出してすぐに、セアレウスと通信を行い、助けるよう指示をしていた。
その通信により、セアレウスが水流を操り、イアンとジークネイトを助けたのである。
(分かりました。気をつけてください、兄さん)
すぐにセアレウスから返事が届き、イアンは――
「さて……おーい! オレはここだーっ! 」
と大声を出した。
その大声に釣られて、大勢の兵士がイアンの元に集まる。
「サラファイアが使えるのは、あと二回……いや、実質一回か。なんにせよ、あいつらが逃げ出すまで、オレが引き付けないとな」
イアンは、兵士達に戦斧を向ける。
彼の今の役割は陽動であった。