百二十七話 蘇る古の覇者
その男が記憶を取り戻したのは、再び生まれてから十年経った時であった。
彼は、とある町の生まれ、親はその町の商人。
裕福な家庭では無かったが、それほど貧乏とも言えなく、不自由な生活を送ることはなかった。
彼の夢は、商人の息子でありながら、強い戦士になること。
それを成就させるため、精一杯の努力をした。
強い戦士というのは誰にも負けない戦士のことであり、戦士になるだけではなかった。
その大きな夢のせいか、彼は挫折してしまう。
自分の肉体では、その夢を叶えることができないと思ってしまったのだ。
戦士を目指す他の子供は、親が戦士や騎士の者が多く、戦うのに適した体つきをしていた。
対して、彼は商人の子供。
他の戦士を目指す子供と比べ、体つきは貧弱で、いくら努力をしても、体格差はどうしよもできない。
自分の力の限界に見切りをつけてしまったのだ。
失意に沈む彼は、しばらくの間、自室に引きこもる日々が続いた。
ベッドで蹲るだけの日々は数年続き、ふと彼が部屋を見回した時、一冊の本が目に入った。
その本は、考古学の参考書であった。
当時、多くの遺跡が発見され、考古学の参考書が数多く出回っていた。
彼の目に入った本は、その中の一つである。
彼は、何気なくその本を手に取って読み始めた。
そこでとある遺跡の挿絵に目が止まる。
その遺跡をどこかで見たことがあった。
否、自分の知るものとよく似ていた。
彼はそれがなんだったのかを考える。
数時間考えた後、彼は思い出した。
その瞬間、彼は立ち上がる。
新しい夢――目標ができ、そのための準備を行うため、彼は考古学者を目指した。
帝国の兵士達が遺跡に入ってから数時間。
苦戦していた以前とは違い、彼らは順調に遺跡の中を進んでいく。
「そこの床……罠が仕込んであるな。絶対に踏むなよ」
年老いた男性が床の一点に指を差した。
彼の名はビルトラン。
帝国の兵士が、フォーン王国の駐屯基地から奪い取った学者である。
「そうか…全員聞こえたな? そこを絶対に踏むんじゃあないぞ」
「「「はっ! 」」」
兵士達は、学者の言った床を踏まないように先へ進む。
学者の横を歩く男は、小隊長であり――
「ククク…フォーン王国の学者は優秀だなぁ。どうだ、このままヴォリン帝国に来る気はないか? 」
かなりご機嫌であった。
「……考えてやらんこともない…」
「そうか。じっくり考えることを勧める」
ビルトランのそっけない態度にも、小隊長が目くじらを立てることはなかった。
(断ろうが、無理やり連れて帰るがな)
彼にとって、ビルトランが帝国にくることは確定であったため、寛容な態度をとっているのである。
「……」
そんな小隊長にジークネイトは、軽蔑した眼差しを向けていた。
彼女も遺跡の探索に参加をしていた。
探索班から、待機班に異動することを彼女は考えたが――
(怪しまれると思ってついてきたが……彼女達は大丈夫だろうか…)
小隊長に怪しまれることを恐れ、探索班に参加した。
テントの檻にいるセアレウスとミークを心配しながら。
そのまま何事もなく、兵士達は進んでいき、彼らは広い空間に出た。
「広いな。松明を設置しろ! 」
「「「はっ! 」」」
小隊長の命令で、兵士達はバラバラに動き、松明を設置していく。
広い部屋はあっという間に明るくなった。
「ん? なんだ、ここは? 」
部屋の全貌が明らかになり、小隊長が目を丸くする。
部屋の中に、長方形の大きな石の塊が複数あった。
よく見ると、石の塊には隙間が線のように伸びており――
「何かの像……いや、入れ物か? 」
蓋があることが分かった。
「教授、ここは宝物庫なのだろうか? ん? 教授…おい、ビルトラン! 」
小隊長がビルトランを読んだが、彼は近くにいなかった。
「小隊長、教授があんなところに! 」
一人の兵士が指を差した。
その方向に小隊長が目を向けると、祭壇のような石煉瓦で作られた建造物が目に入った。
「……む! ビルトラン、どうしたというのだ… 」
小隊長は、祭壇のような建造物の階段を登るビルトランに気がついた。
ビルトランは、黙々と何かに取り憑かれたかのように、階段を登っていく。
一つの段が高く作られており、人間が登るものではなかった。
そのため、階段を登るビルトランは、登りづらそうにしていた。
「……ふふふ…ははははははははは!! 」
階段を登りきったビルトランが突然、大声で笑い出した。
「……!? 」
小隊長を始め、兵士達はその異様な仕草に呆然と見上げることしかできなかった。
「長かった……この世に、再び生を受けて七十年……ようやく、私の……わしの野望が叶う…」
ブツブツとビルトランは呟きながら、目の前の石の塊を見る。
そこには、何かの文字が刻まれていた。
「懐かしい名だ……」
ビルトランはそう呟くと、懐から何かを取り出した。
それは、丸く赤い水晶のようなもので――
「今、覇者が蘇る。転魂玉よ、我が魂をあるべき場所に――ぐっ!? 」
突然、ビルトランは足に強烈な痛みを感じた。
痛む足を触ると、そこから何かが突き出していた。
「ぐ…ぐふっ! き、貴様……! 」
ビルトランが振り返ると、クロスボウを構える小隊長の姿が目に入った。
「ビルトラン、何をしている? いや、何をするつもりだ」
「……くっ…ははは! 貴様等には分からんよ……」
ビルトランは石の塊に向き直り、懐から何かを取り出した。
今度は、丸く黄色い水晶で、それを石の塊に向けた。
「回生晶よ。彼の者を長き眠りから解き放て――」
「ちっ! 言うことを聞かんとは…もう容赦はしない」
ビルトランがそう言った瞬間、赤い水晶と黄色い水晶が輝き、彼は仰向けに倒れ、階段を転がるように落ちていった。
床に横たわったビルトランの胸には、クロスボウの矢が刺さっていた。
赤い水晶と黄色い水晶が部屋の床に転がる。
「小隊長、なんということを…」
横たわるビルトランを哀れに思いながら、ジークネイトが呟いた。
「ふん! 何をしようとしていたかは知らんが、勝手は許さん」
小隊長は構えたクロスボウを下ろす。
「これは、魔法の触媒というやつか? いや、今の使い方だと装置か? なんにしても、こんな物を持っていたとは……」
ビルトランが二つの水晶を目にしながら、祭壇に近づいていく。
「小隊長、あそこに向かうのですか? 」
ジークネイトが小隊長に訊ねる。
「ああ。あそこに何があるか気になるじゃあないか」
「危険かと思われます。少し、様子を見てからでも……」
「構うものか。大層な物を持っていたが、所詮学者よ。何ができるというのだ」
小隊長は、祭壇の階段を上がっていく。
「ふぅ……ほう。上にもこの石があったのか」
階段を上りきった小隊長の目の前に、下の方にもあった石の塊があった。
「下のやつより大きいな…む? 蓋が少し浮いるぞ。ビルトランの奴、これを開くための呪文を唱えたのか。ははっ! やってくれるじゃあないか。兵士達よ、こっちに来い! 」
「「「はっ! 」」」
小隊長の命令で兵士たちが一斉に祭壇を登って行く。
「おい! おまえ達、行くな。何が起こるか分からないのだぞ!」
ただ一人、ジークネイトだけは、ビルトランの行ったことを警戒し、祭壇を登らなかった。
「はっ! 怖気づいたか、ジークネイト。もういい、貴様はそこにいろ。兵士達よ、この蓋を持ち上げろ! 」
「「「はっ! 」」」
兵士達は石の塊を取り囲み、隙間に手をかけて持ち上げる。
「ふんっ! くっ…駄目です! 重すぎて持ち上がりません! 」
しかし、石の蓋は想像以上に重く、人の力では持ち上げられなかった。
「はあ? 貴様等の気合が――」
「どけ」
「ああ? 今、声を出した奴は――」
バァン!!
小隊長が何者かの声を聞いた瞬間、石の蓋が弾けとんだ。
弾けとんだ石の蓋は、天井に当たると粉々に割れた。
「ぐぅ……一体に何が……」
降ってくる石の破片から頭を庇う小隊長。
「ふぅぅぅぅぅ…」
石の塊の中から、巨大な大男が立ち上がった。
「なっ……化物!? う…撃て! 弩を放て、早く! 」
狼狽えながら小隊長は、兵士達に命令を下した。
兵士達は、クロスボウを構え、大男に目掛けてクロスボウの矢を放つ。
「……なんだと! 」
放たれた矢は、大男の体に弾かれた。
小隊長と兵士達には、矢が体に弾かれたように見えたが、実際には大男の体に当たる前に弾かれていた。
「懐かしき肉体よ。ふふっ、先程の肉体が貧弱すぎたゆえに、以前よりも強靭な体のように思えるわ」
大男は兵士達に構わず、体の動きを確かめる。
「肉体は問題ない。後は、この力を試すとするか」
大男は、腕を胸の前で交差させた。
「……ふん! 」
そして、力を解き放つように腕を広げた。
その瞬間、大男の周りに居た人物は例外なく吹き飛び――
「……!? 」
祭壇の下にいたジークネイトにも強力な衝撃を受けた。
大男の放った衝撃は部屋の中を暴れまわる暴風となり、通路の方にも駆け抜けていく。
衝撃が止むと、吹き飛ばされた兵士達は床に転がっていた。
大男は、発破衝撃という圧力波を体から放出することができた。
手をかざしただけでも圧力波を生み出すことができ、その時の威力は、重さ五トンの物体が時速六十キロメートルで激突した時に匹敵する。
かつて、大男はこの力を用い、立ちはだかる者を一人残らず葬り、覇者となった。
「……ふふふふ…ははははははは!! バルガゴート、ここにあり! 」
大男は、満足げに声を上げた。
古の覇者が復活した瞬間である。
「さて、わしだけではなく、そこに眠る忠臣達も復活させたいが……ぬぅん! 」
バルガゴートが腕を振るい、圧力波を生み出す。
圧力波は、部屋の上部にある通路に向かって飛んでいく。
そこには、一人の男性と少女を背負う少年がいた。
「飛べ、イアン君! 」
「分かった! 」
二人は、圧力波に襲われる前に飛び降りた。
「ほう、わしの発破衝撃を躱したか。やるではないか、ダイムブラム」
「いてて…お前みたいな化物と戦ったことがあるんでね。というか、何でオレの名前知ってんだ? 」
床に着地したダイムブラムが、バルガゴートに答える。
「まぁいいや。聞きたいことがあるんだけど、年食った男…えーと…じいさんを見かけなかったか? 」
「そこに転がっているな。改めて見ると、無様な姿よ」
バルガゴートが指を差す方向に、ビルトランの肉体が横たわっていた。
「遅かったか……くそっ! 」
ダイムブラムは悔しげに顔を伏せる。
「ダイムブラム、今は落ち込んでいる場合ではない」
「……分かってる。すまねぇ、ビルトラン教授…」
ダイムブラムはイアンに返事をすると、背中の鞘から剣を抜いた。
「わしと戦うつもりか? 」
ダイムブラムが持つ剣はバルガゴートに向けられていた。
「……お前のやろうとしていること次第……だけど」
ダイムブラムは、剣の切っ先をバルガゴートに向けながら、ゆっくり歩き――
「ここは、一旦見逃してくれると助かる」
横たわる一人の兵士の元に来た。
「ぐっ……ううっ…」
その兵士は苦悶の表情を浮かべながら呻いており、帝国の兵士達の中で唯一の生存者であった。
「ふふっ、一旦か…正直な奴よ。このわしを止めるつもりだな? 」
「止めれたらね。無理だったら諦めるさ。で、あんたは何者だ? 」
「…良かろう、教えてやる。わしの名はバルガゴート。この世界を征服する者だ」
「世界征服か……魔王の再来ってやつか」
「魔王だと? ふん! あの者こそ、わしの再来よ。わしと同時期に現れたのなら、あの者が台頭することはなかっただろう」
「げっ! 嘘だろ。魔王よりも前の時代の奴かよ…」
ダイムブラムが狼狽える。
魔王よりも前の時代の記録はまったく残っておらず、彼に限らずこの世界にいるすべての人にとって、バルガゴートは未知の存在であった。
「また、すげぇ奴に会ったもんだ……もう嫌だ…」
「……おまえの過去がだんだん気になってきたぞ…」
落ち込むダイムブラムを見たイアンは、そう呟いた。
「……ふむ、ここで人間の力が、わしにどこまで通用するか試してもいいな。少し、猶予をくれてやろう。その間に、わしを倒しに来るがいい」
「猶予? 具体的には? 」
ダイムブラムがバルガゴートに訊ねる。
「今日、一日……いや、二日は手を出さんといてやろう。その後は……まぁ、貴様等が一人残らずいなくなるまで相手をしてやろう。その間、この島から出ない」
「あと数時間と一日か……いいのか? その間に対策考えれば、お前一人くらいなら、倒せるかもしれないぜ? 」
「誰がわし一人だと言った? わしの他にも、三体の忠臣がいるぞ」
「……お、おう…」
余裕を見せて格好をつけたダイムブラムだが、逆に絶望することとなった。
「さあ、行くがいい。せいぜい、このわしを楽しませてくれよ」
バルガゴートは腰を下ろしてあぐらをかく。
それが彼の攻撃を行わないという意思表示であった。
「あー…もう大変だ。大変すぎて禿げそうだよ。行こう、イアン君」
ダイムブラムは息のある兵士を担ぐと、通路に向かって歩きだした。
「ああ、急ごう」
イアンもダイムブラムに続き、通路に体を向けた時――
「む? 」
バルガゴートがイアンを見た。
正確には、彼が背負う少女を見つめていたが、イアンはバルガゴートの視線に気づかない。
イアンとダイムブラムは、バルガゴートの視線に気づかないまま、通路の中に入っていった。
「……まさか…な」
イアン達がこの場を去った後、バルガゴートは祭壇から下り、転がっていた黄色い玉――回生晶を拾い上げる。
「わしは蘇ったぞ。さあ、おまえ達も蘇るのだ」
バルガゴートが回生晶を掲げると、その場は黄色い光に包まれた。