百二十五話 北の大遺跡
イアン達が駐屯基地を出発してから、数時間後。
彼らは、島の北に広がる遺跡を目指して、密林を進んでいた。
途中、魔物と遭遇することもあったが、苦戦することはなかった。
「……周りに魔物はいないか? 」
横たわるゴブリン型の魔物から、剣を引き抜くダイムブラム。
彼の周りには、数体のゴブリン型の魔物の死体が転がっており、イアンとラノアニクスの周囲も同様である。
「ラノアニクス、分かるか? 」
「クンクン……もういない」
イアンの指示で、ラノアニクスは周囲の匂いを嗅いだが、他の魔物の匂いはしなかった。
「よし、戦闘終了! いやー、まさかゴブリンの軍団と鉢合わせになるとはなぁ…」
ダイムブラムが、背中の鞘に剣を収める。
「災難だった……それで、聞きたいのだが、その背負った盾は使わないのか? 」
イアンがダイムブラムの背中を見ながら訊ねた。
今のダイムブラムの格好は、騎士ではなく、冒険者のような姿だ。
装備は、以前、彼が冒険をしていた時の物であり、服装はその時よりサイズの大きいものを身につけている。
背中には、鞘に収まった剣と、彼の上半身程の大きさを持つ盾を背負っていた。
盾は、四角と半円を組み合わせた形をしており、下側が丸くなっている。
色は白く、金色の模様や、宝石のような装飾が施してあった。
「使わないねぇ。ゴブリンごときに、この盾は使わないよ」
「一見、ただの盾には見えないな。何か能力があるのか? 」
「あった……けど、今はないな……ま、オレのことはさておき、イアン君の言う遺跡の入口はまだかな? 」
「もうすぐだろう。だが、なかなか見つけにくい所にあるらしく…………むぅ、ラノアニクスが見えないな」
イアンは周囲を見回すが、ラノアニクスの姿は見えなかった。
「勝手に動くなと言って――」
「イアン! 」
「うおっ!? またか! 」
イアンの目の前にラノアニクスが現れた。
彼女は木の枝から飛び降り、イアンの目の前に舞い降りたのだ。
「まったく、勝手に動くなと――」
「あった! あった! 入口があった! 」
「ぐ…………案内してくれ。ダイムブラム、ついて行くぞ」
「う、うん…」
イアンは、ラノアニクスが遺跡の入口を見つけてくれたため、叱ることができなかった――
「……いや、せめて一言何か言ってから行け! 」
ゴッ!
が、やっぱり叱ることにしたイアンは、ラノアニクスの頭に手刀を叩き込んだ。
「ギャウ!? ……グゥ、痛い…今度から気をつける」
ラノアニクスは涙目になり、手刀を叩き込まれた頭を押さえる。
「あははは! いいね! 冒険してるって感じだ」
二人のやりとりを見たダイムブラムは、楽しそうに笑っていた。
ラノアニクスは、イアンとダイムブラムを連れ、密林を進んでく。
「ここ!」
すると、ラノアニクスが前方に指を差し、その方向に向かって走り出した。
イアンとダイムブラムが彼女の後を追うと――
「ほう…ここが」
石煉瓦で囲われた竪穴があった。
竪穴の周りをよく見ると、石煉瓦の壁があり、木の根や蔓に覆われている。
「確かに見つけにくい。よく見つけたなぁ」
「ギャウ! 」
ダイムブラムが関心すると、ラノアニクスが自慢げに胸を張る。
「帝国の兵士達も中にいるんだよな? 」
「ああ。この時間だと、もう入っている頃だろう」
ダイムブラムの問いに、イアンが答える。
イアンは遺跡以外にも、帝国の兵士達の動きをセアレウスから聞いていた。
「この入口を知っている者は一人…そいつ以外は誰も知らないらしい。遺跡に入るならここがいいだろう」
「話しの分かる奴に見つかって良かったぜ。しばらくは、あいつらと出くわすことはないんだな? 」
「うむ。だが、そのうち出くわすことになるだろう。教授とやらの奪還をするには、オレ達が先に気づく必要がある。ラノアニクス、頼りにさせてもらうぞ」
「ギャオ! 任せろ」
ラノアニクスが両腕を振り上げる。
それを見た後、イアンとダイムブラムは頷き合い、遺跡の中に足を踏み入れた。
イアン達が遺跡に入って数十分後。
長い通路を松明の明かりで照らしながら進んでいる。
先頭には、匂いを感知できるラノアニクスがおり、イアンダイムブラムは彼女の後ろを歩いていた。
「む、この遺跡の壁には文字が刻まれているな…」
ふと、イアンが壁を見ると、文字のようなものが刻まれていた。
それは延々と、通路の先へ続いている。
「本当だ。ベティの奴、悔しがるだろうな」
「連れてこれば良かったか? 」
「いや、連れてこないで正解だ。たぶん……絶対、前に進めんから」
「ああ…」
ダイムブラムの言葉に納得するイアン。
その後、イアンは前方を歩くラノアニクスに近づく。
「どうだ、何か……匂いはしないか? 」
「クンクン…しない」
ラノアニクスは匂いを嗅ぐ前傾姿勢のまま、イアンの問いに答えた。
「そうか。しかし、この通路、やけに長いな」
イアンが呟いた後、しばらくの間沈黙が続く。
しかし――
「なぁ、イアン君…」
長く続いた沈黙は、ダイムブラムによって破られた。
「なんだ?」
「彼女……ラノアニクスちゃんは、蜥蜴獣人なのかい? 」
「…そう…らしい。あの尻尾に鋭い牙と爪…そこから蜥蜴獣人だと判断した」
ゆらゆらと尻尾を揺らしながら進むラノアニクスを見ながら、イアンが答えた。
「そっか……」
「何故、聞いた? 何か気になることでもあるのか? 」
「うーん……うまく言えないけど……」
ダイムブラムが難しい顔をして、イアンに顔を向ける。
「蜥蜴獣人は、這って進むことが得意なんだ」
「ほう……もしや、爬獣人種は皆、得意なのではないか? 」
「…かもしれないね。オレは、蜥蜴獣人しか会ったことないけど。で、ラノアニクスちゃんなんだけど、今の状況で這って進まないことが不思議でさ」
「……匂いというものは、必ずしも足元にあるわけではないだろう」
「ん? あ、あれ? 言われてみるとそうかも。じゃあ、する必要がないだけか……」
「だが、気になるところではあるな…よし、ラノアニクス」
「ギュウ? 呼んだか? 」
ラノアニクスが足を止め、顔をイアンに向ける。
「ちょっと、地面を這って進んでみろ」
「わかった」
ラノアニクスは腰を下ろし、うつ伏せの状態になった。
「うわぁ、何も聞かずにやっちゃったよ……素直な子だなぁ…」
何故、這って進むのかを聞かなかったラノアニクスに、ダイムブラムは苦笑いを浮かべる。
「……グゥ、難しい…」
ラノアニクスは、手足をうまく動かせず、まったく進むことができなかった。
「ダイムブラム…」
「ああ、イアン君。どうやら彼女は――」
ダイムブラムは目を閉じて考えをまとめた後、ゆっくりと目を開いた。
「這って進むことが苦手な蜥蜴獣人みたいだな、珍しい」
「…………そうか」
イアンはそれだけしか、口にすることができなかった。
遺跡に入ってから一時間程の時が経つ。
長く続いた通路もようやく終わりの時を迎えた。
「ギャオ! 前に広い部屋がある! 」
ラノアニクスが足を止め、顔を上げて前方を見る。
通路の壁はなくなり、広い空間がそこにある。
暗いので、どのくらいの広さがあるかは分からないが、通路とは違う意味を持つ場所であることは分かった。
「……ちょっと慎重に進もうか。オレを先頭に、一列に並んで進もう」
「ふむ…その並びの意味は? 」
イアンがダイムブラムに訊ねる。
「こういう所の床には、罠を作動させる場所があるのさ」
「なるほど」
「教授にその場所の見抜き方を教わっているオレが先を歩くから、イアン君とラノアニクスちゃんは、オレの踏んだ所を歩いてくれ」
「分かった」
「わかった」
イアンとラノアニクスは、ダイムブラムの後ろに立った。
「よし、行くぞ! 」
二人が後ろに立ったことを確認し、ダイムブラムが片足を前に出す。
「む? そこの床は、他と違う気がするのだが…」
ダイムブラムが足を置こうとしている床は、少し盛り上がっているように見えた。
「ははは! こういう怪しいところに限って、何もないのさ。罠は、普通に見える床に仕掛けてあるんだよ。教授が言ってた」
「そうか…」
ガコン!
ダイムブラムが足を置いた瞬間、踏んだ部分の床が凹み、どこかで物音がした。
「……クソジジイ…」
ダイムブラムが、喉の奥から声を絞り出すかのように呟いた。
「……やってしまったことは仕方がない。ラノアニクス、固まるぞ」
「わかった! 」
三人で背中を合わせて、周囲を警戒する。
イアンは戦斧を右手に持ち、ダイムブラムも剣を片手で構える。
すると、後方にあるイアン達が通ってきた通路に壁が現れた。
「退路を塞がれたか…この場合、何の仕掛けが来るのだ? 」
イアンが背中越しに、ダイムブラムへ声を掛ける。
「水攻め、火攻め、落ちる天井か閉じる壁…こういう広い場所だと、今挙げた罠のどれかが来ると思う」
「対処のしようが無いものばかりだな…」
命の危機を感じ、イアンとダイムブラムの額に汗が浮かび上がる。
「グゥゥゥゥ……ん? クンクン…違う! 生き物の匂いがする! 上だ! 」
「「……! 」」
ラノアニクスが声を上げ、天井に顔を向ける。
イアンとダイムブラムも顔を上げるが、何も見えない。
そのかわりに――
パリッ! パリッ!
卵が割れるような音が聞こえた。
「今の音…卵だよな? 」
「ああ…ラノアニクスの言うとおりらしい…」
ダイムブラムの呟きに、イアンが答えた。
卵が割れた音が聞こえてきた後、今度は何かが地を這う音が聞こえる。
音は、どんどんイアン達に近づいていき、松明の明かりによって、その姿が照らされた。
イアン達の目の前に現れたのは、虫のような生き物であった。
百足のような体を持つが、足は細長い歩脚ではなく、胴体の左右に平たいヒレのようなものが並んでいた。
目は左右に突き出し、顔の先には象の鼻のような触覚が二本伸びている。
よく見ると、触覚に棘が生えていた。
「シャアアア! 」
威嚇しているのか、生き物の一体が上体を持ち上げる。
その時に顔の下側が見え、そこには丸い形の口があり、口に沿って牙が並んでいた。
「見たことの無い……こいつは、魔物なのか? 」
「分からないけど、敵なのは確定だね。ここは下手に動かないで、飛びかかってきた奴を斬る感じで」
「分かった」
「わかった! 」
イアンとダイムブラムは片手に持つ松明を掲げ、前方を見やすく照らす。
「シャアアア!! 」
最初に襲われたのは、ラノアニクス。
「ギャオ! 」
ズバッ!
ラノアニクスは、襲いかかってきた謎の生物を片手に切り裂いた。
「ギョ―! 」
謎の生物は短い断末魔を上げ、床にバラバラと肉片が転がる。
「ギャウ、大したことない! こいつらの匂い、覚えた! 」
ラノアニクスはそう言うと、暗闇の中に消えていった。
「おい! 勝手に動くなと――」
「いや、ラノアニクスちゃんは鼻が利くんだろ? 頼りになるじゃないか。オレ達は、向かってくるやつを倒そう」
「むぅ……ラノアニクス! あまり騒ぐなよ! 」
イアンとダイムブラムはその場に留まり、向かってくる謎の生き物を倒すことにした。
ラノアニクスは走りながら、謎の生物を切り裂いていく。
彼女の駆け抜けた跡には、バラバラになった謎の生き物の肉片が散乱していた。
「ギャウ! ガアア! ギャオ! 」
「ギ―!? 」
「ギュ―!? 」
「――!? 」
ラノアニクスは的確に謎の生き物を切り裂いていく。
彼女の鼻は、謎の生き物の感知能力よりも優れいた。
そのため、謎の生物はラノアニクスの接近に気づくことなく、葬り去られる。
「シャアアア!! 」
「シュワアア!! 」
謎の生き物の中には、ラノアニクスよりも感知能力が優れたものもいたが――
「グゥゥゥゥ! 」
バシッ!
「ギョワ―!?」
一体は、ラノアニクスの尻尾によって、体をバラバラにされ――
「カァブッ!! 」
「ギュワ!? 」
バリッ!!
もう一体は、ラノアニクスに噛み砕かれた。
「グゥゥゥゥゥ…」
ラノアニクスは唸り声を上げながら、バラバラになった謎の生物を見下ろす。
謎の生物を圧倒することに気分が高揚し――
「すぅ……ギャオ――」
咆哮を上げようとしたが、イアンの言葉を思い出し、すんでのところで口を押さえた。
「……ぷはぁ! 危ない、危ない…」
咆哮を押さえることができ、ホッとするラノアニクス。
「……グゥ? 」
すると、奥に明かりが灯った。
それはどんどんラノアニクスに近づいていき――
「…!? ギャウ! 」
ラノアニクスのいた場所を通過した。
彼女に近づいてきたのは、火の玉であり、ラノアニクスはそれを躱したのだ。
「うおっ!? なんだ、魔法か!? 無事か、ラノアニクス!! 」
イアンも火の玉を目撃したのか、遠くから彼の声が聞こえた。
「大丈夫! だから、イアンはそこにいる! 」
ラノアニクスはイアンに返事をした後、火の玉が飛んできた方向に駆け出した。
ゴォォォ!
再び、ラノアニクス目掛けて火の玉が飛んでくるが――
「グウゥ! 」
ラノアニクスは横に飛んで、火の玉を躱した。
回避行動と取った彼女だが、走る速度が落ちることはなかった。
「ギャウ! 」
充分な距離に近づと、ラノアニクスは跳躍し、切り裂くために右腕を掲げる。
火の玉を放った者は、ラノアニクスよりも大きく、頭を狙うために彼女は跳躍したのだ。
ギギギ…
振り下ろされたラノアニクスの爪は、空中で火花を散らした。
「グゥ!? 」
着地したラノアニクスが、右指に目を凝らすと、削れて少し短くなっていた。
頭上に明かりが灯り、ラノアニクスが見上げると――
「シャアアアア!! 」
巨大な謎の生き物が上体を起こしていた。
ラノアニクスに向けられた丸い口の中には、轟々と炎が燃え盛っている。