百二十三話 王国騎士 帝国兵士
セアレウスとミークがヴォリン帝国に捕まったことを知った後、イアン達は騎士団と共に遺跡の外へ出た。
外に出た頃には、空は赤く染まりつつあった
空を見上げるイアンが口を開く。
「もう夕暮れか。どうする、テントに戻るか?」
「うーん…ヴォリン帝国がいつ来るか分からないし、今日は騎士団の方にお邪魔させてもらいましょう」
ベティがイアンに体を向けずに答えた。
「はぁ!? こっち来んのかよ。ていうか、最初からアテにする気満々だっただろ」
ダイムブラムが声を上げる。
しかし、ベティはその声に反応せず、何かをやっているようだった。
「聞いてねぇな……ていうか何して――」
ダイムブラムがベティに近づき、彼女の正面に周り込む。
「…ああ、蜜結晶を見ていたのか……」
ベティは蜜結晶を両手に持ち、それを見続けていた。
「って、これ遺跡の中にあったやつじゃねぇか! 何してんの!? 」
ダイムブラムは飛び上がるほど驚いた。
「うるさいなぁ…集中してんだから、静かにしててよ」
ベティが煩わしいとばかりに、ダイムブラムに背を向ける。
「いや…前に、それやってひどい目にあっただろ! 戻してこい、今すぐ! 」
「やだ! この蜜結晶の正体が分かるまで、手放さない! 」
「くっ…それを持ってるおまえがこっちに来ると、オレ達まで被害に遭うだろうが! 」
ダイムブラムがベティから蜜結晶を取り上げにかかった。
しかし、ベティが取り上げられまいと逃げ、二人の追いかけっこが始まる。
「……グゥ、お腹空いた」
イアンの隣に立つラノアニクスが腹を押さえる。
それを見たイアンはため息をつき――
「……夜になる前に帰らねばならんのに……ベティ、ダイムブラム、どっちかが諦めろ」
遺跡の周りを駆け回る二人に、そう言った。
「諦める? 私はやだよ」
ベティは蜜結晶を握り締める。
彼女は諦めるつもりなど、さらさらないようだった。
「……くそっ! こうなったベティはどうしよもねぇ…仕方ない何も起らないことを祈ろう。撤収! 」
ダイムブラムはベティから蜜結晶を取り上げるのを諦め、撤退の号令を掛けた。
号令を受けた騎士達はダイムブラムを先頭に、密林の中へ入っていく。
「よし、ついて行くぞ。ベティ、蜜結晶を調べるのは後にしろ」
「はーい」
イアン達は騎士達の後を追い、騎士達の駐屯基地に向かった。
――夜。
ようやく、イアン達は騎士団と共に駐屯基地に辿り着いた。
茶色の地面がむき出しになった一帯を囲むようにして柵があり、所々に物見櫓が設営されていた。
その一帯の真ん中に白い建物があった。
そこが騎士達が寝食を行う場のようだった。
「隊長、巡回ご苦労様です」
基地の入口に立つ騎士がダイムブラムに声を掛けた。
兜と鎧を身につけているが、声が高いことから、その騎士が女性であることが分かった。
「はは、ここはフォーン平原じゃないぞ」
ダイムブラムは、その騎士に笑いかける。
「ふむ、騎士にも女がいるのだな」
「あれ? イアンくん、知らなかったの? けっこう騎士になる女の人っているんだよ。まぁ…多くは貴族を護衛する部隊に行っちゃうけど…」
イアンの呟きに、ベティが答えた。
「…? 何故だ? 」
「それは、男の子のイアンにも分か――いや、イアンくんは分からなくてもいい! あれは良くないことだよ」
「お…おお…よくは分からないが、分かった。分かったから、離れろ。近い」
詰め寄ってきたベティを押しのけるイアン。
「あ…すみません! え、えと…この場合はどう言えば…」
女性の騎士が申し訳なさそうに、ダイムブラムに訊ねる。
「何でもいいよ。それより変わったことはないか? というか、外にいるやつの数が少ないけど、みんな中に入ちまったのか? 」
ダイムブラムが基地の周りを見回す。
「あ…ああっ! た…大変です! ビルトラン教授が行方不明になりました! 」
「なっ…なに!? 」
ダイムブラムが驚愕し、声を上げる。
「あのジジイ、待ちきれずに密林に行っちまったのか…」
「ダイくん、ビルトラン教授がこの島に来ているの? 」
ベティがダイムブラムに訊ねる。
「は? 同じ学者だろ、知らなかったのか?」
「うん。だって、私達には何も言ってないもん」
「そうか、学者の中でも孤立してんな、あのジジイ…って、今はそんなことを言ってる場合じゃねぇ。すまん! このままビルトラン教授の捜索に出る。疲れているかもしれんが、辛抱してくれ」
「はっ! 」
ダイムブラムに同行していた騎士達が一斉に返事をする。
「そんで、人数が少ないのは、先に捜索に出たからか…どの方向を探しに言った? 」
「えと、北に行きました」
女性の騎士が、ダイムブラムの問いに答える。
「北か…オレ達は東を探しに行こう。おまえは引き続き…いや、こいつらを宿営所に連れて飯を食わせてやれ。よし、出発だ! 」
ダイムブラムは騎士達を引き連れ、再び密林の中へ入っていった。
「お気をつけて! えと、宿営所に入れるよう隊長に頼まれましたが、あなた方は一体…」
「私はこの島に調査に来たフォーン王国の学者よ。テントを張ったのだけれど、そこがヴォリン帝国の探索範囲に近いらしくてね」
騎士の問いにベティが答えた。
「そうでしたか、ではこちらへ」
「行くよ、イアンくん、ラノアニクスちゃん」
「分かった。イアン、行こう」
ラノアニクスはイアンの袖を引っ張る。
「ああ、引っ張らなくても行くから、離せ」
袖を引っ張られながら歩くイアン。
(後で、セアレウスに連絡を取るか)
この時イアンは、ヴォリン帝国に捕まったとされるセアレウスのことを考えていた。
イアン達が騎士団の駐屯基地に辿り着く少し前。
セアレウスとミークは、ヴォリン帝国の部隊に連行されていた。
両手首を縄で縛られ、密林の中を歩いている。
「あ…」
そのせいでセアレウスは上手く歩けず、地面を這う木の根に足をとられてしまう。
「チッ…さっさと歩け! 」
上手く歩くことが出来ないセアレウス達をヴォリン帝国の兵士が労ることはなかった。
縄を持つ兵士のもう片方の手は、腰に伸びていた。
そこには、幅の狭い剣が下げられており、命令に背けば命は無いという意思表示である。
「このっ…人を罪人みたいに扱いやがって」
セアレウスの後ろを歩くとミークが、兵士達に聞こえないように呟いた。
「密林の中に入ったのが失敗でした。すみません…」
ミークの呟きを耳にしたセアレウスが口を開いた。
「い、いえ、セアレウスさまが謝ることじゃあないですぜ。まさか、オレ達以外の人間がこの島にいるなんて、誰にも分かりませんよ」
「その通りですが……いえ…そうですね。前のことを悔やんでいる場合ではありません。なんとか、この状況を打開する方法を考えないと…」
ミークの言葉を受け、セアレウスは顔を上げて歩き出す。
すると、連行されるセアレウス達は密林を抜けた。
そこには、複数のテントが張られており、それらに囲まれている形で、一際大きなテントがあった。
セアレウス達は、その大きなテントの前に連れてこられた。
「失礼します」
セアレウス達を連行していた兵士の一人が、テントの中に入る。
しばらく経ち、テントの中から先程の兵士が出てくると――
「小隊長が話がしたいそうだ。中に入れるぞ」
と言い、セアレウスとミークをテントの中に入れた。
テントの中は、外から見た通り広い。
しかし、広い空間にも関わらず、置かれている物の数は少なかった。
セアレウス達が入ってから、真っ先に視線を向けたのは、奥にいる男性であった。
男性は他の兵士と違って、ヘルムを被らず、椅子に座って、何かの書類に目を通していた。
「そこに座らせろ」
「はっ!」
兵士の一人が、部下であろう他の兵士に座らせる。
セアレウスとミークは、部屋の中央付近に、横に並んで座らされた。
その後、セアレウスとミークの後ろに二人の兵士が立ち、残りの兵士はテントから出ていった。
「…こいつらが、島の不審者か? 」
「はっ! 」
男性の問に、兵士の一人が返事をする。
どうやら、この男性が小隊長のようだった。
「ガキと男…それに、その風貌。騎士団の者ではないな。何者だ」
小隊長が二人の外観を見た後、セアレウスの顔を見て呟いた。
(わたしに聞いているみたいですね……ここは素直に話しましょうか)
セアレウスは心の中でそう思い――
「わたし達は、フォーン王国から来た冒険者です。学者の護衛で、この島に来ました」
「護衛? ……こいつらの他にも、人間はいなかったのか? 」
「いえ、見かけませんでした」
小隊長の問いに、兵士の一人が答える。
「…すると、貴様等の他にも冒険者とやらがいるようだな…それにしても学者か…」
学者という言葉を呟いた小隊長の頬が吊り上がる。
「ははは! もう一人、この島に学者がいたか。これでストックが二つになったなぁ」
「ストック……一体、何のことでしょうか? 」
ミークが小声で、隣にいるセアレウスに問いかける。
「分かりません。でも、嫌な予感がします」
セアレウスも小声でミークに答える。
「おい、あれを持ってこい」
「はっ! 」
兵士の一人がテントから出てしばらく経つと、全身を包帯に巻かれた人物を担架に乗せ、テントの中に入ってきた。
包帯で巻かれた人物はテントの中の中央、小隊長とセアレウス達の間に下ろされた。
「う……ううっ…」
怪我を負っているのか、包帯で巻かれた人物は呻き声を上げている。
「ふん、無様だな…」
小隊長は立ち上がると、包帯に巻かれた人物の元に行き、腰を下ろすと――
「ふん! 」
「ぎっ…ぎゃあああああああ!! 」
その人物の顔に巻かれた包帯を、無造作に引きちぎるように剥がした。
包帯で巻かれた人物は、手で顔を押さえながら悲鳴を上げる。
「なんてことを! 」
「立ち上がるな! 座れ! 」
「ぐっ……」
立ち上がろうとしたセアレウスは、後ろに立つ兵士に抑えられる。
「ははは、そう憤るなよ。お前らに見せたかったのは、こいつの苦しむ姿じゃあない。おい、こいつの腕を抑えろ」
「はっ! 」
セアレウスとミークの後ろに立つ兵士が、包帯で巻かれた人物の元に行き、その人物の腕を強引に引き剥がした。
「うっ…!? 」
「ひ、ひでぇ…」
顕になった包帯で巻かれた人物の顔を見たセアレウスとミークは、驚愕の表情を浮かべる。
その人物の顔は爛れ、所々が赤く腫れていた。
「これは……もしかして、この人は火傷を負ったのですか!? 」
セアレウスが小隊長に向かって言う。
「ほう…一目見て、これを火傷と判断したか。貴様には少々の教養があるようだな」
関心したような目で、セアレウスを見つめる小隊長。
包帯に巻かれた人物に小隊長は目線を移した。
「こいつは我が国の学者でな。遺跡の調査の途中で罠にかかり、こうなったのだ。まったく使い物にならない」
小隊長の学者を見る目が途端に冷たくなる。
「もういい、こいつは適当なところに捨ててこい。こんなのに治療を施しても無駄だ」
「はっ! 」
「ううう…あああああああああ! 」
叫び声を上げる学者は、テントの外へ運ばれていった。
「さて、今見せたように、我々が見つけた遺跡には危険が多くてな。できれば学者は多い方がいい 」
「わたし達が護衛する…学者を差し出せ…と言いたいのですか? 」
セアレウスは小隊長を睨みつける。
彼女はテントの張った場所を教えるつもりはなかった。
つまり、ベティを差し出すつもりはないのである。
「まぁ、そういうことになる。だが、貴様は差し出す気がないようだな。その男も」
「けっ! 」
ミークがそっぽを向く仕草をする。
「この状況で、そういう態度を取るとはな。いいだろう、我らヴォリン帝国に逆らうとどうなるか…身にしみてわかるよう体に教えてやる」
小隊長がセアレウスの元へ歩いていく。
「…! て、てめぇ、セアレウスさま」
「喚くな! 」
「ぐぅ…!? く、くそ…」
セアレウスを庇おうとしたミークを兵士が組み伏せる。
ミークは兵士に抑えつけられながら、悔しげに呻いた。
「失礼します、小隊長! 」
その時、テントの外から小隊長を呼ぶ声が聞こえた。
「……なんだ? 」
小隊長がテントの入口に目を向ける。
「フォーン王国の騎士団の基地から連れてきた学者が話があるようです」
「ほう…ビルトランの奴か。分かった、今空ける」
小隊長の頬が吊り上がる。
「貴様等の尋問は後回しだ。こいつらを牢に入れておけ」
「はっ! 」
セアレウスとミークはテントの外へ連れて行かれる。
外に出ると辺りは暗く、転々と松明の明かりが灯っていた。
「…ん? 」
その時、外に立つ兵士の一人がセアレウスの姿を見詰め続ける。
その兵士の後ろには、年老いた男性が立っていた。
「……? 」
兵士の反応に、セアレウスは足を止めてしまう。
「何をしている! さっさと歩け! 」
「いっ!? 痛っ! 」
すると、後ろに立つ兵士にセアレウスは肩を殴られた。
「おい」
「…? 何でありますか? 分隊長殿」
セアレウスを殴りつけた兵士が、声を掛けられた。
「その不審者連行の任…私が請け負う。おまえ達は私に代わって、学者の案内をしろ」
「は、はぁ…分隊長殿が仰るのなら…」
セアレウスとミークを連行していた兵士が学者を連れ、テントの中へ入っていく。
「……よし、牢屋に案内する。私の言うとおり、歩いてくれ」
分隊長と呼ばれた兵士は、セアレウスとミークの後ろにつき、二人を言葉で誘導しながら、牢屋のあるテントに向かった。