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百二十二話 密林の遺跡

 密林の中は、木々で埋め尽くされている。

その中をイアン達は進んでいた。

木々が密集しているせいで視界が悪く、地面には木の枝が這っているため、進むのが困難であった。

それに加え、水気が多いのか、じめっとした空間で――


「今まで、一番嫌な所だ」


とイアンが言ってしまうほど、悪い環境であった。


「ふんふんふーん、何か見つからないかなー」


そんな中、べティは軽快に足を進めめていく。

彼女は、職業柄こういった場所によく行くため、悪い環境には慣れていた。


「ギャウ、ギャウ~」


ラノアニクスはというと、縦横無尽に駆け回りながら進んでいた。

この中では彼女が一番、密林という環境に慣れていた。


「密林に入ってからどのくらい経つだろうか」


足元に這う枝に足を取られながら、イアンが呟いた。


「んー? うーん……木が影になって太陽が見えないね……でも、そんなに経ってないと思うよ」


イアンの呟きに、彼の前方を歩くべティが答えた。

ちなみに、前方からラノアニクス、べティ、イアンの並びで彼らは密林を進んでいる。


「そうか。どうする? 昼に、なったら戻るか? 」


「うーん……もう少し進んだら引き返そうかな」


「分かった。ラノアニクス」


イアンが、前方にいるであろうラノアニクスに声を掛けた。

しかし、返事は帰ってこず、ラノアニクスが姿を現すことはなかった。


「……どうしたんだ? 」


「先に進みすぎて、聞こえないのかな? 」


なんの反応も返ってこず、頭を傾げるイアンとべティ。

そこから、少し歩くと――


ガササッ!


「イアン! 」


枝の上から、イアンの目の前にラノアニクスが降りてきた。


「うおっ!?」


突然、ラノアニクスが目の前に現れ、驚くイアン。


「あ、ラノアニクスちゃん」


べティもラノアニクスに気づき、振り替える。


「おまえ、どこに行っていた? 」


「ギャウ、変なところがあった。ラノ、そこに行っていた」


「なに? どういうところだ? 詳しく言ってみろ」


「密林の中、木でいっぱいなのに、ちょっとだけ広いところがあった」


そのラノアニクスの言葉を聞き、イアンは、べティに顔を向ける。


「広いところ…ねぇ。ちょっと、気になるね。ラノアニクスちゃん、そこに案内してくれる? 」


「わかった! 」


べティに返事をすると、ラノアニクスはあっという間に、先に進んでいまい、イアンとべティはおいてけぼりにはれた。


「ラノアニクス! 速い! もう少しゆっくり走ってくれ! 」


ラノアニクスに聞こえるよう、イアンが大声を出す。


「グゥ…申し訳ない」


イアンの声が聞こえたのか、ラノアニクスはすぐに戻ってきた。





ラノアニクスに案内さら、イアンとべティは密林の中にある、開けた場所に来ていた。

その周辺だけ木が生えておらず、ラノアニクスの言う通り、違和感を覚える場所であった。


「確かに、変な所だな。それに、草一本も生えていないとは」


イアンの目線は下に向けられる。

その開けた場所には、草すらも生えていなかった。


「ふんふん、これは怪しいね。近くに何かないか探そう。変なものがあったら言ってね」


「分かった」


「わかった! 」


三人は、この開けた場所とその周辺を探索しだした。

イアンは、この何も生えていない地面に注目し、目線を下に向けながら歩き回る。


「……む? 」


すると、開けた場所の中心でイアンの足が止まった。

今、彼の目に映っているのは、地面から突き出た石である。

ただの石ならば、足を止めることはなかったが、その石には不可解なところがあった。


「……あれ? どうしたの? イアンくん」


べティが、じっと下を向いたまま動かないイアンにきづく。


「……べティ、こっちに来てくれ」


「おおっ! 何か見つけたのね! 」


べティが軽い足取りで、イアンの元に向かう。

そして、イアンが目にしている石を見る。


「……何かの一部…ね。ここに何が埋まっているみたい


その石の形は三角錐状になっていた。

自然でこうなったとは考えにくく、人工物であるとべティは考えた。


「石器か何が埋まっているかのかな? ここを掘って確かめよう」


「分かった。では、そこら辺に生えている木から、スコップを作るか」


イアンは一本の木を切り倒し、その木から小振りのスコップを複数作り出し、べティとラノアニクスに渡す。


「流石、イアンくん! 頼りになるぅ! 」


「……普段、こういうことをしているおまえが、スコップのひとつも持っていないのが不思議だ」


三人は、石の周りを掘り出した。

数分後――


「はぁ…全然、出てこないね…」


べティが腕で、額の汗を拭う。

深さ二十センチほど掘ったが、その石の全貌は見えず――


「ラノアニクス、それを引っ張り上げてくれ」


「わかった! ギュゥゥゥゥゥ……グゥ、ダメだ。全然、持ち上げられない」


ラノアニクスが引っ張っても、一向に持ち上がることはなかった。


「うーん…これは、壺とか石器とかの類いじゃないのかも」


「なに? では、なんだと言うのだ? 」


イアンがべティに訊ねる。


「何か…巨大なものの一部…そう、遺跡とか……遺跡とか! 」


「うおっ!? 」


「ギュ!? 」


べティの声が急に大きくなり、イアンとラノアニクスは驚いた。


「間違いないわ! これは遺跡の一部なのよ! もっと掘るのよ、イアンくん、ラノアニクスちゃん! 」


「とはいっても、このスコップではな。仕方ない、もっと大きいスコップを作るか」


イアンは切り倒した木から、先程作ったスコップよりも大きいものを作り、二人に渡す。

べティは大きいスコップを受けとるとーー


「うおおおおお!! 」


とてつもない勢いで、地面を掘り出した。


「わははは! べティ、すごい! 」


「速い……べティ、一人でいいのではないか? 」


みるみる深くなっていく穴の様をしばらく見た後、ラノアニクスとイアンも穴を掘り出した。

再び地面を掘里だしてから数時間後ーー


「こいつは……」


イアンが掘り出した物に目を向ける。

地面を掘って出てきたのは、石で作られた小屋であった。

三角錐の部分が屋根だったようで、その下に四角い形の小屋があった。

イアンが見つめる小屋の面には扉のようなものがあり、それがこの建造物を小屋と言わしめる存在である。


「小屋…か」


「……いや、小屋じゃないよ、イアンくん。それにまだ、一部しか出てきてないよ。見て」


イアンの呟きに、べティがそう答えると、扉のある面の地面を掘り出した。

すると、そこから階段のような石の段差が出てきた。

その段差は下に続いているのか掘る度に、段差の数が増えていく。


「階段が下に続いているでしょ? ここが入口なの。つまり――」


べティが扉に手をかけ、開こうとする。


「…………ふんっ! ぐぐぐぐ…」


しかし、扉は一向に開く気配がなかった。


「はぁ…はぁ……ラノアニクスちゃん……お願い」


「…わかった」


べティに頼まれたラノアニクスは、扉に手をかけ、力を入れると


「ギギギ…ギュゥゥゥゥ…」


ズズズ…


ゆっくりと扉が開かれていく。

完全に扉が開かれ、中を覗いてみると、そこには下に続く階段があった。


「入口が高い所にあって、ここから入るんだよ」


目を輝かせながら、べティがは中の階段を見つめていた。


「オレ達は遺跡を発掘したのか。どうする? 一旦――」


「戻るなんてとんでもない! このまま、中に入るよ! 」


戻ろうかと言おうしたイアンの声をべティが遮った。


「……そうか。なら、少し待て。松明を作る」


遺跡の探索が続けば帰るのが遅くなり、夜までにテントに辿り着けない可能性がある。

イアンはそれを心配したのだが、べティは全然気にしていなかった。

今のべティは止められないと、イアンは思ったのだ。





松明で周辺を照らしながら、イアン達は階段を下っていく。

壁は煉瓦状に積まれた石で作られており、等間隔に松明をかざしてあった跡が残っていた。

階段を下ると、先の長い通路に出た。


「……べティ、こういう場所には罠が仕掛けられているのではないか? 」


イアンが後ろにいるべティに訊ねる。


「うーん…分かんないから、慎重に進もう。特に床には注意して」


「分かった」


イアンは、照らされた床を注意深く見ながら、通路を進む。

彼の後ろにべティとラノアニクスがついていく。

慎重に進むイアン達だが、結局罠が仕掛けられていることはなく――


「ここが一番奥か」


遺跡の最深部に到着した。

最深部にあったのは広い部屋で、天井が高く作られえいた。


「ん? 奥に何かあるぞ」


イアンは、部屋の奥に仄かに光る物体を目にした。


「本当だ。近くに行ってみよっか」


ベティがそう言った後、イアン達は部屋の奥に進んだ。

奥にあったのは台座で、その上に光る物体が置かれている。


「ふむ…光る石……いや、結晶か? 」


その光る物体は拳大の大きさのものであった。

結晶の色は金色で、結晶のように中が透けて見え、中に何かが入っていた。


「綺麗…これは蜜結晶だね」


結晶を見ながら、ベティが呟いた。


「蜜結晶? なんだ、それは? 」


聞きなれない言葉を耳にし、イアンがベティに訊ねる。


「木から出てくる蜜があるよね。大昔の蜜が固まって石になったものだよ。綺麗だから、宝石として扱われている…けど…」


「……どうした? 」


急に深刻な表情になったベティに、イアンは首を傾げる。


「蜜結晶が初めて見つかったのはおよそ百年前。この遺跡が作られたのはそれよりも前になるの」


「ん? 何故、そう判断出来る? 」


「こんな建造物が地面に埋まるほどの天変地異が、ここ数百年観測されていないからよ」


「ふむ、ちゃんと根拠はあったのだな」


頷いて、理解したことをベティに示すイアン。


「それで、この蜜結晶よ。台座の上に置かれていることから、宝物のように扱われていたことが推測できるわ」


「百年より前から蜜結晶が宝石のような扱いをされていたことが分かったのだな」


「うーん…そう…とも言い切れないんだなぁ」


イアンの発言に、難しい顔で答えるベティ。


「今の蜜結晶の扱いは宝石と同じって言ったよね? 宝石に価値があるのは、装飾品として他のものを飾り立てるのに役立つからなの」


「それは今も昔も変わらないのでは? 」


「宝石はね。でも、蜜結晶の扱いは今とは違うのかもしれないの。この台座の上には何がある? 」


「……蜜結晶しかないな」


ベティの質問に答えるイアン。


「そう、蜜結晶だけが置かれているの。つまり、昔の人は装飾品以外の目的で、蜜結晶の価値を見出していたの」


「なるほど、蜜結晶そのものに価値があったのか。で、その答えは、蜜結晶の中にあるこの何かにあるんだろうな」


イアンが蜜結晶の中にある物体に指を差した。


「そうだね。虫や花が蜜結晶の中に入っていることがあるけど、これの中にあるのは何だろう? 見たことないね…」


ベティが蜜結晶を注意深く見つめる。

今のベティは真剣であり、普段のように無駄口を喋ることはなかった。


「ふむ…今のベティは静かでいいな。で、おまえは何故、静かにしているのだ? 」


イアンは後ろでぼうっと蜜結晶を見ているラノアニクスに声を掛けた。


「……」


ラノアニクスはイアンに返事をすることなく、じっと蜜結晶を見つめ続けていた。


「おい、ラノアニクス」


「ギャウ…なに? イアン」


ようやく返事をしたラノアニクスがイアンの顔を見る。


「どうした? 」


「ギャウ、この石、どこかで見たことがある…かも……」


「なに? それはどこ――」


「隊長、どうやらここが最深部かと」


イアンがラノアニクスに訊ねようとした時、部屋の中に一人の騎士が現れた。


「うん……そうみたいだね。みんな、あいつらを取り囲んで」


隊長と言われた騎士が現れた後、ぞろぞろと多くの騎士達が部屋の中に入り、イアン達の周りに立ち、剣の切っ先をイアン達の方に向ける。


「何だ? こいつら。ベティ、オレ達の後ろに下がれ」


「う、うん! って、あれ? 」


後ろに下がるよう促され、素直に従うベティ。

イアンの後ろに下がりつつ、ベティは首を傾げていた。


「ウゥゥゥゥゥゥ…」


ラノアニクスは周りに立つ兵士を見回しながら、唸り声を上げて威嚇する。


「よし、その状態を維持してろ。で、君達はどこの誰だい? 」


隊長と呼ばれた騎士がイアン達に近づく。


「ん? よく見ればフォーン王国の王都騎士ではないか。何故、ここに? 」


イアンが近づいてきた騎士の姿を見て、呟いた。


「ん? オレ達を知っている? ひょっとして君達は……って、ゲエッ! ベティ!? 」


ベティの姿を見た隊長が後ろに十歩ほど後ろに下がる。


「ダイくん…女の子を見た反応がそれってひどくない? 」


ベティが呆れ気味に口を開いた。


「隊長、彼女は知り合いですか? 」


騎士の一人が隊長に訊ねる。


「あ、ああ…昔馴染みでな。ほら、オレが話す変人女伝説の張本人だよ」


「ああ、この人ですか……」


騎士のベティを見る目が呆れたものになる。


「ちょっと! 部下にあることないこと教えるのやめてよ! 」


「事実しか言ってねぇよ! 」


ベティと隊長の言い争いが始まった。


「……二人は知り合いのようだな。騎士達よ、剣を下ろしてくれないか? オレとこいつは、この女の護衛だ」


イアンがラノアニクスに指を差しながら言う。


「ウウゥゥゥゥゥ…」


「ラノアニクス、威嚇をするのをやめろ。こいつらは敵じゃない」


「ギャウ? そうなのか」


ラノアニクスは威嚇するのをやめ、イアンの後ろに立つ。


「……そうですね。我々に危害を加えるようには見えませんし、警戒を解きましょう」


騎士の一人がそう言うと、次々と騎士達が剣を下ろしていく。


「助かる。で、ベティ。この男は何者だ? 」


「ん? ああ、ダイくん……ダイムブラムっていう名前で、私の幼馴染であり、平原を巡回する王都騎士団の隊長だよ」


ベティが友達を紹介するように、軽く説明する。


「あと、シスコン」


「おい! あることないことを自分の護衛に言いふらすな! 」


「事実しか言ってませ~ん」


「ぐっ……このっ! 」


再び、ベティと隊長――ダイムブラムの言い争うが始まった。


「はぁ…また始まったか。だが、敵でなくて良かった」


言い争いをする二人を見ながら、イアンが呟いた。


「この変態女! って、敵? 」


ダイムブラムがイアンの言葉に反応した。


「その言葉で思い出した。ベティ、ここに来る前に、オレ達とは違う騎士を見なかったか?」


「違う騎士? そんなの見てないよ」


「そうか……なら、良かった」


「フォーン王国以外の国の騎士団もいるのか? 」


イアンがダイムブラムに訊ねる。


「ヴォリン帝国っていうバイリア大陸の南側にある国の騎士団の部隊がこの島にいてね。この辺りは、その騎士団の探索範囲のギリギリ外にあたる場所で……」


「待て…今なんと――」


(兄さん)


突然、セアレウスの声がイアンの頭の中に響いた。


「すまん。少し、黙る」


「え? あ、ああ」


ダイムブラムは、今のイアンの状況が分からないため、とりあえず頷いた。


(どうした、セアレウス)


(この島には、わたし達以外の人もいるみたいです)


(知っている。そいつらを見かけたのか? )


(いえ……それが、その人達に捕まってしまいました)


「なんだと!? 」


イアンは思わず、念じたことを口にしてしまった。


(今、その人達に連行されている最中で、ミークさんも一緒です。こちらは何とかするので、兄さん達は捕まらないよう気をつけてください。では…)


セアレウスとの通信が終了した。


「今、セアレウスちゃんと話してたの? 」


ベティがイアンに訊ねる。


「ああ、何者かに捕まったらしい……ダイムブラムと言ったか…おまえ達以外に、島を探索している部隊はあるか? 」


「…無い。今、動いているのはこの部隊だけ。どうやら君達の仲間は――」


ダイムブラムが苦渋の表情を浮かべる。


「ヴォリン帝国の部隊に捕まってしまったようだ」




2月27日―誤字修正

ん? よく見ればファーン王国の王都騎士ではないか → ん? よく見ればフォーン王国の王都騎士ではないか

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