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百十七話 意思を伝える姿勢

セアレウスにラノアニクスの言語学習を任せてから次の日。

イアンは、平原の林の中で薬草を摘んでいた。

現状、ラノアニクスについて、イアンがやることは無い。

そのため、普段通りの薬草採取依頼を行っていた。


「……終了」


それも始めてから、数十分で終わってしまった。

やることがなくなったイアンは、戦斧の投擲練習をした後、帰路に着いた。


「……」


その途中、平原を歩いていたイアンの足が止まる。

すると、四体の魔物がイアンの周りを取り囲んだ。

その魔物は平原ゴブリン。

フォーン平原に広く生息するゴブリンであった。


「……おかしいな」


平原ゴブリンに囲まれたイアンの第一声はそれだった。

彼がそう口にした理由は――


「そこの方、助太刀致します! 」


とカジアル騎士団の者が駆けつけてきたことだった。

何故、このことがおかしいと言えるのか、それはイアンが今いる所がカジアルよりも王都に近い場所であるからだ。


「感謝する」


イアンは救援に来た騎士に礼を言い、一体の平原ゴブリン目掛けて戦斧を振り下ろす。


「グギャ―!! 」


戦斧によって、平原ゴブリンは唐竹割りにされ絶命する。

イアンは間髪入れず、もう一体の平原ゴブリンの元へ向かい――


「ふっ! 」


戦斧を振りかぶった後、横薙ぎに振るった。


「グ…ギャア―!! 」


平原ゴブリンは持っていた木の枝を構えたが、イアンの戦斧を防ぐことはできず、木の枝ごと側面から切り裂かれた。

木の枝は二つに切れ、それと同時に平原ゴブリンの上半身が地面に転がる。


「……」


襲いかかってきた平原ゴブリンの半数を倒したイアン。

一息つく間もなく、騎士の元へ向かった。


「くっ…くそ…」


騎士は二体の平原ゴブリン相手に苦戦していた。

イアンは走りながら、戦斧と鎖斧を持ち帰る。

手にした鎖斧を頭上で振り回し――


「伏せろ」


「え!? あ、はい! 」


騎士が屈んだことを確認すると、鎖斧を横に振るった。


「ギッ―!? 」


「グッ―!? 」


鎖斧は二体の平原ゴブリンの頭を吹き飛ばし、イアンの手元に戻る。

イアンは、鎖をボックスに収納した後、鎖斧をホルダーに戻す。

襲いかかってきた平原ゴブリンは全滅したのだ。


「お…おおっ! 」


「大丈夫か? 」


イアンは屈んだままの騎士に手を差し伸べた。


「あ…すみま…し、失礼しました! 」


騎士は慌てながら、イアンの手を借り立ち上がる。


「失礼を承知で言わせてもらうが、おまえは騎士なのか? 」


イアンは、目の前の騎士に訊ねた。

この騎士から、戦いに慣れていない印象を受けたため、イアンは目の前の男が、本当に騎士なのか伺っていた。


「は、え、えと…実は先週、カジアル騎士団に入団したばかりなのです…」


新人騎士はしどろもどろになりながら、イアンに答えた。


「なに? どういうことだ? 」


新人騎士の返答に、イアンは眉をひそめる。

よく見れば、新人騎士の着る鎧には傷が無く、ピカピカに輝いていた。


「ええと…詳しくは新人なんで分からないのですが、王都騎士団の方々がまだ帰ってきていないそうで…」


「ふむ…王都騎士はまだ帰っていないのか…人手が足りないのだな」


「はい…」


新人騎士が申し訳なさそうに頷く。

カジアル騎士団の騎士の数は多い。

しかし、いない王都騎士団の巡回範囲を補えるほど、数は多くなかった。

ただでさえ、広いフォーン平原の半分をカジアル騎士団が担当しているというのに、その倍の範囲を巡回しなければいけないのである。

入ってきたばかりの新人を巡回に回さなければ、平原の安全を保つことができなかった。


「しかし、(ろく)に訓練を受けていないのだろう? 他の騎士と共に行動しないのか? 」


「はい…それが普通なのですが、私の隊の指揮官の意向で……」


新人騎士の声が沈んでいく。


「ふむ、カジアル騎士団も一枚岩では無いのだな…」


イアンは、この騎士を哀れに思った。


「……よし、しばらくおまえと共にいるとしよう」


「え!? 」


新人騎士のヘルムの中から、驚いた声が発せられた。


「いっ…いいんですか!? 」


「急いで帰る用は無いからな。少しの間付き合おう」


「ありがとうございます! 」


新人騎士は深く頭を下げた。

こうして、イアンは新人騎士と共に平原を巡回することになった。

平原の王都側を歩き回り、度々行われる戦闘では、戦い方を教えながら、イアンは新人騎士と共に戦った。

新人騎士の上達は早く、みるみるイアンの戦闘方法を学習していく。


(……勝手に教えて良かったのだろうか……まぁ、いいか)


その中で、イアンはそう思ったが、すぐに考えないことにした。

そして、夕方になったところで、イアンは帰ることにした。


「ありがとうございました! 」


新人騎士がイアンに向かって、深々と頭を下げた。

ピカピカだった鎧には多くの傷と、泥にまみれていた。


「最初にも言ったが、用が無かっただけだ。礼を言われる筋合いは無い」


イアンはそう言うと、踵を返した。


「あ、あのっ…! 」


呼び止められ、イアンが振り返ると、新人騎士はヘルムを脱いでいた。

顕になった顔は整った顔立ちをしており、よく見ればイアンよりも身長が高かった。

イアンよりも年上の青年だったのである。


「こ、このヘルムに、あなたの名前を刻んでくださいっ! 」


新人騎士はそう言うと、ヘルムと短剣をイアンに差し出した。


「…いいのか? 騎士団の支給品ではないのか? 」


「気にしないでください! 大丈夫ですので! 」


新人騎士が根拠の無いことを言う。


(…じゃあ、いいか)


イアンは新人騎士からヘルムと短剣を受け取ると、ヘルムの内側の(ふち)の部分に自分の名前を刻み始めた。


「ああっ! 外のほうに刻ん――」


「馬鹿…外に刻むと、傷ついて見えなくなってしまうだろう」


「あ……なるほど! 」


「……刻んだぞ」


イアンは名前を刻み終わると、ヘルムと短剣を新人騎士に返す。

新人騎士がヘルムの内側の覗くと、後ろ首が当たる部分にイアン・ソマフの文字が刻まれていた。


「お…おおおっ! 」


興奮のあまり、声を上げてしまう新人騎士。


「ははっ…そこまで喜ぶほどではないだろう」


イアンはそう笑いかけると、新人騎士に踵を返した。


「イアンさーん! 本当にありがとうございましたーっ! 」


新人のその声を背に受け、イアンはカジアルへと歩いていくのだった。





 イアンは、カジアルの冒険者ギルドで依頼完了手続きを済ませた後、キャドウの宿屋に向かう。

宿屋に辿り着き、中に入ると――


「おかえり…イアン」


ラノアニクスがイアンを出迎えた。


「……」


驚愕し、思わず固まってしまうイアン。


「早く、中に。ごはん食べよう」


ラノアニクスは固まるイアンの袖を引っ張り、食堂を目指す。


「おかえりなさい、兄さん」


「おお…本当に帰ってきてた…お待ちしていましたぜ、イアンさま」


食堂に着くと、セアレウスとミークがテーブルを囲んで座っていた。


「イアン来た! キャドウ、ごはん作る」


「クク…もう出来上がっています」


ラノアニクスが椅子に座ると、キャドウがテーブルに料理を運こび、テーブルに並べていく。


「い……あー…うーん…」


ラノアニクスは、目の前の料理を見ながら手を広げ、頭を捻りながら唸っていた。

助けを求めるように、ラノアニクスがセアレウスに視線を向けると――


「……」


セアレウスがゆっくりと両手を合わせ、口だけを動かしていた。


「…あ…ああ! いただきます! 」


ラノアニクスは両手を合わせて、そう言った。

どうやら、いただきますという言葉を思い出せず、悩んでいたようだった。


「よくできました……兄さん、どうしました? 」


セアレウスが立ったまま動かないイアンに声を掛ける。


「……セアレウス……おまえ、すごいな…」


イアンは、搾り出すように声を出した。



 ようやく動けるようになったイアンは、料理を口に運んでいた。

彼が固まってしまったのは、ラノアニクスの言葉の上達があまりにも早かったからだ。


「どうやって教えたのだ? 」


「うーん…わたしが教えられた時と同じように教えましたね。まず、簡単な単語から…」


「お、おう、流石だ。おまえに任せて正解だった」


セアレウスが長話をしだすのを、回避させようとするイアン。


「いえ、ラノちゃん自身が言葉を覚えようとしてくれたおかげです」


セアレウスがラノアニクスに視線を向ける。

ラノアニクスは一生懸命、料理を口に運んでいた。


「あいつが……」


イアンが、信じられないといった口調で呟いた。


「ええ……言葉を喋ることができれば、もっと美味しいお肉を食べることが出来る……初めにそれを伝えるのが一番大変でした…」


セアレウスが遠くを見つめながら呟いた。


「肉か…やつの原動力は肉なのか…」


イアンがラノアニクスに呆れた視線を送る。


「ま、まぁ、あそこまで上達したんですし、いいじゃないですか」


ミークがラノアニクスをフォローする。


「ええ。それにもうお肉は関係無いと思いますよ」


「…? どういうことだ? 」


イアンがセアレウスに訊ねる。


「会話ができるのが楽しいみたいです。ラノちゃんも、自分の意思が相手に伝えられないことを気にしていたみたいで…」


「そうか…」


自分の意思を伝えられない。

その言葉がイアンの心に深く突き刺さった。

ラノアニクスと初めて会った時、意思疎通がしっかりできていれば、余計な戦いをしなくて済んだろう。

そうならなかったのは、自分が意思を伝える努力をしていなかったからではないか。

イアンはそう思わざるを得なかった。


「…やっと、始まりに辿り着いたのだな……」


イアンはそう呟くと、ラノアニクスに向き直り――


「必ず、故郷へ返すからな」


とラノアニクスの目を見つめながら言った。


「ギャウ? ……イアン…分からない…」


イアンの言った言葉は、ラノアニクスは首を傾げた。


「そうか、まだ分からない言葉であったか……とりあえず約束しよう」


「約束……約束! 約束、守る絶対! 」


ラノアニクスが声を上げた。

ラノアニクスは約束という言葉は知っていたようだった。


「うむ」


イアンは大きく頷いた。

セアレウスとミークは二人のやり取りを見て微笑んでいた。





 カジアルから遠く離れた海に浮かぶ島――ネアッタン島。

そこには、フォーン王国の学者と王都騎士団の護衛部隊が島の探索に来ていた。


「……」


その島に設営した騎士団の駐屯基地の一室に、一人の老人が椅子に座っていた。

前方のテーブルに両肘をつき、手を組んで静かにしている。

とても話し難い雰囲気である。


(うわぁ…ご立腹だ…かなりご立腹だよ…)


その老人のいる部屋の前に、護衛部隊の隊長が立っていた。

老人の雰囲気を察し、中に入れないでいた。


(嫌だな…絶対怒鳴るよ……)


現在、島の調査は中断され、未だ続行できずにいた。

しかも、護衛部隊の隊長が報告しようとしている内容は、調査の続行が可能になったことではなく、現状のまま何も変わらないことである。


(ううっ……仕方ないって…こんな何も無い島に、ヴォリン帝国の部隊が来ていることを誰が予想出来るんだよ…)


彼らが島の調査を中断している理由は、ヴォリン帝国の部隊が調査の妨げとなっていることであった。


(か…帰りたぁい…)


心の中で弱音を吐く護衛部隊の隊長。

今の情けない彼の姿を見て、かつてフォーン王国に名を轟かせた天才少年剣士と双璧をなしていた人物が彼であると聞けば、誰も驚くことだろう。




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