百十三話 生殺与奪はイアンの手に
その後、イアンは倒木に閉じ込められたセアレウスを救出した後、少女の元へ向かった。
セアレウスは強く体を打ち付け、体を動かすことはできない。
そのため、今はイアンが背負っていた。
そして、倒木の下敷きになった少女の元に辿り着いた。
「……」
少女は倒木をどうすることもできず、呆然と空を見上げていた。
彼女に覆いかぶさる倒木には、いくつもの殴った跡があり、イアンが離れた後、しばらくの間もがいていたようだった。
「……なんだか可哀想に思えてきました…」
「仕方ない。ああでもしないと、奴は大人しくならん」
セアレウスの呟きにイアンが答える。
イアンとセアレウスが近づいても、少女は何の反応の示さなかった。
身動きの取れなくなり、自分は死んだも同然だと思っているである。
「おーい! おーい! 」
「どこだーっ! 返事をしろーっ! 」
イアンとセアレウスが少女を見つめていると、遠くから人の声が聞こえてきた。
ダン! ダン! ダン!
魔物を追い払うためか、太鼓を打ち鳴らしながら、イアン達の元へ近づいていく。
その中に、聞き覚えのある声が混じっていた。
「ミーク……セアレウスを探すために人を集めてくれたか…」
イアンが声のする方に顔を向けた。
すると、木々の間から人々がその姿を現す。
「えっ!? イアンさま? ああっ! セアレウスさま! 」
ミークがイアンとセアレウスの存在に気づき、慌てて駆け寄る。
「よくぞご無事で! イアンさまが助けたんですかい? 」
「ああ。色々あって、こいつを助けに来た。だが、おまえもよくやったな。こんなに人を集めて……」
イアンがミークの後ろにいる人々に目を向ける。
その人数は百を超えているほどで、皆冒険者のようであった。
「ていうか集まりすぎだ。どうしてこんなに来る? 」
「冒険者ギルドで、探索の希望者を集めたら、こんなに来てくれたんですわ」
イアンの疑問にミークが答えた。
「イアンさまの妹君であるセアレウスさまのピンチと聞いて」
「ファンです」
「うっわ! 草摘みの君だ。本物だよ」
ミークの後ろにいる人々が色々言う。
「……」
イアンの心境は複雑だった。
「で、あの子を捕まえたようね」
ミークの傍らにいた少女が、イアンに話しかけた。
少女の体のあちこちには、包帯が巻かれていた。
「ん? そうだが、おまえは……」
「あ、ヘザーさん。無事だったのですね」
「ええ、あなたのおかげよ。ありがとう…そして、ごめんなさい」
ヘザーはセアレウスに向けて、頭を下げた。
「あ、頭を上げてください! そんな…気にしなくていいですよ! 」
「いえ…この借りはいつか返せてもらうわ。何かあれば言ってちょうだい」
「うっ…わ、分かりました。その時はお願いします…」
ヘザーは頑として譲るつもりはなく、セアレウスはその押しに負けてしまった。
「ところで、あなた…イアンと言ったわね」
「ん? ああ、そうだが」
唐突に話しかけられ、イアンは少し戸惑った。
「私の名前はヘザー。元狩人よ」
「ほう! そうなのか! 」
何故か声が弾むイアン。
「ええ。あなたは元木こりね。この倒木はあの子がやったものだろうと思うけど、伐倒方向に洗練されたものを感じるわ」
「おお! 分かるか! 流石、狩人だな。いい目を持っている」
「ふふっ、褒めすぎよ」
二人は何故か意気投合し、楽しそうに会話する。
「なぁ…なんであんなに仲がいいんだ? 」
「さ、さあ? 」
冒険者達が二人を見て、首を傾げる。
傍から見れば、意味が分からなかった。
狩人はどこで狩りをするかによるが、一般的に狩人と言えば森であり、木こりと同じく森という場所で行動する。
森を知る者同士、木こりと狩人は互いを尊敬し合っているらしい。
他の者には理解できないこの業界独特の文化である。
「え? え? 」
セアレウスにも分からない世界であった。
「ここで森あるあるを言いたいところだけど、次の機会にしましょう」
「そうか…残念だ」
「本題に移るけど、この子どうするの? 」
ヘザーが少女に視線を向ける。
「どうって…騎士団に引き渡すつもりだが? 」
「そう……知らないようだから言っておくけど、騎士団の対応は変わるわよ」
「なに? 」
イアンは、顔をしかめさせる。
「人に危害が加えた以上、あの子は危険人物として扱われるわ。最悪、処分されてしまうかも」
「えっ……」
セアレウスが驚愕の表情を浮かべる。
「処分…か。確かに手に負えんからな」
イアンはピクリとも動かない少女を見る。
今は凶暴だった面影はなく、体を脱力させていた。
「そこまですること……あっ! わたしが襲われたことを黙っていれば――」
「ああー…それは無駄です。もう騎士団に知られちゃってて…」
セアレウスに、ミークが申し訳なさそうに言う。
「そんな……」
セアレウスの顔が青ざめる。
その間、イアンは顎に手を当て、考え事をしていた。
「ふむ……何故、オレにそのことを? 」
「……知らない所に連れてこられて、他人の勝手で殺される……ひどいと思わない? 」
ヘザーの口ぶりは、少女のこれまでの経緯を知っている者のようである。
それは、彼女が騎士団から少女に関することを聞きいたからであった。
「おまえは怪我を負ったし、セアレウスは殺されかけた。順当なことだとも言えるがな」
イアンの少女を見る視線が冷たくなる。
「そうね。でも、それは私達の尺度で考えたものよ。あの子には無いものだわ」
イアンの視線がヘザーに向かう。
彼女は体を震わせながら、口を固く結んでいた。
ヘザーが少女を同情して言っているものだと、イアンは思っていたが、少し違うものであると感じた。
「…まるで、あいつを助けてくれと言っているようだな。何故、そこまでする? 」
「別に……私にはできなかったことを…あなたならできるような気がしただけよ…」
ヘザーはイアンから顔を逸らした。
顔を逸らす瞬間、ヘザーの目に涙が滲んでいた。
ヘザーの過去に、少女と同じような境遇を持つ存在がおり、それを思い出したようだった。
「…勝手で殺すのがひどいと言いながら、おまえも勝手だな」
「仕方ないじゃない、私も弱いのよ。あなたのように強くないわ…」
ヘザーはその言葉を最後に、この場を後にした。
「はぁ…買い被るなよ…」
イアンはそう言うと、冒険者達に顔を向け――
「皆、来てくれてありがとう。もう大丈夫だ」
と声を大にして言った。
イアンの言葉は続く。
「あと、あいつはオレが処分する。騎士団にそう伝えてくれ」
「はい、イアンさん! 」
「あの子、殺されちまうのか……まあ、しょうがないか…」
「セアレウスちゃんが無事でよかったぜ! 」
冒険者達は踵を返し、森林を後にした。
「イアンさま…まさか……」
「……オレの勝手だ。ミーク、セアレウスを連れて先に戻ってくれ」
「…分かりました…失礼します」
ミークはイアンからセアレウスを受け取り、背中に背負う。
「兄さん……」
「ふん。こんなのは慣れている。ミーク、早く行け」
「へい! 行きますよ、セアレウスさま」
ミークはセアレウスを背負いながら、この場を後にした。
背負われたセアレウスはずっと、イアンの方に顔を向けていた。
「……さて」
イアンはセアレウスの姿が見えなくなると、少女の元に向かう。
「……」
「……」
少女の顔を見下ろすイアン。
彼女もイアンの顔を見つめていたが、意識が遠のいていき、少女が最後に見たのは、斧を振り上げるイアンの姿であった。