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百十一話 あの泉の辺にて

イアンはため息をついた。

今、彼の目の前にあるのは、どこかで見たような泉である。

イアンがため息をついたのは、好き好んでこの場所に来たわけではないからだ。


「どうゆうことだ? 」


ここは、イアンが度々訪れる謎の空間である。

最近、この場所に来たのはセアレウスの魔物化を食い止める儀式の時であった。

その時は、儀式を行うという目的があったのだが、今回は自分がここに来た理由すらも分からない。


「……どうすればいい…」


そのため、イアンは何をするべきかが分からず、途方にくれた。

しばらく、呆然とした後、イアンは周りを見回した。

泉の他には何もなく、地平線いっぱいに野原が広がっていた。


「……ん? 」


野原を見回していたイアンの目に、何かが映った。

目を凝らしてみると、それは小屋だった。

その小屋は、イアンから遠く離れた位置にあり――


「……あんなもの…前にあったか? 」


以前、訪れた時にはなかったものである。

目的の無いイアンは、とりあえず、その小屋に足を向けた。

イアンが小屋の前に辿り着くと、その外観をはっきり見ることができる。

小屋には白い木材が使われていた。

しかし、屋根の青色で、そこだけが白ではなかった。


「中には何が……む? 開かんぞ」


小屋の外観に目を向けた後、イアンはドアに手をかけて、開こうと試みるが、ドアは開かなかった。


「ん? これは……」


押しても引いてもドアは開かず、ドアをよく調べてみると、鍵穴があることに気がついた。


「鍵が掛かっているのか…鍵……」


イアンはおもむろにポケットに手を入れた。

引き上げた手の中には、三つの鍵があった。

これは、タトウから貰った鍵で、何が開けれるか不明なものであった。

イアンは、それをここで確かめようというのだ。


「……だめか…」


しかし、三つの鍵はいずれも鍵穴に入ることはなかった。

イアンは、ドアを開けることを諦め、小屋を見上げる。

そして、特にやることはないと判断し、最初にいた泉へ足を向けた。




 それほど時間をかけず、イアンは泉に戻ることができた。

戻ってきたが、ここに来る理由は特になく、ただ戻ってきただけであった。

しかし、最初にきた時とは、違うものがあった。


「ん? 誰かいるのか? 」


イアンの視界の奥、泉の辺に腰をかけている人影が見えた。

姿がはっきりと見えないため、イアンは慎重に近づいていく。

近づいて行くにつれ、その人影が徐々はっきりしたものへと変化する。

まず、その人物は正面を見て、ぼうっと泉を眺めていた。

次に、その人物は女性のようで、長い髪を持っていた。

最後に、その人物の髪の色は水色で、イアンが昔着ていた服を身につけていた。


「セアレウス? 」


あと数歩で届く距離まで近づいたイアンが、目の前の人物の名を口にする。


「……兄さん…」


座っていたセアレウスは、ぼうっとしながらも、イアンの存在を認識したようであった。

イアンは彼女に、何故ここにいるのかを聞き出そうとしたが――


「…すみません。兄さん……」


佇まいを直し、急に謝ってきた。

いきなりのことで、イアンは目をパチクリとさせる。

そんなイアンに構わず、セアレウスは口を開く。


「最後に…あなたに別れの言葉を言える機会があることを嬉しく思います。わたしはあなたに――」


「待て待て待て」


イアンはセアレウスに駆け寄り、肩を押して無理やり顔を上げさせる。


「…うっ……ごめんなさいっ! わたしも…こんな早くに兄さんとお別れするのは――」


「違う違う。たぶん、おまえはまだ死んでない」


「……本当に申し訳……へ? 」


泣き出していたセアレウスだが、イアンの言葉を聞き、きょとんとした顔になった。

やっと、話しを聞く姿勢になったセアレウスを見て、イアンは安心する。


「落ち着いたか…よし、説明するぞ…………」


イアンは口を開いたまま、動かなくなった。

説明すると言ったものの、自分自身ここの場所についてよく知らなかった。

なので、イアンは、分かっていることをいうことに決めた。


「ここはよく分からん場所だ。ここに来るときは大体、死にそうになったときだ」


「え? え? 」


イアンの説明を理解できず、セアレウスは混乱する。


「ああ、くそ! おまえは死んでない。分かったな? 」


「は…はい! 」


うまく言葉が見つからず、結局決めつけて強引にセアレウスを納得させた。


「うむ。で、おまえは何か死にそうな目にあったのか? 」


「ああ……はい。実は……」


セアレウスは、依頼の途中で凶暴な少女と出くわし、戦闘になったことをイアンに伝えた。

彼女が覚えているのは、自分へ振り下ろされる倒木を目にしたときであった。


「倒木が振り下ろされたところまでは覚えています」


「ふむ。その時に何かをしたのであろうな」


イアンは、セアレウスが生きているうえで話しを進める。


「何か…うーん……思い出せません。申し訳ないです…」


「謝ることはない…そうか、奴はオレを狙っていたようだな。騎士の言った通りだ」


セアレウスは自分と間違わられて襲われた。

イアンはそう考えた。


「あの子が兄さんの言っていた……兄さんの言ったように、凄まじい子でしたよ」


「だろう? 力が生半可なものではないのだ」


「「ハハハ! 」」


二人は声を揃えて笑いだした。


「とりあえず、帰ってくれ。たぶん、おまえがここに来たから、オレもここに呼び出されたのだ」


「え? 帰れと言われても…」


そして、一瞬で冷静になった。


「なんか……帰れと念じれば、帰れるのではないか? 」


「……やってみます。帰れっ! 帰れっ! 帰れっ! 」


セアレウスが念じ始める。

ひたすら同じ言葉を言い続ける彼女は――


「お? いい感じだぞ、セアレウス」


徐々に薄くなっていった。


「か――え? 」


イアンの言葉を聞き、セアレウスは念じるのをやめてしまった。

そのせいか、セアレウスの体がくっきりそた状態に戻ろ始める。


「うお!? やめるな。続けろ 」


「は、はい! 帰れっ! 帰れっ! 帰れっ! 」


再びにセアレウスが念じ始める。

徐々にセアレウスの体が薄くなっていき――


スウゥ…


完全にセアレウスが消え去った。


「……行ったか……言ってみるもんだな」


念じれば帰れると言ったイアンだが、やはり根拠など何もなかった。

すると、イアンの体も薄くなっていく。


「おおっ! この消え方をしてくれるのか。いちいち泉に飛び込まなくていいのだな」


イアンは自分の消え方に感嘆の声を上げていた。

以前、この空間を出るときに、イアンは泉の中に飛び込んでいた。

その時、息を止めて苦しい思いをするので、イアンはあまり好きではなかった。

これもイアンがこの空間に来たくない理由の一つである。

体が薄くなり、とうとう意識もなくなっていった。




 イアンは大きなため息をついた。

今、彼の目の前にあるのは、さっき見たような泉である。

イアンがため息をついたのは、同じ日に二回もこの空間に来てしまったからだ。


「……どういうことだ? セアレウス」


「あはは…すみません……」


イアンが振り返ると、セアレウスが申し訳なさそうに立っていた。


「というか、また死にそうな目にあったのか? 」


「いえ、来たいと念じたら来ちゃいました」


「なんだと? 」


聞き捨てならない言葉を耳にし、イアンがセアレウスに詰め寄る。

来ようと思えば来れる、それはこの空間にイアンを呼び放題であることだった。


「え、えーと……そういうことですね…」


「はぁ…勘弁してくれ……しょうもないことで呼び出したりするのではないぞ」


「はい、それはもちろん」


セアレウスは大きく頷いた。


「して、何かあったか? 」


「実は、起きてみたのですが、身動きが取れないのです」


「身動きがとれない? 」


セアレウスが言うにはこういう状況であった。

まず、イアンの言うとおり、セアレウスは死んでいなかった。

どうやら、咄嗟に水流で地面に穴を掘り、そこに自分が入ったため、倒木に潰されることはなかったようだった。

その時に、倒木をアックスエッジで防御したが、落下の勢いはどうすることもできず、結局は叩きつけられて気を失い、あの空間に飛ばされた。

これが、セアレウスが生存し、イアンがよく行く空間に飛ばされた真相であった。

次に、謎の空間から戻ってきたセアレウスの状況はというと――


「倒木が穴を塞いでいて、外に出られません」


掘った穴から出らくなっていた。


「水流で穴を掘ればいいだろう」


「それはできそうなのですが……あと体が動かないです」


意識を取り戻したセアレウスは体を起こすことができなかった。

落下の勢いにより、体を強く打ち付けられていたのである。

ゆえに、穴を掘ったり、倒木をどかしても、そこから自力で移動することができないのだ。


「そうか……ならば、助けに行く必要がある…ということか? 」


「はい…申し訳ないですが、お願いします」


セアレウスが申し訳なさそうに、頭を下げる。


「あ…ミークはどうしているのだ? 一緒にいたはずだが…」


「ミークさんですか…負傷者を連れて先に向かったはずです」


「なに? 負傷者だと? 」


イアンは驚愕の表情を浮かべた。

あの少女によって、怪我を負わされたとなると、軽傷で済んだとは思えなかったのだ。


「ええ。確か…蹴り飛ばされていたような気がします」


「蹴り飛ばされた…か。まだ救いはあるな」


セアレウスの言葉に、イアンはひとまず安心する。

彼が考えていたよりも、軽傷である可能性が高かった。


「まぁ、ミークは無事のようだな。よし、起きたら早速おまえを探しに行くとしよう。目印とかは無いか? 」


「とりあえず、オルムガ丘…の近くの森林に来てください」


「森林? 具体的にはどこだ? 」


「森林に入ればいいです。あとはわたしが探します」


「は? おまえが? 」


イアンはセアレウスが言っている意味が分からず、首を傾げる。


「わたしが水流を伸ばして、兄さんを探します。水流だけに集中すれば、少し遠い場所まで届きそうです」


「そうか……ならば、そのへんはおまえに任せる」


「はい! では、お願いします」


セアレウスはそう言うと、すぐに姿を消した。


「あいつ、もう慣れたのか…」


イアンが、彼女の物覚えの早さに目を丸くする。

そのうちイアンも、意識がなくなっていった。





 朝になり、イアンは身支度を軽く済ませると、オルムガ丘を目指した。

朝早くに出発したため、朝のうちにオルムガ丘の近隣の森林に辿り着いた。


「森に入れば、あとはセアレウスが何とかするのだったな」


森林に足を踏み入れたイアンは、セアレウスの水流を待つ。

しばらくすると、拳大の水玉が地面を這うようにイアンに近づいてきた。


「来たか。一応確認するが、おまえはセアレウスだな? 」


イアンが水玉に向かってそう呟くと――


ザザザザッ!


地面を削り、大きな丸をそこに描いた。


「ほう…オレの声が届くのだな」


そうだというサインであるとイアンは判断した。


「よし、おまえのいる場所に案内してくれ」


イアンがそう言うと、水玉が森林の奥へ向かっていく。

イアンはそれを追った。

水玉を追ったイアンが辿り着いたのは、木々の無い開けた場所であった。

そこには、倒れた気があり、ここにセアレウスが閉じ込められているようで――


ズズズ…


水玉が木と地面の隙間を通り、穴の中に入っていった。


「はぁ……思ったよりでかい木だな。セアレウス、少し時間が掛かるぞ」


イアンはそう言うと、持ってきた伐採斧を手に持った。

木こりであるイアンとっては、倒木の解体作業など朝飯前であった。

そして、セアレウスのいる部分だけを解体するとなると、数分で終わる作業である。


「……すまん。もう少し時間が掛かる……だろうな…」


しかし、イアンは更に時間が掛かることをセアレウスに伝えた。


「……はい…」


セアレウスの声が微かに聞こえる。

その声が聞こえた手前には目もくれず、イアンは視線の奥を見つめていた。

そこには、木々の幹と草木の茂み、そして――


「…ガ、ガウ? 」


首を傾げる緑髪の少女がいた。




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