十話 草原の町 シロッツ
シロッツ――
その町は草原地帯の真ん中にあった。
頑強な外壁で守られた町の内部は、宿屋が多く立ち並んでいた。
その理由を説明するには、バイリア大陸について語らなければならない。
大陸には二つの国家が存在する。
大陸の中央にそびえるギガリン山脈を国境とし、北側がフォーン王国、南側がヴォリン帝国である。
そして、シロッツはフォーン王国内に位置し、冒険者ギルドのある町としては最南端にある。
王国南方の冒険者ギルドを持たない村や町から人々がやってくるため、シロッツは冒険者の町として栄えていた。
「おお…」
門をくぐり、町の中に入ったイアンは、初めて見る町の光景を目に焼き付けていた。
「シロッツに来るのは初めてですか? 」
ガゼルが聞いてくる。
「ああ…初めて町を見たからな。」
「イアンさんは、村出身でしたね。人がたくさんいて、驚いたでしょう? 」
「ああ、こんなに人がいるのを初めて見た」
「アニキィ、お腹すいた~」
ロロットが袖を引っ張ってくる。
イアンは今日、一度も食事をしていないのを思い出す。
「この町には、料理を作ってくれる店があります」
ガゼルが何も知らないであろうイアンに教えてくれる。
「そんな店があるのか。よし、ロロットそこへ行くぞ。」
「やったー! ご飯だー! 」
「僕は、依頼の報告があるので、これで失礼します」
「お前、冒険者だったのか」
「はい。まだ、なって二週間ですけど。イアンさんが冒険者になるのなら、また会えるかもしれませんね」
ガゼルは一礼すると、人ごみの中に消えていった。
イアンとロロットは、手頃な料理店を見つけると、そこで食事を取ることにした。
「嬢ちゃんたち、可愛いから安くしとくよ! 」
「ああ…ありがとう…」
ニコニコしながら料理を出す、店のオヤジに苦笑いを浮かべて返すイアン。
「オレは、そんなに女のように見えるか? 」
「アニキは顔が綺麗だから」
イアンの疑問に、出された料理を頬張りながら答えるロロット。
いまいち釈然としないイアンであったが、気持ちを切り替え、料理を口にした。
「…うまい」
今まで、パンしか食べたことのなかったイアンからしてみれば、どの料理も新鮮で、どれも美味であった。
料理を食べ終え、一息つくイアンは視線を上げ、目の前の少女について考えていた。
イアンがロロットを連れてこの町に来た目的の半分は、村が全滅し、頼れる大人がいなかったからだ。
この町で、彼女を養える人物か、難民や孤児を保護する団体に預けるのが懸命だろう。
上げていた視線をロロットに向け、イアンは口を開いた。
「この町でおまえを養える者を探すぞ」
「やだ! アニキといっしょがいい! 」
今にも泣き出しそうな顔で、ロロットはわめく。
「冒険者の俺では、おまえを充分養えない」
「でも、アニキといっしょがいいの! なんでそんなこと言うの! 」
「おまえのことを思って言っているのだ。わかってくれ」
「わかんない! あたしのことを思っているなら、他人任せにしないでよ! 」
ロロットが、目を涙で濡らしながら放った言葉が、イアンの心を突き刺さる。
冷水をかけられたような感覚をおぼえたイアンは、彼女の気持ちについて考えた。
そう、イアンはロロットがどう思っているか考えず、自分の考えだけで決め、見ず知らずの人物に彼女を託そうとしたのだ。
そして、ロロットの気持ちがわからない自分に憤りを感じたイアンは、ロロットへ頭を下げた。
「すまん。おまえがどう思っているか考えず、決めてしまった。だが、オレにはおまえの気持ちはわからない。だから改めて聞かせてくれ、おまえがどうしたいかを」
イアンの言葉にロロットは、涙で腫れた目でイアンを見据えた。
「アニキに付いてく。アニキはあの時、自分をボコボコにしたあたしを守ってくれた。今度は、あたしがアニキを守るんだ! 」
「そうか…。それがおまえの気持ちか…。わかった…ありがとう」
イアンは、自分を守ると言った少女の頭を撫でた。
イアンとロロットのやりとりに、静まり返っていた店内は、徐々に活気を取り戻していった。