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百五話 冒険者セアレウス

黒いドラゴンとの戦闘が終わった後、イアン達は山を降りてサードルマに向かった。

その途中、魔物の増援を警戒し、防衛線を張り続けていた騎士団の元へ行き、プリュディスに犯人は魔族であったことを伏せて報告した。

この騒動の犯人が分からないままなので、防衛線はしばらく張られることになる。

それから三日後、平原を巡回する常務があるので、防衛線は解除された。

その日の午後、イアンは薬草採取の依頼をこなすため、いつもの林に来ていた。

ようやくイアンは、罰則の期間が過ぎたので依頼を受けれるようになっていた。


「……」


林の中、イアンは戦斧を片手に佇んでいた。

イアンの視線の先には、丸太が吊るされている。


「はっ! 」


イアンは持っていた戦斧を投擲した。

戦斧は横に回転しながら飛んでいくが、丸太の方へは向かっていない。


カッ!


当然、戦斧は丸太には命中せず、脇に生えている木の幹にくい込む。

その木が生えている位置は丸太から、手を広げた大人が三人並んだほど離れており、丸太を狙って投擲したのなら、下手くそにも程がある。


「……そう簡単にはいかないな」


丸太を吊るした以上、イアンはそこを狙って投擲していた。

にもかかわらず、あらぬ咆哮へ戦斧が飛んでいったのは、丸太に当てる過程でその方向に投げていたからである。

イアンがやろうとしているのは、グエリモの投擲法である。

彼が投げた斧は回転しながら飛んでいき、敵を切り裂いた後、手元に戻ってきていた。

その投擲法を目の当たりにしたイアンは、自分にもそれができないかと考え、こうして投擲の練習を行っているのである。


「斧を回転させるのはできた……だが、曲がらなければ、手元に戻ってくることはできない」


彼から離れた位置に、薬草の入った袋が置いてある。

イアンは、この林に着て早々依頼を達成させていた。

それから戦斧を投擲しているのだが、一向にイアンの思い通りにはならない。


「一朝一夕ではないな」


戦斧を拾いに行くイアン。

そして、戦斧を拾い上げ、しばらく見つめ続ける。

イアンが投擲を練習しているのは、魔族が少し絡んでいる。

コドリックとの戦いで、妖精の力を封じられたイアン。

それだけで、彼ができることは斧を振るうだけしか攻撃手段がなくなってしまう。

あの戦いでイアンは、妖精の力に頼らない戦闘法が必要になると判断した。

なので、自分の武器である斧の技の種類を増やすため、投擲の練習をしているのである。


「剣や槍に色々な技があるように、こいつにもあるはずだ」


無いのならば作ればいい。

それがイアンの思いであった。




 夕方になり、投擲の練習を切り上げたイアンは、ギルドに行き、依頼達成の報告を行ってから、キャドウの宿屋に戻った。


「クク……お帰りなさいませ…」


イアンが宿屋に入ると、キャドウが出迎えてくれた。


「ああ……セアレウスとミークの姿が見えんが、二人は上にいるのか? 」


「いえ、二人共まだ帰っておりません」


セアレウスとミークは、イアンとは別の依頼を受けていた。

彼女も冒険者となり、依頼を受けれるようになったのである。

しかも、セアレウスのランクはDである。

これは新しい冒険者登録の制度によるものである。

最近、新人冒険者の知識不足による負傷や依頼主とのトラブルが多発し、問題になっていた。

そこで冒険者ギルドは、登録時に筆記試験を実施するようになったのだ。

試験の内容は一般常識から始まり、薬草等のよく採取依頼の対象にされる物の知識、危険が伴う行動等があり、一定の得点を得られなければ、冒険者として認められないというものであった。

その制度が適用されてから、ギルドが認めた冒険者の数は一人である。

冒険者を目指すような人物が、一般常識である学問ができるはずもなく、(ことごと)く多くの者が試験に落ちた。

そんな中、セアレウスは試験を合格したのである。

しかも、得点が満点であったため、ギルドが優良新人賞というものを作り、賞状と共に冒険者ランクDの階級をセアレウスに与えたのである。


「クク……冒険者になって早々、セアレウスさまも苦戦なさっているのでしょうか……」


「それはないと思うがな。ミークもいるし、Dランク程度の依頼で苦戦することは無いと思う」


すると――


「……あっ! 兄さん。先に帰っていたのですね」


「おお、イアンさま。遅れてしまって申し訳ない」


セアレウスとミークが帰ってきた。


「時間が掛かったようだが、大変だったか? 」


自分の元に来た二人にイアンが声を掛ける。


「依頼は大したことは無かったんですがね……」


ミークがチラリとセアレウスを見る。


「えと…髪の色と武器で、兄さんとの関係を他の冒険者から質問攻めされていまして……」


「……そうか…大変だったな…いや、大変になるな…」


依頼は関係なかった。

自分の騒がられるネタが増え、脱力しながらイアンは天井を見上げた。





 それから数日後。

セアレウスが冒険者としての生活に慣れてきた頃。


「……」


「……むぅ…」


キャドウの宿屋にて、イアンは視線を感じていた。

セアレウスが、チラチラとイアンに視線を向けているのである。

その時のセアレウスはどこかよそよそしく、イアンは彼女との距離が離れたような感覚を感じる。

時折、小さい紙とイアンを交互に見ては、訝しむような顔をしている。


「なぁ、セアレウス」


「…!? は、はい! なんですか? 兄さん」


イアンが声を掛けると、セアレウスはその紙を慌ててしまう。


「最近、おまえの奇妙な視線を感じるのだが……オレについて、何か思うところがあるのか? 」


イアンは思い切って、最近の振る舞いについて聞いてみた。


「い、いえ、特にないです」


セアレウスが両手をぶんぶんと激しく振る。

イアンには、彼女が嘘を付いているようには見えなかった・


「……あ、あの、兄さん」


「なんだ? 」


今度はセアレウスから話しかけてきた。


「今までの冒険といいますか…兄さんの話を聞きたいです」


「オレの? 前に話した気がするのだが……」


「え……していましたか? 」


セアレウスはキョトンとした顔になる。

彼女は、儀式の時はおろか魔物になってからの記憶はなく、魔物になっていたということを聞かされただけであった。

そのため、謎の空間でイアンと話をしたのを覚えていないのである。


「むぅ…覚えていないか。では、また話をするとしよう。まず、オレは木こりを――」


イアンが自分に起きた出来事をセアレウスに話し始めた。

セアレウスの話しを聞く姿勢は、まるで英雄譚を聞く幼子のように、キラキラと目を輝かしていた。

彼女は最近になって、シロッツで貰った絵の人物がイアンではないかと思っていた。

本人であるか断定できず、そのことが気になり、浮き足立っていたのである。

イアンの話を聞きたいと言ったのは、それを確かめるためでもあった。

そして、イアンがファトム山での出来事を話した時、セアレウスは絵の人物とイアンが同一人物であると確信した。


「ふふっ…」


セアレウスから自然と笑みが溢れる。


「ん? 今のところが面白かったか? 」


「いえ……物語の中に入れた気がして、つい…」


セアレウスが微笑みながら答える。


「そうか…それほどオレの話に聞き入っていたのだな」


イアンはそう解釈し、話の続きを口にした。

セアレウスは、イアンの話す物語の先に、自分がいることが嬉しかったのだ。

それは、かつてミディエスという少女が夢見た光景である。


(見ててねパノリマ。これから始まるわたしの物語を)


イアンの話を聞きながら、セアレウスは亡き友人に向けて心の中で囁いた。




五章終了

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