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百三話 幼い魔の手

赤や黄色といた色の葉を茂らす木々の中、イアン達は山の上を目指して走っていた。

イアンの後ろをセアレウスとミークが横に並んで走っている。

タクロウと別れた後、イアンはセアレウスに、一人で先に行かないようきつく言い聞かせた。

セアレウスは先ほどの失敗もあって、おとなしくイアンに従っている。


「セアレウス……はともかく、大丈夫か?」


イアンがミークに顔を向ける。


「へい、俺は平気です。それよりも早く行きましょう。いつ、魔物の増援が来るかわかりやせん! 」


ミークがイアンに返事をする。


「そうだな。このペースで進むとしよう」


イアンは顔を前に向け、山道を進むのに集中する。

しばらくすると、視界に映る木々の数が減ってきた。

もうすぐ森を抜けるのである。


「二人共、止まれ」


イアンは後ろの二人に停止を促す。


「ここからは歩いて進もう。森の先は崖になっている」


イアンの言葉を受け、セアレウスとミークに緊張が走る。

この先は行き止まりであり、すぐそこに魔物を生み出す何者かがいる可能性を大いに秘めているからだ。


「この先に何かがいるかもしれない……ということですね…」


セアレウスが神妙な面持ちのまま呟く。

戦いを予感し、アックスエッジを握る彼女の手に力が入る。


「ああ、恐らくな。先手は取られないよう、周りに気を配れよ」


「はい」


「へい」


イアン達は、周りを警戒しながら前に進んでいく。

山は静けさに包まれており、虫の羽根音すら聞こえない。

まるで、この山の中で動いるのがイアン達だけであるかのようだった。

張り詰めた空気の中、イアン達はようやく森を抜けた。


「あれええええ!? 人間が来たなぁ。ここには人が来ないと思ったのに! 」


「「「…!? 」」」


森を抜けたイアン達の耳に、年端もいかない子供の声が入った。

その場違いな声に、イアン達は体を硬直させる。

その声が聞こえた方に顔を向けると、そこには銀色の髪を持つ子供の姿がそこにあった。

顔は年相応に幼く色白で、赤い瞳を持っていた。

子供の見た目からして、年齢はロロットよりも下であろうと予想できる。

白い服と黒いズボンを身につけており、胸元には黒い蝶ネクタイを付いている。

その服には泥等の汚れが一切なく、この場にいることが不自然なように見える。

イアン達は、状況が読めずに困惑する。

少年はというと、イアンだけに視線を向けていた。


「……ん~~…お姉ちゃんって、イアン? 」


銀髪の子供がイアンに指を差す。

その子は作り物のように無表情だが、開いた口から出る声は明るく、とても不自然である。


「……お姉ちゃんではないが…イアンだ」


銀髪の子供に返事をするイアン。


「…!! やっぱり! イアン! イアンだ! 」


銀髪の子供はイアンに指を差したまま、大声で叫びだした。


「…… 」


「……な、なにもかもが不気味すぎる…」


無表情で叫び続ける子供に、顔を引きつらせるセアレウスとミーク。


「オレを知っているようだが、どこかで会ったか? 」


「えーとねぇ! ヴィオリカが言ってたんだ~宿敵となりえる人間を見つけた…って! 」


「ヴィオリカ……お前、魔族だったのか」


イアンがホルダーから、新しく買ったばかりの戦斧を取り出す。

ヴィオリカとは、サナザーンのセロイ村で戦った魔族である。

イアンは、この子供がヴイオリカと近い存在、つまり彼女と同じ魔族であると判断し、銀色の子供を敵とみなした。


「魔族……この子が…」


この子供が魔族が魔族であると聞き、セアレウスは息を飲んだ。

魔族というのは、一般的に邪悪な存在として知られている。

それは魔王の配下であったのが理由で、伝承では悪の手先、創作された物語では悪役として語られるのだ。


「いや、魔族ではないのか? お前には角も羽も無い…」


イアンが怪訝な顔をして呟いた。

イアンの見てきた魔族は皆、二本の角と蝙蝠のような翼を持っていた。

しかし、目の前の子供には角や翼はおろか尻尾も生えていない。


「魔族だよ! 魔族がみんな、角や羽が生えてるとは思わないで! 」


銀髪の子供が無表情のまま答える。


「そうか。そろそろ聞かせてもらうが、何故ここにいる? 返答次第では――」


「くくっ……ふっ…ふふふ…」


銀色の子供が含み笑いをし始めた。

手で口を押さえ、口元は見えないが、目が笑っていないので無表情のまま笑い声を上げているのだろう。


「……何がおかしい? 」


「ふふふ…聞きたい? ねぇ、イアン! 聞きたい? 」


口元を手で押さえながら銀色の子供が聞いてくる。

イアンに返答をしなないことから、自分本位で会話を進めるつもりであるのが分かる。

仕方なく、イアンは子供の問いに答えることにした。


「……聞かせてくれ」


「…ふふっ……それはねぇ…イアン」


銀色の子供は、口元を押さえていた手をゆっくり下ろしていく。

そして、前方の地面に指を差した。


バチバチ!


銀色の子供の人差し指から、紫色の稲妻が放たれ、地面に吸い込まれていく。

すると、地面に紫色に光る魔法陣が浮かび上がった。


「これは……まさか! 」


イアンはこの光景を目にしたことがあった。

かつて、この魔法陣から出てきたのはガーゴイルであったが――


「ギャアアア! 」


「グルルルル…」


今、目の前に浮かび上がった魔法陣から出てきたのは、平原に現れた黒い魔物達であった。


「黒い魔物! こいつが…この子供が大量発生した魔物の黒幕ってことか! 」


ミークが、魔法陣から次々と出てくる黒い魔物を見て驚愕する。


「そうだよ! こいつらの処分をしてたんだ! もういらなくなったからこうして捨ててるんだ! 人間を襲わせなきゃ勿体無いでしょ? 」


銀色の子供は、ようやく笑みを浮かべた。

しかし、その表情は嗜虐的で、笑顔というより歪んだ顔という言葉がよく似合っていた。





 襲いかかる黒い魔物に戦斧を叩き込むイアン。

一撃で魔物は倒れ、そのまま動かなくなる。


「これで十体……あと…」


倒れた魔物から視線を外し、イアンは周りを見回した。

左右前後、どこを見ても黒い魔物が目に入り、二十を超えたところで、イアンは魔物を数えるのをやめた。

魔物一体の強さはそれほどではないが数が多いため、イアン達の体力が減っていく一方である。


「あははははは! 頑張るねぇ! まだまだいっぱいあるから、どんどん倒しちゃっていいよ! 」


先程の歪んだ表情ではなく、銀色の子供は無表情で言った。


「おりゃあ! 」


ミークは腕を交差した後、左右同時に腕を広げた。

左右それぞれに持たれた鞭がしなりながら、魔物達に襲いかかる。


「ガア―!? 」


「ギャ―!! 」


ミークの前方にいた魔物達は、二本の鞭によって体の一部を弾き飛ばされる。

その後、魔物は生命意地ができなくなり、ボロボロと崩れ始めた。


「はぁ…はぁ…このままだと、こっちの体力が持たねぇ! 」


息を切らせながら、ミークはまだ動いている魔物達を睨みつける。

一通り見回した後、無表情で魔物を出し続ける銀髪の子供を睨みつけた。

両手を広げ、左右の手で召喚魔法を行使し、魔法陣は二箇所にできていた。

もちろん、そこから次々と魔物が現れる。


「おい! このヤロウ! 魔物ばっかりに戦わせないで、お前も戦え! 」


銀色の髪の子供に向けて怒鳴り散らすが、聞こえていないのかまったく反応しなかった。

この時、銀髪の子供の視線はセアレウスに向けられていた。


「はっ! やあ! それっ! 」


魔物達に囲まれた中、セアレウスは走りながら、左右のアックスエッジを振るっていた。

どちらのアックスエッジも、魔物の体を切り裂き、あるいは粉砕している。

セアレウスの近づく魔物は次々と崩れ落ち、そのペースは落ちることはなかった。


「なに? あいつ……」


銀髪の子供はそう呟くと、セアレウスに向かう魔物の数を増やした。

次々と魔物が倒されていくが、魔物の一体がセアレウスの背後に回ることができた。

しかし――


「後ろだ、セアレウス」


「グゥア―!? 」


イアンが鎖斧を放ち、魔物がセアレウスに攻撃する前に倒した。


「ありがとうございます! 」


魔物を切り裂きながら、セアレウスはお礼を言う。


「はぁ…はぁ…二人共、まだ元気ですな。俺も頑張らないと! 」


魔物の数が一向に減らないのに焦っていたミークは、二人の姿を見て奮起する。


「……なんか…面白くない…」


ただ魔物がイアン達に倒されに行くだけとなった状況は、銀色の子供にとって好ましくなかった。

召喚魔法を行使していた左右の手を下に下ろす。


「……むっ? 魔物の数が減ってきている? 」


しばらくした後、イアンが魔物の数が減っていることに気がついた。


「へへっ、あいつの魔物が底を尽きたんでしょうね! 」


「やあ! …………どうやら、わたしが倒した魔物で最後のようですね」


ミークが声を弾ませているうちに、召喚された魔物は全て倒された。

セアレウスとミークはイアンの元へ向かう。


「ふぅ…どうした? もう魔物はいないのか? 」


イアンが、銀髪の子供に向けて言った。

銀髪の子供は無表彰のまま立っているだけである。

まるで人形のように動かなくなった後、唐突に口を開き始めた。


「ドラゴンって知ってる? 巨大なトカゲって言ったら分かるかな? 」


「急に意味の分からんことを…話している途中で悪いが拘束させてもらう」


イアンは、話し続ける銀色の子供に構わず、動きを封じるために近づく。

しかし――


「僕はドラゴンが大好きなんだ! でも、あいつら中々見つからないし、簡単には従ってもらえないんだよね」


カッ!


「む!? なんだ? 」


喋りながら銀髪の子供は、右腕を振り払い、一瞬周囲が光に包まれた。

その光に包まれ、イアンはひるみ、体を硬直させてしまう。


「じゃあ、作ってしまおうと思った僕は、色々試行錯誤したけど、うまく出来上がるのは雑魚の姿ばっかり…君達が倒したやつのことだよ! 」


「何も…起こらない? ……いや…これは少しまずい…」


イアンは何かに気づき、顔を引きつらせる。


「兄さん! 体に異変がありましたか!? 」


セアレウスがイアンに近寄り、労わるようにイアンの体に触れた。


「体……異変があったといえばそうなるな。リュリュスパーク! 」


イアンが唐突に右手を前に突き出した。

セアレウスとミークは、驚愕の表情でイアンを見つめる。


「……やはり、妖精…それに聖獣との通信ができなくなった」


今のイアンは、妖精のリュリュとサラ、聖獣のモノリユスとアルネーデの声を発せなくなっていた。

銀髪の子供が右腕を振り払った時、魔族による結界が張られたのである。

結界内にいるイアンは通信もできなければ、リュリュスパークといった力も出せなくなっていた。


「結界とやらを張ったようだな。早くあいつを……」


イアンが言葉を失う。

銀髪の子供に目を向けると、その子供の前方の地面に魔法陣ができていたのだ。

そこから黒い何かの生物の顔が出現し、徐々にその体を顕にしていく。


「…おお……こ、こいつは…」


「……! 」


その姿は、ミークとセアレウスを戦慄させた。

現れたのは黒いドラゴン。

後ろ足二本で直立に立ち、太く長い尻尾を地面に打ち付ける。


「最近、龍の血を手に入れてね! やっと、できたんだ! 僕のドラゴンが」


そう言い終わった後、銀髪の子供はあの歪んだ顔をする。

その顔は、自分の召喚した黒いドラゴンを自慢する顔ではなく――


「僕、ヴィオリカって大っ嫌いなんだよね!だから、先に僕がイアンを倒しちゃうんだ! 惨たらしくね! 」


宿敵と認めた相手を他人に殺されたと知った、ヴィオリカの顔を想像したものであった。




ヴィオリカについては、六十三・六十四話参照

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