百二話 飛来する鉛球
プリュディスと共にハラン村の方角を進むイアン達。
彼らの他にも、プリュディスと同じカジアル騎士団の者や応援要請を受けた冒険者達もそこを目指して走っていた。
そして、先行していた騎士団の姿が見える所まで、イアン達は辿り着いた。
騎士達は魔物相手に奮闘し、魔物を取り逃がすことは今のところ見られなかった。
「ハラン村が近いな……避難はもう済んでいるのか? 」
イアンは、戦う騎士達とその後方に見えるハラン村を見る。
騎士達は隊列を組み、それが北から南へと続く壁を作り、東にあるハラン村を守っていた。
騎士達の壁を突破されれば、ハラン村に被害が及ぶのは目に見えていた。
「避難は終了していると聞いているべ。でも、あそこの防衛線を越えられたら、別の村も危ないべ」
イアンの問いにプリュディスが答えた。
「カジアルには冒険者達や魔法使いがいるし、オラ達はここの戦闘に参加するべ」
「分かった。大変そうなところに行くとしよう」
「分かったべ。オラは自分の部隊と合流するべ。じゃ、頼んだべよ」
プリュディスはそう言うと、戦闘する騎士達の元へ走っていった。
「さて……南側…やはり、列の端が大変そうだな。セアレウス、ミーク、あそこに向かうぞ」
イアンが隊列の南側の端に指を差した。
「分かりやした! 」
ミークが右手と左手、それぞれに鞭を持つ。
「時は一刻を争います! 急ぎましょう! 」
セアレウスはそう言うやいなや、全速力で走り出した。
「おい! あいつ…ミーク、急いでセアレウスの後を追うぞ! 」
「ひーっ! みんな足が早いったら! 」
イアンとミークは、先行したセアレウスを追いながら、騎士の隊列の端を目指した。
目的の戦場に辿り着いたイアンは、東を目指して走る魔物の頭に戦斧を叩き込んだ。
「ガッ―!? 」
魔物は頭を粉砕され、生死を彷徨うことなく絶命する。
「おおっ! 応援で来てくれたのか! 」
戦っていた騎士の一人が、イアンの登場に声を弾ませる。
「ああ、そうだ……なんだ? この魔物なにかおかしいぞ」
イアンは、倒した魔物に目を向ける。
その魔物は狼のような魔物であったが、全身真っ黒で粉砕された頭は、壊された石像のようにヒビが入っていた。
「ええ、この大量の魔物はどうやら何者かに作られた魔物のようです」
「作られた? 魔物を作ることなんて出来るのか? 」
「分かりません。魔法使いでも、作られたということしか分からないらしく、生成方法も何の素材が使われているかも、まだ解明できていません」
「そうか。ここにオレと同じような髪の子供が来なかったか? 」
イアンは、セアレウスを探していた。
彼女の足が速すぎて、イアンは見失ってしまったのである。
「水色……そういえば、戦っている時に青い何かが一瞬だけ見えたような気がしたけど、もしかしたらそれかもしれないですね」
「一瞬…あいつめ、あの速度のまま突っ込んだな。分かった、ありがとう。ミーク、魔物の大群に突っ込むぞ」
イアンは騎士にお礼を言った後、後ろにいるミークに声を掛けた。
「突っ込む……あの中にセアレウスさまがいるんですかい? 」
ミークが前方に目を向ける。
そこには黒く蠢く大量の魔物達がおり、セアレウスの髪の色である水色などまったく見えなかった。
「恐らくな…しかし、行くしかあるまい。絶対止まるなよ」
イアンはそう言うと目の前の魔物を蹴散らしながら、魔物の大群の中に入っていった。
「流石イアンさま…さて、俺も続くとしようかね! 」
ミークも左右の鞭を振り回しながら、魔物の大群の中へ入って行った。
黒い魔物の大群の中をセアレウスが走る。
黒い魔物は、狼であったり熊であったりと色々な姿があり、共通する部分は体が黒いことだけであった。
立ちはだかるそれらの魔物をアックスエッジで切り裂きながら、セアレウスは進んでいた。
「ガッ―! 」
「ギャア―!? 」
今もまた、セアレウスの刃によって切り裂かれた魔物が二体。
しかし、後ろにはまだ多くの黒い魔物がいる。
「だいぶ進んだはずですが……一向に外に出られませんね…」
再び前に立ちはだかる魔物を切り裂きながら、セアレウスは進む。
セアレウスは大群を抜け、騎士達の反対側から魔物を倒そうと考えていた。
しかし、視界から黒い魔物が消えることはない。
「それにこの魔物の量……大群にしては多すぎます。どこから来ているのでしょうか…」
魔物の数の多さを訝しむセアレウス。
すると、セアレウスの前方を熊型の黒い魔物が立ちはだかった。
数は三体、壁を作るように横に並んでいる。
セアレウスは思わず、足を止めてしまう。
「……! え? しまった! 」
セアレウスは、足を止めたことを後悔した。
止まったことにより、大群の壁がセアレウス目掛けて押し寄せてきたのだ。
早く脱出しなければ、大量の魔物によって体をズタズタにされてしまうだろう。
セアレウスは状況を打開するため周りを見回すが、どの方向も魔物が密集し、突破できそうになかった。
その時――
「ギャア―! 」
「グアアッ―! 」
セアレウスの前方にいた魔物達が一斉に弾け飛んだ。
衝撃波が発生し、辺りに暴風が吹き荒れる。
「……!? 今、何かが……」
衝撃波から身を守るため、顔を庇うセアレウス。
セアレウスは魔物が弾け飛ぶ瞬間、高速で丸いものが横切るのを見たような気がした。
そして、今の謎の現象により、セアレウスの視界に映る魔物達は全て一掃されてしまった。
「……よく分かりませんが、チャンスです」
セアレウスは前に進み、ようやく魔物の大群を抜けた。
振り返ると、自分に背を向けて走る魔物達の姿を見ることができる。
「これでやっと、挟み撃ちができます! 」
セアレウスは魔物の大群に向けて、二丁のアックスエッジを構える。
「ああ? あの大群の中に人がいたのか。あぶねぇ…人殺しになるところだったぜ」
「はぁ…だから確認しろって言ったのよ。あなたはいつもそう。何かをする前に確認しないから――」
「あーハイハイ、俺が悪かったよ。でも、結果的にあいつを助けたみたいだぜ? 」
セアレウスは横から、男女の話し声を聞いた。
どうもそのうちの一人、男のほうが先程の現象を起こした張本人であると分かった。
セアレウスがそちらの方に顔を向けると、黒い髪の青年と金色の髪を持つ少女の姿がそこにあった。
黒髪の青年は、柄が細長い槌を肩に担ぎ、だらだらとだらしくなく歩いてくる。
「よう! お嬢ちゃん。魔物の大群の中に突っ込むなんて、なかなか度胸があるじゃねぇか」
黒髪の青年が、セアレウスに話しかけてきた。
金色の髪を持つ少女は、黒髪の青年を呆れた表情で見た後、セアレウスに目を向ける。
「……! タクロウ、その子…イアンという男と繋がりがあるわ」
「ああ? へぇ…そうなのか、お嬢ちゃん」
「……兄さんを知っているのですか? 」
セアレウスが黒髪の青年に訊ねた。
警戒のため、一歩後ろに下がる。
「そんな怖がらなくてもいいぜ。イアンの奴とは……まぁ、本人から聞いたほうが早いな」
「……? 」
黒髪の青年の言葉に首を傾げる。
セアレウスがどういうことか聞こうとする前に――
「む? 大群の外へ出てしまったか」
「はぁ…セアレウスさまはいませんでしたね」
魔物の大群の最後尾にいた魔物を吹き飛び、そこからイアンとミークが出てきた。
「ああ、そこにいるではないか……どこかで見た顔だな…」
イアンは、セアレウスの存在に気づくと同時に黒髪の青年にも気づいた。
黒髪の青年は、イアンの顔をみながらニヤニヤと頬を吊り上げる。
「……確か…タクロウ……だったか? 」
イアンが顔をしかめながら言った。
あまり聞かない名前だったので、合っているかどうかが分からないのだ。
「おう! そうだぜ! ところでイアンよぅ、俺とお前はどんな関係だと思う? 」
「なんだいきなり……関係? 特に無いと思うが…」
「だってよ、お嬢ちゃん」
「え、ええー……と、とりあえず敵では無い…みたいですね」
タクロウとイアンのやり取りを見て、セアレウスはそう判断した。
「セアレウス! ……は、後で文句を言うとして…タクロウ、ここで何をしている? 」
「ん? この国に着て、カジアルっていう町にいたんだがよぅ、外で魔物が大量発生したって聞いて、手伝いに来てんだよ。お前もそうだろ? 」
「むっ、そういえばそうだったな…早く魔物を倒さねば」
イアンが、魔物の大群に体を向けた。
セアレウスとミークも同じように体を向ける。
「……その大群を倒しても、また次が来るわ。あれを見なさい」
金色の髪の少女が西の方に指を差す。
イアン達が、その方向に視線を向けると、黒い魔物の大群がこちらに向かっていた。
「ま、また……あんなに来たらひとたまりもないですぜ……」
顔を青くさせながら、ミークが震える声を出す。
「西……カジアルだと北から来てたな……なあ、あいつらはあの山から来てんじゃねぇか? 」
タクロウが、カコーライオ山脈の西側に指を差した。
そこはキキョウの故郷があり、かつてイアンが司祭と戦った山脈の一帯である。
「そこに……魔物を生み出す者がいるのだな? 」
イアンは騎士から聞いた話とタクロウの言葉から、そこにこの騒動の犯人がいると判断した。
「そうですとは言い切れんが、その可能性は高いと思うぜ。じゃあ、頼んだ」
タクロウはそう言うと、こちらに向かってくる魔物の方に歩いていく。
「頼んだ? どういうことだ? 」
「大元を潰してこいってことだよ。雑魚共は俺がなんとかするからよ」
「なんとかって…おまえ達、二人でか? 」
「二人じゃないわ。タクロウ一人で充分よ」
金色の髪の少女が腕を組みながら言った。
彼女は表情を変えることなく、終始無表情である。
「そういうこった。まあ、見てな。ボール! 」
タクロウが左手を広げる。
すると、どこからか拳大の球が現れ、それがタクロウの手の平の上に乗った。
タクロウはその球を軽々と手に持っているが、球は鉛色をしており、とても重そうに見えた。
「一番ゲート! 」
「……!? 」
イアンを始め、セアレウスとミークもその光景に目を丸くする。
何も無い空間から球が現れたことも驚きだが、今度はタクロウの前方に門のようなものが現れた。
「…一つだけで充分か…」
タクロウはそう言うと、左手に持った球を放り投げ――
「オラァ! 」
槌で思いっきり打ち上げた。
これにより、球は勢いよく前へ飛んでいく。
その球は矢よりも速い速度で飛んでいるが、出現した門をくぐり抜けると、さらに速度を増して飛んでいく。
目にも止まらぬ速さになり、イアンが球を見失ったと思った瞬間、前方の魔物の大群が粉々に吹き飛んだ。
その光景をイアン達は呆然と見つめる。
「ふぅ……な? 俺一人で充分だろ? 」
タクロウは槌を肩に担ぐと、顔を振り向かせて笑みを浮かべた。
その表情を見たイアンは、これがタクロウの底知れぬ力の一端であると判断し――
「おまえは…なんなのだ……」
と聞かずにはいられなかった。