百一話 アックスエッジ
昼になり、昼食をとったイアン達はサードルマ向かい、日が沈みだした頃に辿り着いた。
急ぎ足で武器屋に入り、店主に戦斧の刃を見せる。
「……なんだ? これ」
店主が、カウンターに置かれた戦斧の刃に指を差す。
「…? 戦斧の刃の部分だが…」
イアンが、店主に説明した。
「いや、見たら分かるわ! こいつを俺にどうしろってんだ? 」
「使いやすくしてくれ」
「使いやすく…って、もう折れてんじゃねぇか。新しい戦斧でいいだろ。ほれ、お前が来てからいくつか斧を作ったんだぜ」
店主が、武器の陳列棚の一角に指を差す。
そこは、イアンが以前来たときに斧の部類が置かれていたところであるが、前よりも種類と量が遥かに多かった。
「ほう…後で見せてもらうことにしよう」
イアンが、斧の棚を嬉しそうに眺める。
「あん? こいつはもういいのか? 」
「ああ、それはもうオレの物ではないのだ。こいつが、どうしてもそれで戦いたいようでな」
イアンが隣にいるセアレウスの肩に手を置く。
「セ、セアレウスと申します」
セアレウスは、おずおずと自分の名前を口にする。
「……見ない顔だな。どことなく…お前に似てるような…」
店主は、セアレウスも顔を見つめる。
ジロジロと顔を見られ、セアレウスは恥ずかしいのか顔を伏せる。
「ああ、オレの妹だ」
「妹? おまえ、妹がいたのか。似てるなぁ……」
「確かに…そう思うよなぁ…」
店主の呟きに、ミークが同意する。
女性よりの顔を持つイアンと女性であるセアレウス。
それに加え、同じような髪の色と服装をしていれば、誰が見ても姉妹のように見えるだろう。
「そうか? 」
「い、いや、そんなこと…」
首を傾げるイアンとは対照的に、セアレウスは満更でもない様子であった。
「ああ、似てるぜ。変なこだわりがあるのも、兄貴譲りなんだろうな」
「ううむ…オレは折れた斧なんぞ、使おうとは思わないのだがな」
イアンが腕を組む。
「むっ! これはただの斧の刃じゃないです! かつて兄さんが使い、わたしを救ってくれた特別なものなんです! 」
「うお…落ち着け、セアレウス」
熱くなり、詰め寄ってくるセアレウスを宥めるイアン。
(大切なのは分かるが、無理に使おうとすることも無いと思うのだがな)
宥めながら、イアンは心の中でそう思っていた。
「ほう…そうとうこいつに思い入れがあるようだな。さて……元の斧には戻せねぇな…どうしたもんか…」
店主が、カウンターに置かれた戦斧の刃を手に取り、あらゆる方向から観察し始めた。
「なんとかできそうか? 」
イアンが店主に訊ねる。
「なんとかするんだよ。 ふむ…おい、イアンの妹! 」
「は、はい…」
セアレウスは返事をしたが、名前を読んでくれなかったことに、しょんぼりする。
「お前は、こいつでどう戦うつもりなんだ? 」
店主が、戦斧の刃をセアレウスに渡す。
「こんな感じです」
セアレウスは戦斧の刃、その刃の反対側である打撃部を掴み、軽く振るう。
「……そうか、ちょっと加工すりゃいけるな」
店主が顎を手でさすりながら、セアレウスを見る。
「ああ、店主よ。それともう一つ同じやつを作ってくれ」
「もう一つ……予備の分を作れってことか? 」
「いや、こいつは武器を二つ持って戦うのがうまいのだ」
「右手と左手にか? へぇ…」
店主が腕を組み、考え事をしだした。
セアレウスは普段、左手をよく使っているため、左利きであると思われがちだが、実はそうとも言えない。
左手をよく使っているのは、かつての彼女の右腕が魔物化していたため、仕方なく左手を使っていた成果であった。
しかし、彼女は生まれつき右利きであり、水魔精となった今、みるみるうちに左手と同じように動かせるようになっている。
つまり、セアレウスは両利きであった。
「まぁ、二本持って戦うのがいいんだろうな。わかった、完成は二日……いや、一日だな。明日のこの時間に来てくれ」
「ほう、思ってたより早いな。では、その時間にまた会おう。オレの新しい戦斧は、その時にもらおうか」
「おう、待ってるぜ」
イアンが、店のドアに向かって歩き出した。
「お願いします」
「さぁて、宿屋に行って飯にしますか!」
セアレウスとミークもイアンに続いて、店の外を目指す。
イアン達は武器屋を出た後、今夜泊まる宿屋に向かった。
宿屋で夜を明かしたイアンは、武器屋の店主が言った約束の時間になるまで、セアレウスと模擬戦闘をしようと考えた。
町の中ではやるわけにはいかず、イアン達は町の外へ向かう。
「……」
その途中、イアンは歩きながら周りを見回していた。
そんなイアンの様子を訝しんで見ていたいたセアレウスは、どうしたかを聞くため口を開く。
「兄さん、さっきから周りを見ているけど、何か探しているのですか? 」
「いや、そういうわけではない。ただ、町を巡回している騎士の姿を見ないと思ってな」
イアンの答えを聞き、セアレウスも周りを見回してみる。
住民や冒険者らしき者の姿は見かけるが、騎士のような者の姿は見当たらなかった。
「この町には、騎士がいるんですかい? 」
「ああ、カジアルの騎士団と王都の騎士団の二つの騎士団がこの町にいるのだ」
ミークの問いに、イアンが答えた。
「へぇ、二つ騎士団があるのに、どっちも見当たらないなんて、なんかあったんですかね? 」
「……さあな。なにかの行事でいないのかもな」
イアンはそう言うと、周りを見回すことをやめて歩き出した。
日が暮れ始め、イアンはセアレウスとの模擬戦闘を打ち切り、武器屋へと足を運んだ。
「店主よ、武器はできたか? 」
店に入るなり、イアンが口を開いた。
「おう、イアンか。ちゃんと二つできてるぜ、ちょっと待ってな」
イアンが来たことに気づいた店主は、鍛冶場の方へ入っていった。
「セアレウス、手を出せ」
「はい」
セアレウスは、イアンに両手を差し出すと硬貨の入ったを渡された。
「先にカウンターで武器をもらいに行け。オレは新しい戦斧を見ている」
イアンはそう言うと、斧が陳列されている棚に足を向けた。
「…じゃあ、俺はセアレウスさまについていこうかな」
「あ、はい、ミークさん」
セアレウスとミークはカウンターに向かい、店主が戻ってくるのを待つ。
「待たせたな……ああ、イアンの奴は斧を見てんのか」
しばらくすると、店主が何かを抱えて戻ってきた。
店主はそれをカウンターの上に置いた。
それは二つの戦斧の刃の部分であった。
しかし、前のものとは違い、打撃部の下――かつて柄が伸びていた部分に四角い穴が開けられていた。
そこが握り手なのか、ナイフの握り手のようなものが取り付けられている。
「持って確かめてみろ」
「は、はい」
「なんで緊張してんだ、お前…」
恐る恐る手を伸ばすセアレウスに、店主が呆れたような声を出した。
セアレウスは左手で、戦斧の刃の一つを手に取る。
それは、かつてイアンが使っていた戦斧の刃を加工したものであった。
セアレウスはそれを見つめた後、握り手を掴んでみる。
「おおっ…」
その握り易さに思わす、感嘆の声を上げたセアレウス。
戦斧の刃を握る彼女は、まるで柄の無い斧を持っているように見える。
「セアレウスさま、もう一つ持ってみては? 」
「は、はい! 」
セアレウスは右手を伸ばして、カウンターの上に置いてあったもう一つの斧の刃を握る。
「はあ…こんな感じになるのか……なんか鎌の短いカマキリみてぇだな…」
「カマキリ……確かにそう見えなくもない…」
店主がいった通り、二つの刃を持つセアレウスの姿はカマキリのようであった。
ミークもそう見えたらしく、セアレウスに聞こえないよう呟いた。
「握り易いです! ありだとうございます! 」
セアレウスは笑みを浮かべながら、斧の刃を振ってみたり、様々な構えをする。
「気にいったようだな。その武器に名前をつけるとしたら……アックスエッジだな」
「アックスエッジ…」
セアレウスが店主の言葉を反芻する。
そして、彼女の視線は手に持った二つのアックスエッジに向けられていた。
しばらくそうした後、セアレウスは何かを思い出したのか、店主に顔を向けて口を開く。
「おいくら払えばいいでしょうか? 」
「あん? そうだなぁ……3000Qだな」
店主がそう言った後、ミークがセアレウスに近づく。
「3000Qか…セアレウスさま、硬貨を数えるのを手伝い――」
「はい。これで足りると思います」
硬貨を手伝おうとしたミークだが、セアレウスは袋から数枚の硬貨を取り出し、数える間もなくカウンターに置いた・
「え? 早っ! セ、セアレウスさま、ちゃんと数えたんですかい? 」
「はい。こういった計算は得意なので」
「……ぴったり3000Qだ。すげぇな、お前」
店主が、セアレウスの置いた分の硬貨を天秤の上に置き、重さを測っていた。
その分は3000Q分の重りとつりあいがとれていた。
Qに使われる硬貨は、その大きさの違いで価値が変わる。
ミークと店主が驚いたのは、セアレウスが手の感触だけで硬貨の大きさを確認し、掴んだ硬貨の数を一瞬で計算したことであった。
硬貨を一枚一枚取り出してから、計算するのが普通であり、セアレウスの方法は常人離れした硬貨の出し方である。
「へへっ、つりを出す手間が省けてありがたいぜ。おう、そうだ。こいつを持っていけ」
店主は、そう言うと二つの金物をカウンターの上に置いた。
「これはアックスエッジの鞘みたいなもんだ。ベルトに通して使うんだ」
「ありがとうございます! 」
セアレウスはアックスエッジの鞘を手に取ると、ベルトに手をかけた。
「……お、おい! こんな所で付けようとする奴があるか! 」
「セアレウスさま! まずいですって! 」
慌ててセアレウスを止める店主とミーク。
「あ…ごめんなさい! 」
セアレウスは、自分のやろうとしたことにようやく気づき、顔を赤くする。
「あぶねぇ……おっ! 決まったか、イアン…って、また同じような斧にするのか」
斧を持ったイアンがカウンターに来た。
その斧は、イアンが前と同じような形の戦斧であった。
「ああ。この形の戦斧がしっくり来るのだ……ん? それができたやつか、セアレウス」
「はい! これで兄さんと共に戦えます! 」
セアレウスが嬉しそうに、アックスエッジをイアンに見せる。
イアンを見る彼女の目は、期待してくださいと言わんばかりに輝いていた。
「ああ、頼りにさせてもらうぞ。店主よ、この戦斧の値段を教えてくれ」
「2000Qだ…っと、相変わらず早いな…」
店主が値段を言った瞬間、セアレウスは2000Q分の硬貨を取り出していた。
「早いな…」
イアンも、セアレウスの硬貨を出し方に目を丸くする。
「ちょうど2000Q…毎度有り。そうだ! イアンよぅ、腰の後ろに付けてるホルダー、そろそろ新調しねぇか? 」
「……そうだな。これと同じ物があるのか? 」
「おう、こいつだ。500Q貰うぜ」
店主がカウンターの上に、イアンがつけているものと全く同じホルダーを置いた。
「セアレウス、勘定を頼む」
「はい! 」
イアンは、代金の支払いをセアレウスに任せ、新しいホルダーを手に取り――
「早速、交換させてもらうぞ」
と、ベルトに手をかけた。
「……お、おい! こんな所で付けようとする奴があるか! 」
「イアンさま! まずいですって! 」
慌ててイアンを止める店主とミーク。
「何故だ……セアレウス、その顔はなんだ? 」
「い、いえ…何でもありません…」
イアンがセアレウスをジト目で見る。
セアレウスは、二人に止められるイアンを見て――
(良かった…うっかりさんは、わたしだけではなくて…)
と思っており、それが顔に出ていたのである。
――次の日の朝。
セアレウスの武器も手に入り、サードルマでやることが無くなったイアンは、カジアルに戻ることにした。
その途中、見かけなかった騎士の姿を町中で見ることができた。
どの騎士もあちこちを走り回り、とても慌ただしい様子であった。
「やっと、姿を見ることができると思ったら、すごい忙しそうだなぁ」
騎士達の様子を見て、ミークが呟く。
「そうだな……むっ! 」
すると、突然イアンが走る騎士の元を追い出した。
「兄さん? 」
「どうしたんだろう、イアンさま。とりあえず追いかけましょう」
セアレウスとミークは、イアンの後を追った。
走るイアンは、目的の騎士との距離を縮めていき――
「プリュディス! おまえプリュディスだろ」
とその騎士の名前を呼んだ。
「はっ…!? お? イアン? イアンか! 」
プリュディスがイアンの声を聞き、足を止めて振り返る。
「兄さんの知り合いですか? 」
セアレウスがイアンに訊ねる。
「ああ、以前同じ依頼を受けたことがあってな」
「はぁ…はぁ…二人共……足速い…」
ようやくミークが追いついた。
足の速いセアレウスはすぐにイアンに追いついたが、ミークは二人に比べて足が遅いため、追いつくのに時間が掛かったのである。
「な、なんか、一緒にいる面子がガラッと変わったべなぁ…」
見たことない二人を連れているイアンに戸惑うプリュディス。
「それにしてもよく分かったなぁ、イアン。みんな同じ姿だべ? 」
「走り方とその背の高さでおまえだと分かった。で、何かあったのか? 」
「ああ、それが大変なんだべ。フォーン平原の北西方面から大量の魔物が押し寄せて来たって、カジアルにいる騎士団から連絡があったんだべ」
「それは大変だな……そういえば、王都騎士団の姿が見当たらないが? 」
イアンが周りを見回す。
走り回っている騎士は皆、カジアル騎士団の鎧を着ており、王都騎士団の鎧の姿は見当たらなかった。
「フォーン平原を巡回する王都騎士の連中は、護衛任務かなんかでこの大陸にはいねぇべ」
フォーン平原を巡回する王都騎士団は、サードルマに駐屯している部隊が請け負っている。
従って、この町には王都騎士団は一人もいない。
今フォーン平原で起こる事件はカジアル騎士団のみで対応しなければいけなかった。
「王都にいる騎士団に応援を頼めないのか? 」
「無理だべ。王都の騎士は王都を守るのが任務だべ。でも、冒険者ギルドには応援を要請したようだべ」
「そうか。ならば、俺達も手伝うとしよう。いいか? 二人共」
「押し寄せる魔物……危険です! ぜひ、協力しましょう! 」
「イアンさまが行くなら、俺はどこへでも」
イアンは、プリュディスの手伝いをする了承を得ようと、セアレウスとミークに聞いたが愚問であった。
「ありがたいべ! じゃあ、ついてくるべ。ハラン村に向かった部隊と合流して、魔物を倒すべよ! 」
こうして、イアン達はプリュディス達カジアル騎士団と共に戦うことになった。