百話 イアンの戦闘指南
――朝。
起きてすぐ、パンを口にすると、イアンはセアレウスと小屋の外へ出た。
昨日、薪割りに没頭していたおかげで、セアレウスの腕の動きはだいぶ良くなった。
イアンは、体の動きに問題無いと判断し、今日はセアレウスの戦闘を見るつもりであった。
イアンとセアレウスは、小屋を出てすぐ、木の生えていない野原で対峙する。
「ほれ、こいつを使え」
イアンはそう言うと、薪で作った木の棒をセアレウスに投げ渡す。
「……」
セアレウスは、受け取った木の棒を見つめる。
次に前方に立つイアンを見た。
学び舎時代の自分を思い出し、自分の実力が、イアンの求めているところに届かないかもしれないという、不安に陥った。
「よし、来い…………どうした? 打ってきていいぞ? 」
木の棒を構えたイアンだが、中々動かないセアレウスを訝しみ、声を掛ける。
しかし、セアレウスは動く気配がなかった。
痺れを切らしたイアンは、自分から仕掛けることにした。
セアレウス目掛けて、真っ直ぐ駆ける。
「……うっ!? 」
突然動き出したイアンに驚き、セアレウスは慌てて木の棒を構える。
イアンの予想した通り、彼女は木の棒を左手で持った。
「ふっ! 」
セアレウスの目の前まで接近したイアンは、右手に持った木の棒を彼女の頭に目掛けて振り下ろした。
カッ!
「くっ…う」
セアレウスは、木の棒を上に構えて、イアンの攻撃を防ごうとしてが、イアンの力に負け、仰け反りながら後退する。
イアンは、セアレウスが仰け反っている隙を見逃さず、下ろした木の棒を振りかぶり――
コン!
「痛っ!」
セアレウスの頭を優しく叩いた。
「自分から動かねば、次はもっと痛いのをお見舞いするぞ」
イアンは、レアレウスがどう攻めて来るかが見たかった。
なので、こうして自分に向かってくるよう仕向けるのである。
「いたた……はい」
セアレウスは、痛む頭を撫でると、ようやくイアンに向かっていった。
イアンを目指して真っ直ぐ進み――
「やあ! 」
正面から、木の棒を振り下ろした。
カッ!
イアンは、セアレウスの攻撃を防いだ。
彼女の攻撃を受けたイアンの木の棒は、ピクリとも動かなかった。
カッ! コッ! コッ!
その後、セアレウスの連続攻撃が始まったが、イアンは、彼女の左手の動きに合わせて木の棒をで防ぐ。
(単調だな。しかし、丁寧だ)
イアンは、セアレウスの戦いをそう評価した。
でたらめに振っていないことから、彼女が剣を習っていたことが想像でき――
「ふっ! 」
「くっ…!」
カッ!
時折行うイアンの攻撃に対応できるので、そこそこの腕があるように見えた。
しかし、決まった動きをひたすらこなすだけで、どこに攻撃をしてくるかが簡単に予想できる。
度々、攻撃をするフリをして、イアンの隙を作りにくるが、それも決まった動きの一つなのか、決まったタイミングでやってくることが分かった。
つまり、どうすれば相手が倒せるを考えおらず、自分の戦いに工夫をしないのだ。
「一旦、止まれ」
イアンは、今のセアレウスだと、何も進歩ができないと判断し、模擬戦闘を中断させる。
「は、はい! 」
セアレウスは、振り上げていた左腕を慌てて下ろした。
「……むぅ」
イアンは、セアレウスに戦い方を教えようとした。
しかし、うまく言葉にできず、悩んでしまう。
「…こう……いや、違う…うーん…」
「……? 」
悩むイアンを不思議そうに見つめるセアレウス。
「ふわぁ…おはようございます、二人共」
二人の元に、ミークがやってきた。
彼は、寝起きなのかあくびをする。
「ミークか……今、考えごとをしているのだ」
「えっ? 考えごと? 」
「ああ、セアレウスに戦い方を教えたいのだが、言葉が見つからなくてな」
「はぁ…戦い方…今のセアレウスさまの戦いはどういう感じですか? 」
「単調。進歩に期待できない」
「えっ!? 」
辛辣なイアンの言葉に、ショックを受けるセアレウス。
「お、おおう…厳しいですな。で、どうして欲しいのですか? 」
「ただ攻撃するのではなく、どうすれば相手に攻撃が入るか考えて欲しい」
「ほう…イアンさまがこう言ってますが? 」
ミークが、セアレウスに訊ねる。
「どうすれば……相手に攻撃が入るか…」
セアレウスは、イアンの言葉を反芻する。
その言葉の意味を考えるのに夢中で、口を開けたままぼんやりとしていた。
「今考えることではない。戦いの中で考えるのだ」
答えの出ないセアレウスに、イアンがそう言い、木の棒を構える。
「棒を構えろ。そして、オレを倒しに来い」
「……」
セアレウスは、イアンを見て考える。
真っ先に思いついたのは、今のままだとイアンに勝てないことであった。
それは先程の戦いでも、考えていたことである。
では、何故勝てないのか。
一つは、イアンが言っていたように、動きが読みやすいため、簡単に攻撃を防がれてしまうからだ。
他にはというと、既にセアレウスは一つ答えを出していた。
それは、力の差である。
セアレウスの攻撃を木の棒で受けるイアンはビクともしなかった。
しかも、そこからセアレウスの木の棒を押し上げて、彼女を仰け反らせてくるのだ。
この二つの要因から、セアレウスは、攻撃を読まれないように動き、イアンが防御する前に攻撃をしれなければ、彼には勝てないと思った。
セアレウスは、自分の足を見る。
この足の速さならば、読まれにくい動きができそうであった。
しかし、それだけでは物足りないと思ったセアレウスは――
「すみません。木の棒をもう一本持ってもいいですか? 」
と、得物を増やすことにした。
「は? あ、ああ、別に構わんが…」
流石に、武器を増やすと言うとは思っていなかったため、イアンが呆気にとられる。
それでも、セアレウスの頼みを聞き、ちゃんと新しい木の棒を作成した。
「ほれ、これでいいだろ」
「はい! ありがとうございます」
イアンから木の棒を右手で受け取り、二本の木の棒をイアンに向けて構える。
「考えた結果、手数を増やすことにしたか。それで、オレに勝てるか試してみるがいい」
イアンも、木の棒をセアレウスに向けて構える。
「おっと、近づいてちゃあ、二人の邪魔になっちまうな」
ミークは、二人から離れ、遠くから戦いを見ることにした。
「行きます! 」
セアレウスは、そう言うと足を踏み込み、勢いよく走り出した。
「……!? 」
まるで、突進するかの勢いで走るセアレウスに、驚愕するイアン。
「はっ! 」
すると、セアレウスは大きく跳躍した。
それを見たイアンは、落下の勢いを利用した攻撃が来ると思い、木の棒を上に掲げる。
「……! いや、こいつ…! 」
跳躍から落下するセアレウスを見て、イアンは気づいた。
彼女の着地点が、どう見てもイアンに届かないのだ。
(早速、仕掛けてきたな。さて、どうするか…)
イアンは数秒考えた後、後方に跳躍した。
前に出て迎え撃とうかと思ったが、この先、彼女がどう動くのかが気になり、距離をとって様子を見ようというのだ。
しかし、イアンはこの後、後ろに下がったことが愚行であったことに気づく。
セアレウスは、着地したと同時に、イアン目掛けて突撃してきた。
「しまった! 身動きが取れん…」
跳躍して、地面に足のついていないイアンには、その突撃を躱すことができない。
イアンは、後ろに下がったことを後悔した。
セアレウスは、驚いた顔をするイアンを見て勝利を確信し、腕を交差させて突撃に備える。
「おまえ、戦えるではないか。だが、オレはそう簡単にはあきらめんぞ」
イアンは、跳躍した状態で動かせる部分の一つ、右腕を前に目掛けて思いっきり伸ばした。
右手がセアレウスの左型を掴み――
「うおおお! 」
自分の方に引っ張った。
「えっ!? わわっ! 」
イアンに引っ張られ、体勢を崩しながら前に進むセアレウス。
結果、イアンはセアレウスの上を飛び越え、彼女の突撃を躱すことができた。
「もらった! 」
着地したイアンは、背中を向けるセアレウスの頭目掛けて、木の棒を振り下ろす。
「イ、イアンさまーっ! 勢いつけすぎ! 冷静になってー! 」
「はっ! しまった。つい熱くなってしまった」
セアレウスの渾身の攻撃を躱したことにより、気分が高揚していたイアン。
ミークの声により、勢いよく振り下ろした木の棒を止める。
しかし、それが隙となってしまい――
「やあ! 」
カッ!
振り向き様に振るわれたセアレウスの木の棒によって、イアンは木の棒を弾き飛ばされてしまった。
セアレウスの左手が持つ木の棒が、イアンの目の前を通り過ぎる。
「やっ…」
セアレウスは喜びかけたが、さっきの失敗を思い出し、ぐっと堪える。
そして、振り返った勢いをそのまま右手に乗せて、イアンの腹に突きを放った。
「ぐっ…! 」
腹に木の棒が食い込み、イアンは苦悶の声を上げる。
イアンはよろめきながら後ろに下がった。
「く…くくっ…」
イアンは、腹を押さえながら笑っていた。
「そうだ、最後まで油断せず…って、もう模擬戦闘は終わりだ。叩くのをやめろ。いてっ! 」
「えっ!? す、すみません! 」
セアレウスは、イアンの体をバシバシと叩き続けていた。
イアンが戦闘が終わったと言っていなかったので、セアレウスは、まだ戦いが続いているのだと思っていたのだ。
「いてて…まったく、雰囲気で分かるだろう」
「すみません…」
せっかくイアンに勝ったというのに、落ち込むセアレウス。
イアンは、セアレウスの元に行き、彼女の頭に手を置いた。
「よくやった、セアレウス。この調子で戦うのだ」
「…! あ、ありがとうございます! 」
先程までの暗い表情は何処かに行き、褒められたセアレウスは満面の笑みを浮かべていた。
「……ん? ああ、そうだ」
その時、イアンは何かを思いつき、口を開いた。
「どうしました? 」
セアレウスが何事かと、イアンに訊ねる。
「おまえの武器について、思いついたことがあってな。ミークも聞いてくれ」
「へい! 」
ミークが話しを聞くため、イアンの元へ歩いていく。
「明日……いや、今日にしよう。昼飯を食べたらサードルマに行こう」
「サードルマ? そこで何をするんですか? 」
セアレウスが、イアンに聞く。
「おまえの武器を作ってもらうのだ。セアレウス、斧の刃を忘れるなよ」
イアンは、彼女が武器に使おうとしている戦斧の刃、それを鍛冶屋に使いやすくしてもらおうと思っていた。