九話 放浪者イアン
家から旅立って、二日経った。
イアンはまだ街道を歩いていた。
視界にあるのは草原と地平線だけで、町らしき建物は見当たらない。
「うぅ…アニキィ…お腹すいた…」
イアンの傍らを歩くロロットが腹に手を当てる。
ロロットは、この二日間で大分イアンに心を開いていた。
イアンのことをアニキと慕うまでに至ったのは、ロロットの頭の後ろで、束ねてある長い三つ編みの存在が大きいだろう。
旅を始めた初日、ロロットの髪がボサボサであることをに不憫に思ったイアンが編んだのだ。
イアンの幼少の頃は、髪が長かったため、三つ編み等の髪型をしていた。
そのせいかロロットの髪で編んだ三つ編みは、きれいに仕上がった。
ロロットは三つ編みを気に入り、イアンの警戒を完全に無くしたのであった。
ちなみに、三つ編みの先に飾ってある赤い帯は、イアンが幼少のときに使っていたものである。
「昨日で最後だ。もう無い」
イアンは、食べ物が入っていた麻袋を逆さまにする。
一日、二日で、何処かの町に辿り着けると考え、少しだけ食べ物を持ってきただけであった。
イアンは空腹で倒れる前に町に着くのを祈るのだった。
イアンの祈りは通じた。
太陽が真上に差し掛かったところで、地平線ではなく町の外壁が視界の奥に映る。
「アニキ、町だ!」
ロロットは喜んだ。
イアンは安堵し、町に近づくため、足を進める。
しかし、街道の脇にある茂みから現れた、複数の人物が現れる。
「へへへ、待ちな、嬢ちゃん達! 」
集団の親玉であろう人物が、いやらしい笑みを浮かべた。
男たちの服装は軽装で、手には剣やナイフを持っている。
身なりからして盗賊だろう。
「女二人で冒険中?そんなことより俺たちと遊ぼうぜ」
「おれぁ、三つ編みの嬢ちゃんがいいなぁ」
「このロリコン野郎! じゃあ、おれは青い嬢ちゃんに相手をしてもらおうかな」
「どっちもガキじゃねぇか」
ギャハハハハと盗賊どもは品の無い笑い声を上げた。
イアンは、複数の盗賊相手にどう戦うか考えていた。
まず、この集団の親玉に一撃を与えて、後は乱戦に持ち込み、頃合を見て逃げる。
幸いイアンは、女と見られ盗賊たちも、か弱い女が相手だと油断している。
そう考えたイアンは腰に手を伸ばしながら、ロロットを見る。
ロロットも背中に背負った木の棒に手をかけ、臨戦態勢だ。
「…やるか。」
イアンが戦斧に手をかけたその直後―
「ぐあ!? 」
「ぎゃあ!? 」
「ぶふぁ!? 」
三人の盗賊に火の玉が直撃する。
火の玉が飛来してきた方向を見ると、ローブを羽織った小柄な人物が、片腕を前にかざして佇んでいた。
顔はローブのフードに隠れ、見えない。
「うお!? 魔法使いだと? チッ、お前らずらかるぞ」
頭の言葉に頷く盗賊たち。
盗賊たちの身のこなしは素早く、あっという間にいなくなってしまった。
盗賊が消えた後、ローブの人物がイアンたちに近づき、ローブを脱いだ。
そこには金色の髪をした少年の姿があった。
「大丈夫ですか? 」
「ああ…助かった。ありがとう」
少年に感謝の意を伝えるイアン。
「申し遅れました。僕の名前は、ガゼル・トマソン。ここより南方のサブーナという街から来たものです」
ガゼルは自己紹介した後、ウィンクをした。
「オレはイアン・ソマフ。こっちはロロット。北西にあるトカク村の方から来た」
イアンはガゼルがした、片目だけをつぶる行為が、挨拶の一環であると思い、真似をした。
「アニキ…両目をつぶっちゃってるよ」
「難しいものだな…」
苦笑いを浮かべた顔で、ガゼルはイアンを見ていた。
9月5日―誤字修正。