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ヤンデレシスコンの彼女は恋を知るのか

作者: はりねずみ

病み気味の女の子が書きたかったんです


幼い時の私の世界は酷く小さいものだった。

真っ白な部屋にはかわいらしいものが所狭しと並び、ぬいぐるみたちが占領する天蓋つきのベッド。

そして毎日訪れる女の人。


「ねえ、カオル。カオルはね私の王子様なのよ」

「そうなの?おかあさん」

「ふふ、私はお母さんじゃないわ。私はねお姫様なの。王子様はお姫様を守って、愛さないといけないのよ。それは絶対の決まりで法則で、曲がるこの決してない運命なのよ」

「そうなんだ」


そっとお姫様が私の頬を撫でる。カオルは私の王子様なのよ。私だけを愛して、私だけを見て、最期の最期まで私にすべてを捧げるのよ。あなたはそのために生まれてきたの。私を愛するために神様が贈ってくださったプレゼントなの。だから、どこへも行っちゃダメなのよ?


いつからここにいるのかは分からない。

けど、お姫様だと言う人が自分の母親であることは知っていた。そしてそんなお姫様を心のどこかで哀れで、かわいそうで、自分が傍にいないとダメなのだと理解していた。

その人は毎日私にキスをした。服を着せ替えて、王子様と呼んだ。


「王子様、今日はとってもいい日ね」

「そうだね。きょうはどんなかみがたにする?ぼくがやってあげる」

「まあ、ありがとう。嬉しいわ」


幼い私は母との関係を可笑しいものとは思っていなかった。これが当たり前の毎日で、けどその当たり前の毎日は私を静かに蝕み、犯し、少しずつ変えていった。朝も昼も夜も知らず、母以外と会ったことも話したこともない。一歩も部屋から出たことのない私はドアを挟んで向こう側にどんな世界が広がっているのか想像することも興味もなかった。いや、外の世界が恐ろしいものだと母に言われて決して出ようとしなかったのだ。


けれどそんな私とっての当たり前の日常は突如崩される。


「いやっ!王子様は……っ、カオルは私のものよ!誰にもっ誰にも渡さないわ!」

「?え、どうし……」


ガンッとドアが壊れるんじゃないかという勢いで開かれ、そこから母が顔を青ざめさせてこちらに駆け寄ってくる。この時は顔の美醜が分からなかったが、一般的に言って母は美しいと言っていい顔だちをしていた。スタイルもよく、母の言うとおりお姫様のような容姿をしていたのだ。

そんな母が顔を青ざめさせながらも目は血走らせ、僕を苦しいくらい抱きしめる。その体はこちらに伝わるくらい震えている。


「いや、いやよ……っ、カオルは私だけの……誰にもっ」

「だいじょうぶ?」

「……ええ。大丈夫、カオルが私といてくれるなら私は」


母の血走った目と目が合う。

つぅと私の頬から首を撫でる冷たい指。初めて僕は恐怖という感情を知った瞬間だった。

三日月に細まる母の目。弧を描いた唇が私の額にキスをした。そっと首に回される細い指。こくりと喉が鳴る。自分の瞳がキョロキョロと左右に動いているのが分かる。確かにこの時僕は死を予感して、それを恐れた。誰かに、何かに助けを求めていたけれど、誰に何に助けを求めればいいのか分からず口からは助けを呼ぶ言葉さえ出て来ない。


いや、僕はお母さんのために生まれたのだからお母さんが望むならこのまま……。徐々に苦しくなる首への圧迫に目を伏せようとした所でドアから誰かが入ってきた。それも1人じゃない。今までお母さんしか見たことのない僕が見る初めての人たち。


「いやぁああああっ、やめて!カオルはっカオルは……!」

「早く子供を引き離すんだ!くっ、」

「大丈夫かいぼく?!すぐに病院に!」

「この部屋は……」


あれは、あそこで誰かに押さえられている人は本当に僕のお姫様なのだろうか。長い爪が知らない人を傷つけている。前に読んでもらった絵本で出てきた魔女みたいだ。お姫様じゃなくて魔女みたい。

そして僕は誰かに抱えられて病院に連れて行かれた。まさかあの部屋の外にこんなところがあるとは思わなかったし、初めて見る太陽が怖かった。


「なっ、キミ女の子だったのかい?」


驚いたように目を見張る誰か。

外の世界は人で溢れていて驚いた。でも僕は確かに驚いているのに表情は動いていないようで大人という人たちは眉を下げて声をかけてくる。

女の子って何だろうと思いつつ、僕は言葉を一言も話そうとは思わなかった。だってどんなにあの時お姫様のことが魔女に見えても、僕のお姫様には変わらないのだ。そんなお姫様を見捨てて僕はここにいる。

それはとっても悪いことだ。頭にこべり付いた絶叫が消えない。血走ったあの目と優しくこちらを見つめる瞳が忘れられない。


代わる代わるたくさんの人が僕に会いに来てたくさんのことを頼んでもないのに教えてくれる。

もう大丈夫、あの女の人とは会わなくていいんだよ。

君は今まであの女の人を中心に回っていたかもしれないけど、これからは自由に生きていいんだ。

大丈夫、大丈夫だと。


後で知ったことだけどお姫様、僕のお母さんは未婚の母だったらしい。

美しいことが取り柄の裕福な家庭のお嬢様。蝶よ華よと育てられた生粋のお嬢様はとある男性に恋をするもその人は既婚者。ある日その男性にお酒を盛って酔わし、せめて子供をと1人孕んだ女性は密かに子供を生み育てた。役所に届けを出さず、生まれた子供に愛した男性の名前を付け呼んだ。父親によく似たその子供は女児だったが、幼いときは男女の差などほとんどない。この子は私の王子様なのだと女は大層かわいがった。


しかしそんな女の行動を怪しんだ者がいた。

今まで男に執着していた女が一切姿を見せなくなり、こそこそと家で何かを隠すように育てている。いったいそれは何だと蓋を開けてみれば男の面影がある子供。男の家は日本でも1、2を争うような御三家と言われる財閥であり、血筋を重んじる旧華族であった。男はしかも当主であり、そんな当主の血が余所に勝手に漏れているとは何事だ。その子供は私たち当主の子供だと女から取り上げた。

結果として親権は男のものとなった。なんせ女は出生届も出さずにいたし、何より男の家の力が大きかった。


男の名前は西園寺 かおるといった。子供の名前もカオル。どうするとなった時、子供の名前はカオルから香になった。そして読み方もカオリになった。

当主には妻とカオリと同じ年の娘がいたが妻は娘を生んで間もなく亡くなった。体の弱い女性だったのだ。

そのため家族はカオリを含めて3人。当主はカオリを妻が生んだ娘と同じように愛そうと決めていた。もとはと言えば自分が酒に酔って女を抱いてしまったのが悪いのだし。

が、しかし当主はどうしたものかと頭を抱えて困っていた。何を話してもカオリは反応せず、ただ淀んだ瞳のまま空を眺めているのだ。時折、おひめさまをたすけないとなどとうわ言のように呟くらしい。

閉鎖空間にいたせいなのか、もしくはあの女の影響なのか自分の性別すらよく理解していなさそうな子供は空っぽの抜け殻のようだ。とても家にいる我儘し放題の娘と同じ年とは思えない。小学1年生になった娘はそれはもうお転婆で、いささか甘やかし過ぎたのか我の強い子となってしまった。多分足して割ったら丁度良くなる気がする。


まだ当主は子供たちを会わせる気などなかった。もう少しカオリの意識がはっきりとするようになってから会わせるつもりだったのだ。なのにお転婆娘はいつの間にかカオリの元へと辿りついていた。


「あなただれ?私は西園寺 みやびよ。こんな天気のいい日になんでベッドなんかに入ってるの?子どもは外で遊ぶものなのよ」

「……」

「ちょっと聞いてるの?」


ぷくっと頬を膨らませ、眉を吊り上げて睨む少女。その少女を見てカオリには電流が走った。お姫様だと。

彼女が僕の本当のお姫様だ。きっとそうだ。そうに違いない。僕は彼女を守ってあげるんだ。愛さないといけないんだ。


「ぼくはカオル……ううん、カオリだよ」

「ふーん、私のお父様に似た名前ね。いいわカオリ。これから私遊びに行くの。あなたも着いてらっしゃいな」

「うん、わかった」


決して動くことのなかったカオリは西園寺雅に会ったことによって自ら動き始めた。

また雅も初めてできた遊び相手に胸を弾ませたのだった。そしてそれを見た当主はその日のうちに2人が姉妹だということを伝えることに決めたのだった。何事も迅速に、これは西園寺家の家訓の1つである。



そして時は流れ……




「お姉さま、リボンが曲がっています」

「あら、いつもありがとうカオリ。それにしても今日もいい天気ね」

「そうですね。お姉さまの入学式にぴったりな快晴です。今日は不肖ながら私西園寺カオリ、お姉さまの美しい姿を一枚でも多く納めれるように力を振るう所存です」

「あの……カオリ?今日はあなたの中等科入学式でもあるということを忘れていないかしら?」

「もちろん。が、しかし私のことよりもお姉さまのことが大事です。ああ!お姉さま、今日は一段と美しいです」

「……なんでこうなったのかしら」


パシャパシャとシャッターを切る私に額を抑えるお姉さま。憂い顔ゲッドでございます。あと、お姉さまと楽しく過ごしているとこそこそと不埒な輩の言葉を耳が拾う。


「見て、あれが西園寺財閥の西園寺雅よ。九条院様の婚約者らしいわ」

「まああれが?顔も派手だし、性格もきつそうね」

「婚約者だからって調子に乗らないように釘を刺しておかないといけませんね」


などど底辺極まりない言葉。この言葉がお姉さまの耳に入るかと思うと震えが止まらない。まあ絶対に入らないようにいつもしてますけど。


「お姉さま、私ちょっとお花摘みに入って来るので先に会場に行っててくださいな」

「?待っているわよ」

「いえいえ、どうやら朝からお腹の調子が優れていないので……あ、でも心配はしなくて大丈夫ですよ。さっと終わらせてきますので」

「そ、そう?」


にこにこと笑みを浮かべながらお姉さまを送りだす。そしてお姉さまの姿が見えなくなったところで先ほどお姉さまのことを何やら話していた羽虫共の元へと向かう。

にっこりと微笑ながら。


「えっと、先輩?ですよね?」

「え、ええそうだけど何か?あなた西園寺の妹のほうかしら?」

「ええそうです。先ほどちらっと聞いてしまったんですが、何やらお姉さまに言いたいことがあるようで。代わりに私が聞いてあげますよ」

「なっ、なんなのあなた?それに西園寺様に言いたいことなど」

「だったら金輪際お姉さまの名前を軽々しく口にしないでください。お姉さまが穢れてしまいます。下等生物であるあなたたちがお姉さまに憧れる気持ちは十分理解でき、さらに哀れに思いますけどそもそも生まれ持っての格が違うと言うか、何というか。そもそも私はお姉さまがこうして無粋な輩が通う学校などには行って欲しくはないのですけどそれも仕方がないこと。それは私も理解しています。ええ、そうです。低俗で野蛮な存在をお姉さまの視界に入れるのはとても悲しいですが、それも社会勉強。かと言ってあなたちのような者が近づくのはどうも許せなくて。ああ、許容の少ない私をお姉さまは許してくれるでしょうか。でも許してくれなくともバレなきゃいいんです。ええ、大丈夫なんです。例えばここでお姉さまの名前を軽々しく呼んだあなた方の舌を切ったとしても、バレなきゃいいんです。ね?」


そっと袖口からナイフを取り出した私に呆然としていた先輩は顔を青くする。

まったく、西園寺雅の悪評をしようものなら消されるというのは初等科では当たり前だったんですけどね。中等科からある外部入学者の中小企業の令嬢か。まったく躾のなっていない人たちだこと。西園寺の力を使わなくてもこれくらいの小娘、証拠ごと消すなんて私でもできる。多分。


「分かったらもうお姉さまのこと呼ばないでね?あ、もしこのこと誰かに話したら……どうしようか?」

「「「だ、誰にも言いません!」」」

「本当?口が堅い子って私大好きだよ。じゃあ約束だよ?」


こくこくと首を上下に振って少女たちは駆けて行った。いやぁ、無様な走り方だなぁ。あれくらいでびびっちゃってかわいいなぁ。


「かわいそうな子たち。まだ何もしてないのにな」


ふふと笑っているとかかる声。聞き覚えのある、イラッとする声だ。


「九条院様がなぜまだここに?主席だったそうで挨拶があるそうですが?」

「俺がいつどこに居ようと何も問題ないさ。ところで相変わらずの病みぐあいとシスコンぶりだな」

「病む?何の話をしているのか私にはわかりかねますが、とりあえず私の視界から消えてくれませんか?私、九条院様のこと大っ嫌いですから」

「まあそりゃ大好きなお姉さまの婚約者様だもんな。つかその喋り方やめろよ気持ち悪い」

「……黙れ外面良し男。お前のような男にお姉さまは任せてたまるか」

「いつかぜってーあいつの前でボロ出すなお前」

「あいつってまさかお姉さまのことか?」

「そう怒るなよ。お前が俺のこと嫌いでも俺はお前のこと好きだぜ?」

「私は全身を骨折してくれないかなぁと思うくらいに嫌いだ」


九条院 じん。お姉さまの婚約者であり、中等科入学試験で満点の主席だったため入学式で挨拶をすることになっている。九条院家は西園寺財閥と同じ御三家の1つだ。

そして私はキョロキョロと辺りを見渡す。この男がいるということはあいつもいるかと思ったが……。


「ああ、優ならもう会場だぜ。残念だったな」

「なっ、誰があの唐変木を探していると言った。お前の頭は腐っているのか」

「はいはい、そうかそうか」

「あいつは毎度毎度口うるさいからな。警戒していただけだ」


顔を歪めながら五十嵐 ゆうを思い出す。調子の狂う男で苦手な人物だ。

ちなみに実はお姉さまは九条院とも五十嵐とも仲はそこまで良くない。むしろ関わりが無いのだ。が、私はお姉さまを守る過程でこいつらと話さざるを得なくなり仕方がなく今もこうして縁があるのだが、ここまで切りたいと思う縁もなかなかない。

特に九条院とは私だけでなくお姉さまとの婚約という点についても縁を切りたい。


「お前さぁ、お姉さまを敬愛すんのもほどほどにしとけよ。じゃねーと、」

「九条院には関係のない話だ。私は命尽きるその時までお姉さまを敬愛し続けると決めているんだ」

「あーそう」


いかにお姉さまが素晴らしいか語ろうかと思ったけれど時間が時間だ。それに遅いとお姉さまも心配するだろうし。早く戻るとするか。


「ああ、そうだ九条院。せいぜい挨拶頑張るといい。お姉さまも見てくれるだろう。見苦しいものは見せるなよ」

「へーへー。了解。お姉さまによろしくな」

「……挨拶が良いものだったら考えなくもない」


そうして私はお姉さまの元へと歩き始めた。


「……お姉さまね。いい加減他のことにも目を向けて欲しいもんだぜ」


がしがしと九条院は頭をかきながら颯爽と歩く友人の後姿を見送る。あんなに真っ直ぐ歩いているというのに向かう先があいつの言う愛しのお姉さまかと思うと目が座る。

まあいい。とりあえず九条院に恥じない入学挨拶をするかと舞台袖へと足を向ける。


3年後、同じように挨拶を九条院がし、高等科から編入してくる庶民の女の子が波乱を巻き起こすことなど想像することもなく、ただ桜が門出を祝うように舞っていた。


あまり病めなかった……

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