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page9

 大声での喧嘩に雑踏の視線が集まる中、夕菜は七実でさえ今まで聞いたことがないほどの大きな声で、力の限りに叫んだ。



「わたしは、七実ちゃんが聞いてくれて、ただ好きでいてくれるのが一番嬉しい! 七実ちゃんが傍で聞いてくれないなら、ピアノを弾く意味なんてない!!」



 ……夕菜の叫びが音という音を掻き消して、七実の心にまで響く。

 七実の頭に上っていた血が、すっと引いていった。

「……ゆう、な…………?」

「わたしは、七実ちゃんがいなくちゃやだ……七実ちゃんと会えないなら、ピアノなんて、やめる……」

「夕菜、何言って……」

「だって、七実ちゃんと会えないなん、て、やだ……わたし、は……!」

 さっきまで叫んでいたのが嘘かのように、夕菜の声はか細く揺れていて、

「……やだよぅ……わたし、七実ちゃんと……っ……七実ちゃんと会えなくなるなんて、そんなのやだあぁ!」

「夕菜……夕菜っ!」

 そして堰を切ったように声を上げて泣きだしてしまう夕菜に、七実は首筋を抱えるようにして抱きついた。

「七実ちゃん……わたし、七実ちゃんがいないのやだぁ! 外国なんて行かない! だから、ずっと傍にいてよぉ!」

「ごめん……夕菜、ごめん……! あたしだって、夕菜と離れたくないのに……あんな嘘ついて、傷つけてごめん!」

 周りの目なんて気にせずに、二人は抱きしめあって、声を上げて泣いた。

 自分は大馬鹿者だ。「夕菜のため」だなんて、自分の気持ちに嘘をつくどころか、一人よがりな偽善で、夕菜のことさえも傷つけてしまっていた。

「誰がなんと言ったって、夕菜のピアノを一番好きなのは、あたしだ!」

「うん……」

「夕菜のピアノが凄いかなんてわかんない! だけど、だからこそ! 夕菜のピアノがどんなに上手でも、どんなにヘタクソでも、夕菜のピアノを世界一愛してるのは、あたしだ!」

「うん、うん……!」

「だから、これからもずっと、すぐ傍で、夕菜のピアノを聞かせて!」

「うん……! わたしも、ずっとずっと七実ちゃんに聴いていて欲しい!」

「もう海の向こうになんて行かせない。夕菜がやっぱり行きたいって言っても、絶対に離さないから……」

「七実ちゃん……」

 もう、絶対に離さない。そう思って、強く、強く抱きしめた。

「わたしはずっとここで、わたしのピアノを弾き続けるよ。ここでじゃないと……海の向こうなんかじゃ、わたしのピアノは弾けないから」

「え……?」

 夕菜は顔を上げて、七実を見つめてくる。舞台のための化粧が涙でぐしゃぐしゃになった顔に、無垢な笑顔を浮かべて。

「言ったでしょ。わたしのピアノは、いつだって七実ちゃんと弾いてるんだから。七実ちゃんが居なくなっちゃったら、それはもうわたしのピアノじゃなくなっちゃうよ」

「あ……」

 夕菜の言葉に、心臓が高鳴った。

 夕菜の顔が目の前にある。吐息のかかるような、すぐ近くに。

 ……大好きな、何よりも愛しい夕菜の顔が。

「……夕菜、あたし……」

 伝えるなら、今だ。

 七実は一つ大きく息を吸いこむ。それから目を閉じて三つ数える。

 ……覚悟を決めた。

 真剣な眼差しで夕菜を見つめる。七実のただならぬ様子に気づいたのか、夕菜は驚いて、目を丸くした。

「夕菜」

「七実、ちゃん……?」

「あたしは、夕菜が好きだ。世界で一番、誰よりも、夕菜の全部が、大好きだ」

 そして七実は、言葉にして伝えた。

 不器用な自分には、これ以上上手いことなんて言えない。だけど、ヘタクソなりに自分の「好き」の想いを精一杯に詰め込んだ。

 そんな七実の告白に、夕菜は優しく笑って……。

「……うん。"わたしも"大好きだよ、七実ちゃん」

 ……さっき公園で見せたのと同じ表情に。

「ん……。…………そっか」

 七実は、それ以上何も答えなかった。

 今は、これでいい。だって願い事はキャンセルしたのだ。だからきっと、夕菜が天の川の向こう側へ行ってしまわなくなった分、こうして……。

「ねえ、七実ちゃん。今から一緒に、お祭り回ろ?」

「今からか? いいけど……お前、化粧くずれて凄いことになってるぞ? ほら、鏡」

「え……? ……ふええええ!? た、大変、ど、どうして、どうして……」

「あんなにびーびー泣いてるからだろ」

「な、七実ちゃんだって泣いてたくせにぃ!」

「はいはい。ほら、とりあえずホールに戻るぞ。そうすれば道具くらいあるだろ」

「ふえええん……」

 ……こんな、いつもと同じようなやり取りが、今は何よりも愛おしい。

 俯いて顔を隠そうとする夕菜を引っ張って、七実はホールへ戻っていく。自分のより少し小さくて温かい手のひらを、大切に握って。

「……ねえねえ、七実ちゃん」

「んー?」

 歩きながら、夕菜は不意に声をかけてきた。

「大好きだよ。……"わたしも"」

「わかったてば、恥ずかしいな」

「……えへへ」




 あたしたちを離れ離れにしようとする天の川は、思っていた以上に、残酷で、冷たかった。

 だから、あたしたちは天の川に逆らった。

 織姫と彦星になんてならない。なれなくてもいい。

 あたしたちはずっとずっと一緒にいる。

 それだけでも、とてもとても幸せなんだから。



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