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七実がホールの客席について間もなく、開演時間になった。
拍手喝采に迎えられてステージに上がったのは、どうやら有名人らしいプロのピアニスト。プロというだけあってさすがにそんじょそこらの演奏者とは格が違う……のだろうが、やっぱり七実にはピンと来ない。ただぼんやりと、夕菜の出番はまだかな、なんて思っていた。
その後何人かが演奏した後、ついに夕菜の出番になる。
「……って、こんなタイミングで入れられるのか、あいつ……」
夕菜は一介のアマチュア、それも高校生だというのに、プロに続けて同じ部で出演させられるとは思わなかった。それは確かに緊張感も並大抵のものではないだろう。
前の演奏者が引けて、夕菜がステージに上がる。そしてステージの中心に立った。
……うん、大丈夫だ。リラックスしている。夕菜を見て、七実はそう確信した。
夕菜はステージ上から、観客一人一人と目を合わせるようにして視線を巡らせる。
その途中で、自分と夕菜の視線が確かに交差したような気がした。
「……がんばれ、夕菜」
周りに聞こえないように小さく囁くと、まるでその言葉が聞こえたかのように夕菜が小さく頷いた気がした。偶然だろうか。
客席に向かって一礼した夕菜が椅子に座ると、ついに彼女の演奏が始まった。
相変わらず、今まで演奏していたプロとどちらが優れているのかさえわからない。しかし、
(うん。"夕菜のピアノ"だ)
七実はそう思って、彼女の演奏に聴き入っていた。
緊張して今にも卒倒しそうだった彼女の姿を忘れてしまうほどに落ち着いた、穏やかな音色。こんな大きな会場でもちゃんと演奏できるだなんて、やはり彼女は実は凄い逸材なのかもしれない。
夕菜の奏でる音色は、まるで心にすっと溶け込んでくるように響き渡る。どんな演奏の後でも、この音色が色褪せることはない。
彼女の「凄さ」なんてわからない。けれど、なんとなく、これだけは言える。
どんな有名人のものよりも夕菜のピアノが一番特別だ。
周りの人間が夕菜のピアノを「凄い、凄い」と褒め称えても、自分にはよくわからない。それでも、彼女のピアノは自分にとって特別だ。
うっとりと聴き惚れるとか、感動するとか、そういった感覚ではない。聞いていると安心するし、心が満たされる感じがする。
まるで、そう。恋人の言葉を聞いているかのように……。
(……って、あたしは何考えてるんだ!)
自分で考えた喩えに自分で赤面してしまう。だが、一度そう思ってしまうと、もう落ち着いて演奏を聞けない。なんだか胸がドキドキしてくる。
――わたしのピアノは、いつだって七実ちゃんと一緒に弾いてるんだよ。
不意にさっきの言葉が思い返される。今もそう思って弾いてくれているのだろうか。
「夕菜……」
それから七実は、熱に浮かされたような気持ちで彼女の演奏に聴き入っていた。