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……半分は自分が挑発してステージに引っ張りだしたようなものだったと気づき、七実はそっと回想を終える。
そして現在。
「えとえとえと……、し・ん・こ・きゅ・う、し・ん・こ・きゅ・う、し・ん・こ・きゅ・う……はむ。……ふええええん全然落ち着かない~!」
手のひらに三回「深呼吸」と書いて飲み込んだ夕菜を見て、七実はもはや呆れを通り越して笑いそうになる。
「ほら、そろそろリハーサルとか始まるんだろ。行ってこい」
「ふえええええん、七実ちゃんも一緒に来てぇええぇえぇ……」
「情けない声出すな。しょうがないだろ、関係者以外入れないんだから」
「七実ちゃん、関係者! わたしの! お友達!」
「それで通るなら付いて行きたいのは山々なんだけどなぁ……」
あいにく、舞台裏までついていけるのは彼女の両親くらいだ。自分はここで見送るしか無い。
「終わったら外の広場で待ってるから。じゃ、頑張れよ」
「ふえええええええ……」
夕菜はまるで生まれたての仔馬のようにガクガクと足を震わせて、今にも泣きそうな表情を浮かべていた。こんなにも不安がられるとさすがに気の毒になってくる。
「……ったく。電話くらいならしてくれていいから。大丈夫、本番の時はあたしも客席から見てる」
「……うん。絶対、絶対見ててね」
「わかってるって。じゃ、また後で。しっかりな、夕菜」
やっと少し落ち着いてくれたらしい夕菜を後に、七実はひとまずホールのエントランスを出ることにする。
去り際にもう一度振り向くと、彼女はスカートをギュッと握りしめて俯いていた。
「……大丈夫かな、あいつ」
やはり不安だ。かといって、これ以上今ここで自分にできることなんてない。
今はとにかく、彼女の出番まで祭りで時間を潰していよう。そう思ってホールを出てすぐ近くの大通りへ向かった。
「……で、一人になるんだよな。そういえば」
人混みを前に立ち尽くす。夕菜と別れて行動する時間があることをすっかり失念していた。
「さすがに一人でお祭りってのはちょっとなぁ……」
今から誰か来ていそうな知り合いにメールして混ぜてもらおうか。そう思って携帯を取り出してみる。
「あら、七実じゃない。何してるの、こんなところで?」
と、その時不意に声をかけられて、七実は辺りを見回す。
「……あ、瑞希」
瑞希が手を振ってこちらへ向かってくるのが見えた。隣には年下らしい少し小柄な少女が付き添っている。
「こんばんは。どうしたの? 一人なの? 寂しいの?」
「うるさいな、夕菜がリハーサルだから、本番までテキトーに時間潰すんだよ」
「はいはい、わかってるわよ。榎本さんの出番まで付き合ってあげようか?」
「お前な……。まあそうしてもらいたいけど、その子は?」
瑞希の隣に立っている少女に目を向けた。彼女は七実の視線に気づくと、おもむろに目を合わせてくる。
……なんだかぼーっとしている。それにどこか眠たそうだ。というか半開きに見える。疲れているのだろうか。
「ちょっと、人の妹にガンつけないでくれる?」
「いや、つけてねえよ。……って、そうか、この子が……」
「そう。私の妹、柚穂よ」
「そうか。はじめまして、柚穂ちゃん。あたしは七実。瑞希の友達だ」
「……ん」
柚穂は短く答えてこくんと頷き返す。口下手な子なのだろうか。
よく見ると、小さな手で瑞希の服の裾をきゅっと摘んでいた。なんだか微笑ましくて可愛らしい。
「……ガンつけるなとは言ったけど、私の可愛い妹に色目使うのもやめなさいよね」
「いや、もっとしてねえよ」
「ふふん。まあどの道私と柚穂の間にあなたが入り込む余地なんて無いけど」
「……お前、妹が絡むと本当にキャラ変わるよな」
瑞希はでれでれと笑いながら柚穂の頭を撫で回したりしていた。されるがままに頭をゆらゆら揺らす柚穂は相変わらず無表情で、喜んでいるのか鬱陶しがっているのか、よくわからない。
「柚穂も私のことが一番好きよねー」
「……ん。わたしも、瑞希が好き」
「ねー!」
「……ん」
……二人の間に大きな温度差があるように見えるのは、自分が柚穂の表情を読み取れないせいだろうか。
それにしても柚穂が絡んだ瑞希は全く別人のようだ。本人が傍にいることで拍車がかかっているような気もする。……春先には妹のことでよく愚痴られていたような気がするのは自分の記憶違いなのだろうか。あるいは何か特別な出来事でもあったのか。
「さて、まずはどうする?」
「あー、そうだな」
七実は出店の立ち並ぶ通りを遠くまで見やる。
「まずはとりあえずテキトーに歩こう。笹飾りとかあるのあっち側だよな?」
「そうね。行こ、柚穂っ」
「……ん」