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「七夕祭り?」

 6月のある日、七実はクラスメートにそんな話題を振られていた。

「そ。七実さんは予定ある?」

「あー、まあ、決まってるわけじゃないけど、多分……」

「ほんと!? え、やっぱカレシ!?」

「違うっての。友達」

「なんだー。てゆーか、七夕祭り女同士で行くとかどうなの?」

「別にいいだろ。てか、そういう文句はお前がカレシとやらを作ってから言えよ」

「う……。あ、あー、みっちゃんが呼んでるー。ま、またね!」

 クラスメートは白々しく話を逸らして立ち去っていった。七実は机に頬杖をつく。

「七実、いないのね。彼氏」

「うるさい。お前もだろうが、瑞希」

 クラスメートが立ち去るやいなや正面の席から振り向いてにやにや笑いながら声をかけてきた西園瑞希に、七実は悪態をついた。

 七夕祭り。その名の通り七夕に市内で催される祭りで、中々大きなイベントである。町中には出店が立ち並ぶし、この祭りを目当てに観光客も来る。

 そんなお祭りに、七実は毎年ある友達と二人で遊びに行っていた。

 「だから浮いた話なんて無い」……と断言すると少し語弊があるのだが……。

「瑞希は予定あるのかよ、七夕」

「私は妹と行くわ」

「へー。最近仲いいな、妹と。柚穂ちゃんだっけ?」

「まあね。ふふ、楽しみだわ。柚穂と一緒に七夕祭りかぁ……」

 最近の瑞希は妹の話になるとやたらと機嫌が良さそうだ。少し前は話題に出るたびにナーバスな表情を浮かべていたというのに、一体何があったのやら。

「そうかそうか。瑞希は妹ちゃんとラブラブなのか。熱い熱い」

 と、七実が何気なく冗談交じりつぶやく。が、その言葉に対して瑞希は、

「そんなんじゃないわよ。……そ、そんなんじゃないわよ!!」

 何故か真っ赤になって、何故か二度否定した。

「へ? どうしたんだ、瑞希?」

「た、確かにあの時は一瞬だけちょっと変な雰囲気になっちゃったけど、私たちはいくら血が繋がってないとはいえ家族だし、姉妹だし! やっぱり家族でそういうの良くないっていうか!」

「いや、別にそんな話してないだろ。え、ていうか今何の話してんの?」

「柚穂は可愛いわよ日本一世界一宇宙一可愛い妹よ! だけどそれとこれとは話が別よ! その可愛いとこの可愛いは別でしょ!」

「や、だから何の話? あれ、あたしたち七夕の話してたよな?」

「大体! それを言うなら七実と榎本さんだってラブラブの熱々じゃない!」

「な……!」

 今度は七実がカァッと首まで赤くなった。

「そ、そんなんじゃないわ! なんであたしと夕菜が、ら、ラブラブなんだよ!」

「毎年毎年七夕祭りは一緒に二人きりで遊んでるくせに! 普段から七実ちゃーんとか言って人前で抱き合ってるじゃないの!」

「いやいやいや女子同士ならそこまでおかしくないだろあれくらい!?」

「だったら私のあれだっておかしくなんかないわよそんなんじゃないわよ柚穂は世界一可愛いわよ!」

「だからちょっと落ち着けよお前!」

 目をぐるぐるさせて叫ぶ瑞希。わけも分からず暴走する彼女のせいで収拾がつかなくなってきた。

「やほー、七実ちゃーん!」

「うわ!?」

 自分自身もわけがわからなくなって混乱していると、突然誰かが後ろから抱きついてきた。確認するまでもなく、七実はそれが誰かを言い当てる。

「ゆ、夕菜、お前何してるんだよ、こんな時に!?」

「へ? 別に、今休み時間だよ?」

「ほら! ほらぁ! 七実だって女の子同士でいちゃいちゃしてるー!」

「うるさいわ! た、タイミングが悪いんだよ離れろ! 瑞希もいい加減落ち着け!」

「ふぇ? う、うん?」

 七実が悲鳴じみた声を上げると、夕菜は首をかしげつつも七実から離れた。

「えっと、西園さん、どうしたの?」

「……わからん。なんかいきなり壊れた。おい瑞希、もうそろそろ静かにしろって」

「はっ! ……私、何を言ってたのかしら」

「あたしが聞きたい。……で、夕菜は何か用なのか?」

「あ、うん。七夕のお祭りのことで」

「はっ、七夕祭りといえば……」

「ちょっと黙っとけ、瑞希。うん、なんだって?」

「あのね! それがね!」

 瑞希の頭をぐいっと押し戻しながら訊くと、夕菜は目を輝かせて鼻を鳴らした。

「わたし、七夕コンサートに招待されちゃったの! 演奏者として!」

「……へ?」

「知ってるでしょ、七夕コンサート! お祭りの時に毎年やってるやつ!」

「ああ、知ってるけど……」

「わたし、あの舞台でピアノ弾かせて貰えそうなの!」

「え!?」

 夕菜の言葉に、七実はつい椅子を蹴って立ち上がりそうになってしまう。

 なぜなら、七夕コンサートは七夕祭りのメインイベントと呼べるほどの大規模なもので、そもそもこちらが本命、お祭りはおまけと呼ぶ人もいるくらいだ。

 実はこの町を著名なアーティストを多く生み出している隠れた音楽の聖地として注目する人も多く、七夕コンサートはそんなこの町が主催する大きな音楽イベント。そんなイベントに演奏者として参加するということは、つまり……。

「……夕菜。お葬式にはちゃんと家族で出てやるからな」

「は、話が飛躍しすぎてわからないよ!?」

「思えばお前とは長いようで短い付き合いだったなぁ……」

「遠い目で回想し始めないでよ! ねえったら! わたしまだ死なないよぅ!」

 夕菜が肩を掴んで涙目で揺さぶってくるので、七実は冗談を止めにして真面目に応える。

「……だって、お前の上がり症であんなでかいステージに出たら、緊張で死ぬだろ」

「あ、う……。そ、それは……」

「音楽部の定期演奏会とかコンクールとかと同等か、もしかしたらそれ以上だぞ? お前こども演奏会のリハーサルですら緊張でマジ泣きしてたじゃないか」

「な、何年前の話してるのかな!」

「いや、だって……なあ」

「も、もー! 大丈夫だったらー!」

 七実をぽかぽかと叩く夕菜に瑞希(ようやく冷静になったらしい)がくすりと笑い、話に割って入った。

「でも、凄いじゃない。どこから来た話なの?」

「あ、西園さん。えっとね、音楽部の先生が今年の運営委員の人のお友達らしくて、なんか勝手に紹介されちゃったみたい。えへへ……」

「まあ夕菜のピアノって凄いらしいからな。あたしにはよくわかんないけど」

 夕菜の演奏は小さい頃から色んな所で評価されてきたし、七実自身もよく彼女のピアノの演奏を聞いていた。個人練習も含めてだから、誰よりもたくさん彼女のピアノを聞いているといっても過言ではないだろう。

 しかしそれだけに七実は、ピアノといえば夕菜の演奏というイメージに直結してしまうため他との比較がイメージできず、どうにも周りの言う「凄さ」とやらが分からないのだった。

 ……それ以前に、自分から音楽のセンスなるものが致命的に欠如しているせいなのかもしれないが。

「それにしても七夕コンサートで演奏ね……。ひょっとしたらどこかからスカウトが来ちゃうかもしれないわね」

「ふぇ?」

「は?」

 瑞希の何気ない言葉に、二人揃ってぽかんと口を開ける。

「七夕コンサートって毎年有名人のゲストを呼んだりしてるでしょ? たまにそういうこともあるって聞いたわ。ふふ、榎本さんがスカウトされていきなり海外の大スターになっちゃったりしてね」

「……ふぇぇ」

 あまりにも現実味がない話に、夕菜は完全に固まっていた。

「……な」

 同じく固まってしまっていた七実は、やっとのことで口を動かす。

「な、ないないない! 夕菜が海外で大スターなんて在り得ないって!」

「そうかしら? 案外あるかもよ?」

「無いっての! こいつのことだから本番で緊張してぶっ倒れるに決まってるって!」

「な、七実ちゃんひどい! そんな失敗しないもん!」

「いやいや、今からでも断ったほうがいいって。まだ誘われただけで承諾はしてないんだろ?」

「そ、そうだけど……」

「なら止しとけって。夕菜には荷が重すぎる」

「む……」

 けらけらと笑う七実に、夕菜はどうやらカチンと来てしまったらしい。

「で、出るもん! こんな大きなステージで演奏できる機会なんて滅多にないんだから!」

「本気か?」

「本気だもん!」

「へえ、じゃあ本番で倒れたりしないように頑張れよ?」

「へ、平気だもん!」

 子供のように意地を張る夕奈をからかう七実。そんな二人を微笑まし気に眺めつつ、瑞希は静かに苦笑する。

「全く……素直じゃないわね」

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