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あの時はまだ子供だったから、少し夢見がちだった。
だから、あんな願い事をしたんだ。
幼心に、ロマンチックでいいかな、なんて思って……。
そして今、大人になって初めて知った。
――天の川は、思っていた以上に、残酷で、冷たい。
七月七日、七夕。町中で「七夕祭り」が催されている夕暮れ時、シティホールはたくさんの客でいっぱいになっていた。
市の主催する「七夕コンサート」。ピアノやバイオリン、合唱から管弦楽オーケストラまで、市内の様々な音楽団体が参加する、毎年恒例のイベントだ。この町に縁のある著名アーティストもゲストとして呼ばれたりする、それなりに大規模なイベントである。
たくさんの人が開演を待つホールのエントランス。彼女はそこで、正装に身を包み。
……がっちがちに緊張していた。
「あわわわわわわ……どど、ど、どうしよう、七実ちゃん! ひ、人、ヒト、ひとひとひとひとひひひひひととと……」
今にも卒倒して倒れそうなほど、全身をガクガクブルブルと震わせている。そんなに冷や汗かいていたら、せっかくの化粧も台無しになってしまいそうだと、東野七実は苦笑した。
「まあ、あれだ。落ち着け」
「落ち着けないよぅ! どうして七実ちゃんはそんなに落ち着き払ってるの!?」
「いや、あたしはステージ上がるわけじゃないし……」
「あうあうあう、今なら指の震えで超絶なトリルが奏でられそうだよ……」
「おお、夕菜の世界レベルの超絶技巧にさらに磨きがかかるな」
「冗談言ってる場合じゃないよ! わたしの技術なんてよくわかってないくせにっ!」
緊張のあまり錯乱気味の少女、榎本夕菜。彼女はこのコンサートに演奏者として出席することになっているのだが、会場に着いてからずっとこの様子。高校生としては卓越したそのピアノの腕前はまさにプロ級……という評価を様々なところで受けているらしい(音楽に疎い七実にはよくわかっていない)所謂稀代の天才少女なのだが、上がり症の具合は凡人以下なのである。
「本当に昔から治らないな、上がり症。もうステージに上った回数なんてかなりのものだろ?」
「だだだだだどぅあって! なんど! やっても! これは! 慣れ! ない! よ!」
「はぁ……」
相変わらずな様子の夕菜に嘆息する。
確かに、今日のステージは今まで彼女が経験したものと比べればかなり大きなものではある。とはいえ……。
「あうあわわわわわ……。そ、そうだ! こういうときは深呼吸を三回じゃがいもして人という字をお客さんだと思えばいいんだよね! ね!」
「落ち着け。いろいろ混ざってわけわかんなくなってるぞ。全く……こんなことなら断れば良かったのに」
「だってだってだって七夕コンサートなんて立派なステージこの機会逃したら次いつになるかなんてわかんないしだったら今チャンスが来た時この時にうけにゃいちょもふ!? し、舌かんら~! いひゃい、いひゃい~! ふえええええ!」
「忙しないやつ……」
七実もここまでパニックを極めた夕菜を見るのは始めてだ。
「……ほんと、あの時断っとけば良かったのに」
七実は遠い目で、数週間前のことを思い返した。