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白線渡り  作者: 岸田四季
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捌話

 化け物――バケモノ。それは僕にとって最も相応しい呼称なのではないか。体の半分が人ではない。例えば、“犬”だったとしてもそれは化け物だ。間違いなく化け物だ。それが僕の場合、犬どころの騒ぎでないというのだから、化け物でなくてなんというのだ。

 じゃあ、僕の半分は一体なんなんだ。

「さぁ、それは僕にも分からないよ。でも、間違いなく現存している妖異ではないことは確かだ。僕はそんな妖異見たこと――いや、感じたこと無いよ。あるいは世界中を探せばどこかに正体を知っている奴がいるかものね。まあ、それが人間であるとは限らないけれど……」

 斎戒(さいかい)は言葉を続ける。

「そして、君の約半分も妖異だとも限られない。僕が知らない以上、新種の妖異かそれ以外かしかないからね。新種の妖異だったのなら〈最悪〉ではあるけれど、それ以外だったとしたら〈最低〉だよ。本当の本当に〈最低〉さ。間違いない。君はこの七十億人いる地球の中で最も〈最低〉だと断定できる。君より〈最低〉な人間なんているものか。居たとしたらそれはそれで恐ろしいよ。出来れば関わり合いたくないけれどね」

 反論の余地はなかった。

 僕は〈最悪〉だろうが〈最低〉だろうが、どっちにせよ僕より下の人間などは居ない。僕みたいになるくらいならいっそ死んでしまった方が幸せなのではないか。

「そうそう、(みそぎ)君。もう一つ、聞きたいことがあったんだった」

「これで終わりじゃないのか?」

「さっき言ったろ? 『君に聞きたいことがいくつかあるんだよ』って。普通に考えてそれは一つじゃないってことだろう」

「そう言えばそんなこと言ってたっけか……」

「もちろん、答えたくなければ答えくてもいいよ。君の嫌いな二年前の事件だからね」

「二年前の事件……」

 あの事件は嫌いってレベルじゃない。思い出したくもない、というのはありきたりすぎるけれど、僕にとってあれはそのありきたりな表現を使う以外表しようがなかった。

「君にとっては見えない、言えない傷。いや、癒えない傷かな?」

「……駄洒落で済むか」

「はははは。僕みたいな歳になると駄洒落の一つや二つ言いたくなるんだよ。君にもそのうち分かるさ。といっても、僕みたいな歳まで生きていられたらの話だけれどね」

「いくらただの皮肉だと分かっていてもそれは傷つくぞ?」

「これは皮肉じゃなくて、皮肉骨髄だよ。『我が皮を得たり』『我が肉を得たり』『我が骨を得たり』『我が髄を得たり』ってね」

 皮肉骨髄、ね。嫌みではなく、ただ単に欠点を非難してるってわけか。さすがは皮肉屋さんだ。

「それじゃ、禊君との会話も楽しめたし、核心に迫るとしようか。藤原(ふじわら)百方(ももかた)は知っているよね?」

「……知っている」

 当然だ。それはこの世で最も嫌いな陰陽師の名だ。

「その藤原百方、ももちーが現在失踪中ってのは置いておいてだね……」

「あいつ失踪中なのか?」

「ありゃ? 僕は当然知っていると思っていたんだけれどね。知らなかったのか。どうやらももちーは君に自慢の鬼をぶっ殺されたショックでどっか行っちゃたらしいよ」

「酷い言い草だな」

「酷いのは君だよ。いくら悪名高き陰陽師と言っても、なにも四鬼(よんき)を殺さなくたっていいじゃないか。彼はそれなりにというか、かなりの腕のいい異祓い――いや、()殺しだったんだから」

「異殺し?」

「そうだよ。彼は異祓いの王であるこの僕と唯一いい勝負を出来る、異殺しの王だよ。僕は知識を持って妖異を追い祓うけれど、彼は殺意と暴力を持って妖異を殺していたんだ。といっても僕も妖異を全く殺さないというカッコいい矜恃は持っていないよ? 殺さなければいけないときは殺すさ。だけど彼の場合どんな妖異であれ、ぶち殺すんだよ。例えば、今君の後ろにいる妖異はなんの害もない。けれど、妖異だから殺す。そんなような考えを持っているんだよ、彼は。妖異に恨みでもあったのかねぇ。数回会った程度で、あんまり仲良くなかったから知らないけれど。まぁ、ももちーが誰かと仲良くしていたなんて話聞いたことないけれどね」

 異殺しの王か。それならあの異様な殺意も分かる気がする。あの陰陽師は妖異が大嫌いで、憎んでいた。それが目の前に半分が妖異の人間が現れたら……。

「そこで、質問なんだ。君は本当にあの伝説的な式神(しきがみ)――四鬼を殺したのかい?」

 僕はそう尋ねられて、「YES」以外の答えを持ち合わせていなかった。僕は殺したのだ。あの四匹の鬼を。この手で。

「うーん、となるとなぁ……。困ったなぁ」

「何が困るんだ? あいつの手でも借りようとしたのか?」

「あ、いやいや、そういうことじゃなくてね。もし君の言ったとおりだったとしたらね、君はもうすでに妖力が強いとかの次元の話じゃなくなってくるんだよ」

 まただ。また僕は何か“余計なこと”をしてしまっていたのか。

「ももちーが使ってる式神はね、藤原千方(ふじわらのちかた)の四鬼って有名な鬼でさぁ、異祓いや異殺しが道具として使っている以上、分類は“宝具”ってことになるんだけれどね。でもそれはあくまで分類上の話で、陰陽師の使う式神ってちょっと事情が特殊でね、式神って時点で“宝具”の最上級に分類されるんだよ」

「どういうことだ?」

「式神ってのはそもそも異形のモノ――妖異を式として使役するってことなんだよ。陰陽道とかにはあんまり詳しくないからこれ以上の説明は出来ないけれど、それってとんでもないことなんだ。君くらい妖力が高い上に僕並みの知識を持ってしても、出来るかどうか分からないくらいだよ。ここ百年で限れば式神を使役した人間は藤原百方ただ一人だ。だから式神って時点で“宝具”として扱われる。ももちーはさすがに君レベルって程妖力は強くなかったけれど、少なくともそこらの異祓いよりは格段に妖力が強かった。一体どんな手を使って手に入れたんだろうね」

「……何が言いたいんだ?」

「四鬼ってのは、どんな武器も弾き返してしまう堅い体を持つ金鬼(きんき)、強風を繰り出して敵を吹き飛ばす風鬼(ふうき)、如何なる場所でも洪水を起こして敵を溺れさせる水鬼(すいき)、気配を消して敵に奇襲をかける隠形鬼(おんぎょうき)の四匹の鬼のことで、忍者の原型とも言われているんだ。そして、君はこれを殺したんだよ? こんな超自然能力を使う鬼を四匹も。一匹ですらあり得ないことなのに。式神と言っても一応は妖異だ。けれど、しばりんの蜘蛛切でも傷つけることは出来ないし、あの伝説的な剣――エクスカリバーですら金鬼の前では文字通り歯が立たないさ。僕なら一応、対処法――正攻法(オチ)を知っているから倒せないこともないけれど、それでも進んで相手をしたいとは思わないね。強風や洪水を起こされる前に倒すなんてこと出来るかどうか分からないし」

 斎戒は一拍おいて、

「君がいくら妖力が強かろうが、妖異そのものの妖力には及ばないはずだ。けれど、君はこれを殺した。一体どういうことか分かるかい? 僕はね、君がその気になれば、触れるだけで妖異を殺してしまうような、そんなような力を持っているんじゃないかと思うんだよ。というより、それしかあり得ないんだよ。それ以外こんな異常な現象を説明しようがないさ」

 トクトクと僕の鼓動が激しくなる。トクトクトクトクトクトク。

「しつこいようだけれど、もう一度聞くよ。君は本当にあの伝説的な式神――四鬼を殺したのかい?」

 僕はそう尋ねられて、「YES」以外の答えを持ち合わせていなかった。僕は本当に殺したのだ。あの四匹の鬼を。この手で。消滅、消散、霧散するまで殴りつけて。本当にこの“手”で。

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