柒話
「ま、それを実行するのはあとにしておいてくれよ、禊君。それ自体はたいした害にはならいから安心していいよ」
斎戒はそう告げると、またいつものニヒルな笑みを浮かべた。
「今日の目的はそれではないだろう。僕は君に聞きたいことがいくつかあるんだよ」
「そう言えばそうだったな」
僕がそう言うと、斎戒はフラフラと歩いて行き、神社の本堂にに腰掛けた。
「君も座りなよ。出来るだけ手短にするつもりだけれど、今回のことはそんなに単純なことじゃあないからね。多分、長くなるよ」
素人の僕にも同意できた。今回の話、というか、僕の特殊な体についてだけれど、それはどう考えても五分、十分話し合ったところで解決できる代物ではないはずだ。いくら異祓いの王――社斎戒だとしてもだ。それならば昨日の時点でとっくに解決している。解決できていないからこそ、今日この場所で話すことになったのだ。
「さて、何から聞いていいやら……。君は特殊だからね。今までたくさんの妖異――特殊な存在を相手にしてきたけれど、君ほどの逸材はなかなかいないよ」
「それはお得意の皮肉か?」
僕はそう尋ねたけれど、斎戒からはまともな返答はない。
「そうそう、禊君。電話でも聞いたとおり、君は木の棒やらで妖異に触れられるらしいね」
「昨日、答えたとおりだ。それが異常だって言うんだろう?」
「察しがいいねぇ、禊君。僕は君のそういったところが好きだよ」
僕はおっさんなんかに好かれても嬉しくも何ともない。それを斎戒に伝えると、
「そう言うなよ。それじゃあ、まず妖異を相手にする道具の説明から始めようかな」
僕は息をのんだ。さすがに昨日の経験があれば、これからどんなことが起きるか。否、どんな悪いことが起きるのか、想像するのは僕の頭でさえ容易だった。
「まず、妖異に通用する道具ってのはね、“神器”、“宝具”、“霊具”、“呪具”ってのがあるんだ。さすがに素人の禊君が聞いたことあるのは“神器”くらいだろうね。詳しくは知らなくても聞いたことくらいあるだろう? 問題は残りの三つだね。まずは、一番低級な“呪具”から説明していこうかな」
僕は不安を抱きながら、続きを待つ。無知な僕にはそれしかできない。
「“呪具”ってのはね、簡単に言うと『人の手によって作られた対妖異用の道具』ってところだ。人が作っているってのがポイントだ。当然すごく弱っちいんだけれど、普通の人間にとっては、禊君みたく素手で向かうよりはマシってレベルだ。一番有名なのが昨日説明したと思うけれど、『妖力丸』って奴だ。一時的に妖力を底上げしてくれるドーピングアイテムだ。といっても単体じゃあ、ただ妖異が見えるようになるってだけで、使い物にはならないんだけれどね」
「つまり、メインウエポンじゃなく、サブアイテムみたいなものか?」
「そういうことになるね。ただ、世の中には呪具だけで妖異を祓うとんでもない奴もいるらしいよ。僕も噂に聞いた程度なんだけれどね。呪具も使いようによってはそれなりに使えるってことだ」
呪具の使い方などに興味はないので、適当に頷いておいた。
「そして次は“霊具”と言いたいところだけれど、先に“宝具”の説明をしておくよ。そっちの方が素人にも分かりやすいと思うからね。それで宝具なんだけれど、簡単に言ってしまえば『歴史上の伝説的な道具』って感じだね。例えば、しばりんの蜘蛛切なんかも宝具の一種だ。これはそう簡単に手に入るものではなくてね、所有者が相当な数に絞られてくる上に扱いがすごく難しいんだよ。しばりんはどこで手に入れたのか教えてはくれないけれど、あの歳であのクラスの宝具を持っているって時点でも驚くのに、さらにそれを軽々と扱っているのだからさらに驚くよ。君にはこのすごさはよく分からないと思うけれど、あれは間違いなく、紛う事なき天才だよ」
「確かにイマイチ分からないな」
「だろうね。それが理解できるなら君はもっと早く自分の体の特異性に気がついているだろう」
「……全く持ってその通りだと思うよ」
「はははは、禊君は面白いなぁ。まぁ、なんで宝具が扱いが難しいのかについてはまた今度説明するよ。今の君にいろいろ言っても混乱するだけだからね。最低限のことだけを伝えるよ」
「……ありがたい心遣いだ」
「よしじゃあ、次は“霊具”だね。霊具ってのはさっき説明した宝具より下位の道具を指すんだ。簡単に言えば『昔の人が作った宝具の模造品』ってところだ。宝具が固有名詞なのに対し、宝具なんかに似た形の総称を指すことが多いね。例えば、『妖刀』だとか『十字架』だとか……。妖刀にしたって、宝具なら村正とかがあるし、十字架だって聖十字架ってのがあるだろう。もちろん霊具ってのは基本的には模造品――贋作だ。だから当然、宝具よりは格段に劣る。が、呪具とは比べものにならないほどに強力だ。本当ならば宝具で武装して妖異を相手にしたいところなんだけれど、宝具はなかなか手に入らないからね。そんな伝説的なものは大体、架空のものとして扱われるか、博物館とかに展示されているものだ。本当に困った話だよ。偽物の霊具とは違って、宝具は見世物じゃないんだ」
「気になるんだが、なんで昔の人が作ったものが“霊具”で今の人が作ったものが“呪具”なんだ?」
「それは昨日言ったろう。昔の人は妖力が強かったって。だから当然、怪奇で訳が分からない、出来る芸当も違うってわけだ。今の人間には圧倒的に妖力が足らないからね。まぁ、それは普通に考えればいいことなんだろうけれど、僕みたいな業界の人間にとってはちょっと困るね。質問は以上かい? 禊君」
その問いかけに対し、僕は頷くことで意志を示す。
「それじゃあ、最後は“神器”だ。三種の神器と言えば分かりやすいかな?」
「ああ、あれか。電気冷蔵庫、電気洗濯機、 白黒テレビだろ。いや、それともカラーテレビ、クーラー、自動車のほうか?」
「……禊君。君はツッコミ担当じゃなかったのかい? 僕としてはどっちでもいいんだけれど、少し気になってね。僕はツッコミを入れた方がいいのかい?」
「……いや、遠慮しておくよ」
「そうだね、今のは無かったことにしておくよ。いいかい、禊君。神器ってのは八咫鏡・八尺瓊勾玉・天叢雲剣の三つがあってね、そのどれもがただの人が触れられるような代物ではないんだよ。だから気にしなくていい。だって、そんなものを扱える人間が存在するはず無いからね。いや、そんな物を扱えたら人間とは呼ばない、という方が正しいね。それでも詳しく知りたいというのなら、ご自慢のAndroidで調べてくれ」
「ああ。別に自慢した覚えはないけれど、調べてみるよ」
「それで、なんで僕がこんな説明したかというとね――」
斎戒はご丁寧に台詞の最後に傍線まで使って溜める。
「妖異に触れられるのは――霊具以上の道具だけなんだよ。もちろん、きちんとした対処法ならそれで一応触れることは出来る。昨日言った青鷺火ってのもお手製の弓で射れば祓うことは可能だ。けれど、対処法を知らなければ基本的に霊具以上の道具が必要になる。僕が言いたいのはね、君の言っていた『木の棒で殴る』っていうのはルールを逸脱しているってことだ」
「逸脱、か……」
僕には馴染みのある嫌な言葉だった。それはかつてある陰陽師にも言われた。「君はあまりにも常識を逸脱しすぎている」と。
「つまり、君は『君が触れたものはすべて霊具以上のものに変えてしまう能力がある』ってことなんだよ。あり得ないよ、普通はね。呪具でさえ、作るのにそれなりの手間と時間が掛かる。しかし君の場合は、ただ触れるという行為をするだけでいいんだ。分かりやすく例えると、妖異にとって君は物に触れただけで人を殺せるナイフやら銃やらを作り出せる能力があるんだよ。少しは理解できたかい? 君の異常性を」
理解できた。充分すぎるほど理解できたさ。僕がどれだけあり得ないのか。僕がどれだけ奇人なのか。僕がどれだけ逸脱しているのか。
「全く……君はどれだけ化け物なら気が済むんだい?」