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白線渡り  作者: 岸田四季
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陸話

 その日の放課後、僕は斎戒(さいかい)との約束があったので、先日の神社へと足を運んでいた。

 学校にいる間は、三梨(みなし)成実(なみ)はしつこかったけれど、僕はそれを適当にあしらい、と言うか、無視し続けただけなのであるが、なんとか乗り切ることに成功した。

 そして、問題はこの獣である。

 この獣、今朝コンビニの前にいた獣。僕としてはこういったものとは金輪際関わりたくないのだけれど、それでも出遭ってしまった以上、見えてしまっている以上、関わらざるを得なかった。いや、放っておくことが出来なかった、と言うのが正しいのかもしれない。こんな得体の知れないものは、僕は放っておくことが出来ない。出来るわけもない。この三年間、いろいろな得体の知れないものに出遭ってきたが、いい思い出というのはただの一つも存在しない。だからこそ、そんな得体の知れないものに関わって、正体を知って、遠ざけて、自分の身の安全を確保しなければ、僕の気は狂ってしまう。斎戒の言葉を借りるようだけれど、僕という人間は『訳が分からない、理解が出来ないものを恐れる』。そして余計に首をつっこみ、混乱し、恐怖する。我ながらバカだとは思うけれど、そういう体質、性質、確執、いろいろな言葉で言い表せるけれど、そんな風になってしまった以上、仕方がないと割り切っている。否、割り切るしかない。そうでなければやっていけない。自分の中に矛盾が存在する人間は数多くいるけれど、それを矛盾として自分の中に存在させ続けることが出来る人間はそう多くはない。誰しもそんな矛盾を、例外視、無視、自己暗示するのだ。僕もそれに倣い、例外視しているだけだ。これは特別な問題だから仕方がない、と。そんなことを理解した上でやっているというのだから、僕はやっぱりどこかおかしいのだろう。いわゆる、奇人だ。鬼人と言い換えてみても差ほど違いはないのかもしれない。だって僕は、約半分が人ではないのだから。

「ところで、お前はいつまで付いてくるつもりだ? これからお前らの天敵である、異祓いの王のところへいくんだぞ? ちゃんとわかっているのか?」

 まぁ、予想通り返答はない。もしかしたら単に、僕の半分である妖異の部分に興味を持っているだけなのかもしれない。なんにせよ、斎戒のところへ行けばなんとかなるだろう。

 そんな軽い気持ちで斎戒の待つ神社へとやって来た。そこでぼぅっと突っ立っている斎戒の姿を見つけた。

「おぉ、(みそぎ)君。待ちくたびれたよ。来ないのかと思ったじゃないか」

 僕は時計を確認する。四時十五分。待ち合わせより、十五分も早い。

「何を言ってるんだ斎戒。僕は時間通りどころか、十五分も早く来ただろう」

「そんなことは関係ないね。僕はこうして三十分も待っているんだ」

「知るか」

「そんなことより……」

 斎戒はニヒルな笑みを浮かべる。

「じゃじゃーん! 買っちゃった、iPhone」

「余計知るか!」

 斎戒という男はつくづく訳が分からない。ん? 考えてみれば先輩も訳分からないし、三梨成実も訳分からないよな? どうして僕の周りには訳の分からない人が多いのだろう? 案外、そもそも僕が他人を理解しようとしないだけなのだろうか。

「いやいや、これすごいんだよ。siriちゃんっていう子がいてね、僕みたいなおじさんともちゃんと話してくれるんだよ。すごいでしょ? まぁ、そこがAndroidとの差かな?」

 僕は退いた。文字通り五歩退いた。

「なんで離れるんだよ。iPhoneのすごさに圧倒されたのかい?」

 なんだかこのおっさんと会話していること自体が、何か重大な罪を犯している気さえしてきた。

「とりあえず警察に通報はしないが、ちょっと聞きたいことがある」

「そもそもなぜ警察に通報されなければならない。意味が分からないよ、禊君」

「一般市民の義務だ」

「君の口から“一般”という単語が出てくるということが意外だね」

 相変わらず一々棘があるのはこの際気にしない。気にしていたら話が進まない。

「僕の後ろについてきているこの獣はなんだ? 悪さはしてこないようだけれど……」

 僕が尋ねると斎戒は顎に手を当てて、

「あぁ、なんだか君がいつも以上に気味が悪いのはその所為か。納得納得」

「お前が僕のことを気味悪いと思っていることに納得いかねぇよ!」

「まぁ、それは置いておいて……。よく君はそんなに厄介ごとを連れてくるね。不思議だよ。半分が妖異だってのも充分に面倒なのにその上妖異も連れてくるとは……。君の乱心ぶりには恐れ入るよ」

「別に乱心ってわけでもねぇよ。ただ単に気になっただけだ」

「まず、気になること自体が狂ってるってことに気付こうよ。まぁ、いろいろと言いたいことはあるけれど、君とこれ以上討論しても無駄だろう。君には君なりの考えがあって、そういうことをしているんだろう。それをいくら解説されたところで僕には理解できないし、する気もない。気の狂った人間の言うことなんてなに言ってるか分からないしね。それで禊君、その後ろにいるらしき妖異の特徴を教えてくれるかい? あいにく僕は無能でね。妖異を見ることは出来ないんだよ」

「僕はお前が皮肉に皮を被せたような人間だと短い付き合いから知っているからあえて何も言わないけれど、やっぱりむかつくな」

 正直腹が立った。だけれどそれをぶちまけることは斎戒の言うとおり無駄だろう。そして斎戒の言うことはすべて正論だ。

「はははは。怒っちゃったかい? ごめんよ。僕は禊君の言うとおり、その気はなくても人を怒らせちゃうみたいなんだ。勘弁してくれ」

「……詭弁だ」

「上手いことを言うねぇ、禊君は。そんなことは置いておいて、君は僕に後ろにいる獣はなんだと尋ねた。そして僕は君に特徴を教えてくれと尋ね返した。その答えはまだなのかい。それとも案外どうでもいいことだったりするのかな?」

「悪い、忘れていたよ。こいつはなぁ……」

 僕は一度振り向いて獣の姿を確認した。

 猿みたいな、狸みたいな、犬みたいなよく分からない奴。

 そしてそれをそのまま斎戒に伝えると、

「あぁ、もしかして何か食べものをあげたりしたかい?」

「よく分かるな。その通りだ」

「はははは。舐めてもらっちゃ困るよ。僕は知識を武器にした異祓いだからね。それくらい分かって当然さ」

「と、言うことは当然こいつがなんなのかも分かっているということだよな?」

「誰に聞いているんだい? もしかしてこの僕かい? だとしたら愚問だよ。そして、正体どころか対処法も分かる。僕に分からない妖異はもはや妖異じゃないからね」

 僕は呆れて笑う。

「すごい自信だな」

 すると、斎戒も笑い返す。

「伊達に異祓いの王とは呼ばれていないよ」

 やはり、この男はすごい人物なのだろう。それもとびきりすごい奴だ。天才と言ってもいいくらいだ。だけど、だからこそ。

「食えない奴だな」

「なんとでも言えばいいさ。それで対処法だけれど、至って簡単だ」

「お前の簡単は信用できないけどな」

「いやいやいやいやいやいやいや! 本当に簡単だよ。小学生にも出来ることだよ」

 そして斎戒はお得意のニヒルな笑みを浮かべる。

「……君の持っている鞄を渡せばいいのさ」

 斎戒の告げた対処法はたったそれだけだった。

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