表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白線渡り  作者: 岸田四季
5/11

伍話

『ああ、もしもし? (みそぎ)君?』

『なんだよ、斎戒(さいかい)

『聞き忘れていたんだけれど、君、直接触れられるだけでなく、木の棒とかでも妖異に触れられるんだって?』

 僕は斎戒の言わんとしていることがイマイチ分からなかったけれど、とりあえず「うん」と答えた。事実その通りだったし、妖異のプロ相手に余計な嘘をついてもろくなことにはならないと僕は経験として知っていた。

『じゃあ、明日、午後三時ぐらいにさっきの神社まで来てくれないかい? ちょっと聞きたいことがあるんだ』

『こんな体をしているけれど僕は一応高校生だぞ? その時間は授業がある』

『あれ? 高校って二時くらいに終わらなかったっけ?』

『お前は小卒か!』

『じゃあ、何時ならいいんだい?』

 学校が終わるのが大体四時くらいだから……

『四時半でいいか? それくらいなら間に合う』

『なるべく早く聞きたかったんだけどなぁ。まぁ、君の都合に合わせるとしよう』

 そう言って斎戒は電話を切った。


 翌日、いつも通り家を出て学校へ向かった。いつ妖異に襲われるか分からない僕は、常に早めに行動をするようにしている。そして、今日はその行動が吉と出た。と言うのかは分からないけれど、早めに行動していなければ学校に遅刻していたのは間違いなかった。

 その日、家を早く出て余分に余ってしまった時間を学校近くのコンビニで潰していた。そして、そこで出会った。一匹の奇妙な動物と。

 見た目は猿に似ているような気もするし、狸のようにも見える。別の人が見れば犬のようにも見える。大きさはちょうど僕の膝の上辺りくらいだった。その上なぜか二足歩行だった。

 その珍妙な動物は特に悪戯をするでもなく、僕をじっと見上げていた。周りの人は見向きもしていなかったので、こいつは“妖異”で間違いないだろう。

 そんなへんてこりんな動物を僕はとりあえず獣と呼ぶことにした。

「おい、獣。ここでなにしてるんだ?」

 聞いても特に反応はなかった。言葉が分からないのか、それとも意味は理解しているのだけれど言葉を発せないのか、いずれにしてもコミュニケーションが取れないことは確かだ。

 僕は一旦、人気の少ない公園に移動した。その間獣は黙って僕に付いてきた。

 よし、ここでなら空気と喋っている友達のいない痛い高校生とは思われないだろうから、思う存分妖異の相手が出来る。まぁ、したくてしているのではないのだけれど、見えている以上、他の人に危害を加えないかぐらいは確認をしておきたいのだ。

「お前は人を食う妖異か?」

 聞いても予想通り、反応がない。そして気のせいなのかもしれないのだが、元気がないようにも見える。

 そこで僕は朝コンビニで買った焼きそばパンを少し分けてやることにした。餌付けをすれば多少なりとも、反応はあるだろう……

「って、食べるの早ええな!」

 僕の焼きそばパンは封を開けて三十秒と持たないうちに消えていた。もちろん僕は一口も口を付けていない。全部こいつだ。

 ま、あとで購買で買えばいいや、と思いつつその食べっぷりに感心した僕は、コンビニで買った三つのパンすべてをこの獣にあげてしまった。

 三つもパンを食べた獣は満足そうに寝転んでいたので、僕は公園を出ようとしたのだが、獣はすぐに起き上がり僕に付いてきた。

「お前、まだ腹が減ってるのか?」

 そう尋ねると、獣は首を横に振った。

 どうやら、ある程度の言葉は分かるらしい。さっきは警戒していただけなのかな、と思いつつそろそろ授業が始まってしまうので、「あとでまた来るからな」と言い残し学校へと向かった。


 ギリギリで一限目に間に合い、自分の席に座って教科書とノートを開いていたのだが……見えない。

 これが推理小説だったらここで物語が進んだりするのだろうけれど、残念ながらこれは推理小説ではない。どちらかと言えばホラーとかミステリーとかファンタジーだろう。いや、そもそも哀しきことに現実だ。

 そして、ネタバラしも簡単にしてしまう。

 答え:獣が僕の教科書の上で寝ているから。

 どうやら僕の言っていることが理解できないらしい。

 否、理解は出来ているはずだ。現にさっきコミュニケーションをしたではないか。

 つまり、

「こいつは、僕の言うことを聞く気がないというわけだ……」

 僕は紛いなき奇人であるにもかかわらず、奇人と見られるのが嫌な人間である。それ故に何も出来ないまま授業を終えることになった。

 そして授業の終わりを告げるチャイムとほんの僅かなタイムラグも見せずに、僕が奇人であることを知っていて、なおかつ妙に馴れ馴れしい奇人な貴人が僕に話しかけてきた。

「ねぇボクサー。なにそわそわしていたの? それもトレーニングの一環?」

「なんだよ、みなしなみ」

「あぁー! また逆からあたしの名前ゆったでしょぉ!」

 この奇人――三梨(みなし)成実(なみ)は親がユニークなのか知らないが、いわゆる回文というものを名前として持っている。そしてどういう理屈か知らないが、僕が三梨成実と呼んでいるのか、みなしなみと逆から読んでいるのか区別が付くらしい。ちなみにイントネーションは全く同じつもりだ。

 そしてなぜこのただの同級生の女の子は、僕を『ボクサー』と呼ぶのか。それは時を遡ることになる。こんな格好を付けた言い回しをしているが話は単純明快。そして、解釈不能。曖昧模糊。

 僕が妖異とのふれあい体験を見られた。それだけだった。ただそれだけなのだが、そのあとが少しおかしい。と言うより理解が出来ない。そいつがなんだったのか忘れたのだけれど、僕がいつも通り裏通りで妖異と悪戦苦闘していると、たまたま目の前にいる三梨成実ちゃんは通りかかったのだ。そして、あろう事か「あ! 禊君なにしてるの? そんなところで。あ、もしかしてシャドーボクシングって奴? かっくいい! 禊君ボクサーじゃん。てかもしかしてあれ? 禊君が自分のこと僕ってゆうのって、『ボクサー』だからなの? 『僕さぁ』っていうのと『ボクサー』をかけていたんだね? なんだぁ、そうならそうってゆってよぉ。てか、禊君のセンス独特すぎるよ。あたしじゃなかったら分からないってぇ」などとのたまいやがったのだ。当然僕は当惑、困惑した。そしてまたまたあろう事か、「うん」と答えてしまった。僕が僕のことを僕と呼ぶのはボクサーだからと言う間違った情報が彼女にインプットされてしまったという単純明快、解釈不能、曖昧模糊な話なのであった。

 暗転――

 そして時間軸は元に戻る。

「いつもながらよく分かるね。どういう原理?」

「原理なんかしらないよぅ。ボクサーのことなら何でも分かるんだぁ」

「さりげなく恐ろしくも意味の分からないこと言うな」

「それよりなによりどれよりもボクサー。授業中ずっとそわそわしてたよね? どしたの?」

 訳が分からないところで勘のいい三梨成実は、平気な顔をして僕の努力をぶちこわしに来る。

「いや、ずっとトイレ我慢しててさ。今も漏れそうなんだよ」

「それは違うよ、ボクサー」

 三梨成実はにぃっと笑い、

「だってボクサー、ボクサーの目してたもん。あたしが初めてシャドーボクシング見た時みたいな目」

「……ホント、お前って訳が分からないくせに訳が分からないよな」

「……? どゆいみ? わかんない」

「大丈夫、僕にもわかんないから」

「んじゃ、いっか」

 まぁ、三梨成実がそう言うならどうと言うことはないのだけれど、僕としては少し思うところがあった。脳天気なら脳天気、勘のいい奴なら勘のいい奴としてキャラを一貫させて欲しい。

「やっぱ、み――三梨成実って無茶苦茶だよな」

「……! ……? ……うん」

 さすが三梨成実。僕が最初に逆さから読もうとしたけれど、途中で言い直して頭から読むというフェイントにも惑わされない。……やるなぁ。

 こんな下らない遊びをしていると、次の授業を告げるチャイムが鳴った。

「あ、チャイムなったからばいびー」

 そう言って自分の席へ戻っていった。

 さすが意味不明世界ランカー(僕調べ)。

「やっぱ、意味わかんない」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ