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白線渡り  作者: 岸田四季
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參話

「まずは、そうだね。妖異とはなんなのか、というところから始めようか。例えば(みそぎ)君。君のご近所の小さな男の子がいなくなったとするだろう。そうしたらまず君はどう思う?」

「まぁ、普通に心配するだろ」

「ごめん、僕の聞き方が悪かったね。君はその事件に対してどう思う? どう推理する?」

「そういうことなら……どこか遠くへ行って迷子になってしまったか、それとも誰かに誘拐されたか。最悪の場合は……」

「もういいよ。それで十分だ。普通の人はそう考えるだろうね。半分人間じゃない君ですらそう思うんだ。間違いじゃない」

「なんだか一々棘があるな」

「ははは。それは僕の悪い癖だ。他意はない。よく人には嫌われるよ」

「だろうな」

「ま、それはどうでもよくてだね、禊君。それは今だから言えることなんだよ。それが昔、例えば江戸時代なんかではそういった事件を“神隠し”と考えていたんだ。じゃあもう一つ考えよう。ちょっとした顔見知り、別に仲はよくなくていいのだけれど、会ったら挨拶する程度の仲だ。そんなような仲の人間が突然人を殺して回ったらどう思う?」

「そりゃ、気が狂ったってか、精神病を患っているとしか思えないな」

「それもそれで正解だ。ただ昔の人は“憑き物が憑いた”と考えるんだ。どうだろう、現代と少し違うだろう?」

「当たり前だろ。昔は今ほど警察の能力も医学の能力も発達してなかったんだから」

「そうだ、その通りなんだよ。科学――文明が発達してなかったからこそ、妖異は出現したんだ。現に今はぬりかべだのろくろっ首だの、そんな話は聞かないだろう? ましてや新種となればそれこそ僕は生涯で二回しか出遭ったことがない」

「要領を得ないな。つまりどういうことなんだ?」

「考えてみてくれ、今ほど文明が発達してない時代。今でこそ当たり前の知識がなかった時代だ。そりゃ奇妙なことばかりあったに違いない。今でさえ霜柱もろくに理解できていないんだ。当然だよ。例えば、解離性同一性障害――いわゆる、多重人格だね。もしもそれが立派な精神病と知らなければどう思う? 当然昔からそういった病気はあった。最近突然出てきた病気というわけではないだろう。だが、そんな事象は医学の発達していない文明では、単純に訳が分からないものなんだ。だから、恐れる。訳が分からない、理解が出来ないものを人間というのは恐れるんだ。そうして人間はその理解が出来ない事象に理由を付けた。いや、作ったんだ。作ってしまったんだ。その正体が――」

「……妖異」

「その通りだ。察しがいいね。昔の人はその多重人格の別人格を妖異としたんだ。さっきの神隠しもそうだ。突然人が消えたなんて考えるだけで恐ろしい。だから、神様が隠してしまったんだと、理由を付けた。順序が逆だね。結果を見て過程と原因を作り上げてしまったんだ。だからつまり、妖異というのは人間の妄想そのものなんだ」

「妄、想……」

「被害妄想と言っても過言ではないね。妖異からしたらたまったもんじゃないよ。安心するためだけに犯人に仕立て上げられ、それ以外の存在理由もなく生まれた――生み出されてしまったんだから。だから、今は妖力が高い人も新種の妖異もあまりいないんだ。だって、今の時代は大抵のことは文明の力で解決されているからね。そもそもそんな被害妄想する必要がないんだ。そう、現代ならね」

「iPhoneのCMみたいなセリフを吐いているところ申し訳ないんだけれど、斎戒(さいかい)、まだお前が異祓いの王たる所以がわからない」

「あぁ、それはだいたい説明したつもりなんだけれど、少し付け足そうか。そうだね、妖異という存在には触れられないということは説明したよね。それはね、妖異が妖力の塊だからなんだよ。わかりやすく言えば、妄想の塊――被害妄想の塊だ。当然そんな得体の知れないものには触れられないだろう。ただ、妖力“自体”なら触れることが出来るんだ。だから、半分が妖異の君も触れられる。半分と言えば相当だからね。理論上、君みたいな存在になれば、人間にして妖異に触れることは可能だ。つまり、君は何らかの原因で妖力が強すぎる状態ってわけだ。だが、現実問題妖力の強い人間でも十パーセントもいかない。せいぜい、七、八パーセントだね。そんなたいした妖力の持たない人間がどうやって妖異に対抗するのか、それは武器しかないんだ。しばりんが持っている蜘蛛切ってのは源氏の家系に古くから伝わる有名な武器だ。昔大きな蜘蛛の妖異を斬ったそうだよ。ま、それは作り話かもしれない。だけど、そんなのはどうでもいいんだ。重要なのは古さ、有名度、逸話だけなんだ。そもそも妖異自体嘘みたいな存在だ。だからそれに対抗できるのは、嘘みたいな逸話を持つ武器なんだ。だから、その武器には妖異と同じように妖力が備わる。そして、それで妖異に触れられる。というか蜘蛛切の場合は斬れるというのが正しいね。まとめると、妖力は妖力に干渉できるってことだね」

「待て、じゃあ妖異はどうやって人間に干渉するんだ? 僕は何度も人間を襲う妖異を見たことある」

「それはさっき言ったじゃないか、妖力を持たない人間は珍しいって。普通の人間は多少なりとも妖力を持っている。だから、巨大な妖力、というより妖力そのものの妖異がみみかすみたいな妖力を持つ人間の妖力を食らうことなんて造作もないことだよ。で、いよいよ僕が異祓いの王たる所以が分かるわけだ。もう気付いたとは思うけれど、妖力を一切持たない僕は妖異からの干渉は一切受けないんだ。当たり前だろう? 妖異は人間を食らうのではなく、人間の持ってる妖力を喰うんだから」

「それは何となく理解しているが、どうしてそれが異祓いの王なんだ? 確かにどんな妖異もお前には手出しできないようだけれど、それはお前も同じじゃないか?」

「そうだよ、その通りなんだよ、禊君。普通はね。だけど僕は違う。僕は妖異に対する膨大な知識がある。妖異ってのはね、大体正攻法が存在するんだよ。人間は理由を作るために妖異を作ったって言ったよね? だけど、それだけじゃない。その妖異を倒す方法も妄想していたんだよ。だって、ただ悪意を振りまくだけの存在なんて怖いじゃないか。だから、それに対する対処法を用意して安心したんだ。今の人間社会みたいだよね。まるで変わってない。社会の仮想敵を作り出してそれを攻撃し、安心する。同じだ。それと同じことを昔の人もしていたというわけだ。ところで、青鷺火(あおさぎび)という妖異を知っているかい? 君も授業でやってるはずの吾妻鏡(あづまかがみ)にも出てくる有名な妖異なんだ。他にも五位(ごい)()五位(ごい)(ひかり)なんて呼ばれたりするのだけれど、全国各地にある火の玉伝説の一つと考えてもらって構わない。これは夜に青白く光って飛び回っているという妖異だ。特別悪さはしないんだけれど、ある男が『雨の夜なら火は燃えないだろう』といって近づいたところ、なんと青鷺火(あおさぎび)がいる木自体が青く光り出して気を失ったそうだよ。まぁ、これ自体はあまり面白くない話ではあるのだけれど、とある村の伝説によれば弓で射たところ正体は鷺であったという話があるんだ。これこそが正攻法だ。こんな訳の分からない話にはオチがあるんだ。今回のオチは弓で射たところ鷺でしたとさ、とオチがつくのだけれど、このオチというのは非常に重要なんだ。だってこのオチがなければただの怪奇現象として終わっていたはずだ。だが、どっかの誰かさんはこの話にオチをつけた。正体は鷺だというオチを。それ以来、“弓で射る”という、正攻法(オチ)が出来てしまった。だから、青鷺火(あおさぎび)を見たら弓で射るという正攻法があるんだ。嘘か本当かは置いておいてね。重要なのは逸話、妄想なんだよ。一見最強に見える吸血鬼ですら弱点があるだろう。太陽の光、にんにく、聖水、十字架。吸血鬼に出遭ったことがないから分からないけれど、おそらくこれらの弱点は本当に有効だろう。そりゃ拍子抜けするほどにね。それはみんなが妄想しているからだ。そして、そういったありとあらゆる弱点を僕は知ってる。だから異祓いの王なんだ。蜘蛛切みたいな伝説級の武器を使う必要もないんだ。そう、僕ならね」

「一々iPhoneネタ入れるのやめろ」

「だってiPhoneカッコいいじゃないか。指でしゃしゃっと動かすんだろう? ポチポチじゃなくて。欲しいねぇ、iPhone。5が出るとか出ないとか言ってるけど本当なのかね。出たら買おうかな」

「確かにカッコいいけれど残念ながら僕はAndroid派だ。それにもう持っている」

「なにぃ? 裏切り者か! ポチポチじゃないのか! 絶対に禊君は生涯をポチポチで暮らすと思っていたのに!」

「会って間もない奴に裏切り者なんざ言われたくねぇ! しかも、ポチポチバカにしすぎだ! バッテリーの持ちは半端ないんだぞ!」

「あ、そうそう。というわけで、君を助けることは出来ない」

「いきなり話が戻ったのな。はぁ、諦めるか。慎重にこの白線から落ちないように歩いていくとするよ」

「白線?」

「こっちの話だ。それに先輩、ありがとうございました」

「ん? 別に何もしていないけれど……」

「それでも、ありがとうございました」

「そう」

「はは! 相変わらずしばりんは口数が少ないねぇ。まぁ、そこが可愛いんだけれど」

「死ねよ。クソ親父。今度先輩が痴漢にでも遭ったら、犯人が誰であれお前をはっ倒す!」

「おいおい、冤罪もいいところだよ。僕は許可なく触ったりしない。きちんとお金を払う」

「それこそ犯罪だって言ってんだよ!」

「ははは。禊君は面白いね」

「とにかく、死ぬまでに解決方法を見つけることを目標に生きていくよ」

「待ちなよ。助けられないとは言ったけれど、力にならないとは言っていないよ?」

「…………?」

「だから、これからは仕事の合間に君のその特異な体の情報を集めていくと言っているんだ。もちろん、タダってのは無理だけどね。こっちも仕事だから。君にはこれから異祓いの仕事の手伝いをしてもらうよ。情報はその対価だ。どうだい? 引き受けるかい?」

「…………もちろんだ」

「期待しているよ。人間としては不便だけれど、異祓いとしてはその体は非常に優秀だからね。それに二年前のあの事件も絡んでいるんだろ?」

「え?」

「君は気にしなくていい。こっちの話だ。じゃ、また今度」

 斎戒はそう言って鳥居をくぐり境内から出て行った。

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