01.absorb
走る、走る。
擦れ違う他人の視線を気にも留めず、走る。
漸くたどり着いた目的の場所は予想通り誰も居ない。
その事を一瞬確認すると、壁に寄りかかりずるずる、としゃがみ込んだ。
泣くもんか。いくら強がっていても涙は勝手に溢れ出てくる。
泣きたくなんて無い。
だって、それはまるで自分は弱い人間なんだと主張している様なもんじゃないか。
弱い自分に気付くのが恐い。
私はいつも元気で明るい素直な子を演じていなきゃいけないんだ。
ふと、今まで感じたことの無い人の気配と足音。
此処は屋上へと続く階段を登りきった所にある小さなフロアだ。
今日まで何度と無く足を運んだが、一度も人が来たことは無い。
今私は泣き腫らした顔をしているに違いない。
こんな顔見られて、言い振られたらたまったもんじゃない。
どうしようかとオロオロしている間にも足音はどんどん近づいてくる。
顔を見られないように、伏せていても逆に不自然だし、かといって今から階段を下りて行っても擦れ違う時に不審がられるのは確実だ。
またどうしよう、どうしようと悩んでいるうちに、もう足音の主はすぐそこまで来ていた。
もうどうにでもなれ、と開き直ってたった今目の前に来た人物に目を向ける。
目を奪われた。
オリーブ色のような艶のある髪に、瞳の色はただ黒く、肌はただ白かった。
何ともアンバランスの様で、でも違和感は感じない。
不思議な、感覚だった。
「泣いてるの?」
今まで黙ってこちらをじっと見つめていた人物はやっと口を開くとそう言った。
声は高くも無く低くも無く、でも綺麗に澄んで、耳に響く。
私が答えないまま、ぼうっとその人物を見続けていると、ゆっくりこちらに近づいてきた。
「名前教えてよ」
何故か私の横に同じように腰を下ろすと、唐突にそう尋ねられた。
今までの出来事を一切無視した脈絡の無い問い。
「・・・春歌」
少し間の開いた答えに満足したのか、その人物は少し目尻を下げる様に微かに笑った。
初めて見た、こんなに綺麗に笑う人を。
男か女かも分からないけど、そんな事はどうでもいい。
重要なのは、この人物が此処に存在しているという事だ。
性別さえ超えた、魅力がこの人物にはある。
「あ―――」
貴方の名前は?
そう聞こうと口を開いた時、なんともタイミングの悪いことに予鈴が学校中に響き渡る。
すると、隣にいた人物は立ち上がり、此処に来た時のようにゆっくりと階段を下り始めた。
その、意外にもそっけない態度に多少の寂しさを感じた所で、ついさっき知り合った人物にそこまでの感情を抱いた事に驚いた。
もう一度会いたくなる、そんな曖昧な感じ。
寂しさを感じながら、その人物の背中を見送っていた。
すると、急にこちらを振り返り、また見惚れる様な微笑を浮かべながら、
「またね、春歌」
そう言ってまたゆっくりと階段を下りていき、ついに足音が聞こえなくなるまで、私はそこに放心状態で座り込んでいた。
慌てて、あの人物とは違い急いで階段を下り、教室に向かう。
教室に向かって走りながら、あれは夢だったんじゃないかと思った。
あまりに非現実すぎて。
でもいつの間にか、もう一度あの人物に会えることを信じてもいない神様に祈っていた。