お前なんか大嫌い
お前なんか大嫌い
学校の昼休み、教室にて昼食を食べ終えた5人の女子高生が自身のスマホを其々の定位置から取り出している最中だった
「見てー!可愛くなーい?」
ミディアムまで伸ばした巻き髪を揺らし自身のカーディガンから取り出したスマホを4人に向けて掲げた高校生のアヤメに対し、4人はスマホの下で揺れているハート型のキーホルダーを見て黄色い声を控えめに上げた
「うわ!可愛い...」
「これカフェのやつじゃん!」
ハート型のアクリル板に印刷された愛らしいキャラクターに各々が釘付けになるとスマホの持ち主であるアヤメは満足そうに自身の顔の横にそれを寄せた
「ふふっそうです、私遂に行きました」
アヤメが自慢げに見せて来たそれは、現在あらゆる世代に問わず人気なキャラクターだった
最近アニメも始まったせいか人気はさらに加速し、世に出されたグッズは店頭でもネットでも即完売してしまう程熱狂的なファンが多く、ここにいる5人も漏れなくそのキャラクターの大ファンだった
好きなジャンルが同じ5人が集まればグッズの取り合いがはじまる所だが幸運なことに主役を張るキャラクター、主役の横に居るキャラクター、更に時々登場する様なキャラクター含めて5人が好きなキャラクターはそれぞれ違かった
いわゆる推しの被り無し、ガチャや中身が分からない商品を買って推しが出なかった場合はそれぞれの推しキャラを譲るという暗黙の了解が5人の間で出来ている程だった
「良いなー」
「推しワンパンで出たの?」
「な訳ない、お姉ちゃん」
大人気なコンテンツは直ぐにキャラクターに因んだコラボカフェが出る
コラボカフェでは可愛いキャラクターに合わせたメニューが提供され、コラボメニューにはグッズが付く事もある
その中身さえもランダムな場合は推しが出るまで頼み続ける強者も居る為にアヤメの様に遠い目をしながら体重2キロ増えたと嘆いている哀しき存在が生まれることもある
きっと姉の推しが出るまでコラボメニューをアヤメは食べさせられたのだろうと4人は同情した
「あ...あの愛が重めの」
「だからはい、あげる」
アヤメから丸型のアクリルキーホルダーを渡されたカスミは目の前で揺れるキャラクターを眺めてから感謝を込めて両手で受け入れた
「わ!ありがとう...!」
「えー!ずるい!私達の分は〜?」
嬉しそうに手の中に収まる愛らしいキャラクターをカスミが眺める横で猫っ毛のある髪の毛を背中まで伸ばした女子高生サクラが愛らしく不満を漏らす
それを見たアヤメはそっと目を閉じて両手を広げた
「君達の推しは次の愛好資金の糧となりました」
「ぎゃー!!薄情者!」
「仕方ないねー今じゃグッズが出る度に取り合いするから」
悲鳴を上げたサクラを横目に組んだ足へ頬杖を乗せたフジが半ば諦めた顔で苦笑いをすると何かを思い出したであろうランが座っていた椅子に敢えて座り直して口を開いた
「この前のクジの時も私達時間守ってお店行ったのにめっちゃ並んでたよね」
「あぁ、お姉ちゃんがキレ散らかしてた奴ね」
「怒ってたんだ...」
コンビニではキャラクターグッズをクジにして販売するキャラクタークジなるものがあるが、先程から話しているキャラクターも遂にそのクジが販売された
もちろんここに居る5人も販売されるコンビニと販売時間を下調べし、商品が並ぶタイミングを店の外で待った
アヤメの姉が働いているコンビニではそういった物を買う為だけに列を作る事をよしとしていない為に5人は寒空の下でお互いに身を寄せた記憶を思い起こす
当然、その後のクジの結果も満足いかず、回数制限もあった為に推しが出なかったフジが両親に頼み込み、お小遣い前借りで他店を走り回ったという後書きにしてもエグいエピソードがある
大変だったね〜!と笑うフジに誰も目を合わせないまま乾いた笑いが5人の間に虚しく溢れると不自然な沈黙が数秒流れた後に机についた両肘を軸にして上体を乗せたアヤメがカスミに向かって呟きを投げた
「でもアンタのは良いよね〜取り合いって程にはならないから」
独り言を敢えてこちらに向けた様な言い分にカスミは少しだけ違和感を覚える、しかし周りも頷き合う姿に慌てて愛想の良い笑みでアヤメの言葉に頷いて答えた
確かにカスミの推しているキャラクターは前述した時々登場するぐらいの脇の更に脇のキャラだ
反対にアヤメの推しは主人公、愛くるしい見た目が特徴でアニメ化された今は毎話必ずテレビ画面に映る
新作のグッズが出る度に可愛くて欲しい気持ちの前にコンプリートしたい欲が膨らんでしまうせいで毎回アヤメは苦しんでいるのを知っている
今回のカスミに対する言葉はきっと、新商品が出ても自分の様に手に入らないかもしれない恐怖、見逃してはならない焦りと戦わなくて済んで羨ましいと言う恨み節かもしれない
「グッズも少ないし」
「可愛いんだけどね」
貰ったキーホルダーをアヤメと同じくスマホカバーに付けたカスミは嬉しそうにスマホを顔の前で吊るして見せたが、他の4人は手元のスマホから目を離さずに会話を続けていた為にゆっくりとそれを降ろした
最新情報を常に欲するアヤメとフジはきっと公式サイトや関連するSNSを行き来しているだろう
それとは反対に目の前のサクラは呑気な声で美味しそうと溢しながら新作のスイーツを検索し目で食す勢いで画像を眺め、自身の隣に座るランは出品サイトを眺めてはコラボカフェのグッズの値段を見て顔でどうしようと言っている様だった
また謎の静寂が流れカスミがまたスマホを上げようとした所で顔を上げたアヤメと目が合い慌ててスマホを膝の上に置いた
「見た?」
「何が?」
「これ」
アヤメが4人に向けてスマホ画面を見せたその先にはハートの形したカプセルの中で水の上に愛らしいキャラクターがぷかぷかと浮かぶキーホルダーだった
残りの3人の顔が一斉に吸い込まれる勢いでアヤメのスマホ画面に近づき、そこに映るキーホルダーのラインナップを確認する
「え、可愛い!」
「来週の土曜日だって」
「何処で売ってるの?」
「んー?コンビニ」
質問に疑問を持ったアヤメは自身の方に画面を向けて指を忙しなくスクロールする姿に他の3人も商品名を検索して各々堪らないと言った顔をさせた
「欲しいなあ...うわ高い...けど買えなくは無、い」
商品ページを検索したサクラが歯切れ悪く呟くとランも同意見なのか来週かあと呟いた
その声を聞き逃さなかったフジがスマホから目線を離さないまま首を傾げる
「そう?安いほうだよ、中身も分かってるし」
「ランダムはキツイからね」
「最近ランダムは出品アプリ使って買ってるわ」
スマホをいじりながら3人の会話について行くアヤメの器用さにカスミが関心しているとランが驚いた顔でアヤメへと振り向いた
「それこそ高くない?」
「いや、これがさ2、3個買うよりも安く済む事に気づいちゃってさ」
アヤメの言葉にフジが乗っかる形で分かる〜!と同意すると2人で諦めた顔の笑みを見せ合っていた
2人だけで何かを確認し合う雰囲気にランとカスミが横目で目を合わせていると隣で関連ページからコラボカフェのページに辿り着いたであろうサクラがアヤメに向かってこれ味どうだった?と呑気にコラボメニューの感想を求め始めていた
「そろそろ時間じゃん」
フジの呟きで昼休みの終わりに気付いた全員は自然に自身の席に戻る、カスミも集まりに使われていた自分の机の位置を正しく直して椅子に腰掛けると前の席であるランが名残惜しそうにスマホを机の中に押し込み天井見上げて呟いた
「あ〜!シフト増やすかぁ」
ランの呟きを聞き逃さなかったカスミは後ろにもたれて来たランの背中に向かって声を掛ける
「私も増やす」
振り向いたランの顔はどこか嬉しそうである
カスミと目が合うより先に見えた頬の持ち上がり具合からそれを予想したカスミも釣られてはにかんだ
「確定なんだ、一緒だね頑張ろっ」
「うん」
それから1週間後、本日最後の授業が終わった教室でカスミが帰宅準備をしていると同じく前の席で荷物を詰めていただろうランが椅子に座ったまま後ろに振り返った
「明日楽しみ〜!」
肩を上げて笑うランの顔を見て何を伝えたいのか即座に気付いたカスミも同じ様に微笑んだ
「早起きしないとね」
「私朝起きれない!電話して!」
低血圧のランは朝に弱い、学校がある朝はいつもカスミからスマホに着信をかけて起こしている
学校が休みの明日も今日と同じく起こして欲しいと要求される
カスミが苦笑いしながらも良いよと返せばランははしゃいでお礼を伝えるとサクラがトボトボと落ち込んだ様子で2人に近づいてきた
「ねえ最悪...うち今日の夜から家族で出かける事になった」
「なんで!?」
暗い雰囲気のまま報告して来た内容にカスミとランが動揺して同時に大きな声を上げてしまうと声に気付いたアヤメとフジも3人へと寄ってくる
「親戚の叔母が亡くなったって...そこにあるコンビニ田舎過ぎて絶対仕入れてないよー!やだー!」
両手で顔を押さえて悲鳴を上げるサクラに内容が内容なだけに他の4人はお互いに顔を見合わせた
親の勝手な都合で大きな予定変更だけなら文句も一緒に言えたがこればかりは仕方が無い
「あんたのあったら買っておくよ」
フジが落ち込んだサクラの肩に手を置くと顔を覆っていた手を離したサクラは屈託の無い笑顔でフジへと振り向いた
「ありがとう〜!」
頑張りなよとアヤメがフジに声を投げ捨てるがフジが語気を強くし、あったらね!と念を押す様に叫んだ
「休み明け楽しみだね」
3人のやり取りを前に横で微笑むランと目が合ったカスミは明日には無事に希望の物が買えていれば良いなと願った
「売り切れ...ですか?」
「申し訳ありません」
翌日の明朝、外が明るくなって来た時間にカスミは朝食も食べずに家を飛び出した
朝の支度をしながらランに着信を鳴らし5回目に反応してくれたのを確認して直ぐに1番近いコンビニに向かった
しかしカスミの行った頃には既に商品は無く、カスミは簡素に謝る店員に軽く会釈をして店を出た
大人気のコンテンツが出した商品だから仕方が無いと言い聞かせたカスミはスマホを取り出してここから近いコンビニと検索をかけ始めた
「仕方ないよね、他の店も回ろう」
カスミが駆け足で向かったのは徒歩20分のコンビニだ
運動は苦手なカスミが息も絶え絶えで入ったコンビニはアヤメの姉が働くコンビニであった
入店しながら息を整え真っ先に向かったのは子供向けの駄菓子コーナーや玩具コーナーだ
しかしそれらしい物は並んでおらず、むしろ商品の為に場所が開けられていたのか謎な程に他の商品でその棚は埋められていた
「無い…」
まだ落ち着かない息をゆっくり宥める様に息を深く吐き出した後にカスミが後ろへと振り向けばレジカウンター奥に立つ店員と目が合った
確かキャラクタークジの時も居た為にカスミはすがる様に店員へと近づいた
「あの...今日入荷の...」
息が上がり興奮して言葉が続かないカスミはスマホで画像を検索して店員に見せる
店員はカスミが見せた画像を一瞬だけ見てからカスミへと向き直る
「うちの店は...もう無いですね」
「そうですか...」
店員にお礼を伝えて店を出たカスミはスマホでまた他のコンビニを探し、少しだけ足早に歩き始めた
次に向かった先は基本自宅から車でしか行かない距離に立つコンビニだ
カスミが入店すると通りの良いおばちゃんの声がが真っ直ぐにカスミに向かって来たが、目的の売り場へと早歩きで向かい、やはり無い事を確認してからレジカウンター奥に立つおばちゃんに商品があるのか問い掛ける
「あるわよ!」
「本当ですか!?」
おばちゃんは意気揚々とレジカウンターから売り場に出てレジの前に展開された平台に並んだ商品を指差してカスミの顔を見た
「結構出ちゃったけどね」
子供向けの商品だからと駄菓子コーナーや玩具コーナーを見ていたカスミはここにあるパターンかと見落とした自分に恥じらいを覚えながらも目当ての品をやっと見つけた喜びから体を前傾にさせる
しかし、おばちゃんの指差す先に見える箱にはメインを張るキャラクターは既に居なく、カスミの狙っていたキャラクターも残っていなかった
「あ〜...すみません、やっぱり大丈夫です」
落ち込むカスミにそう?と首を傾げたおばちゃんは不思議そうにしながらもカスミに来店した時と同じく挨拶を掛けた
困惑を隠せないまま退店したカスミの足取りは重く次の店を検索しようと握ったままのスマホを顔の前にまで持って行く気力さえも無くなっていた
「...疲れたな」
小さく呟いたカスミはその場で立ち止まり、ようやくスマホ画面を開いてまた近くのコンビニと検索をかけた
カスミはその日近くのコンビニを回って探したが先ほどの店舗同様に売り切れがほぼ残っておらず目当てのキーホルダーは手に入らないまま1日が終わってしまった
休み明けにカスミが落ち込みながら教室に入れば自身の席の周りで既に集まっていたアヤメとランの2人に挨拶を貰う
「おはよう」
「おはよう!買えた!?」
アヤメの上機嫌な声にカスミは悟られない様に歯を食いしばった
カスミがわざとらしくスマホにぶら下げたハート型のカプセルをカスミに見せてきたからだ
朝イチにカスミの席に集まって来たのはきっとグッズを手に入れたから見せびらかしたかった彼女の下心だろう
それに気づいてしまったカスミはあえて冷静に察し、今それに気付いてあげる
「それ...」
「ふふっ可愛いよねー!」
アヤメは嬉しそうにハートのカプセルを摘んでは中で揺れるキャラクターを眺める姿にカスミは先に出た嫌な感情が口からこぼれない様に息を止めて唇をギュッと結んでからゆっくりとアヤメの言葉に返事をする
「買えたんだ」
「見てよー!可愛すぎる!」
次に教室に入って来たフジが真っ先にカスミ達に駆け寄り、またしてもスマホにぶら下げたハートのカプセルを見せて来た
カスミの席に座っていたアヤメが興奮しながら立ち上がり可愛すぎるとフジの見せて来たそれを眺め始める
お互いにキャッキャするアヤメとフジの姿を見て、ランが良いなあと呟いた為にカスミは首を傾げた
「あれ?買えなかったの?」
「何処も売り切れだったよ」
「残念」
カスミとランの2人は、だよねとお互いにがっかりする
大人気なキャラクターだから仕方ないと落ち込んだがランがアヤメとフジによく買えたねと何の気なしに話しかけるとはしゃいでいた2人はお互いの顔を見合わせてから座っているランを見下ろした
「そりゃあ並ぶ瞬間まで店の外で待ってたからね」
「外で?見えなくない?」
「見える店リサーチしたの、常識でしょ〜?」
客待機してると出さない奴いるじゃん?と意地の悪い顔をするフジにお前の考えすぎだからとケラケラ笑うアヤメ
あっさりと流されたフジの発言にカスミとランの目は大きく見開かれた
「え?」
「もしかして夜中に...?」
「そうだよ」
あっけらかんとした顔のフジ、早起きしてまで店舗を回ったカスミとランは数秒顔を見つめ合った為に4人の間に沈黙が流れたがゆっくりと教室に入って来たサクラが4人の後ろから声を掛けた
「それ、駄目じゃない?」
思わぬ刺客に反論する構えだったフジが言葉を詰まらせるが無垢なサクラの瞳と目を合わせてから動揺しつつ言葉を返した
「なんでよ買えたから良いじゃない
アンタは買えないって言ってなかった?」
休みに入る前に周りにコンビニがほぼ無い親戚の家に行くと嘆いていたサクラだったがサクラの鞄には話の渦中であるキーホルダーがぶら下がっていた
じっとりとフジに睨まれてもサクラは思い出した様に鞄を4人に見せて明るくそれを自慢する
「そうそうそう!あのど田舎のコンビニリニューアル?してて開店したばかりだったから店長が本部の人の押しで入れたって開けたて新品のままあった」
「わ!箱で買って来いよ!」
「お金ありません」
「そうだ、この子お小遣い制だった」
駄目だと頭抱えていたフジは黙っているアヤメへと向き直る
「アヤメは?やっぱりお姉ちゃん?」
自分だけ悪者になりたく無いフジがアヤメに砕けて話掛けたつもりだがアヤメは眼球だけフジに向けて動かしてから明らかに能面の顔でスマホをいじり始めた
「頼み込んだよ...姉ちゃんの分もお金出すって言って!」
「え?」
「良いなあ〜!コンビニに身内働いてるの」
悔しそうに唇噛み締めるアヤメにフジが困惑した顔で明るくフォローするがアヤメは黙ってろって言われたのに...とわざわざ嫌味たらしく吐き捨てた
はっきりと言葉にしない2人だが明らかにコンビニ側に頼んで自分達の分を売り場に出さない様にしただろう事がカスミには理解できた
同じくランも取り置きをして貰ったアヤメに対して何かを言いたそうにしている
手に入らなかった悔しさからその眼差しは直ぐにアヤメに気づかれてしまい反対にアヤメから怪訝な眼差しを2人は向けられる
「何?」
「いや、良いなあって」
冷たいアヤメの声に5人の間に沈黙が流れアヤメの隣に立つフジの顔が強張る
次の言葉次第でアヤメの機嫌を完全に損ねるとサクラ以外が焦る中真っ先にランが当たり障りない声音で引き攣った愛想笑いを作った
明らかなご機嫌伺いだったがアヤメは消化しきれない感情を捨てて切り替える様にスマホの画面をいじり始めた
「出品アプリ見たら?あるんじゃない?」
アヤメの投げ捨てたセリフに3人がスマホを取り出して言われた通り渦中のキーホルダーを検索すれば現行価格よりも倍の金額とあの欲しかったキーホルダーがスマホ画面にそれぞれ並んでいた
「高...」
値段を確認したランが青い顔で本音を声を漏らすと4人の会話を見守っていたサクラは自身の席に荷物を置いてカバンの中身を机の中にしまい始めていた
視界端でそれを眺めていたカスミも鞄を机の上に降ろすと出品サイトを眺めながらも雑にスクロールをするフジがふーんと他人事な声を上げる
「送料と手数料考えたら妥当じゃない?」
「バイト代出たばかりでしょ?なら買えるじゃん」
「この値段かあ」
適当に答えるフジに悪意含めてカスミとランに提案をするアヤメ、その言葉に揺らぐラン
3人のやり取りにカスミは悩んだフリをしながら椅子に座り鞄を開いてゆっくりと荷物を解いた
ただただこの場の時が早く流れるのを願った
その日からカスミは出品サイトを眺めては値段を確認する毎日を送っていた
カスミの狙いとしては希望のキーホルダーを現行値段と送料を足した金額で販売している物を買いたかったが出品サイトに並ぶそれらは値段が下がるどころか値段にが3倍にまで膨らんだ物、箱買いして倍どころではない値段を付けたものまで目につく様になりカスミの心境は大いに揺らいだ
発売されたばかりの商品は全員が奪い合う形になってしまう為に幾らか強気な値段でも買って行く人がいる為に売る側も値段は中々下げない
それを分かっているカスミだが、やはりキーホルダーの画像を眺める度に購入ボタンまで泳ぐ自身の目線に手に入れたい欲が上回り始めている事を自覚していた
「...どうしよう」
一度だけ購入ボタンを押したカスミは支払い方法まで飛んだスマホの画面を眺めた後にそのままブラウザページを上にスワイプして目の前から消す
消えて自身のホーム画面に並ぶ出品サイトの数々を眺めながらおでこにスマホを当てては肺の中に溜まった消化不良な感情を吐き出す様に息を長く吐き出した
「やっぱり駄目だよね」
カスミの最後の理性が購入意思を抑えてくれた為にじわじわと込み上がる欲しくて堪らない、惜しい感情をゆっくりと受け止めつつカスミは学校に向かう支度をして自身の部屋から出て行く
学校に向かう途中も何度か出品サイトを開いては納得いく値段の品が出ていないか確認していたカスミは無意識に学校前まで辿り着いており自分よりも先を歩くフジ、アヤメ、サクラの3人の背中を見つけて近付こうとカスミは歩を早めた
「てかアイツらの私達買えなくて可哀想オーラウザくない?」
しかしアヤメの声が聞こえた途端にカスミは足を止めて目の前の3人の後ろ姿をジッと見た
アヤメが話始めた内容に引っ掛かりを覚えたからだ
「え?そう?そんなの出てた?」
「出品アプリでも悩んでたよね〜お金出せば買えるのにさ、可愛いからこれぐらいならいくらでも出せるわ」
首を傾げたサクラに対して少しトーンの下がったフジの声がアヤメの話に乗り掛かるとアヤメも何処か呆れた声のまま話を続けた
フジとアヤメが話しているのはグッズを買い損ねた自分とランに対する不満だろうか
3人の前に出るタイミングを失っていたカスミはアヤメ達に気付かれない様、少し距離を取って話し声に聞き耳を立てる
「だよね、突っ立ってるだけでゲット出来るモンじゃないのはこの前のファミレスで学んだじゃん」
「あれやばかった!私達5人も居たのにさグッズ被りまくってコラボメニューも高かったから先月キツかった〜!」
「スティックパンで弁当代浮かせてたよね?」
フジとアヤメとサクラは親にお小遣いを貰ってやりくりしている為に欲しいグッズがある場合はお昼ご飯を安く済ませている時がある
この前のコラボで痛い目に遭っている3人の声は自身の苦労を思い出してしみじみしたモノになる
「他の客も食べられる訳もないのに大量に頼んでたのやばかったよね」
「私達の隣に居たコンプ勢でしょ?」
「箱推しキッツ〜!まあ私達は誰も推し被り無しで、どの子も無駄にならないから助かるよね」
フジの言葉にカスミは息を大きく吸い込めば続く様にアヤメが分かると頷いた
「出品アプリも労力使うからやりたく無いし、売れなくて溜まった要らない子押し付け合わなくて済むからね」
助かるわと言い切ったアヤメにフジもいらない子は言い過ぎじゃない?と笑って柔らかくアヤメに伝えるが反対にアヤメからアンタはアレ欲しい?と自身のスマホを持ち上げて揺らしていた
アヤメの目の前ではあのハートのキーホルダーが揺れているが、きっとアヤメが伝えたいのは先日にアヤメから自分が受け取ったアクリルキーホルダーの事だろう
言いたい事を察したフジは数秒黙った後に要らないかもと弱々しく答える姿にアヤメは予想していただろうフジの姿を見て鼻で嘲笑する
そのやりとりを後ろで見ていただけのカスミの身体中から不自然に汗が湧き上がり握っていたスマホを胸の前に持っていき両手で握りしめる
「あれー?」
カスミが自身のスマホの下で揺れるキャラクターと目を合わせていると突然耳に入って来たサクラの声に顔を上げた
「えへへ」
顔を上げたカスミの目線の先ではアヤメ達に駆け寄ったランが3人と同じくハートのキーホルダーをスマホに下げ、アヤメ達に見せている所だった
あんなに手に入らないと嘆いていたはずのランさえもグッズを所持しているショックからカスミの口から小さな声が漏れるが目の前の4人はキーホルダーに夢中でカスミの声は届かなかった
「わ!買ったんだ!」
「その子も可愛いね」
「高いからすっごく悩んだけど買って良かった」
嬉しそうに話すランだったが自分達と少し離れた先でカスミが立ち尽くし話を聞いている事に気づいたランの瞳は一瞬だけ大きく見開かれた
お互いに見つめ合い固まったカスミとランだったが2人の間ではしゃぐサクラに意識を向けたランはカスミから顔を背けた
「お揃いになったね〜!」
「アンタ1人はなんで鞄に付けているの?」
「お風呂入る時外すの面倒だから」
「大きいジップロックに入れなよ」
「え〜面倒...」
ランに存在を無視されたカスミはその場でよろめきそうになる足を一歩後ろに引くとそれ以上前に進む気力を失ってしまった
しばらく立ち尽くしたカスミだったがそのままカスミを置いて歩き始めた4人に対してカスミも後ろへと振り向き4人に背を向けて走り出した
学校に向かって歩く人達を避けながらカスミはひたすら学校とは反対に走り続けた
呼吸の仕方も分からなくなる程に足を動かし今にも叫びそうになる衝動を抑え込んだカスミの行き先は自宅だった
駐車場にはまだ仕事に出ていない母親の車が有り自分が帰宅したら確実に学校をサボっている事がバレてしまう
いつものカスミなら絶対に母親に叱られると怯える所だが今のカスミはそれさえも考える事無く鍵のかかっていない玄関の扉を開けて靴を脱ぎ捨て勢いのまま自身の部屋のある2階に向かって階段を駆け上がる
「おかえりなさーい」
自室の扉を閉める直前に娘が帰って来た事に気づいたカスミの母親の声が呑気に伸びて来たがカスミは乱暴に扉を突き閉める
「カスミー?」
1階から聞こえる母親の声を扉越しに感じながらカスミは扉に自重を任せて瞳を閉じて自身の荒れた呼吸を正す
ゆっくりと落ち着いて来た呼吸を感じながらカスミが瞼を上げるとカスミの部屋には大量のぬいぐるみ、ポスター、Tシャツ、置き物が埋め尽くす様に飾られていた
沢山あるグッズは全てカスミ達の大好きなあのキャラクターだがこの部屋は全てあるキャラクターのみで埋まっていた
カスミはこの部屋に唯一存在するスマホ下のキーホルダーのキャラを見て眉間に皺が寄る
カスミにキーホルダーをくれたアヤメの顔が浮かび、次にアヤメのスマホで揺れていたハートのキーホルダーが頭を過ったカスミはスマホを掴んで力任せにベッドへと投げつけた
「私だって欲しかったのに...!」
そう、カスミはアヤメと同じキャラクターが好きで誰にも内緒でひっそりとその子のグッズを揃えていたのだ
カスミも初めはこの事実を内緒にするつもりは無かった
アヤメ達と仲良くなれたのは高校入学時にアヤメがスマホに付けていたこのキャラクターのおかげでもある
「この子可愛いよね」
きっかけは自身の隣の席に座ってスマホをいじっていたアヤメにカスミが意を決して話しかけたのが始まりであった
「可愛いよねー、誰推し?」
本当に些細な気遣いからだった
同担、同じ推しが被るのを嫌いだという子も居る
のを知っていたカスミはアヤメが同担を嫌いかもしれないと衝突を避ける為に咄嗟に出た
「私はこの子」
この時の嘘が今もカスミを苦しめていた
アヤメは別に何も悪く無いのだ、カスミの部屋を埋め尽くすアヤメの推しであるこの子だって、カスミが咄嗟に嘘をついて好きだと言ったあの子だって全く悪く無い
しかしカスミの矛盾した苛立ち、自分の方がこの子を好きなのにこんなにグッズを持っているのにどうしてひたすらに隠していかないといけないのか
どうして私だけ、ここまで苦労しないと推しのグッズが手に入らないのか
「...!」
勉強机にあるはさみを掴んだカスミはクッションに向かってそれを突き立てようと腕を振り上げた
振り下ろそうと息を大きく吸い込んだカスミはしばらくクッションのキャラクターと見つめ合った末に上げていた腕を静かに下げる
分かっている、この子に八つ当たりしてもあのグッズは手に入らない事を
自身の気持ちなど知らずにグッズを簡単に手に入れて自分達だけ幸福を感じているあの4人の姿を思い出したカスミは反対に湧き上がるただただ虚しい心の中を憎む様に目の前のクッションを睨みつける
「お前なんか大嫌い」
大好きなキャラに囲まれた憎悪の言葉は何処にも届かないままカスミの部屋の中で静かに消えていった




