まずは旅の準備から
「うむ、よろしい!」
満足げに頷くフィオナ。勢いに押されて、旅の同行を許してしまったけれど、僕の心配性な性格が顔を出す。
「……あの、フィオナ。僕が目覚めたとき、……その。不気味じゃ無かった? 一度死んだ人間が蘇るだなんて、ゾンビみたいで気味悪かったんじゃないかって、心配で」
俯きがちに尋ねる僕に、フィオナは首を振る。
「そんなこと無かったよ。何も無かった所に光の粒が集まっていって、目を開けていられないくらいまぶしく輝いたと思ったら、水樹くんが眠っていたの。神様が降臨するときってこんな感じなのかなってくらい、幻想的だった」
「光の粒!? かっ神様!?」
大層な例えをされて、僕は思わず声を裏返した。
「そうだよ。少し前からこのあたりに光の柱が立ち昇っていたの。魔力が強い人にしか見えない、特別な光。それを見て、そろそろ水樹くんが戻ってくるんだって確信したんだ」
フィオナは屈託なく笑い、続けた。
「私ね、ずっと前から近くの町で生活して、あなたが目覚めるのを待っていたんだよ。……昔、王様から聞いていたの。いずれこの場所で水樹くんが指輪の力で蘇るってね」
エルフ、高い魔力、そして王様から直接話を聞いていたという事実。フィオナは何か特別な血筋だったりするのだろうか。でも、そんな踏み込んだことを聞く間柄じゃないし、僕は質問を続けることにした。
「……あと、もう一つだけ。今の僕は、何歳くらいに見える? 指輪の力で若い姿で蘇ることは分かっていたんだけれど」
鏡もないこの場所で、僕は自分の顔を触りながら尋ねた。
「私は人間の年齢に少し疎いかもしれないけど……そうね、十五歳くらいに見えるかな」
「十五歳……」
この世界に転移したときと変わらないくらいか。死の間際は随分高齢だったはずだから、不思議な感じだ。
「……ありがとう。今の状況を把握できたと思う。じゃあ、旅に出る前に、少しだけ準備をさせて」
僕は工房の奥へと向かった。そこには、特殊な魔力封印が施された地下倉庫への扉が眠っている。指先に魔力を集め特別な魔法陣を描くと、重厚な石の扉がゆっくりと動き出した。
「わぁ、こんな所に扉があったの? 全然気づかなかった」
そして、数十年ぶりに、倉庫の中に足を踏み入れた。
「まずは自分の身を守るうえで、武器は欠かせないから……これにしよう」
手に取ったのは、一見すると何の変哲も無い二振りの双剣――『二重の双剣』だ。
「それはどんな武器なの?」
「使い手が感じる重さは羽のように軽いけれど、斬られる相手は、使い手の技量に応じた重さを感じる剣なんだ。今は普通の剣士と同じくらいの重さになると思う。僕が上達すれば、岩のような重さに到達するはず」
次に。薄く透き通る素材で編み込まれた衣服『泡沫の衣』を手に取る。
「防具はこれ。表面に目に見えない微細な泡が常に生成されていて、衝撃や熱なんかを無効にしてくれる」
「水樹くん、やっぱり只者じゃ無かったんだね」
フィオナが半ば呆れたように呟く。最後に、棚の隅で鈍い光を放っていた黒い指輪『黒渦の指輪』を指にはめた。
「これはアイテムボックスのように使えるんだ。町でもそういう鞄が売っているだろうけれど、これなら容量も大きいし、中の時間は止まったままだからね」
「完璧じゃない! それだけあれば、今すぐにでも出発できるね」
フィオナが弾んだ声で言う。しかし、僕は倉庫の隅々を見渡し、困ったように眉を下げた。
「……いや。武器や指輪はあるけれど、案の定というか、なんというか。肝心なものがないんだ」
「どうしたの?」
「最低限、野宿に必要な鍋とかテントとか、そういう『生活の道具』が一つも見当たらない。ここは失敗作をしまう場所だったからね」
「え? これで!? この子たちが失敗作なの? なんで?」
「僕以外が使っても効果が現れなかったんだ。原因は分からず終いだったけれど」
僕は『二重の双剣』の一振りをフィオナに手渡す。両手で受け取ったフィオナは、ずしりと重い物をもつ姿勢となった。
「うわっ、重っ! ……え、水樹くん、これ本当に羽みたいに軽いの?」
「そう、こんな感じでね」
僕は片手で剣を軽やかに振り回す。
「へ……へぇ~。こんなことがあるんだね」
信じられないといった様子で重さを確かめてから、僕に剣を返した
「生活道具なら大丈夫! まずは町に行って、私の家に寄らない?」
フィオナが明るく笑って、僕の背中を軽く叩いた。 僕は改めて『黒渦の指輪』に必要な武具を吸い込ませ、未練を断ち切るように地下倉庫の重い扉を閉めた。




