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私の好きな人の正体が”天狗”かもしれない話

作者: お茶菓子
掲載日:2026/01/17

放課後の図書館。窓際の閲覧席は私の特等席。


なんとなく手に取った本を片手に外をぼんやり眺める。

手元の本の内容はまったく頭に入ってこない。けど、それでいい。


だって私がこの閲覧席に座る理由は、本を読むためじゃなく、外を見るためだから。



私の趣味は人間観察。



生徒たちが思い思いの放課後を過ごす様子をここから眺めている。


左の方を見ると、帰宅する生徒たちが校門に向かって歩いている。

正面のグラウンドでは、陸上部の男子たちがウォーミングアップをしている。

テニス部の女の子たちはかわいいウェアをひらめかせながら、きゃっきゃと談笑中だ。

教育実習生はたくさんの教材を抱えて、必死に先生の後を追っている。あ、こけた。


その脇を、颯爽と走り抜ける小柄な男子生徒。これは最近よく見る光景だ。


この後、絶対来るんだよな……。


ほら、来た。


竹刀を持った鬼の形相の塚田先生。

皆から、つかやんと呼ばれて親しまれている数学の先生。

今時、竹刀って……と思うが、本人は「これは差し棒だ。まっすぐ線を引くのにも使える」といって持ち歩いている。

つかやんがその竹刀を生徒に向けてるのは確かに見たことがないが、あんな体格のいい大男が竹刀を持って歩いている姿はかなり怖い。


男子生徒の走る姿は颯爽としているものの、顔は必死の形相をしているのが見える。


あはは。おもろ。


つかやんは、転んでいた教育実習生の横で急停止した。

助け起こし、教材を拾うのを手伝っている。

優しいんだよなぁ、つかやんって。

これだから生徒たちもなんだかんや、つかやんに懐いているのだ。


そんなこんなで追いかけられていた男子生徒はあっという間に視界の外に逃げおおせたようだ。

ふむ。今日も逃げきったか。

いやぁ、いつもいつも、あの追いかけっこはアクション映画を観ているようで面白い。


あっ、陸上部の中等部1年坊主がテニス部のマドンナに声をかけた!


なんだなんだ、お姉さんに憧れちゃったのかな?

かわいいもんな、テニス部のミクちゃん。

でも残念。先週、高等部一のイケメンと名高い先輩のお誘いを断ったらしい。

去年まで小学生だったかわいらしい坊やに勝ち目なんて、ないない。


……え、ミクちゃん、ついて行った。えぇ!


思わずがたりと席を立ち、2人が歩いていくのを見守る。


ミクちゃん、もしや年下派……?うわぁ……気になる。


ぎりぎり見えるとこで止まってくれないかな……。



ちりんちりん



鈴の音が鳴る。図書委員の呼び出しのベルだ。こんないいところで……。

後ろ髪をひかれながらもカウンターに戻る。

そこにいたのは、肩でぜえぜえと息をする逃走犯。


高校1年3組、風間翔太(かざましょうた)だった。


「あっ、図書委員。えっと、桐谷(きりたに)ちゃんだよね!俺1年3組の風間。今日、辰木(たつき)いないの?」


「辰木君は、家の用事で早く帰ったよ」


「なんだよあいつ間が悪いな……ごめんなんだけど、至急、映像室開けてくれない?」


「映像室は3日前までに予約がいるんだけど?」


「そこを何とか……!」


「はぁ」


逃走犯が図書館に逃げこんでくるという急展開!

たまに辰木君が映像室借りてる記録があったのは、こういうことだったのか。


なるほどなるほど。面白いから、開けてあげよう。

後でばれて怒られたら私のせいだ。


「はい、映像室Cの鍵だよ。隣の映像室Bで映画研がタイタニック観てるから、静かにね」


「うんうん、サンキュ、桐谷ちゃん。恩に着るよ」


鍵を受け取るやいなや、風間翔太(かざましょうた)は映像室に吸い込まれていった。


わが校の図書館の奥には映像室なるものがある。

学生の教養を深めるために、映像資料や映画を観ることができる小部屋だ。

原則、3日以上前に予約する必要があるが、まぁ空いてたし、匿うのおもしろいし、別に貸してあげたっていいだろう。


図書委員の仕事中だろう辰木君が映像室借りてるの、なんでだろうって思ってたけど、こうやって定期的に風間君を匿ってあげてたんだとしたら納得だ。

映像室で昼寝でもしてサボってるのかと思ってたわ。なんかごめん、辰木君。


さっさと部屋にこもってしまった風間君の代わりに、予約表には私の名前を書いてあげよう。


映像室C、高等部1年2組、桐谷(きりたに)詩乃(しの)っと。


いつも見ていただけの逃走劇に加われた気がして、テンションがあがる。


ふふふ。私も共犯者だ。


スパイ小説でも読もうかな。確か「ジェームス・ボンド」シリーズの小説が英米文学の棚にあったはず……。



カウンターから映像室の方を気にしながら本を読む。



16時半、何人かの生徒が本や参考書を借りに来た。

17時、家庭科の田中先生が古い雑誌をもらいに来た。

17時半、司書の先生が顔をのぞかせに来た。今日はもうお帰りですか。

18時、映画研の面々がボロボロ泣きながら出てきた。あれは泣くよね。分かるよ。


18時半、下校を促すアナウンスが鳴り始める。

風間翔太はまだ部屋から出てこない。


映像室に近寄って様子をうかがう。何も聞こえない。


こんこんこんとノックをしてみるが、応じる気配はない。


仕方ない。開けてみるか。


そっとドアを開けると、ソファに寝っ転がっている姿が見えた。


「風間くん……?」


返事はない。しっかり寝てしまっているのか。さらに近寄って声をかける。


「下校時間だよ。起きて。ねぇ」



反応がない。すやすやと夢の中のようだ。


あらまぁ、かわいらしい寝顔ですこと。


つんと先端までとんがった生意気そうな鼻。男らしくも華奢な輪郭。普段は悪戯気な色を浮かべているその目は閉じられ、長いまつ毛がよく目立つ。


いけない、いけない。起こさないといけないんだった。


そっと肩に触れようとした瞬間。バッと手を掴まれた。


「なぁに見てるの?」


急なことに声が出ない。彼はニヤリと楽し気に笑っている。


「びっくりした?ね、びっくりした?逆寝起きドッキリでした!いえい!わ、桐谷ちゃん驚いた顔かわいい。って、もう18時過ぎてるのか。帰るべ帰るべ」


さっきまで寝ていたとは思えない軽やかな動きで起き上がり、机の上をあっという間に片付けると、背伸びをしながらドアのほうへ向かった。


ドアに手をかけた状態で、ふとこちらを振り返り、にっこりと笑う。


桐谷詩乃(きりたにしの)ちゃん、ね。またよろしくね~」


ぽつんと静かな図書館に残されると、いつもの本の匂いの中に、どこか木々や風を思わせる外の匂いがほんのり混じっている気がした。






風間翔太がよく視界に入るようになった。図書館で人間観察している時も、廊下を歩いてる時も、教室から外を眺めている時も。いつ見ても彼は楽しそうに誰かと戯れている。

こちらも眺めていて楽しい。


たまに、生き物と戯れていることもある。

どこからか入ってきた野良猫と草で遊んでいたり、鳥や池の魚に餌をやっていたり。

カラスと何やら見つめあっている様子を見た時は、攻撃されないかと心配したけど。






図書館の特等席でいつもどおり、ぼんやり外を眺めていると声をかけられる。


「ねぇねぇ、何見てるの」


「うわぁ、びっくりしたぁ……えっと、外……?」


「外の何見てるの」


「えーっとぉ……あの、風間くん、さっきまであそこの階段のとこにいたよね……?いつも思ってたけど、移動してくるの早すぎない?」


「おれ、足速いから!」


自慢げにニッコリと笑う笑顔が眩しい。今日も風間くんからは外の匂いがする。


「おれ、足速いし、スポーツ万能だし、顔いいし、最強なんだよね」


ドヤァと効果音がつきそうなくらいのドヤ顔だ。


「天狗になってる」


「はは、いやぁ鼻が伸びちゃうな〜」


「でもほんとに、こないだ張り出されてたスポーツテストの結果、よかったよね。すごいなぁって思ってた」


「え!見てくれたの!しのりんみたいに勉強はできないけどね」


「私のこと、しのりんって呼ぶことにしたの?」


「そう、しの……」


「いやぁ、田中先生!今日は天気がいいですねぇ!」



図書館の入り口の方から、馬鹿でかい声が聞こえる。つかやんこと、塚田先生の声だ。


「うわ、やばい、ここまで追ってきてたか……しのりん、ちょっとごめん」


言い終わるやいなや、手首を引かれた。


次の瞬間、壁際に寄せられたカーテンに包まれる。風間くんと一緒に。


え。いやいや、ちょっと待って、待って……。


カーテンの埃っぽい匂いが鼻をかすめ、同時に風間くんの外の匂いが混ざる。

肩や腕が触れて、じんわりと体温が伝わってくる。

距離の近さに思わず息が詰まる。


目の前に首筋があって、思わず、頬が熱くなる。


「田中先生!こっちにはいなさそうですが、どちらで風間を見かけたんですか!あ、声が大きい。失礼しました!」


つかやんが歩き回っているのが分かる。声大きすぎだろ。田中先生に怒られてやんの。


必死につかやんの動向に意識を向ける。

そうでもしないと、どうしていいか分からない。

気持ちの逃げ場はあっても、体の逃げ場がない。


これ抱きしめられてるのと変わらないっ……。


風間くんはというと、集中して耳をそばだてている。

稀に見る真剣な顔だ。


ふと、何かに気づいたように外を見る。


空気が変わったような気がした。窓の向こうに何を見てるんだろう。


閉じた窓の向こうから、カァカァとカラスの声が聞こえる。


もう夕方か。


カラスも山に帰る頃よね。


「ふぅん、もう行ったか」


ぬくもりがすっと離れる。


名残惜しいような、ほっとしたような。


ようやく、息ができた。


「つかやんってほんと、しつこいん……よな……」


風間くんは、私の顔が赤くなっているのに気づくと、ほんの少し目をそらして、照れたように肩をすくめる。


「ねぇ、私まで隠れる意味あったかな」


「えと……なかった……かも……ね。はは。はははは……ごめんっ!」


踵を返して駆けて行く。間近で見ると、とんでもない早さだな。






遠足の日。

うろこ雲が空いっぱいに広がっている。程よく晴れた、遠足日和の天気だ。


行き先は、紅葉のきれいな小高い山。

近年映える観光地として人気になり、土日祝日は大名行列のような登山客の列ができるという。


集合場所で点呼のために列に並んでいると、後ろの方から声が飛んできた。


「たつきー」


振り向くと、風間君が辰木君に後ろから抱き着く瞬間だった。


「うおっ!お前急にアタックしてくんな、あぶねぇだろ」


「怒んナッツ~あとでお菓子交換しような~」


朝から元気だなぁと、私はその眩しい笑顔に思わず微笑んだ。


「お、しのりんもおはよう!いいカメラ持ってんじゃん!」


「おはよ。せっかく紅葉見に行くなら写真撮ろうと思って」


「いいねぇ。俺のことも撮ってよ!」


「風間、お前多動すぎて被写体には向いてないんじゃねぇか?」


辰木君言えてる。思わず吹き出してしまう。


「詩乃は、私の専属カメラマンなんですぅ。取らないでください~」


クラスメイトの鈴原小春(すずはらこはる)が腕を絡めてきた。


「っな!鈴原、お前しのりんを独り占めはずるいぞ!」


キャンキャン言い合いが始まった。小柄なもの同士のいがみ合い、かわいい。


「かーざーまー!お前だけバスに乗せずに走らせるぞー」


三組のバスの乗り込みが始まったようで、先生が呼んでいる。


「あ、やべ、またな」


飛ぶような速さで走っていく風間君。嵐のようだった……。


「ふん!詩乃は小春のだし」


「そうだね。いっぱい小春の写真撮ろうね」


「うん!ツーショットも撮ろうね!いい自撮りポーズいっぱい用意してきたんだぁ」


既にご機嫌の小春はSNSのお気に入り写真を次々に見せてくる。


そんなこんなでバスで山のふもとまで移動した私たちは、班ごとに登頂を開始する。


登山道に覆いかぶさるように枝が伸びている。

鮮やかな紅葉の中に、まだ夏の名残のような青々とした葉も残っていて、そのコントラストがなんとも美しい。


急な坂を上りながら時々立ち止まってはシャッターを押す。


もうすぐ登頂というところで神社についた。

一応参拝しておくか、と大きな門をくぐる。


門の先には、二つの大きな天狗の像が建っていた。

ぎょろりとした目が上からこちらを射抜くように見ている。

羽を広げた堂々とした立ち姿がかっこいい。


「しの~早く行こうよ。もうお腹すいちゃった」


「あ、ごめん。そうだね。早くお昼食べようね」


山頂につくと、もうお昼を食べ終わったのだろう男子たちがはしゃいでいるのが見えた。


おなかが減って不機嫌な小春をなだめながらお昼を食べる場所を探し、植え込みの縁に腰を掛けて班のみんなで並んでお昼を食べる。


「はぁ。ちょっと、お昼寝……」


お昼を食べ終えて早々、小春がその場に体を倒し、寝息を立て始めてしまった。

こうなっては、しばらく起きない。


「辰木君……。」


「あぁ、はいはい、写真撮りに行きたいんでしょ。俺はここで本読んでるから、ついでに鈴原のこと見とくよ」


「ありがとう。任せた」


辰木君の言葉に甘えて、周辺の写真を撮りに出かける。


山頂の空気は澄んでいて、とても気持ちがいい。

薄い雲が浮かんだ空と秋色に染まった木々はどこを切り取っても絵になる。


夢中で写真を撮っているうちに、少し山頂から離れてしまったようだ。

あとちょっとだけ、ちょっとだけ撮ってから……とカメラを空に向けてファインダーに目を当てる。


いい画角を探っていると、足がずるっと滑る感覚がした。



―――やばい、こけるっ



その瞬間、視界に影が落ちた。人が落ちてくる。


風にあおられ、背中に黒くて透けるような、羽のような影を伸ばして。


時間が引き伸ばされたみたいに遅くなる。


さぁっと吹き過ぎる風の音が遠くに聞こえる。


反射的にシャッターを押した。


軽い音を立てて着地したその人物は、そっと体を支えてくれた。


「よっ。しのりん、大丈夫?」


風間君が体勢を整えるのを手伝ってくれる。


「……今……」


喉まで出かかった言葉を飲み込む。


見間違いだ。

そう思おうとしたのに、さっき見た、あの天狗の像が脳裏に浮かんだ。


羽を背負った堂々とした姿……。


「しのりん?」


風間君が、不思議そうに首をかしげる。


「どうした?」


……言えない。


「……いや、何でもない」


そう答えると、彼はあっさり笑った。


「なにそれ。変なの」


そのまま、また上を向いて歩きだす。


「しのりんってば、俺のかっこよさに痺れちゃったんじゃないの~。

あ、さっき、鈴原がしのりんはどこだって騒いでたぞ」


彼の後を追いながら、胸のざわめきが止まらない。

心臓がどくどく音を立てる。


不思議な光景を見てしまったから?助けてもらったから?笑顔が眩しいから?

分からない。理由は分からないけど、一つ確かなことに気が付いてしまった。




「……そう、しびれちゃった」



「へ?」



思いがけない言葉だったのか、風間君がきょとんとした顔で振り返る。



「しびれちゃった!風間君がかっこよくて!」



びっくりした様子で目を見開いた風間君の顔が、真っ赤に染まっていく。


その素直な反応に思わず、吹き出してしまった。



「あはは!天狗みたい!風間君、早く行こ!」



風間君の手を掴んで、走りだす。



「えっ。ちょっと、しのりん!えっ!」






これは、好きな人が天狗かもしれない、そんなお話。


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