表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
占探堂  作者: 月の都。
9/11

第八話『硝子の霊安室・後編』



「生きたまま……?」


宗方の声が低く響いた。


「ええ。私の白眼が視た“死の痕跡”は、曖昧でした。はっきり“亡くなった”と視えなかったんです。つまり、彼女は……その時点ではまだ生きていた可能性がある」


結月の言葉に、澪は唇を噛んだ。


「そんな……でも、誰がそんなことを……」


「“間違って”遺体を入れ替えた者。いや、恵理さんの遺体を“そう見せかけて”ここにしまった者がいる」


病院内に残された記録と監視カメラ映像を調べた宗方が告げる。


「霊安室に一番長く滞在していたのは、看護部長の鷲尾わしおという女だ。事故直後も一人で出入りしている時間がある」


「鷲尾部長は、院長夫人と非常に親しい間柄だったと聞いています。というより……」


「鷲尾が看護部長に昇進した背景に、院長と院長夫人が関わってるって噂もある」


宗方の言葉に、結月がふと目を細めた。


「では、あとは確かめるだけね」


その次の夜、結月と朔は再び霊安室に向かった。小さな灯だけを頼りに、硝子扉の向こうを見つめる。


コツ……コツ……。


硝子を叩く音が再び響く。


「……怒っているわけではないのよね。訴えてるだけ。自分は、ここにいたって」


結月が手を伸ばすと、ガラスの曇りに、再び女性の手形が浮かび上がった。

その手の下には、かすかに血の痕跡。


「やはり、生きていた。そして、死んでしまった。助けを求めながら」


その声に、朔が低く唸る。


「……これは、償いでは済まされないぞ」


翌朝。


宗方の働きかけで、霊安室の防犯記録と医療記録が再調査されることとなり、

やがて鷲尾の隠蔽工作と、遺体の取り違えが意図的なものであったと判明する。


「夫人の名誉を守るために、正直者の看護師を犠牲にするなんて……」


澪の声には悔しさと悲しみが混ざっていた。


鷲尾は解任され、病院の対応も正式に謝罪へと動いた。加えて、院長夫人の投薬ミスも再調査されることとなった。

だが、佐久間恵理が最後に視た景色は、誰にもわからない。


——占探堂。


「悲しみは、残るわね」


結月は静かに言った。


「彼女は自分の死より、“正しさ”が踏みにじられたことを悔いていた」


「けど、正しさを貫いたから、助かった命もあるだろう」


宗方の言葉に、結月はふと微笑んだ。


「ええ。……だから、彼女の魂も、少しだけ、静かになった気がする」


その夜以降、霊安室の硝子から、叩く音が消えたという。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ