第六話『猫の死を占う者・後編』
翌朝。宗方の携帯が鳴り、橘綾子が通勤途中に事故に遭ったという知らせが届いた。
「……ブレーキに細工の痕跡?」
命に別状はないが、明らかな“人為的な未遂”だった。
結月は黙って頷いた。白眼に残る痕跡は、ななせの感情と奇妙に一致していた。
病院のベッドサイド。
綾子は顔をしかめながらも、ななせに手を伸ばすことはなかった。
「どうして……どうしてこんなことを……」
ななせは震える声で言った。
「わかんないよ……でも、ずっと見てほしかった。ちゃんと、私のことを。占いだって……本当は、怖かった。でも……何か“意味のある存在”にならなきゃ、誰にも見てもらえない気がして」
綾子の瞳が細かく揺れる。
「私は……あなたのことが、怖かったの。何を考えてるかわからなくて、私の子じゃないみたいで……」
「違う。ずっとお母さんの子供になりたかったんだよ」
声が割れた。
「猫だって、老人の家のトラブルも、事故も全部……私が“起こした”の。占いじゃない。ただの、注目されたくて仕組んだだけ。お母さんが私のこと、心配してくれるのが嬉しくて……」
結月は、その場に立ち尽くすふたりを見守った。
「ななせちゃん」
彼女の声は静かだった。
「人を操る未来は、いつか自分を呪う未来になる。あなたはまだ、取り戻せる。けれど次があるなら、そのときは、誰かの命が戻らないかもしれない」
ななせは、ただ泣きながら頷いた。
その夜。
占探堂。
朔が子犬の姿でソファに転がりながら、じっと結月を見ていた。
「わたしも、気づいてた。けど、今は、あれでよかったと思ってる」
結月のつぶやきに、朔は尾を静かに振った。
罪は消えない。ただ、未来に向き合うチャンスは、まだある。
だがそれも、今だけかもしれない。
——あの少女は、きっとまた戻ってくる。
今度こそ、嘘や寂しさでは済まされない何かを抱えて。