第五話『猫の死を占う者・前編』
ある日の午後、占探堂の戸を叩いたのは中年の女性だった。
「娘の占いが……本当に人を殺すんです」
名を橘綾子。疲れた目元に、張り詰めた糸のような焦燥感が滲んでいる。
「最近、近所の猫が立て続けに死んで……しかも全部、娘が“占った”通りに」
結月は静かに頷きながら茶を注いだ。
「娘さんは、占いを生業に?」
「いえ、まだ高校生です。ですがSNSで話題になって……“死を当てる少女”と呼ばれてるみたいで」
紹介者は宗方刑事。だが彼も「気味が悪い」という印象を隠さなかった。
「名前は?」
「橘ななせ。私の娘です」
結月は一瞬、白眼を開いた。
女の肩に、ぼんやりとした“影”のような気配。
怯えと後悔、それに微かな“嘘”の色が滲んでいる。
「会わせていただけますか」
——
ななせは、思ったよりも普通の少女だった。小柄で大人しそうな雰囲気の中に、どこか凍てついた空気を纏っていた。
「本当に、占いを?」
「うん。最初は偶然だった。夢に見た猫が次の日に死んで……それから全部、当たるようになった」
そこから“死を当てる占い師”として話題になった。ななせは笑いながらも、どこか痛みを隠すようだった。
「“当たる”って、便利な言葉だよね。誰も外れたことは覚えてなくて、当たったことだけ信じてくれる」
その目には、妙な光が宿っていた。
「誰かが私を見てくれるなら、何でもいいの」
結月は、その心の奥を視ていた。灰色に近い紫——承認欲求と自己否定が混ざった濁色。
「でも……最近、自分でもわからない。占ってるんじゃなくて、そうなるように“仕向けてる”のかもしれない」
その言葉に、綾子が顔色を変える。
「この子、おかしいんです。止めても止めても……」
その声音には、恐怖と、娘への戸惑いと、母親としての痛みが滲んでいた。
結月は静かに言う。
「あなたは“呪われた娘”を怖がっているのではなく、“あなたの関心を引くためにここまでした娘”を直視するのが怖いのでは?」
綾子の瞳が揺れた。しばし沈黙ののち、ぽつりと漏らす。
「……この子は、昔から寂しがり屋でした。でも、私は仕事にかまけて……」
「だから、“視られる存在”になろうとしたのかもしれませんね」
その夜、結月は宗方と共に橘家を後にした。
「占いが“呪い”になるか、“導き”になるかは、使う者次第だな」
「ええ。けれど、視えているものが“本当に未来”か、“願望”かは、また別の話」
結月は言葉を濁した。
ななせの“占い”は、演出だった可能性が高い。
だがそれでも、彼女の心の孤独は本物だった。