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占探堂  作者: 月の都。
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第二話 『黒い糸の夢』



春の午後、柔らかな陽が町を包むなか、占探堂の戸が控えめに叩かれた。


「どうぞ」


結月が声をかけると、ドアが軋んで開き、一人の女性が入ってきた。桐谷奈津。明日、結婚式を控えた花嫁であるはずの彼女は、晴れやかな気配とは程遠い、青ざめた顔をしていた。


「ご紹介いただいた桐谷です……宗方さんから」


「ええ、お話は伺っています。こちらへどうぞ」


この店は、特に広告だったりSNSで宣伝などは行っていない。基本的に口コミがほとんどだ。まぁ、そのうちの半分くらいは宗方からの紹介だったりする。


結月は奈津を椅子へ促し、彼女の向かいに腰を下ろした。白い子犬――朔はソファの影からそっと顔をのぞかせ、奈津の様子をじっと観察している。


「失礼ですが、お加減は? あまり……眠れていないように見えます」


奈津は力なく笑った。


「夢を見るんです。毎晩……黒い糸で口を縫われた女が、私の前に現れるんです。『奪った』って言うんです……何を、誰を、なのかは……わからないのに」


「その夢、見始めたのは?」


「結婚が決まってから……いえ、正確には、彼と正式に婚約したあたりからです」


彼女の話を聞くうちに、結月の瞳が細くなる。


「何か、思い当たることはありますか? たとえば、彼に昔交際していた女性がいたとか」


奈津は少し躊躇ってから、言葉を絞り出すように答えた。


「……一人、いました。琴子さん。彼の元恋人で……とても綺麗な人だったって聞きました。でも、別れ方が少し……酷かったみたいで」


「酷かった、というと?」


「急に別れを告げて、彼は連絡を絶ったそうです。理由も言わず、音信不通。彼のご両親が“奈津さんのほうが家柄も釣り合う”って言ってたので……」


「婚約が決まったのは、その後?」


「はい。半年くらい後に……その頃、琴子さんが事故で亡くなったって聞きました」


「事故?」


「階段から落ちたとか……でも、真相はわからないって」


結月は黙って頷く。


「その夢、ただの夢じゃないですね。未練、怨嗟、愛情……すべてが混ざった“視てはいけない”もの」


朔が低く唸る。


「……生霊、もしくは死霊。強い情念が残ってるってことね」


「彼女が……琴子さんが、私を恨んでると?」


「ええ、でもあなたを恨んでいるわけではない。“奪った相手”として、あなたが彼女の視界に映っているだけ。恨みの本当の矛先は、きっと婚約者のほうでしょう」


その瞬間、店の窓が軋み、カーテンがわずかに揺れた。

空気が冷たくなる。


「…この夢のこと、詳しく誰かに話しましたか?」


「何人かに相談はしましたが…ここまで詳しく話したのは、今日が初めてです。」



「…なるほど。夢を買ったとみなされたようです。来てますね……繋がってしまった」


結月がそう呟いた途端、足元の空間がゆらりと歪んだ。

空気の層が波打ち、女の姿が浮かび上がる。


髪を乱し、唇は黒い糸で縫われている。確かに夢で見た女の姿。


奈津が悲鳴を上げかけたその時、朔がすばやく飛び出し、女の前に立ちはだかった。


「下がって」


結月の声と同時に、白銀の瞳が鋭く輝く。


「あなたは、琴子さん……彼を愛していた。その思いが裏切られ、消化されないまま、ここまで来てしまった。だけど、あなたが望んでいたのは復讐ではなく、きっと、ただ真実と謝罪だったはず」


女の姿は一瞬、揺らいだ。

唇を縫っていた黒い糸が、少しだけほどけたように見えた。


「私たちが真実を明らかにします。あなたの声を、彼に届けます」


結月の言葉に、琴子の霊はゆっくりと姿を消した。


琴子さんの霊を見て、酷く取り乱してしまった彼女を見送り、応接室の片付けをする。


「ねぇ朔。夢買いってしたことある?」


「あんまりないな。それに、夢買いは本来吉夢を買うんだ。さっきの夢の話は悪夢だっただろ。」


明日は結婚式当日。奈津さんも琴子さんも焦っていたのかもしれない。取り返しのつかないことになる前に

——


翌日、奈津から結婚式を延期と電話が来た。


「彼に、もう一度きちんと向き合いたい。琴子さんの存在を、なかったことにはしたくない」


彼女の目は、前よりもずっと澄んでいた。


「呪いを断ち切るには、想いだけじゃ足りない。覚悟も必要です」


そう告げる結月に、奈津は電話の前で深く頭を下げた。



ちなみに、奈津さんの婚約者が琴子さんを振ったのは、奈津さんに一目惚れしてしまったかららしい。


一目惚れすることも、別れを告げることも悪くはないが、やはりそれなりの礼儀を持つことも大事だろう。

奈津さんの提案で、婚約者と二人で琴子さんのお墓参りに行ったそう。


そしてその日以降、黒い糸の夢を見ることは、二度となかった。

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