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占探堂  作者: 月の都。
2/11

第一話 『白紙の遺言』



その日、春の終わりにしては肌寒い風が吹いていた。


茜は亡き父・槇村誠一の遺品整理のために、久々に実家へと戻ってきた。かつては政界にも名を馳せた男の家は、今や重たい静寂と埃に支配されていた。


玄関の鍵を開けると、昔から変わらない木の匂いと、かすかな線香の香りが鼻をついた。


「……結局、最後まで、何も話してくれなかった」


父との会話は、ここ数年ほとんどなかった。母は早くに病で亡くなり、兄の悠馬が事故で亡くなってから、父との距離はますます開いた。


「娘だからこそ、守りたかったのかもしれない」


そう言ったのは宗方刑事だった。父の死後、彼が唯一心配して声をかけてくれた存在だ。父とは古い付き合いだったらしく、茜が幼い頃から何かと気にかけてくれていた。


「これ、遺言状……って言っていいのかどうか」


茜は古びた封筒を机に置いた。その中には一枚の白紙の紙。


本当に、ただの白紙だった。


そのことを宗方に相談したところ、「話してみるといい」と紹介されたのが、“伊堂寺の孫”だった。


彼女の名は、伊堂寺結月。


——


『占探堂』。

古びた町の片隅にあるその店は、雑多な古道具や魔除け札の中にひっそりと佇んでいた。暖簾をくぐると、香ばしい線香の香りとともに、不思議な空気が広がる。


「いらっしゃい、槇村茜さんですね」


結月は思っていたより若く、そして妙に大人びた印象を持っていた。白銀の瞳に見つめられると、まるで心の奥底まで見透かされているような錯覚を覚える。


彼女の足元には、ふさふさとした白い毛並みの子犬が座っていた。


「その子は……」


「うちの“番犬”みたいなものです。朔って呼んでます」


朔――つまり黎牙は、クゥンと小さく鼻を鳴らして、茜をじっと見上げていた。


「なんだか睨まれてるような……」


「気のせいですよ。彼、初対面には警戒心強いんです」


結月が微笑むと、朔はフンと鼻を鳴らしてソファの下に潜り込んだ。


茜は鞄から例の封筒を取り出した。


「父が亡くなって、遺言があるって聞かされたのに……中身は白紙だったんです」


「見せていただけますか?」


結月は紙にそっと触れ、白銀の瞳を細める。


「……強い迷いと、後悔。そして……守ろうとする気配があります」


「守ろうと……?」


「あなたをです。書かなかったのではなく、“書けなかった”。もし真実を残せば、あなたまで巻き込まれてしまう。そう感じたのでしょう」


茜は目を伏せた。


「……私、実の娘じゃないんです。母の連れ子で。たぶん、それが関係してるんだと思う。兄が事故で亡くなってから、父は急によそよそしくなった。私が家にいていいのかも、わからなくなった」


「でも、家政婦にはあなたのことをずっと託していたんでしょう? 何も言わなかったのは、不器用な愛情の形かもしれません」


その言葉に、茜の表情が少しだけ揺らいだ。


朔が足元に来て、鼻先で彼女の手をつついた。驚いたように見下ろすと、まるで「それでいい」と言っているような、静かな目をしていた。


「……この子、不思議ね。何考えてるかわかんないけど、どこか安心する」


「不思議な子なんです。言葉は話さないけど、ちゃんと“見て”いますから」


結月は、紙を丁寧に封筒に戻した。


「“白紙”という形に込めた、沈黙の遺言。それがあなたへの、最後の言葉だったのかもしれません」


茜は、しばらく俯いたまま動かなかった。


けれど、やがて静かに立ち上がると、小さく礼を言った。


「ありがとう。……なんとなく、父のことを少しだけ許せた気がします」


その背を見送りながら、結月はそっと呟いた。


「宗方さん、やっぱり見る目はあるのね」


白い狼は、鼻を鳴らして黙って頷いた。


——その“白紙”には、誰にも書けなかった想いが、確かに残されていた。


「…ああは言ったけど、あの手紙、少し気になるのよね」


二人を見送ったあと、結月が口を開く。


「確かにな。あの紙、確かに娘への愛もあったが、他にもあった。恐怖というか後悔というか。あの茜という娘に知られたくない秘密でもあったのだろう。」


彼女、またきっとここに来るだろうな――


朔は言葉にせず、結月を見た。

気付いていたかはわからないが、手紙の違和感は感じていただろう。あえて言わなかったのは、彼女の為か、あるいは____。


「さ、お腹すいたしご飯にしましょ。」


主人が何も言わないなら、自分が言うことでもあるまい。

窓から見える景色を見ながら、結月の背中を追いかけた。



ーーーーーーーー



 少し声色の良くなった茜さんから電話をもらい、仕事の休憩がてら1人喫煙所で一服する。

「結月に紹介して正解だったな。」

刑事の宗方は一人呟く。

茜の父、誠一さんとは古い中である。あそこも複雑な家庭ではあったが、まさかこんなに早く娘一人になるとは。

誠一さんの息子で茜ちゃんの兄は交通事故でなくなった。おれはその事件の担当ではなかったため、詳しくはわからないが、妙に犯人が捕まるのが早かった気がする。いわゆる飲酒運転で、犯人はその場からいなくなっていたが、のちに自首し証拠も見つかり逮捕された。

交通事故を起こした人間が、恐怖しその場を去ることも珍しくない。のちに冷静さを取り戻し、自ら出頭するのも十分にあり得る。

ただ、なんとなく違和感のある事件だったと、タバコからのぼる煙をみて思い出していた___。

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