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砂と響く歌声、そして迫りくる影

ザハールの街を後にした結衣たちは、西へと旅を続けていた。ガレフが操る荷車は、乾いた土煙を上げながら、見渡す限りの荒野をひたすら進む。空気は日に日に乾燥し、シエルムで感じた清涼な風とは全く異なる、熱を帯びた生ぬるい風が頬を撫でた。

「おい、結衣さん。そろそろ着くぞ、エルスアの街だ」

ガレフの声に、結衣は目を凝らした。地平線の彼方に、砂岩で作られた低層の建物群が見えてくる。近づくにつれて、建物の間から突き出す奇妙な形の尖塔が、陽炎の中に揺らいでいるのが見えた。シエルムの整然とした美しさとは対照的な、どこか野性味を帯びた、力強い印象の街だ。土の匂いは薄れ、代わりに乾いた砂と、微かに焦げ付くような金属の匂いが混じり合う。

「わぁ……」 結衣の口から思わず声が漏れた。街の門をくぐると、彼女の鼻腔を刺激したのは、今まで嗅いだことのない、強いスパイスの香りと、焼けた肉の香ばしい匂いだった。 「ここは昔から、金属加工と工芸品で栄えたんだ。砂漠の奥地でしか採れない稀少な鉱石が運び込まれるからな」と、ガレフが教えてくれる。

しかし、街の活気はどこか沈んでいるように見えた。露店に並ぶ精巧な金属細工は埃を被り、客引きの声も覇気がない。すれ違う人々の顔には、疲労と諦めの色が濃く浮かんでいる。子供たちの遊ぶ声も少なく、どこか遠くで、かすれたような歌声が聞こえてくるだけだった。

「リィン、この街も何か問題があるの?」

結衣の問いに、リィンは真剣な顔で頷いた。「ええ、『歌喰らいの呪い』ってやつが流行ってるんです。徐々に声が出なくなって、感情も失われていく奇病で……」

胸にまたしても嫌な予感がよぎる。結衣は、街のあちこちで耳にする、すすり泣くような、あるいは全く感情のこもらない無機質な話し声に気づいた。

古代神の記憶の断片と新たなスキル

宿に落ち着いた夜、ガレフが低い声で言った。「この『歌喰らいの呪い』は厄介でな。治癒魔法も薬草もほとんど効かないんだ」

リィンが古びた文献を広げながら、眉間にしわを寄せた。「この街の地下には、古代神が作ったとされる巨大な地下工房があるって伝承が残ってるんだけど……」

その言葉を聞いた瞬間、結衣の脳裏に閃光が走った。

視界が歪み、頭の中に、薄暗い地下空間と、無数の機械仕掛けが規則正しいリズムで動く光景がフラッシュバックする。ぼやけた像の中に、白衣をまとった人物が、何かを懸命に調べている姿が見える。耳鳴りのように、微かな声が響く。「……音……波長……」「……感情……増幅……」

「うっ……!」

急激な頭痛に襲われ、結衣は膝を抱え込んだ。目の前がチカチカと点滅し、全身の血が逆流するような感覚。しかし、今回は以前の頭痛とは違う、明確な情報が脳に流れ込んでくる。それは、音と感情の持つエネルギーを認識し、それを増幅・操作する、かつて古代神が使っていた「共鳴の歌声エコー・ソング」というスキルだった。

「……音……波長……」結衣は先ほどのフラッシュバックの言葉を無意識に呟いた。「この病気……声が失われるだけじゃない。感情も、波長も、すべてが奪われていくんだ……!」

新たなスキルの覚醒と制御の試練

翌日、結衣は「共鳴の歌声」を試すため、街の外れの荒野へと向かった。 「結衣さん、無理はするなよ。その力、まだ制御できてないんだろう?」ガレフが心配そうに言う。

「でも、このままじゃ……」

結衣は再びスキルを発動しようとした。集中し、心の中で特定の音、感情の波長をイメージする。しかし、光はすぐに拡散し、彼女の頭の中で無数の声が響き渡った。 「だめ……うまくいかない。イメージはできるのに、力が安定しない……」 「古代神の記憶の断片は、あくまで断片だ。力が強大すぎて、結衣さんの身体がまだ馴染んでないんだ。きっと、その『増幅』っていうのがポイントだよ」とリィンが助言した。

数日間、結衣はスキルの制御に悪戦苦闘した。街の人々の苦しむ声が、彼女の意識に直接響き渡る。彼女の思考は音の波長に集中し、その一つ一つを丁寧に操ろうと試みた。しかし、少し気を抜けば音は暴走し、周囲の岩を砕いてしまったり、逆に微塵も反応しなかったりする。喉は枯れ、全身の神経が張り詰めるような疲労感に襲われた。

ある日、街で子供たちが、かすれた声で必死に歌を歌っているのを見た。それは、彼らの感情を繋ぎとめる最後の砦のような、か細い歌声だった。その必死な姿に、結衣の胸が締め付けられた。 「私に、何かできることは……」 その時、結衣の頭に、再び古代神の記憶の断片がよぎった。今度は、無数の音の波長が、一定のリズムで循環し、集束していくような光景だった。そのイメージが、結衣の頭の中で鮮明に再現される。

「分かった……! 増幅するんじゃない……『波長を整え、失われた感情を共鳴させる』んだ!」 結衣は、病に侵された人々の、感情の波長が乱れた声の代わりに、彼らが持っていたはずの喜びや悲しみの感情の波長をイメージし、それを自身の喉と心を介して整え、相手の心の奥底に響かせるイメージを繰り返した。それはまるで、壊れた楽器の音色を修復するかのようだった。

次の瞬間、結衣の口から放たれた歌声は、以前よりもはるかに安定し、澄んだ輝きを放った。その歌声は緩やかに広がり、街に淀んだ空気を震わせ、人々の心に直接響き渡った。まるで、魂そのものが洗われるような感覚だった。 「すごい……! 成功だ、結衣さん!」リィンが興奮して叫んだ。

町に戻ると、結衣はガレフとリィン、そして街医者の協力を得て、この「共鳴の歌声」を応用した大規模な治療を試みた。最初は怪訝な顔をしていた町の人々も、結衣の歌声と、実際に心が温かくなっていく感覚、そして失われた感情が蘇る感覚に、徐々に希望の光を見出し始める。 数日後、「歌喰らいの呪い」の症状を訴える者が明らかに減り、街全体に活気が戻ってきた。子供たちの歌声が響き渡り、市場は再び賑わいを取り戻した。町医者も驚きと感謝の言葉を惜しまなかった。 「まさか、このような方法で病が退くとは……あなたはまさに、神の遣いだ!」

人々から感謝の言葉を受け、結衣の胸に温かいものが込み上げた。この力が、誰かの役に立てた。それが何より嬉しかった。

「シャドウ・オーダー」の影と追撃

しかし、その喜びも束の間だった。街の異変、そして結衣の力の噂は、瞬く間に「シャドウ・オーダー」の耳に届いていた。

その夜、宿の窓から外を眺めていた結衣は、ふと、街の路地裏に不自然な影が蠢いているのを見た。全身を黒いローブで覆い、顔を隠した数人の人物。彼らの放つ気配は、魔物とは異なる、冷たく、不気味なものだった。

「……見つけたぞ、古代神の継承者」

背後から、冷たい声が響いた。振り返ると、そこにはローブの男が立っていた。その手には、禍々しい光を放つ短剣が握られている。男の瞳は、暗闇の中で妖しく光っていた。

「貴様の力は、我らが『新しき神』が世界を再構築する上で、最も邪魔な存在だ。ここで、その命、そして古代神の残滓を消し去ってやる」

男の言葉に、結衣は全身が凍り付くような感覚に襲われた。彼らが、古代神を封じ、唯一の神となろうとしている「新しい神」の手先。 「シャドウ・オーダー……!」

ガレフが素早く剣を抜き、結衣の前に立つ。その古びた鋼の刃が、月明かりを鈍く反射した。リィンもまた、分厚い魔導書を広げ、警戒の面持ちで呪文を唱え始める。

「結衣さん、下がってろ! こいつらは、厄介な相手だ!」ガレフの声が、砂の混じった夜風に混じる。その背中からは、結衣を護ろうとする確固たる意志が伝わってきた。

「ほう、随分と忠実な番犬だ。だが、邪魔だてするなら容赦はしない」

ローブの男――シャドウ・オーダーの構成員は、そう嘲笑うと、手にした短剣を構え直した。彼の周囲には、さらに二人のローブの影が静かに現れる。冷たい殺意が、夜のザハールに満ちた。

キィン!

鋭い金属音が夜を裂いた。ガレフが真っ先に飛び出し、ローブの男の短剣と剣が激しく打ち合う。火花が散り、その度に砂埃が舞い上がった。

「くそっ、動きが速い!」ガレフが呻く。男の動きはまるで影絵のように滑らかで、剣の軌道は予測不能だ。一撃一撃に込められた力は重く、ガレフの腕にも衝撃が響く。

その隙を突いて、別のローブの男が結衣に向かって突進してきた。 「させない!」

リィンが素早く魔導書の一ページをめくる。 「天地の理、我が声に応えよ! 『風刃ウィンドカッター』!」

ヒュン!という音と共に、見えない刃が男に襲い掛かる。男は咄嗟に身を翻し、危うく直撃を避けたが、ローブの裾が風圧で大きくはためいた。

「チッ、賢者か。だが、その程度の魔法では我らは止められん!」

男は構わず、結衣に迫る。結衣は咄嗟に「高速再生」を意識するが、攻撃を避けるのが精一杯だった。

「だめだ、直接攻撃じゃ……!」

その時、ガレフと斬り結んでいた最初の男が、突然詠唱を始めた。 「虚無より出でし闇よ、その牙を剥け――『シャドウバインド』!」

地面から、漆黒の影が鎌首をもたげるように伸び上がり、ガレフの足に絡みついた。

「しまっ……!」ガレフの動きが止まる。

「ガレフ!?」結衣が叫んだ。

その隙を見逃さず、ローブの男がガレフに向けて短剣を振り下ろす。その切っ先は、確実にガレフの心臓を狙っていた。

「やめて!」

結衣の脳裏に、先日覚醒したばかりの「思念投影」のスキルが閃いた。頭の中に、ガレフを「守る」という強いイメージが湧き上がる。無意識のうちに、彼女の手のひらから、微かな光の膜が広がり始めた。それは、空気に溶け込むような、透明な輝きを帯びていた。

フワッ……

膜がガレフと短剣の間に割り込むように展開する。短剣が膜に触れた瞬間、「キンッ!」

と、ガラスが砕けるような高音が響き渡った。男の短剣が膜を突き破れず、わずかに弾かれたのだ。

「なっ……何だ、この障壁は!?」男が驚愕の声を上げた。

リィンが結衣の光を見て、目を瞠った。「これは……結界……いや、

思念障壁マインドバリア』だ! 思念を力に変え、物理的な防御を可能にするスキル!」

結衣自身も驚いていた。あの不安定だった「思念投影」が、今、防御の形を成している。守りたいという強い意志が、力を具現化したのだ。

ガレフが影の拘束から解放されると、すぐさま剣を振り抜き、反撃に出る。 「くそっ、助かったぜ、嬢ちゃん!」

「まだだ!」リィンがすかさず別の呪文を唱え始める。「闇を祓う光よ、我らの敵を照らせ! 『閃光フラッシュ』!」

ピカァッ!

強烈な光が放たれ、ローブの男たちの視界を奪った。その隙に、ガレフは残りの二人の男たちを剣で牽制し、リィンがさらなる詠唱に入る。

結衣は、意識を研ぎ澄ませた。彼女の「思念障壁」は、攻撃を防ぐだけでなく、周囲の魔力の流れをわずかに乱す効果も持っていることに気づいた。これが、シャドウ・オーダーの魔法使いの詠唱を妨害できるかもしれない。 「邪魔させない……!」 結衣は、光の障壁を広げ、シャドウ・オーダーの構成員たちを包み込むように展開した。その障壁が、彼らの魔力の流れを阻害する。男たちの詠唱が、かすかに途切れるのが聞こえた。

「くっ、まさかここまでとは……!」

ローブの男が悔しげに呟く。彼らは、結衣の覚醒した力が想像以上であることを悟ったようだった。

「今回は引いてやる。だが、覚えておけ。古代神の残滓は、いずれ必ず我らが神の御手に堕ちる。貴様の力も、我らがものとなるのだ!」

そう言い残すと、ローブの男たちは煙のように闇夜に溶け込み、姿を消した。

静寂が戻ったザハールの夜空には、三つの月が以前と変わらず輝いている。しかし、結衣の心には、新たな決意と、そして見えない敵への対抗心が燃え上がっていた。シャドウ・オーダーの影が、確実に彼女のすぐそこまで迫っていることを肌で感じたのだ。

この力が、そして古代神の力が、彼らの目的を阻む鍵となる。結衣は、自分の両手をぎゅっと握りしめた。彼女は決意した。「この力で、この世界の闇を照らし、人々を救う。古代神の残滓とシャドウ・オーダーの謎を解き明かすまで、私は立ち止まらない!」


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