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古代神の記憶の断片と新たなスキル

ガレフとリィンとの出会いから数日。結衣は彼らの荷車に揺られながら、次の町へと向かっていた。森を抜けると、空気が一変する。

「お、見えてきたぜ、シエルムの街だ」

ガレフの声に、結衣は目を凝らした。遠くに見えるのは、白い石造りの建物が立ち並ぶ美しい町並み。土の匂いは薄れ、代わりにどこからか甘く、香ばしいパンの匂いが漂ってくる。町の入り口では、色とりどりの民族衣装をまとった人々が活気ある声を上げ、露店からは焼きたての肉や果物の香りが漂ってくる。

「わぁ……綺麗」

結衣の目には、そのすべてが新鮮に映った。だが、リィンはどこか浮かない顔だ。

「シエルムは美しいけど、最近はちょっとね。変な病気が流行ってるって噂なんだ」

「病気?」

結衣の胸に、ふと嫌な予感がよぎる。


病の影と古の記憶

町に足を踏み入れると、その活気とは裏腹に、どこか重い空気が漂っていることに気づいた。道端では、顔色の悪い人々が咳き込み、倦怠感を訴えている。露店の売り子も、どこか元気がない。

宿に落ち着いた夜、ガレフが低い声で言った。

「やはりだな。この町で流行ってる『灰色の嘆き』ってやつだ。熱と倦怠感、そして全身が灰色の斑点に覆われていく。厄介なことに、治癒魔法も薬草もほとんど効かない」

「そんな……」結衣は思わず言葉を失う。

リィンが古びた文献を広げながら、眉間にしわを寄せた。

「この文献にも載ってない。未知の疫病のようだ。でも、妙なんだ。この町の地下には、古代神を祀る神殿があるって伝承が残ってるんだけど……」

その言葉を聞いた瞬間、結衣の脳裏に、閃光が走った。

視界が歪み、頭の中に、冷たい石の床、そして古びた金属製の器具が並ぶ光景がフラッシュバックする。ぼやけた像の中に、白衣をまとった人物が、何かを懸命に調べている姿が見える。耳鳴りのように、微かな声が響く。「……汚染……空気……」「……浄化……必要……」

「うっ……!」

急激な頭痛に襲われ、結衣は膝を抱え込んだ。目の前がチカチカと点滅し、全身の血が逆流するような感覚。

「結衣さん!? どうしたんだ!?」ガレフが慌てて駆け寄る。

リィンが結衣の様子を見て、息を呑んだ。「これは……記憶の断片だ! しかも、かなり鮮明に……」

その時、結衣の身体から、微かな光の粒子が溢れ出した。手のひらを見ると、中心に小さな、しかし確実に輝く光の球が生まれたことに気づく。それはまるで、空気中の微細な塵を吸い寄せ、凝縮しているかのようだった。

「これ……何?」

結衣が意識を集中すると、光の球はさらに輝きを増し、周囲の空気が清澄になるような感覚を覚えた。同時に、頭の中に新たな情報が流れ込んでくる。それは、空気中の瘴気を認識し、それを無害なものへと「分解」する、かつて古代神が使っていた「清浄の息吹パージブレス」というスキルだった。

「……汚染……空気……」結衣は先ほどのフラッシュバックの言葉を無意識に呟いた。「そうか……この病気、空気中の何か、それが原因なんだ……!」


制御の試練と希望の兆し

翌日。結衣は「清浄の息吹」を試すため、町の外れの廃墟へと向かった。

「結衣さん、無理はするなよ。その力、まだ制御できてないんだろう?」ガレフが心配そうに言う。

「でも、このままじゃ……」

結衣は再びスキルを発動しようとした。集中し、光の球をイメージする。しかし、光はすぐに拡散し、微かな風が吹いただけだった。

「だめ……うまくいかない。イメージはできるのに、力が安定しない……」

リィンが助言した。「古代神の記憶の断片は、あくまで断片だ。力が強大すぎて、結衣さんの身体がまだ馴染んでないんだ。きっと、その『分解』っていうのがポイントだよ」

数日間、結衣はスキルの制御に悪戦苦闘した。彼女の意識は光の粒子に集中し、その一つ一つを丁寧に操ろうと試みた。しかし、少し気を抜けば光は暴走し、周囲の草木を枯らしてしまったり、逆に微塵も反応しなかったりする。

ある日、町の子供が、病で苦しむ母親のために必死に薬草を探しているのを見た。その必死な姿に、結衣の胸が締め付けられた。

「私に、何かできることは……」

その時、結衣の頭に、再び古代神の記憶の断片がよぎった。今度は、無数の光の粒子が、一定のリズムで循環し、集束していくような光景だった。そのイメージが、結衣の頭の中で鮮明に再現される。

「分かった……! 分解するんじゃない……『循環させて、無害なものに変える』んだ!」

結衣は、汚染された空気を分解するのではなく、吸い込み、体内で光の粒子を通して循環させ、清浄なものに変換し、再び吐き出すイメージを繰り返した。それはまるで、複雑な呼吸法を会得するかのようだった。

次の瞬間、結衣の手から放たれた光は、以前よりもはるかに安定し、澄んだ輝きを放った。光は緩やかに広がり、周囲の淀んだ空気を清浄なものへと変えていく。まるで、空気そのものが洗われるような感覚だった。

「すごい……! 成功だ、結衣さん!」リィンが興奮して叫んだ。

町に戻ると、結衣はガレフとリィン、そして町医者の協力を得て、この「清浄の息吹」を応用した大規模な浄化を試みた。最初は怪訝な顔をしていた町の人々も、結衣の真剣な眼差しと、実際に空気が澄んでいく感覚に、徐々に希望の光を見出し始める。

数日後、「灰色の嘆き」の症状を訴える者が明らかに減り、町全体に活気が戻ってきた。町医者も驚きと感謝の言葉を惜しまなかった。

「まさか、このような方法で病が退くとは……あなたはまさに、神の遣いだ!」

人々から感謝の言葉を受け、結衣の胸に温かいものが込み上げた。この力が、誰かの役に立てた。それが何より嬉しかった。


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