第9話 銀星工房と競売
銀星工房は王都の外れに、ひっそりと構えていた。
表には目立った看板もなく、扉を開けると金槌の音と金属を焼く匂いが迎える。
シャルロッテが鼻をひくつかせる。
「……ここ、サン=ジュストの仕入れ先って割に、ずいぶん地味じゃないか?」
アレクセイが手元のリストを確認する。
「だからおかしいんだ」
ギルドの依頼で話を聞きたいとシャルロッテがギルド証を出すと、親方が油だらけの手を拭きながら、少し怪訝な顔で応じてくれた。
「サン=ジュストの注文は、ここ最近ちょっと変わってきててな。見た目は普通の台座なんだが……中に空洞を仕込んだり、内側に銀線を巻き込めとか、細かく指示がくるんだよ」
親方は作業台の奥から、試作品らしい台座のパーツを持ってくる。
「たとえば、これなんか……。金属の芯を二重にして、その間に魔力を通す素材を挟み込めって言うんだ。おかげで鍛冶屋のくせに魔術師みたいなことやらされてるよ」
アレクセイが目を細めて台座を観察する。
「――確かに、この構造なら、外側から魔力を流し込むことができる。いわば魔力の溜め池を細工で作るようなものだな。ま、注文通りに作っちゃいるが……あんたたち、魔術の仕事には詳しいのかい? 貴族様ってのは、やっぱり目に見えねえ価値がお好きだな」
親方は台座をアレクセイの手元に差し出しながら、顔をしかめる。
「注文さえ間違いなきゃ、金払いも悪くないし……ウチみたいな下町の工房に、貴族相手の品なんて回ってくるのも、珍しい話さ。ただ――」
親方は試作品を指で弾く。
「こんなもん、普通の飾りならまず要らねぇ仕掛けなんだがな。中に銀線やら特殊な板やら詰め込んで……何をどうしたいのか、俺らじゃ分からんよ」
軽く鼻で笑いながらも、どこか目は鋭い。
「中身が空洞ってのも、本来は耐久落ちるし客に嫌われる造りなんだが……あっちは頑なに指定してくる。しかも絶対に他に外注するな、ここだけでってさ」
親方は肩を竦め、工具を乱暴に置く。
「ま、俺らは頼まれた仕事をやるだけさ。おかげで工房も食いっぱぐれはねぇし……余計なことは考えない方が身のためだってな」
親方は指にこびりついた油を布で拭いながら、ふっと息をつく。
「貴族様の道楽にはついていけねぇと思うが……こっちも商売だ。まぁ、これでも腕一本で飯食ってきたしな。納期だけは絶対守る――これがウチの流儀よ」
親方は下町育ちの意地をにじませて笑った。
話を一通り聞いたあと、ふたりは礼をいい工房を後にした。
「つか、魔力込めてどうするんだ? アレクセイは魔法使えるだろ。なんか目的わからないの?」
「いや、魔力といっても人によって違うんだ。たとえば、あのブローチに魔力が宿っているというのはわかるが、何を目的にしているかは……魔法陣でも見れば少しはわかるかもしれない。ただ、こんなものを貴族にばら撒いている時点で何か裏はあるだろう」
「そりゃそうだな」
シャルロッテは金槌の音が遠ざかる道を歩きながら、肩を回す。
「爆発でもするのか? 呪い? それとも……祭りのどさくさに一気に暴発させる、とか?」
「それが一番厄介だ。しかも魔力の性質は使った奴の痕跡が残る。……もしそれを逆手に取って、犯人を別の誰かに仕立て上げる気なら、もっと面倒な話になる」
アレクセイが深く息を吐く。
「……まじで洒落になんねぇな」
「だから急がないといけない。正体も、目的も、今のうちに探っておく必要がある」
ふたりは工房の前で足を止め、互いに小さく頷いた。
「あと手がかりは、カミロが言っていた競売という言葉と……試作品か……、それに宝石泥棒も……」
シャルロッテはブーツのつま先で石畳を軽く蹴る。
「一旦、ギルドに戻るか?」
「ん、そうしよう。他のヤツから話聞けるかもしれないし」
アレクセイが小さく微笑んで歩き出す。その後ろ姿を追いかけて、シャルロッテも一歩踏み出した。
※
ギルドには数人の冒険者がいた。
シャルロッテはカウンター脇で手を上げる。
「なあ、競売の話、なんか聞いてない?」
奥の席で酒を飲んでいた大柄な戦士が、器を持ち上げて振り返る。
「お、グランヴィルの四男坊じゃねぇか。競売か……悪いな、俺はさっき討伐から帰ってきたばかりだからな――」
隣の席の小柄な盗賊風の冒険者が身を乗り出す。
「競売なら、俺ちょっとだけ聞いたぜ。裏通りの情報屋が『今度の建国祭に合わせて、やばい宝石が出る』って吹聴してた」
「やばい宝石?」
「なんでも魔力をため込んだ伝説の石だとか。王都の裏社会がざわついてるらしい」
アレクセイが興味深げに訊ねる。
「会場は決まってるのか?」
「そこまでは知らねえ。でも、近々どこかで大きな集まりがあるって噂は流れてる。狙ってる連中がみんな動き始めてるぜ」
シャルロッテは、ちらとアレクセイと目を合わせる。
「四男坊、何か面白いことやるなら、オレらにも声かけてくれよ?」
「いや……たまには真面目に仕事しろよ、お前は」
隣の男がそう言いながら小突くと、ギルドの中にドッと笑いが起こった。
「ま、情報、ありがとな、たすかったよ」
シャルロッテも笑いながら言う。