第8話 襲撃
影が素早く動く。
カミロが扉に手をかけたまま、振り向く暇もない。
「……ッ」
シャルロッテが即座に前へ出る。
「カミロ、危ない!」
影の一人が短剣を振り上げ、カミロめがけて飛びかかる。
間一髪、シャルロッテがその腕を弾き、もう一人の動きを牽制する。
「――ギルドの護衛だ。今すぐ引き下がれ!」
アレクセイも素早く手を前に出し、魔力を込めると足元に魔力の閃光が走る。
襲撃者たちは一瞬たじろぎ、しかし強引に押し込もうと刃を振るった。
シャルロッテの動きは俊敏だった。
迷いなく腰のロングソードを抜き放つ。鞘鳴りとともに、銀の刃が街灯の明かりを反射する。
そのまま職人――カミロをぐいと自分の背後へ押しやり、正面の襲撃者へと間合いを詰めた。
シャルロッテの体は一瞬で低く沈み、右足をわずかに引き、剣先は襲撃者の中心線を外さず、まるで一陣の風のように動きを封じる。
「下がって、カミロ!」
鋭い声が夜気を裂く。
襲撃者が短剣を抜き放つや否や、シャルロッテはその手首の動きに狙いを定め、一歩踏み込んだ。
長身の体躯が空間を制し、剣先の鋭い閃きで相手を牽制する。
わずかにでも動きを見誤れば、刃がこちらへ――だが、シャルロッテの瞳には一切の怯みがなかった。
「こっちの役目は守ることだからな――!」
剣がきらめき、アレクセイの魔術が覆いとなる。
黒服たちは想定外の迎撃に舌打ちし、すぐに退いていった。
――辺りに、再び静寂が戻る。
カミロはその場に崩れ落ち、「……今のは、まさか……」とうわずった声をあげる。
シャルロッテが息を整え、にやりと笑って肩を叩いた。
「大丈夫、もういない。カミロ、マジで狙われてたな。……何か他に知ってる?」
「……本当に、殺されるかと思いました……」
その目に、今までの不安や警戒ではなく、頼れる味方への安堵が浮かぶ。
「……実は、昨日、工房の奥で黒服の男たちが話してるのを、偶然聞いてしまったんです……」
カミロは唇を噛む。
「競売という言葉と……試作品はもう動かしたとか…………」
シャルロッテとアレクセイが顔を見合わせる。
「よく話してくれたな、カミロ。……大丈夫、あんたはもう守る。後はこっちで動くから――しばらくギルドに身を寄せて。ギルドマスターにはこっちから話を通す」
シャルロッテは、真っすぐカミロを見て言った。その声には、一切の迷いもなかった。
「アレクセイ、カミロをギルドまで送ってやって。万が一のためにも」
「了解。カミロ、立てるか?」
アレクセイが穏やかに手を差し伸べる。
カミロは何度も頷きながら、ふらつく足で立ち上がった。
「本当に……ありがとうございます」
声はまだ震えていたが、さっきまでの怯えはどこか和らいでいた。
「これから何かあれば、ギルド経由ですぐ知らせて。絶対に独断で動かないこと。約束だ」
シャルロッテの言葉に、カミロは深く頭を下げた。
カミロの乗った馬車が夜の通りを走り去る。
アレクセイとシャルロッテはしばし無言で、その灯りを見送った。
「……裏に、やはり黒幕がいるな」
「だな。話に出てきた魔術師とやらも気になる」
「……今日はこれくらいにしておくか」
アレクセイが懐中時計を見ながら言う。
「そうだな。腹も減ったし、帰る前にどっか寄ってこうよ」
シャルロッテが笑った。
「君は本当に、夜でも元気だな」
「だって、こっちは本業が冒険者だからな」
事件の気配が漂う夜風の中、二人は連れ立って王都の賑やかな食堂へと歩き出した。
王都の中心通りから一本奥に入ったところにある食堂は、仕事帰りの職人やギルド帰りの冒険者で賑わっていた。
シャルロッテとアレクセイも、手近な空席に腰を下ろし、パンとスープの簡素な夕食を頼む。
「はー……腹減った。調査仕事って地味に体力使うな」
パンをちぎりながらシャルロッテがぼやくと、アレクセイは薄く笑う。
「ギルドの調査依頼は大体地味なんだよ。シャルは魔物退治ばっかりしてるから知らないだろうけど、事件解決ってのは、地道な積み重ねさ。派手な剣戟ばっか期待するなよ」
「言うねぇ……ま、その分、何かあった時は全部私が片付けてやるけどな」
肩をすくめるアレクセイ。
ふと、彼は手帳を広げてテーブルに並べる。
「で、整理しよう。
一、被害者は全員サン=ジュストから宝石を買っている。
二、商品は納品直前で何か細工が加えられてる。
三、工房の若い職人――カミロは、黒服の男や琥珀色の瞳をした魔術師の姿を見ている……と。しかし、琥珀色の瞳というだけではあまりヒントにはならないな」
「あと、うちの母上や侯爵家の令嬢、ミレーユは、明らかに重さや違和感を感じてた。魔力持ちだけが気づくってのも、普通じゃないな……」
シャルロッテが考え込むと、アレクセイはパンをちぎりながら答える。
「工房では普通の宝石。店頭に出す段階か、その後で魔力を込める誰かがいる……。しかも、競売会の話まで出てきた」
「そういやカミロ、命狙われてたな……マジでやばい事件に巻き込まれてる気がする。ギルド預かりにしといて正解だ」
アレクセイがスープを啜る。
「明日はサン=ジュストの仕入れ先、あと競売会の情報も洗う。……黒服や魔術師が絡んでるとなると、厄介かもな」
「なんだよ、ビビってんのか? ま、私に任せとけよ。やばい時は剣で全部ぶった斬る」
「はいはい……せめて、学園の制服だけは大事にしろよ」
二人の会話に、厨房の主人が「仲いいねぇ」とニヤリと笑いながらパンの追加を置く。
「まぁね、幼馴染だし」
「腐れ縁だな」
そう言い合ってふたりは肩を揺らした。