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第5話 グランヴィル公爵夫人の証言

 クランヴィル公爵家は王都でも指折りの壮麗な屋敷。

 門をくぐると手入れの行き届いた広々とした庭と、薔薇のアーチを抜けて、シャルロッテは玄関ホールに駆け込む。

「ただいまー!」

 公爵家の重厚な扉も、シャルロッテにとっては裏口も同然だが、さすがに声が大きすぎたか、石畳に跳ね返る響きに、家令が驚いて現れる。

「母上は?」

「お帰りなさいませ、シャルロッテ様。奥様はサロンにいらっしゃいます」

「ありがと、今、行く!」

 駆け足で廊下を駆け抜けてゆき、ノックもそこそこにサロンの扉を押し開ける。

「あら、シャルロッテじゃないの。……あなた、また制服に泥がついているわ」

 ちいさく溜息をついたのは、マルグリット・フォン・グランヴィル公爵夫人――かつて王女殿下と呼ばれたその人だ。

 艶やかな黒髪は、ゆるやかにまとめられて白磁のうなじを縁どり、翡翠色の瞳は窓越しの柔らかな光を淡く映している。

 品のいい微笑みを唇に乗せたまま、マルグリットは静かに紅茶のカップを傾けた。 大きな窓から入る陽射しが白いクロスを照らし、手元のティーカップには花瓶に生けられた小さな花々の影が揺れている。

 その所作には、かつて宮廷で育った王女の名残が色濃く滲んでいた。

 シャルロッテは少しバツが悪そうに肩をすくめた。

「はいはい、令嬢のくせにでしょ? ギルド帰りなんだから、しょうがないじゃん」

「あなたは本当に……。まあ、そこがあなたらしいわね」

 傍らのアレクセイがそっと頭を下げて挨拶する。

「お忙しいところ、突然失礼いたします。少しお尋ねしたいことがありまして」

「まあ、アレクセイも一緒だったのね。……それで、今日はふたりして何か事件かしら?」

 シャルロッテはソファにどかっと腰を下ろすと、遠慮なく本題を切り出した。

「母上、最近、宝石泥棒が出るって話、ご存知ですか?」

 マルグリットは一瞬目を丸くし、それから「……ああ、あの噂ね」と、紅茶を傾けながら穏やかに答えた。

「ギルドの依頼で、その件を調べているんです。何件か被害に遭った方々から話を聞いたら、どれもサン=ジュストという宝石商で買ったものばかりで」

「そうそう、それで母上がこの前、あの店の話をしていたのを思い出してさ」

 シャルロッテが軽く顎で促す。

「サン=ジュスト? ええ、最近あの店、王宮や貴族の間で人気なのよ。品も確かだし、仕立てが凝っていて──」

 マルグリットは記憶をたどるように微笑む。

「母上、最近、その宝石商で何か変わったことありませんでした?」

 しばし考え込んだ後、マルグリットはカップをそっとソーサーに戻す。

「そうね……このあいだ注文していたブローチが、店で試着したときより少し重たい気がするって話したかしら。職人が変わったのかしらね? でも、特におかしなことは……」

「ふーん……」

 アレクセイがさりげなくメモを取る。

「王宮の舞踏会で、サン=ジュストの宝石をつけている貴族の婦人は多いですか?」

「ええ、とても。王妃さまのお気に入りだもの。……王妃様が付ければ、皆こぞってつけるのよ。流行というものは、いつもそんなものよ」

 母の言葉に、シャルロッテは眉をひそめて考え込む。

「流行に仕掛ける……賢いやり方だな」

 アレクセイが小さくつぶやく。

 マルグリットは気づかぬふりをして、紅茶をもう一口。

「ねぇ、母上、そのブローチって今どこにあるの?」

 シャルロッテが身を乗り出すと、マルグリットは少しだけ目を細めて娘を見た。

「いまは私の寝室の化粧台に置いてあるはずよ。……まさか、何か企んでいるの?」

「いや、そうじゃないんだ。ただ、ちょっと見せてほしいだけ」

 シャルロッテは苦笑いを浮かべる。

 アレクセイがすかさず言葉を添える。

「できれば細工や刻印なども確認したいのです。事件の手がかりになるかもしれませんから」

「……ふふ、まったくあなたたちときたら。分かったわ」

 マルグリットが侍女に小さく指示を出すと、しばらくして見事な細工のブローチが銀盆に載せられてくる。

 薄青の宝石が中心で、周囲に繊細な彫刻が施されていた。

「確かに凝った作りだな……」

 シャルロッテも横からのぞき込む。

「これ、店で見せてもらった時より重いって言ってたよね?」

「ええ。つけてみても、どこか違和感があるの」

「母上、その違和感ってどんな?」

「……なんていうのかしら。ほんの少し、金属の冷たさが強い気がしたの。でも、素人目には分からないものよ」

 アレクセイがブローチを手に取ると、一瞬、彼の瞳の奥が鋭く光った。

「……これは、ただの宝石じゃない」

「え?」

 シャルロッテが覗き込むが、見た目はどう見ても普通のブローチだ。

「どういう意味?」

「細工に魔力が通る……いや、厳密には魔力を溜める層が仕込まれてる。魔術師か、あるいは特殊な細工職人の仕事だ」

 アレクセイの手から、かすかに青白い光がにじむ。

「おば様が重いと感じたのは、多分ここです。魔力がこめられたこの宝石は、魔力を持つ人にとっては鈍い重さを感じることがある。でも、一般人にはただの贅沢品にしか見えない」

 アレクセイは一拍置いて、ブローチの細工をじっと見つめた。

「……けれど、魔力を蓄積する層は、普通は術具にしか使わない。貴族の装飾品に仕込まれるなんて、前代未聞だ」

 マルグリットは軽く首を傾げる。

「言われてみれば、確かに……。でも、危ないものなの?」

「まだ確証はありません。ただ――普通の宝石ならありえない細工がされてるのは確かです」

 シャルロッテが息を呑む。

「やっぱりサン=ジュスト、ただの流行じゃなさそうだな……」

「……母上、このブローチ、念のため厳重に保管しておいて。建国祭までは絶対に身につけない方がいい、何かあったら絶対すぐ知らせて」

「おば様……もし心当たりがあれば、同じ宝石を持つご友人にも一応警戒を伝えてください」

 アレクセイが言う。

「分かったわ。あなたたちも、気をつけてちょうだいね」

 シャルロッテは母の手をそっと握る。

「母上、絶対に守るから。何かあったらすぐ知らせて」

 マルグリットは優しく微笑み、娘の頬に手を添えた。

「……心配しないで。あなたの決意は、昔から知っているわ」

 マルグリットの言葉にシャルロッテが笑う。

「行こう、アレクセイ」

 シャルロッテの言葉にアレクセイが立ち上がり、軽くマルグリットに会釈をした。

「では、僕たちはこれで」

「えぇ、いってらっしゃい」


 居間を辞したあと、二人は廊下を歩きながら小声で顔を寄せた。

「……で、次はどうする?」

 シャルロッテが、足早に廊下を抜けて振り返る。

「サン=ジュストを直接調べるしかないだろうな」

 アレクセイが、懐中の手帳をぱらりとめくりながら答える。

「人気の宝石店なんだろ? そう簡単に奥まで入れるの?」

「通す方法はいくらでもあるが……」

 ちらりとシャルロッテの顔をうかがう。

「何だよ、その顔」

「たまには令嬢らしくドレスアップして、お客様役をやってみるとか」

 シャルロッテは盛大に眉をひそめた。

「やだ。絶対にやだ。どうせなら姉さま(エレオノーラ)に頼んでくれ」

「流石に王女殿下には……じゃあうちの姉上か……いや、正攻法でいくか」

 アレクセイは肩をすくめ、名刺入れを指先で弾いて見せた。

「シュトラウス侯爵家の名前なら、門前払いはない。護衛名目でシャルも一緒に入れるはずだ」

「……だったら最初からそれでいけよ!」

 肩を竦めて呆れるシャルロッテにアレクセイは目を細めた。

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